市長会・蘭仏視察記 5.フランス・リヨン「スマートコミュニティ」
フランスに来たというのに、パリを飛び越えていきなり中南部のリヨンに到着した。フランス語が聞こえなければ、一体ヨーロッパのどこに来たのか分からないようなのどかな田園風景の続く場所への来訪となった。
もっとも「ニューヨークはアメリカではない」というアメリカ人がいるように、「パリは本当のフランスではない」というフランス人もいるのであるから今回リヨンに来たことはそれなりに意味があることでもあろう。
リヨンはすでに紀元前一世紀には、ローマ帝国のガリア植民地の中心都市として栄えていた。私は学生時代、リヨンと言えば毛織物と教えられたと記憶しているのだが、19世紀頃には絹織物の産地として有名であり、現在でもオミヤゲ物のレースのししゅうにその名残があるようだ。
この地は、ナポレオン時代に武器の生産地として名を成したこともあるが、このところは重化学工場を中心とした工業地帯として発展してきた。その後経済のグローバル化の流れの中で、不況も重なり、しばらく停滞の時代が続いた。
そうした状況を打開しようと、現在、製薬、バイオテクノロジー、コンピューターゲームなど新しい産業の育成と共に、新たなまちづくりプロジェクトが実験的に行われている。それが今回のリヨン訪問目的の一つでもある「スマートコミュニティ」事業である。
今回のテーマである「スマートコミュニティ」(アメリカでは「スマートグリッド」という)とは、これまでのように一方的に供給された電気エネルギーに頼るだけではなく、自らも太陽光発電などでエネルギーを生み出し、それを活用すると共にITを用いて他者と情報を共有しながら余剰エネルギーを双方向で融通し合って、ムダ無く、賢くエネルギーを使う地域社会のことである。
何やらSF映画の設定のようにも思えるが、将来の地球規模の人口増大とそれに伴うエネルギー・環境問題を解決するための重要な解決手段として現在世界の先進各国で戦略的取り組みがなされている。
到着してすぐ向かったのは、「新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO、ネドー)と東芝の共同グループのオフィスのあるHIKARI(ヒカリ)ビルであった。NEDOはかつて日本の通産省(現・経産省)の下部組織であり、現在は独立行政法人して当地で「リヨン・プロジェクト」と呼ばれるスマートコミュニティ事業に関わっている。
この近代的な建物は、日本の建築家、隈研吾(くまけんご)氏の設計による8階建てのビルであり、自然光をうまく取り入れて日中は電力の使用を減らす仕組みとなっているそうである。建物の外周はガラス面が多く、納得のゆく説明である。
このビルは「ポジティブ・エナジー・ビル」とも呼ばれ、屋上・壁面を活用した太陽光発電により、ビルの中で作り出したエネルギーでビルの中で使う照明・空調・電気機器の使用電気のすべてをまかない、さらに余ったエネルギーを他の用途に活用するシステムとなっている(ZEB、ゼロ・エネルギー・ビルディング)。
スマートコミュニティのインフラ市場は、2030年までには、100兆円を超える大きな世界市場(定置用蓄電池が82兆円、送電設備が55兆円、EVが37兆円)になると目されている。これにサービス業務が加わるからさらに拡大することは確実である。
こうした未来社会を迎えるにあたり、日本が世界をリードする「省エネ技術」や「蓄電池」、「エネルギー・マネージメントシステム」などのノウハウの活用が期待されているが、日本は国際市場において出遅れているという現実がある。その理由は、まず第一に、製品一つ一つの技術には秀でているが、それをシステム化したりパッケージ化して売り出したりする能力に欠けていることが挙げられる。第二として、顧客となるべき外国の政府や各地自体に対するマーケティング能力の不足、そして第三として、何よりも海外での「実績」の不足が一番大きな弱点となっている。
今回そうした現状を踏まえて、新たに踏み出したのがこのフランス・リヨンにおける事業であると言える。この事業の意義は大きく二つある。まず技術的に社会的実証を成すということである。
これまであったスマートコミュニティに向けての技術的・社会的課題を解決し、一つのビジネスモデルを構築すること。そしてその事業成果をもとに海外でのサービス展開に必要なパートナー企業との連携を深め、次なるビジネスモデルの場の創出をはかることである。
そうしたプロジェクト推進のための手助けをするのがNEDOの役割である。海外で協力できる企業との仲立ちや政府、自治体との交渉、手続きの援助などを行っている。こうした試みによって今後期待される効果として以下のことが挙げられる。
1.海外における戦略的提携の実現
2.海外における活動実績の構築
3.海外での日本企業の信頼性の向上とイメージアップ
4.現地ビジネスの掘り起こしと横への展開
5.海外の有力企業や公的機関、研究所と人的ネットワークの構築
6.国内における類似事業の展開と受注増
7.企業内での新ビジネス創出
このような大きな期待を背に、現在リヨンで進められている事業が大別して四つある。
その1 ポジティブ・エネルギー・ビルディング(PEB)の地域的拡大
前述のHIKARIビルがそのPEBの代表である。
その2 三菱自動車の協力で行われている「EVシェアシステム」
これは市内の30ヶ所に普通充電、3ヶ所に急速充電可能なスタンドを設け、会員が車を共同利用するというスマート交通システムのことである。これは車を個人資産と考える日本人の意識に馴染むものかどうか分からないが、現在リヨンでは、三菱のEV(電気自動車)15台、プジョー・シトロエン車16台によりカーシェア(車の共同利用)の試みが行われている。そのエネルギー電力としてPEBによる余剰電力が使われている。このシステムは天気予報をもとにした充電情報まで管理しており、コンピューター制御のもとに各地に配置してある車の使用許可がなされる仕組みとなっている。会員カードを車の駐車場にある機器に当てて、照合が済むと各車両の使用が許可される。もちろん無人のシステムである。使用後、車は市内の決められた所定の場所へ返還されることとなっている。使用料も車を個人で所有するより安上がりである。
その3 既存の公営住宅における各インフラ(電気、ガス、水道)の供給量をグラフ表示板によって表す〝見える化〟
使用状況の情報提供にとどまらず、省エネ意識の薄い一般市民に対しては、注意喚起とエネルギーの合理的使用に対する啓発も同時に行い、生活習慣の改善を促す。(フランス人は外国人移民も多いため。)
その4 地域全体のエネルギー運用状況の〝見える化〟
PV発電(太陽光発電)データ、気象データなどと、人口統計情報や地図情報などを総合的に管理して、自治体を対象にした地域全体のエネルギー運用状況を可視化し、効果的で効率的な都市計画を行い、エネルギー消費のムダをなくした集中管理を行っていこうとするものである。
以上の事柄に加えて、大規模太陽光発電事業(メガソーラー)や原子力エネルギーの活用なども考えられている。風力発電については地形的・気候的理由で効率が悪く、この地域ではあまり考えられていないようであった。またこうした計画が現実化できるのも、フランスにおいては電力の自由化が日本よりも進んでおり、発電と送電と配電が自由に行えるということが関係している。
質疑応答の後に市街地にある充電スタンドとシェアカーの現状を視察して、フランスでの初日を終えたのであった。
今回は理屈っぽい話に終始してしまったが、現在の行政視察とは概(おおむ)ねこうしたものなのである。 (つづく)
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