市長会・蘭仏視察記 7.歴史とアートの町、サン・テティエンヌ
サン・テティエンヌ市は、フランス革命の頃には「武器の町」または「武器コミューン」と呼ばれ、ナポレオン時代には国立武器鋳造所があった都市である。リヨンの南西60kmにあり、人口はロワール県の県庁所在地でもある周辺部も含めて約40万人、岡崎市と同じくらいの規模を持つ。
私達はまず、市役所で説明を受けることとなった。ここはもともと先進的な土地柄で、1825年にイギリスで世界初の鉄道が開業した2年後には、早くも鉱山で採掘された鉱石や石炭の輸送用鉄道が開通するほどであった。
生産されていたのは武器ばかりでなく、コーヒー・ミルや窓の蝶番などの生活用品も造られており、ヨーロッパ全土に向けて輸出され、産業の町としての基盤が形成されていった。19世紀にはすでにフランスにおけるパイオニア的産業都市となっていたそうである。
その後、製鉄業、織物業、自動車の製造と発達していったが、この町の産業都市としてのピークは1965年頃であったという。以後、公害問題と景気の後退による停滞期に入り、併せて人口減やさらなる産業の衰退に悩まされることになる。
転機となったのは、2000年頃から様々な試行錯誤の末に「デザインネットワーク」という考え方を取り入れたことであり、2010年からは世界デザイン都市ネットワークにも参加したそうである。これまでの重化学工業志向からソフト産業への転換は、当時は一つのカケであったという。産業基盤の転換だけでなく、新たなまちづくりの方針としてデザイン性のある変革を行うことを考えたのである。
そうした政策の一環として、「サン・テティエンヌ・デザイン・ビエンナーレ」というモダン・アート芸術祭を2年に一度開いており、今ではヨーロッパで有名な芸術祭の一つになっている。第8回の2013年には、わずか2週間の会期中に14万人の入場者を迎えている。こうした積み重ねの中でユネスコから「歴史とアートの町」に認定されることになったのである。
ビエンナーレの会場として使用され、新たなまちづくりの実証実験の場となったのが、“シテ・デュ・デザイン”である。ここはかつてナポレオン時代の国立武器鋳造所であった。以前は施設の老朽化のため閉鎖されていたが、貴重な歴史的建造物の一つである。現在、こうした歴史遺産をそのまま整備再現するだけでなく、それを材料として、新たな時代の価値や機能を付加してゆく考え方の元に整備がすすめられている。
このシテ・デュ・デザイン内の施設は、現在大きく3つの用途に分けて活用されている。一つは高等デザイン学校である。沿革を遡ると起源は200年前に至る。芸術と工業デザインの教育を行っており、フランスでは3本の指に入るレベルであるという。他に展覧会場が2つあり、一年中、大小様々な展覧会が行われている。しかし、常設の博物館や美術館とは異なり、デザインの歴史を見せるのではなく、現在の最新デザイン、あるいは未来のデザインのあり方を模索するという志向での展示会が開催されている。
入口に近い展示館には、温室とカフェレストランをコラボさせた感じの施設が併設されており、大変オシャレな感じがしたものである。
展覧会場の運営方法は、大きく2つの見学パターンで考えられており、一つ目は子供、家族を対象としたもの。二つ目は、企業やデザインの専門家を対象としたものである。毎年こうした形で、それぞれの対象向けに4回ほどの展示会が定期開催されている。
さらにこの施設では、企業向けに商品デザインを研究開発して、商品化のお手伝いをする仕事もしている。それ以外には、例えばこれからの人々の生活上の移動手段はどの様に変化してゆくかとか、また次世代の人達はどういうものをいかなる食べ方で食するのか、そういった生活様式の日常における変化まで考える、いわば未来学の研究施設ともなっている。主に企業からの依頼による研究が主体となっているが、国レベルの研究にも参画しているという。
もう一つ、サン・テティエンヌ市の特徴として言えることは、都市全体がデザインを基軸として、新しい町に生まれ変わろうとしていることである。例えば、町中にある広告看板も、単に一つの広告ではなく、機能性と変化、面白さという点も意識して造られていた。
これは、もうすでにここだけでなく、他の町でも採り入れられていたが、たとえばバス停の待合の隣などに高さ1.5~2.0m、幅50cmくらいの広告施設が設置してある。これは中の広告が1分単位ほどでタテに巻き取り回転するシステムがとられているようであり、内容が次々と移り変わるため、人目を引く。街の景観を阻害することは無いし、一箇所でいくつもの広告宣伝ができ効率も良い。なんでも外国のモノを採り入れる我が国が、このシステムを使っていないことを不思議に思ったくらいである。また、プラッグという、歩道の端に定間隔で定型の穴をあけ、イベント時は様々な広告に使ったり、街頭のゴミ箱を設置したりできるシステムも面白いと思った。使わない時はフタをしておけば、じゃまにもならない。
またサン・テティエンヌ市ではデザイン憲章というルールをつくり、それまで不統一であった各ロゴ・マークの統一をはかったりもしている。市内の公共交通機関の案内板や、バス停のマーク、切符売り場、トイレや売店など、あらゆる標示を誰にでも分かり易く、使い易いものに一新したという。
学校教育にもデザイン都市の考え方は活かされている。20~30年ごとに行われる学校の改修工事において、子供達や生徒、親や先生からもアイデアを募集し、それを代表者会議でプランにまとめ、それに対して市が予算内で費用を出し実現化するというやり方をとっている。子供達のアイデアといってバカにすることはできず、洋服掛けのデザインなど、商品化され販売されているものもある。
また現在三つの高校において、ロボットを使った面白い実証実験が行われている。病気やケガで入院中の生徒や不登校の子供の替わりに、ロボットが学校で授業を受けるのである。その生徒はロボットからの映像と音声を病室や自宅でコンピューターの画面を通じて受け、授業に参加することができる。そこまでなら岡崎でもミクスのTV電話や、中学で始まるタブレット端末を使って似たことができるが、このロボットはさらに遠隔操作によって学校内を移動でき、友人との交流もロボットを通してはかれるという。残念ながら階段での移動はできないため、その時は友人に運んでもらうことになるそうである。
私達は、これまでデザインというと、車や家、家具や装飾品、電化製品といった限定的なものにとらわれていた傾向があるが、ほかに身近で一般的に使用されているものの中にも、デザインを一工夫するだけで格段に利便性が高まるものがある。そうしたアイデアを活かして生活を豊かにもできるし、また製品化することにより企業利益につなげてゆくこともできるようだ。
会場には、車のドアの開閉システムを家の窓の開閉に応用させたシステムもあった。もちろんロック付きである。
またジボーという会社では、ギブスを改良したおしゃれな作業用プロテクターを開発していた。ケガをしてからのギブスではなく、ヒザ、ヒジ、腰等を痛める力仕事をする人達の安全プロテクターとして使える。
デザインと機能を、常識にとらわれず様々に組み合わせて活用することによって、生活も便利となり、見た目も美しくなる。大は都市計画から小は身の回りの小物まで、アイデアを提供したり、商品化したりすることによって、新たなビジネス・チャンスが生み出されるということを教えられた訪問であった。
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