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2015年11月16日 (月)

乙川人道橋、着工へ

乙川人道橋工事・安全祈願際

 去る10月24日(土)、「乙川リバーフロント地区整備計画」の目玉施策の一つである乙川人道橋工事の安全祈願際が、工事関係者はじめ多くの御来賓の御出席を頂き、とり行われました。
 この人道橋は、これから5ヶ年の計画で進められるリバーフロント計画のスタートを切るものであり、平成29年度の完成を目指しております。これは元々は選挙の折には〝ツインブリッジ構想〟として考えていたものですが、県との調整の結果、築80年を超えている殿橋と明代橋の老朽化問題については、共に修復工事による長寿命化対応を行うこととなりました。この人道橋のアイデアは、「岡崎活性化本部」から次善の策として提言されたものであります。

 3年前の選挙において、私は「歴史的な文化遺産と河川空間を活かしたまちづくり」を訴えてきました。私の構想に役所の担当者の検討が加えられ、さらに民間活力を用いた岡崎活性化本部という専門家集団(都市計画専門家、建築家、商工会議所副会頭、有識者、郷土歴史家、地元代表)により、昨年2月、様々なまちづくりの活性化策を提言書としてまとめて頂きました。
 提言書が政策として具体化してきた段階で、議会審議を行い、同時に各地で市民対話集会を行い、望まれれば様々な業界や団体、地域会合、婦人会、小中学校にまで出向いて講演と説明を行い、個々の御意見を承ってきたところです。
 選挙の審判を受け、議会で審議を重ね、政策を実現してゆく――というのが議会制民主主義というものですが、さらに各地で様々な対話集会を行い(2年間で約200回)、施策を実行してゆくといった手法を行う首長は全国でもマレだと思っています。
 「歴史的な文化遺産と河川空間を活かしたまちづくり」というのは、決して私のオリジナルの考えではありません。歴代の市長もそれぞれに思いをめぐらせ、商工会議所関係者、有識者の皆様、一般市民の間でも話題となってきた長年の課題でもあります。各時代において様々な橋が思案され、中には乙川に大きなフタをしてその上を新たなまちづくりに活用しようとするプランまで考えられたことがありました。
 これまでは他の政治課題(新・市民病院、中央総合公園など)があったこと、国や県との政策調整や予算の問題などから、なかなか実施までたどりつくことができませんでした。しかし今回、時を得て動き出した私達の取り組みに対して多くの市民の協力と期待の声を受けており、改めてこの事業を天命と受けとめているところであります。

 「岡崎市の玄関口・東岡崎駅の駅前再開発」「乙川の河川空間整備」「中心市街地活性化」「岡崎城と岡崎公園の整備」といったこれまで個別に対応してきた問題を総合的にとらえ取り組んだところに、乙川リバーフロント計画の意義があると思っています。またこうした課題はトータルに考える姿勢があってこそ効果があるものと考えています。
 これまで3年かけて準備をしてきた事業が国と県の協力を得てようやく実現の緒に就くことができたことに対し、大きな感慨を覚えています。
 美しい景観を持ち、市民がくつろいで暮らせる町であり、河川空間の自然とお城を巡る歴史を訪問者が楽しみながら回遊できる岡崎のまちづくりにつなげてゆきたいものです。

乙川人道橋工事・安全祈願際

乙川人道橋工事・安全祈願際

 人道橋の概要は長さ121.5メートル、全幅が19メートル、有効幅員は16メートルであります。橋りょうの形式は鉄骨とコンクリートを組み合わせた合成床版桁橋(橋桁をうすくできる)、下部工は鉄筋コンクリート造りで4径間(川の中に橋脚が3本)となります。
 橋の上部と高欄などには岡崎産のヒノキを使った木装仕上げとし、完成のあかつきには乙川の景観がより素晴らしいものとなることと思います。また、地元材の活用は、合併により市域の6割が山間地となった岡崎の森林を保全することになります。さらにこれは、森林の保水力が高まることで防災やきれいな川づくりにもつながることとなります。

 そして来年度には、市制施行100周年に合わせて人道橋の名称を公募し、市民や観光客の皆さんに長く親しんで頂ける名前となることを期待します。
 ことにこの人道橋建設にあたっては、国・県からは、社会資本整備総合交付金の交付決定、技術的な協議事項の調整、かわまちづくり協議会による乙川リバーフロント地区の活用など多大な協力を得て進められてきました。
 10月中旬には岡崎公園南側の竹千代通りにおいて「乙川プロムナード整備工事」に着手しました。地元の皆様には工事期間中、何かと御迷惑をおかけすることもあるかもしれません。この事業は必ず将来の岡崎のまちづくりにもつながるものですので、よろしく御理解下さい。

乙川プロムナード整備工事

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乙川人道橋 イメージ図

 完成後には、桜の季節に橋上で日本舞踊、コンサート、大道芸人大会、婦人会のバザーなど様々な活用方法が提案されています。橋上はテントを張れる仕組みとなっており、さらに新しい使用方法を考えて頂きたいものです。
 人道橋は景観とイベントだけを考えて計画されたものではありません。その橋脚が鉄筋コンクリート製であるため、まさかの災害時には緊急車両が通行できるようになっています。
 さらにこれから整備される中央緑道(セントラル・アヴェニュー)から籠田公園につながる空間は、高齢化の進む中心地域の皆さんの緊急避難場所としても重要な空間となります。

 このように多目的な利用価値を有する事業の第一歩がこの人道橋の計画であります。そして何よりもこの岡崎に生まれ育った子供達が、自らのふるさとに対して、より大きな愛情と誇りを持てるまち、また久し振りにやって来て心やすらぐまち、そんな岡崎をつくりたいと思っております。


活性化本部の提言と市の対応について (2014.05.13)

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