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2018年9月24日 (月)

新居と新入家族

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 新しくなった我が家に戻って4ヶ月が経過した。よく人から「新居の住み心地は?」と聞かれるが、とりあえず荷物を運び込み、今も適当に振り分けて収納したままなので、必要なものでどこにしまい込んだか分からなくなっているものもある。応接間は物置と化している。
 とはいえ、これまでの目で見て家の傾きが分かり、雨もり、スキマ風に悩まされ、耐震診断など行うまでもない築65年の木造モルタル建てのあばら屋と比べれば、快適な生活環境になったと言える。
 しかし、個人的趣味で室内の改造を行っているため、私の部屋にはいまだ木材や大工道具が散乱しており、とてもお客さんを招き入れることのできる状況にはない。心理的には、借家住まいのような気分が続いている。
 なんとか年内には片付けを終えたいと思っているが、なかなかまとまった休みがとれないため集中して作業を行えないことが悩みのタネである。それでもヒマを見つけて、10段の本棚を8台ほど自前で造っている。

 ところで半年間私と共に借家住まいをしていた三匹のネコと一匹の犬であるが、それぞれ新居で自分の居場所を見つけてよろしくやっている。

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 ネコ達は相変わらずマイペースで以前より自由に動き回れるスペースが広がり、エサに加えてオヤツをやる人間が増えたため太り気味であるが、至って元気である。私のベッドは写真のようにすっかりネコ達の寝床と化している。
 反して、この半年ほど私が散歩を含めて世話をしてきた犬のアミは、これまで誘拐されていたと勘違いしているのか、新居に移ってからは私を避けるようになり、ピタリと嫁さんに張り付き、キッチンの冷蔵庫の横を自分の居場所と決めている。(もう犬小屋は要らないかもしれない。)

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 今回、手製の2メートル40センチほどの高さのキャットタワーに合わせて、2階のリビングルームの天井近くにキャットウォークを造ったのであるが、そのせいで、さらに子ネコを3匹飼うことになってしまった。
 当初、「あにも」から新しく迎え入れる子ネコは2匹の予定であり、すでにいる3匹と間違えないように私からは「茶トラの猫がいい」という注文をつけていた。しかしもう一匹を選ぶと仲良し兄弟(オスとメス)のうち一匹が残されてしまうことになるため、3匹とも引き取ることとなったのである。

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 茶トラはチャット君(オス)、
 二匹は「ヘンゼルとグレーテル」にちなんで、ゼル君(オス)とテル子ちゃん(メス)
 と名付けることにした。

 しかしいつものことながら、他の家族はそれぞれに勝手なニックネームをつけて呼んでいるようである。子ネコ達はそれなりに反応しているからエライものである。
 ただ今、3匹の子ネコ達は専用の小部屋に入れてある。これから秋口にかけて生後半年を迎える頃、先輩のネコ達と合流させることなるが、タイミングが問題である。ネコは自分の住環境が気に入らないことになると家出をすることがあるため飼い主の気配りが大切である。
 我が家では、すでにフロアごとに計8ヶ所のネコ用トイレと4ヶ所のエサ場、5~6ヶ所の爪とぎ場を設けてある。(それでもオス猫は勝手な所でマーキングをする。)
 毎日、出勤前にトイレの掃除と水桶の注水、エサやりなどを欠かさずに行っている。
 毎朝、髪にクシを入れると手でつかめるほど毛が抜ける。これではすぐにハゲ頭になってしまうほどの量であるが、よく見るとそれはほとんどネコの毛である。こうしたことが気になる人は動物と一緒に暮らすことはできないだろう。
 こんな毎日を送っていると、朝寝床で目覚めた時に自分の手足がネコの手足になってないかと確認してしまうことがある。学生時代に読んだフランツ・カフカの『変身』という小説では、ある朝突然、巨大な毒虫に変身してしまった主人公が最終的に家族からも虐待されることとなる。(こんな話は小説の中だけにしてほしいものだ。)

 「ネコを6匹も飼うなんて、よほどネコ好きなんですネ」と言われることがあるが、決してそうではない。基本的に動物はなんでも好きな方であるが、どちらかと言えば私は犬派であると思っている。たまたま娘が子供の頃からよくネコを拾ってくるため、いつしかネコの多頭飼いをするようになってしまっただけである。
 それでも毎日帰宅する度に、子ネコ達が私の体によじ登って大歓迎(?)してくれるのはうれしいものだ。動物の感情表現は人よりも率直であり心安らぐものである。
 しかし大人のネコはもう少し複雑である。気が向かなければ飼い主が呼んでも知らん顔をしている。そのくせ、朝起きてみると同じベッドの上で寝ていたりする。またなぜか、こちらが元気のない時など、いつしか寄り添っていてくれたりすることがある。そんなミステリアスな所がネコの魅力なのかもしれない。

動物愛護週間

 私がネコの多頭飼いをしているもう一つの理由は誰かが飼ってやらないと彼らは命を奪われてしまうからである。せっかく生を受けてこの世に出てきたのに、ゴミのように処分されてしまうのではあまりにあわれである。

 現在、多くの自治体において「殺処分ゼロ」の運動が行われている。すべての飼い主がペットを終生飼育すれば殺処分ということは無くなるのであるが、現実はそうはなっていない。今も全国で毎年5~6万匹の犬猫が処分されている。中でもネコは犬の数倍であり、その多くが子ネコである。(外国では「日本に犬猫のアウシュヴィッツがある」と言われている。)
 「殺処分ゼロ」のスローガンは耳に聞こえは良いが、そうした施策を実施するための予算や手間はばかにならないものがある。しかも自治体が犬猫の受け取り基準を厳しくすれば、無責任な飼い主が自分で処分したり捨てたり、動物虐待につながることもある。「無責任な飼い主ゼロ」こそ本当は重要なのである。(こういうことを言っているせいで、我が家のネコが増えるのである。)
 人生の終末期を迎える年頃になれば、仏教徒でなくとも少しは善根(ぜんこん)を積んでおきたいものと思うものである。
 そうした心を知るや知らずや、今日もウチのネコどもは腹を上にして眠っている。

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