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2019年9月24日 (火)

学区敬老会(2019年)

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 本年も恒例の学区敬老会が全市各地で行われました。準備に骨を折られた方々に感謝申し上げますと共に、皆様の御長寿と健康を心よりお祈り申し上げます。

―学区敬老会での挨拶―
 皆さん、おはようございます。市長の内田康宏であります。4年間で全47学区を回る計画でありまして、毎年来られないことをお詫び申し上げます。
 本日は、学区敬老会が地域の方々のご尽力と多くの皆様のご参加により、このように盛大に開催されますことを心からお祝い申し上げます。
 国の発表では、日本人の平均寿命は女性がおよそ87歳、男性がおよそ81歳で、男女ともに過去最高を更新したとのことであります。岡崎市も全市で100歳以上の方が150人を超えており、ご長寿の方が増えるということは大変喜ばしいことでありますが、それも元気で健康的に長生きでできることがさらに大切であると感じております。

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 更なる高齢化が進む中、本市といたしましても先輩の皆様がそれぞれに生きがいを持ち、住み慣れた地域で安心して暮らせる、高齢者福祉の一層努めてまいりますので、よろしくお願いいたします。

 さて、本市では2016年に市制100周年を迎えて以来、これまで様々な事業を進めてまいりました。ことに今年は、現在、着々と整備が進む乙川リバーフロント地区において、7月には籠田公園がリニューアルオープンし、さらには人道橋の「桜城橋」の全容も見えてまいります。完成は来年3月末です。
 加えて、東岡崎駅の北東街区でも、「オト リバーサイドテラス」と名付けられた、9階建てのホテルを含む新たな商業施設が11月2日にグランドオープンいたします。また同じ日に、東岡崎駅と直接つながる中央デッキがいよいよ完成します。

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 そこには、市民の皆様のご協力により、1億円を超える浄財を得て、高さ9.5メートルという、日本一の高さと偉容を誇る若き日の徳川家康公の騎馬像もいよいよお披露目となります。駅のホームや名鉄電車の窓からも見えるとのことで、間違いなく本市の新たなシンボルとなります。私共、岡崎生まれの者は子供の頃から何度も「岡崎は家康公のふるさとといいながら、駅前にまともな像一つ無い」と言われ、悔しい思いをしてきましたが、もうこれで岡崎の子供達がそんな思いをすることはないでしょう。
 そして、JR岡崎駅周辺では市民待望の新総合病院の工事も来春の開院に向けて順調に進むほか、こちらの東部地域では2000人規模の雇用が期待されるアウトレットモールの進出が進み、併せて区画整理も始まります。また額田地域をはじめ、市域の6割を超える中山間地域の活用が岡崎の大きな都市課題の一つとなってきます。自然豊かな中山間地域を上手に使うことができれば、大きな宝の山に変わります。そのために豊田市、新城市とも話し合っております。
 北部の県営グラウンド、龍北総合運動場の整備も本格化しており、来年夏に再始動します。また産業界から要望の多い新工業団地も阿知和のスマートインターチェンジとともに実現に向かっております。
 これから数年のうちに、これまで多くの市民のご協力により全市的に手がけた事業が続々と実現を迎え、間違いなく岡崎の景観や人の流れも大きく変わってまいりますので、ぜひご期待ください。
 そして、本市では昨年度から、西三河各市にさきがけて、小中学校のエアコンの設置を行ってまいりましたが、7月より全校で本格的に運転が始まりましたことを併せてご報告申し上げます。

 このように様々な事業を展開していく究極の目的は、岡崎の子ども達が自らのふるさとに対し、これまで以上に大きな愛情と誇りを持てる、そんな「夢ある新しい岡崎」を築くためであり、その目的のため、市職員や各議員の皆様と共にただ今全力で取り組んでいるところであります。
 人生の先輩であります皆様方におかれましては、今後とも変わらぬご指導とご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
 終わりに本日ご参会の皆様におかれましては、いつまでもお元気で、ご家族や地域の皆様と楽しい人生をお送りいただきますよう心から祈念申し上げ、お祝いの挨拶とさせていただきます。本日は誠におめでとうございます。


全市学区敬老会と敬老祝い戸別訪問(2017年) (2017.09.27)

全市学区敬老会(2016年) (2016.10.01)

敬老の日を迎えて(2015年) (2015.09.23)

学区敬老会訪問(2014年) (2014.09.21)

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