2021年11月 2日 (火)

2021年・続選挙に思う

 「与党苦戦!」の大方の事前予想の中、10月31日、衆議院の選挙が終わった。
野合と言われた野党共闘も、それなりの効果があったのか、全国的に激戦・接戦の選挙区が目についた。
 今回は与・野党のどちらにも時の風が吹かなかったせいか、日頃の政治活動をしっかり行い、新しい選挙ツール(SNSなど)を上手に使い、大衆アピールに成功した候補者が有利に選挙戦を運んだようだ。
 保守の候補者ではベテラン勢の苦戦・惜敗があいついだが、やはりコロナ下の選挙で、大量動員の集会型の旧来の選挙手法を使えなかった情況が大きく響いたのかもしれない。
 有権者も大きく世代交代した時代の変化や、コロナによる人々の生活パターンの転換によって、選挙そのものの形態も変わってきた様に見える。 しかし、こうしたものには、いつも必ず揺り戻しがあるため、旧来の方式が本当に効力を失ってしまったとは思わない方が良いだろう。
 いずれにせよ、自民が単独・過半数を獲ったというのは驚きであった。8月頃の世上の雰囲気は、「政権交代、不可避か?」と思わされるものであっただけに、岸田内閣の初仕事としては、上々の船出であったと言えるだろう。
 先日、総理が岡崎におみえになった時に、総理の名刺を頂く機会を得たが、就任直後であったせいかもしれないが、いかにも生まじめな、中小企業の社長さんという印象であった。
 安倍総理のような、カリスマ性はまだ感じられないが、モノゴトを堅実に進め、余分な失言の心配の無さそうな人柄と見受けた。
コロナの先行きが見えてきた今、適切な人選であったように思われる。
 私は、選挙結果からすれば“自民・単独過半数„に加え、自・公で絶対安定多数(261議席)を獲得したのであるから圧勝であると思うのだが、どうもマスコミの論調は辛口が多いようだ。
 逆に、前回は勝ち過ぎであり、今回減ることは了解事項であったと思う。確かに権力者に「思い上がるな!」と注意喚起をしたい気持ちは分るが、事実は事実である。
 与党勝利の一番の要因は、何と言ってもワクチン接種の進展による、このところの感染者の激減と生活の正常化にあると思っている。
 あえて一つ付加えさせて頂くならば、「ロシアと中国に感謝した方がいいかもしれない」。
通常、内政が混乱している時(コロナ禍)に外交問題や防術問題はあまり選挙のポイントになりにくいものである。(あえて、目を外にそらすために使うこともある。韓国の“反日„のように)
 今回、よりにもよって総選挙の最中に、日本列島を横断するかのように、ロシアと中国の海軍が津軽海峡をパレードしてくれたことが、一般の有権者の目に現在日本が置かれている立場を分かり易く認識させてくれたものと思っている。
それともう一つ、与党も野党をもいかがわしいと思っている中間層の票を、分かり易いスローガンと政策で維新がうまくすくい上げていった選挙であったと総括できるような気がしている。
 こと地元にとって言えば、与・野党の両候補に活躍の場が継続され、一安心ということであろうか?
 民主主義を衆愚政治の別名と言う人がいるが、一人一人の政治に対する理解度はともかく、それが総体の結論として出てきた時、“天の声„と感じられることが多いのは私だけではないと思っている。

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2021年10月29日 (金)

選挙は戦い

 このところ、ワクチン接種が進んだせいか、鎮静化の兆しはあるものの、国難とも言えるコロナ禍も2年近く経過したことになる。

 昨年の市議・市長選に続き、今回の総選挙もこれまでの政治活動、選挙対策ができにくい状況が続いている。

そのため選挙活動の形態も大きく様変わりしてきている。

個人演説会は姿を消し街頭宣伝活動が主流となり、新しいコミュニケーション・ツール(SNSなど)を活用した新戦略が導入され、電話作戦も候補者の声を録音した自動電話で行われており、ポスティングなども専任の業者に委託されているという。あまりの目まぐるしい変動ぶりに旧来の方式に慣れてきた者はついていけない。

 選挙は限られた議席を争う戦いである以上、避けられないのが広報合戦である。当事者でない人の目には見苦しく映るやもしれないが、いかに自分たちが正当であり、相手が間違っているかを言い争うことになる。

 そうした中、正面からの政策論争ばかりではなく、根拠の無いデマ宣伝が流布されることもある。

こうしたデマゴーグは、いかにもまことしやかな美辞麗句につつまれていることが多く、ついつい人の良い人は騙されてしまう。ちょうど「オレ、オレ詐欺」の手口に似ている。

 以前、ブログに書いたことがあるが、選挙も戦いであるため、時に様々な謀略をめぐらせた戦国時代のような争いが行われることもある。選挙妨害、怪文書、買収、脅迫、etc。また、そうしたことが高度な戦術だと信じている人達もいる。

政策論争よりも、相手に対する誹謗中傷の方がアピール効果が大きいこともあって、そうしたことが無くならないのだろう。

仕掛けられた争いに防衛上、対抗してゆくこともあるが、そうした争いをどの程度でとどめるかも思案のしどころである。

 また、公約の信憑性の方も不透明性を増している。

人の歓心を誘うものなら、実現性の無い公約も平気で掲げられる(ちょうど昨年の5万円公約のように)。

「選挙に勝ちさえすれば後から何とでも言いくるめられる」

という考え方であろう。

また、大衆はものごとを時と共に忘れる存在でもある。もとより政権側でなければ実証責任は問われることもない。

 

 2016年7月に行われた都知事選挙において、緑の党の小池百合子候補が掲げた公約は“七つのゼロ”であった。

「待機児童ゼロ」「介護離職ゼロ」「格差ゼロ」「満員電車ゼロ」「残業ゼロ」「電柱ゼロ」「ペット殺処分ゼロ」の七つである。

 努力目標としてのゼロだったのかもしれないが、4年以上経って条件付きながら実現したのは最後のペットの件だけだった。その後、マスコミも彼女の責任を問う声はない。

 選挙の熱気が冷めてしまえば、有権者は1つ1つの公約など覚えておらず、時と共に消えてしまう。そうした大衆心理の特性を十分承知の上で、大言壮語のカラ手形・公約がまかり通ってしまうのである。

「選挙は勝つことが最重要であり、公約の実現、非実現は結果論」と強弁する人もいる。

「勝ちさえすれば、後から、なんとでも言い訳でき、ゴマかすことができる」ということであろうか?こちらも、野党となれば、公約の実現責任は問われることはない。

現在進行中の選挙でも、各党の公約の中に同様の傾向が散見される。そうしたことも十分考えて投票したいものである。

先の市長選は、断言•反復•わかりやすさが市民に強く影響を与えた。我々は情報を鵜呑みにしないこと、疑う視点を常に持ち続けること、ひとと違う意見を持つことをこわがらないことが、いま求められている。

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2021年10月18日 (月)

ヒトラーの大衆扇動術について

 これは昨年の選挙中、私が書いたブログ原稿である。発表せずに選挙を終えてしまったものであるが、先日、書類を整理していて発見したので今回一年遅れで発表することにします。



 昨日、夕食をとりながらテレビのコマーシャルを観て、フト思い出したことがある。
テレビ番組の画面の中に、一定間隔で一瞬だけ単純なメッセージ(商品名や政治的スローガン)を入れて繰り返し放送すると、人間は無意識のうちにそれを記憶するようになるという。
 例えば、番組の中でコーラの映像を視聴者が気づかないほどの間隔でしのばせて流すと、なぜかしら番組中や番組の終わった頃にコーラが飲みたくなっているという。
 このように人の意思や意識を超越して心をコントロールできるため、ナチス・ドイツや共産主義者が大衆コントロールの手法として研究していたという。
これをサブリミナル効果というが、確か、現在テレビの放送でこの手法を使うことは法的に禁止されているはずである。
 しかし、昨今、選挙においてこの手法が用いられている。1年ほど前から、町中に詳細不明のスローガンだけのポスターが所かまわず貼り巡らされている。地主や家屋の持ち主の許可をとらずに貼られているケースもあるという。(この場合、勝手にはがしても罪にはならない)
 明確な財政的根拠も政策説明もないが、人目に付き易い所に、これでもかとばかりに単純なスローガンやメッセージが書きなぐられている。
 それを見た人の目と心には言葉とイメージが残る、まさに大衆社会におけるマーケティング戦略の狡知にたけた活用といえる。
 こうした手法をバカにする方もみえるが、人間を意志ある人と見ずに単純に刺激に反応する動物と捉え、ポスターによるサブリミナル効果を企てているとしたら、これはなかなかの悪知恵である。
 ボクシングにおいても、自分のガードを固め、相手のスキをみて腹部に集中的なボディーブローのパンチを打ち続ける戦法があると聞いたことがある。
 これを繰り返し続けることで相手のスタミナを奪い、足を止めることができるという。
 通常、選挙中の宣伝ポスターは違法となるが、政党の政策ビラとしてのモノは合法である。
 法律の合法・非合法の境目を狙ったこうした手法で、ポスターによるサブリミナル効果をねらったようである。
 個々の人間の冷静な思考を越えて、何の根拠もなく、ただ目と耳に心地よいメッセージをすりこんでコントロールしようとする。こうした手法が現代の選挙にどの程度の効果を発揮するものか私も注目している。

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2021年10月15日 (金)

新時代の広報活動の重要性について


 今年の春先から、新たなSNS(フェイスブック、インスタグラム)に挑戦してきました。まだまだ試行錯誤のさ中ですが、こうした情報伝達の重要性を遅まきながら実感しております。また、夏場の多用にかまけて、これまで継続してきていたブログの方がおろそかになってしまい、その点についておわび申し上げます。
 選挙後「あなたのブログは長すぎて、多くの人は全部読みませんよ」というアドバイスを何度か頂きました。しかし、モノゴトを正しく伝達するためには、あえてそうした手段も必要であると思っております。
 いずれにせよ、「内田はもう政治はギブ・アップか?」と思われないように、これから再開致しますので何とぞよろしくお願い致します。
 時代の変化と昨今のコロナ禍によって、旧来の政治活動というものが難しい環境となっております。これまでのように各地域で大人数を動員しての集会のようなことがやりにくくなっております。
 とりわけ保守陣営にとっては、このことは大打撃であり、これまでの活動方法の大幅な見直しが迫られているところです。
 選挙戦における事務所のあり方、動員システム、電話作戦、街頭宣伝活動の仕方など、すべてに再検討の余地があります。
一言で言うならば好むと好まざるとにかかわらず、状況的に都市型選挙への移行が求められています。
しかし、今はともかく情勢(コロナ)がおちついてくれば、いずれ地方においては旧来のシステムの有効性も復活してくるとも考えられます。
 今後、保守の後援会型選挙の良い点を残しながら、新たなシステムを模索して参ります。
 この夏にかけての度重なる“緊急事態宣言„のため計画していた地域会合はことごとく中止や延期となり、かわりに少人数で行われている趣味の会などに何度か出席させて頂きました。
 そうした政治的でない会に出席させて頂き、お話しをうかがう中で、これまでの8年間の市政について、私の政策の意義や目的、手順などについて、思いの外、一般の市民に御理解頂けていないこと、また私なりに8年間、多くの市民対話集会開催等努力はいたしましたが、市民のみなさまより、私の気づかぬ多くの貴重なご指摘をいただき、今後の政治活動の要としたいと考えて居ります。
 従来のような情報伝達方法のあり方を考え、市民の皆様のニーズ、関心が、いずこにあるのか、真摯に考えなければならないと実感しました。
広く多くの市民の皆様に正しい情報をいかに伝えるか、広く多くの市民の皆様からの情報を
いかに的確に把握するかが、今後の内田康宏の課題となります。
 今日の、さらなる大衆化社会の進展する中、旧来の広報活動の限界を見極め、それをカバーできる新しい広報宣伝活動の必要性を思い知らされております。
 もし良いアイデアがありましたらぜひアドバイスをお願いします。

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2021年6月11日 (金)

前・犬山市長、田中志典氏来岡

 昨秋の落選以来、何かと心にかけ御心配頂いていた前・犬山市長の田中志典さんが5月半ばに岡崎を訪問されました。
 私達は県会議員時代に、私が副議長で、田中さんが自民党の幹事長として共に仕事をした仲であり、大学の同窓生でもあります。その後、田中さんは県政功労者会の役員であったこともあり、様々に気配りをしていただいております。
 当日はあいにくの雨天ではありましたが、私にまだ少しは〝晴れ男〟としての御利益が残っていたせいか市内を周遊している間はおおむね雨も止まってくれました。
 まずは到着早々、東岡崎駅前に一昨年秋に完成した新たな岡崎のシンボル、家康公の騎馬像を御覧頂きました。

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 神戸峰男先生がライフワークとして手がけられた作品の見事さもさることながら、像と1枚岩を使った台座の建設費1億2千万円のほとんどを市民からの寄付で賄えたことに対し、岡崎市民の郷土愛の高さを感心してみえました。〝ピンチをチャンスに変えて、人生を切り拓いて行った郷土の英傑〟のように、岡崎の子供達が困難に直面した時に、この像を見上げて発奮してもらいたいものです。

 田中さんが岡崎にみえたのは、10年ぶりのことだそうであり、当時に比べて東岡崎駅と乙川沿いの風景の変容ぶりに大変驚いてみえました。
 2015年から工事が始まったこの区域の整備事業は、観光岡崎という新しい経済の柱を築き、外から訪れた皆さんに岡崎の歴史と風景を楽しんで頂くと共に、そこに暮らす市民に、より快適な生活と美しい景観を提供するために行ったものです。
 さすが田中氏は元市長であり、国と県との共同化、ことに〝かわまちづくり事業〟〝歴史まちづくり事業〟のダブル認定を活用し、総額99億円の総事業費の半分近くを国の補助金で達成したことを高く評価して頂き、ありがたく思った次第です。

 東岡崎駅の改築を含めた駅北・西側の高度再開発事業が、三菱地所の資本参加によるプランニングで進行する中での市長交替となったため、今後の成り行きを大変心配しているところです。
 「もし現行の計画が中止ということにでもなると、駅前再開発が今後同じレベルで実現されることは不可能に近い」という私の話を興味深く聞いてもらえました。
 桜の季節を過ぎていたのが残念でしたが、河川敷の風景を眺めながら桜城橋までそぞろ歩きをしました。この橋は幅が16メートルと殿橋と同じであります。単に人が渡るだけでなく、橋上の空間を活用して、駅前と中心街を結び、新たなまちの賑わいをつくり出すためのことであることに興味をもってもらえたようです。さらに表装が木調になっているのは、市内の中山間地の山林整備のための木材活用である点も高く評価して頂きました。

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 伊勢神宮の神橋のように10~15年ごとに表装の木材を取り替える作業をお祭りやイベントとして活用したいと考えていました。また、廃材も捨てるのではなく、帆船「海王丸」の取り替えた旧マストが小さく切断され、キーホルダーとして売られているように、何か岡崎的なオミヤゲとして再利用したいと思っていました。田中さんは「民間のアイデアを活用すると面白そうだ」と賛同されました。

 天下の道から籠田公園への取り組みは、何年もかけて、地元代表はじめ都市計画や街づくりの専門家の方々の知恵と経験をもとに、世界の先行事例を参考に練り上げたものであり、さらに市民対話集会や政策説明会を繰り返す中で、修正を加えながら進めてきた事業であるとことをおほめ頂きうれしく思いました。

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 徳川四天王の石像は、長年地元の石工業界から切望されていた日本一の技術力を証明するための仕事でもあり、私が第1回目の選挙以来公約として掲げてきたものの一つであります。現在展示されている各作品はQRコードの活用により多言語(五ヶ国語)で案内が聞けるシステムとなっており、コロナ終息後のインバウンドが回復したあかつきには、観光岡崎の実現に向けて大きな力となるものと思います。

 昼食後、岡崎特産の八丁味噌蔵の見学に行きました。突然の訪問にもかかわらず快く御案内頂いた早川さんには大変感謝申し上げます。

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 田中氏はかつて県会の観光議員連盟の会長をしてみえたことがあり、八丁味噌訪問は初めてのことではなく、昨今大きな問題となっている岡崎の八丁味噌の名称と起源についても正しく御理解頂いており、ありがたく思った次第です。
 その後、248号線を北上し、訪れたのは御存じ、徳川家の菩提寺、大樹寺です。松平家八代の墓石と歴代徳川将軍の位牌も観て頂きました。

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 遠方からのお客さんには必ずこの二つを御覧頂くことにしていますが、よく「どうしてこんなイナカにこんなものがあるのか?」という顔をされるとお話をしたところ笑われました。今も山門を通して岡崎城が見えるビスタラインが健在であることに大変感心されていました。
 そして私の事務所に立ち寄り、休憩してから、最後に私の一番のお気に入りである東公園の恐竜コーナーへと向かいました。

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 私が市長の折に、さる知り合いの篤志家の御好意により総額2億円の個人寄贈によってでき上がったものです。この方は多目的広場の木製遊具や市民病院救命救急センターへのMRIの寄付も含めるとお一人で5億近い御協力をして頂いております。私はそういう市民のいる岡崎市をありがたく思うと共に誇りに感じております。
 いずれにせよ、こうした施設に触れながら育った子供達がさらに〝夢ある新しい岡崎〟を築いて行ってくれることを祈っております。
 時間の都合もあり、その後、再び振り出した雨の中、駅に向かいましたが、次回は仲間も増やし、さらに訪問先も増やしてゆきたいと思います。

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2021年4月18日 (日)

いよいよ始まった新しいまちづくり

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 4月10日、11日の土日は久しぶりに両日とも好天に恵まれ、籠田公園では市民の主催による「春まつり フラワー&ミュージックフェスティバル」が行われた。園内にはいくつものキッチンカーが出店し、ハワイアンにフラダンスやフラメンコ、昭和の懐メロ演奏などが響いていた。桜城橋もキッチンカーが立ち並び、いずれも活気づいていた。

 私が進めてきた「QURUWA戦略」による都市再生事業は、決してハード整備がゴールではなく、そこに出来上がった新たな空間を利用して、市民や民間事業者の皆さんに様々に活用して頂くことが本来の目的のものである。
 本当は昨年の夏にグランドオープンする予定であったが、コロナの影響と工事の遅れにより半年、完成の日が延びてしまったが、籠田公園から天下の道、桜城橋と続くルートの賑わいを見て、心の底から喜びにたえない。

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 11日(日)、私は籠田公園に隣接する知人の多目的ビルのリニューアルオープンに招かれ、4階の屋上から籠田公園の全景を眺めることができた。
 先年、「まちづくりシナリオ賞」を獲得したように、多くの識者、専門家の提案を基に会議を重ね、地元の要望を加味しながら念入りに造り上げた公園であるだけに実に機能的に美しく仕上がっており、誇りに思えるものである。

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「改造前は暗いイメージで、深夜に不良グループが集まったり、昼中にお酒を片手にフラつく人がいるような公園であったが、今や朝から小さな子連れのお母さんや、散歩を楽しむ高齢者、夕方には中高生も集う一日中明るい公園となりました。ことに私の家の前に素晴らしい公園を造ってくれてありがとう」
 とジョークを交えたオーナーの挨拶にあるように、人々が楽しみ、くつろげる空間のある公園となったことが何よりの喜びである。
 今後は、さらにこのビルのように公園に隣接した土地に、町の活性化につながる飲食店や魅力的なお店が展開していくことを期待している。そうした流れに乗って、岡崎の街並みが進化してゆくものと確信している。

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2021年4月 6日 (火)

一通の激励手紙と返信

Sakuranoshirobashi20211

 3月下旬、大学進学を控えたある青年から一通の励ましのお手紙を頂きました。他にも善意にあふれる同様のお手紙を頂きましたが、ことに心に響いたものだったので、ぜひ御披露したいと思います。私の返信、それに続く御本人からの返信も、併せて掲載いたします。お手紙は御本人の了解のもと、一部字句修正させて頂きました。
 この方は今年の4月から、県外の国立大学で政治・経済の勉強を始められるとのことです。私は今回、大きな挫折を経験しましたが、将来新しい可能性が生まれることを期待しております。


最初のお手紙(青年→内田)

拝啓
 内田先生、また貴後援会の皆様におかれましては、昨年に岡崎市長選挙にて大変残念な結果となってしばらく経ち、先生の再起へ向けご奮闘なさっていることと存じますが、若輩者ながら、私から来期、又はもしか現職が解職請求により失職した際の先生の再起を心より期待して、激励申し上げます。
 昨年の選挙では、私は先生が再選を果たされるものと確信し、十八歳となり初めて得た一票を先生に投じたものの、結果として中根氏が大差にて勝利し、私は愕然としました。そしてそれまで注視していなかった氏の戦法を知り、財源など到底確保しえない一人当たり五万円の支給や、長きにわたり大企業も加わり計画を練ったコンベンションホールの白紙化などそのあまりにも無謀で無責任で、無知な有権者をだますような公約に辟易し、また内田先生がコロナ対策をしていないというデマも併せて票を稼いでいたことを知り、このような人が内田先生を破ったのかと怒りに覚えました。(しかし先生の陣営も慢心とまでは申しませんが、権力に対してなんとなく目が厳しかった情勢を察して、集会が憚られた状況であったとはいえ相手に言われっぱなしに終わらない選挙活動は出来なかったのでしょうか)

 氏は当選後直ぐに田村厚労相に対して「水道事業にコンセッションを導入しない宣言」なる、あまりにも幼稚で書式すら大人であることを疑うような文書を岡崎市長の名のもと提出したことやコンベンションホールの白紙化を企業に通知したことをTwitterにて公表しました。私は内田先生が築いた国(省庁)や民間との信頼関係を著しく損ねる氏の暴政を許せません。私の考えでは氏は票を買ったにすぎず、水道の民営化反対をはじめとする政策の転換や先のとんでもない宣言を彼の独断で提出することに市民は賛成したとは言えません。結局その代金たる五万円の支給については、議会にて圧倒的多数により否決されましたが、氏は恥ずかしげもなく、提案したことで公約を果たしたことになる旨述べる始末です。
 この騒動は全国的に報道されましたが、現在ではほとんど報道されず市民も氏に対する不満を忘れかけているように思われます。私は氏の再選はあり得ないと思う一方、今期は安泰であるとは思っていないだろうかと日々悶々としております。

 市長職を奪回し、氏がかき乱した方々との関係を修復することができるのは内田先生しかおりません。先生は市債の大幅な減少と税収増加、国や民間と連携した積極的な公共事業、総合病院の新設などで手腕を発揮され、二〇二〇年の日本総合研究所による中核市の「幸福度ランキング」では岡崎市は全国で豊田市に次ぎ第二位と躍進しました。このような実績にもかかわらず、多くの市民が中根氏のデマや現実味のない公約に騙されてしまいました。実際、私の高校のクラスには中根氏の当選を受け、「五万円のほうが勝った、やった。家族にも頼んだんだ。」と喜ぶ生徒がおり、普段選挙へ行かない無知な人まで動員した中根氏の作戦勝ちかと納得する一方、彼らの政治への意識の薄さに落胆しました。特に去年から今年にかけてはこのことを実感します。国の政策に対して、TwitterをはじめとしたSNSやメディアで得た誘導や偏見を含む情報を基にした批判をする人や信仰に近い思想から意見を異にする人に攻撃を仕掛ける人など、所詮政治とは無知な人に気に入られるもの勝ちかと思わされます。
 この手紙を書くきっかけとなったのもそのことで、先日岡崎観光伝道師である東海オンエアが中根市長とともに彼らをモチーフにしたマンホールの除幕式に参加した模様を公開しました。その動画には中根氏に対して一部批判がある一方で「腰が低い」「優しそう」などと話し方や見た目のみを根拠とした賞賛のコメントが集まっております。これはまったく政治家としてあるべき姿ではなく、このような風潮はよくありません。あのような首長を誕生させたことで人々が自身の考えを見直すきっかけになることを氏の当選直後期待しましたが、ただのニュースとして忘れ去られ全く望み薄であるようです。私は将来政治の世界に入る気は先の理由からありませんが、次世代を担う者としてその行く先を大変憂慮しております。ぜひ先生には、一時的ながら政治の世界への関心が高まった岡崎市で以前のような政治をしていただき、選挙に対する意識の変革をもたらしていただきたいです。直接お会いして激励差し上げたいところではございますが、情勢の関係憚られますので、離れたところからではございますが私は誠心誠意応援致します。
 しかしながら私は今春の大学入試にて県外の大学への進学を決めたため、リコール運動や次回の投票はおそらくできません。それでも岡崎市で生まれ育ったという誇りを捨てたくはありません。重ね重ね申し上げますが先生の再起を心からお祈りします。以上末筆ながら私の思いが伝われば幸いです。

敬具


返信(内田→青年)

拝啓
 進学準備でお忙しい中、心温まるお手紙本当にありがとうございました。
 早速読ませて頂きましたが、18歳の方が行政の仕組みや運用システム、選挙の実態まで正確に分析し、理解をしてみえることに驚かされました。
 地方自治体の仕事は法律にのっとり、国や県との連携・共同、民間との協力無しには実現できません。ことに昨今のように市民の要望が多様化し、財政事情が思うにまかせない中、民間の力を上手に使いながら事業計画を作成してゆくことは不可欠なことだと思っております。
 しかしながら、常に野党的立場にあり自ら建設的な提言もせず、反対ばかりしてきた人たちの中には、議員であってもそうしたことを理解していない方がみえるというのが現実であります。
 私は今でも自分が行ってきた政策は合理的なものであり、岡崎市にとって適切なものであったと確信しております。
 これまでの岡崎市の豊かさの財源は「モノづくり産業」によるものです。そこに岡崎独自の歴史文化遺産と美しい山、川の自然空間を活かした観光産業、山間リゾートを整備することで新たな財源とより豊かな市民生活が実現できるものと信じ邁進してきました。
 その政策の実施に向け庁内、議会における検討、議論はもちろんのこと、外部団体、識者、専門家、地域代表、各業界の方々とも数多くの話し合いの機会を持ち、8年間で400回を超える市民対話集会・地域説明会を行い、望まれれば小中学校、全高校、大学まで出かけてゆき事業説明とフリートーキングによる議論の場を持ってきました。(今の人は事前に選別した代表者だけとの話し合いを公開しタウン・ミーティングと称しております)
 いずれにしても、これほどの手間と時間をかけて事業を推進してきた市長は私のみかと自負しております。
 しかし、新型コロナウィルスの感染拡大のため、この一年間だけ思うような活動を行うことができませんでした。また現職の市長であるため選挙直前まで仕事が一杯で告示の3日前にも上京して各省庁に要望活動を行っておりました。
 そうした状況における選挙でしたが、形としては共産党を除く政党とほとんどの業界団体からの推薦を得ての盤石の体制での選挙でした。結果がこうなってしまえば、慢心や油断と言われても返す言葉もありませんが、現職の市長選挙と言うのはどこでもこうした形で行われるものです。
 ただ、今回は相手が元国会議員で、ある程度の知名度のある人であり、推薦に加え政策協定まで結んだ各労働組合もコロナ禍により各組合員への連絡が不徹底なものとなっていたと聞いております。協力をお願いする立場としては、それ以上の介入はできませんでした。
 今回コロナ禍での不十分な形での選挙運動、禁じ手の「一人5万円還元」公約とウラミはありますが、選挙に敗北したという厳然たる事実の前に「これが天命、潔く身を引く」ことも考えました。しかし、あなたと同じく多くの支援者の励ましの声に支えられてガンバッております。
 今回後手を踏んでしまったSNS(ツイッターなど)を使った選挙作戦についてはしっかりと対応して参りたいと思っております。また気がついたことがあればぜひ教えて下さい。

 民主主義が衆愚政治に陥りがちな欠点があることは、いまさら中国の共産主義者に指摘されるまでもなく、ギリシャ・ローマの時代から多くの識者が言ってきたことです。はからずも今回それが我々の地元において再び立証されたことは残念な限りです。
 TVのニュースで「5万円で投票した訳ではない」と大見栄を切っていた共産党支持者らしい御婦人がいましたが、昨年の国からの10万円給付金を受けなかった方は、忘れていた方も含め全岡崎で57人にすぎません。各種アンケートでは「本当に困っている人に」と言っていた人も多かったのですが、残念ながらこれが人間の実態であります。もちろんコロナ禍のもと将来への不安を感じていた方がそれだけ多かったということでもあります。
 本来ならば若く理想に燃えるあなたのような見識の高い方にぜひ政治の道に進んで頂きたいものですが、一般に本当に賢い人は、政治のようにドロドロして、人間関係の面倒くさい世界には入ろうとしない方が多いようです。
 マックス・ウェーバーの『職業としての政治』の最終章にあるように、政治家とはいかなる苦境にあっても決してくじけない強い精神と肉体の持ち主でなくてはならないと思います。
 私が御期待にお応えできるものかどうか分かりませんが、これからもできる限りの努力をして参る覚悟ですのでよろしくお願い致します。

 将来に向けて実り多き大学生活となることをお祈り申し上げます。本当にお手紙ありがとうございました。

敬具


2番目のお手紙(青年→内田)

 私が差し上げた手紙をお読み頂き、お返事まで下さり本当にありがとうございました。大変嬉しかったです。
 私は先の手紙を書くにあたって、市のホームぺージで例のコンベンションホールに関する資料を見たり、様々な媒体で勉強し、PFIやVFM、プロフィットシェアリングなどの知識を得た上で、あくまで今の人への私怨ではない見地から書くことに努めました。

(中略)

追伸
 現職故の事情で選挙活動が上手くいかなかったことを理解せず、苦言にも至らない事案を添えたことをお詫び申し上げます。
 戯言かもしれませんが・・・
 私は私が生きている間に現在の普通選挙に基づいた政治に限界が来て、今のロシアや中華人民共和国のような体制になるのではないかと危惧しております。
 まともな有権者教育が行われて、人々を現実的な判断に導くことができればと思いますが、国家による洗脳と声の大きな人達に焚き付けられてより一層状況が悪化するのは目に見えております・・・。


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2021年4月 4日 (日)

古シャツと景気?

 フロから出て着替えをしていたところ、いきなり肩口からシャツが裂けてしまった。嫁さんは「太ったからだ」と悪口を言うがそうではない。
 私は比較的モノもちが良いため、何につけ長く愛用しているモノが多いからである。女房殿には「お前がそうしていられるのも、そんな俺の習性のおかげだ」などと言い返している。
 直せばまだ着れそうな古シャツだが、縫い付けて今しばらく使おうかどうか迷っている。着古したシャツの膚(はだ)ざわりというのは何とも言えぬ安心感があるからである。

 昔、高校の担任から、破れた靴下を繕ってはいていたところを見られ、ほめられたことがあった。ボーイスカウトあがりでいつも裁縫道具を持っているため、戦時中でもあるまいに、こうした生活習慣がしみついてしまっているのだ。
 友人からは「お前のような奴がいるから、なかなか景気が良くならないんだ。古くなった服など捨てろ」と何度も言われたが、なかなか直らない。
 しかし1年前とくらべ、5kgほどやせたせいか、「やせたら着よう」ととっておいた昔の背広が着られるようになり、とんだ〝ケガの功名〟であった。
 もう背広は一生買わなくて済むかもしれない。(洋服屋さん、ゴメンなさい)

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2021年3月20日 (土)

中央緑道「天下の道」、完成

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 3月20日(土)、中央緑道「天下の道」が供用開始された。本日、完成を記念して市内各地でイベント「#QURUWAと暮らす」が開催された(21日は天候の関係で中止)。
 それに先立ち、あいにくの雨天ではあったが、去る3月13日(土)、地元の町内会の皆さん主催によるオープン記念式典が開かれた。

 本来、昨年の8月には完成しているはずであったが、工事中、籠田公園の地下から出土した大量の昔の建築廃材を取り除いたり、NTTの光ファイバーなどが集積するエリアが経路になっていたりしたこともあって、想定した以上に手間と時間がかかることとなり、工期が半年以上伸びてしまったのである。

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 いずれにしても、私の施策の中でも一大エポックとなるべく進めてきた事業であり、「天下の道」は、「QURUWA戦略」や乙川リバーフロント整備計画における桜城橋と並ぶ中心施設であり、今回無事に完成したことはたとえようもない喜びである。あとは多くの皆様の知恵と力を結集して、完成した新しい空間に人々が集い、それぞれ有効に活用して頂くことが大事なことである。完成予想図にある挿絵のように、経路にある階段は、高齢者や幼児、身障者にも配慮したゆるやかな勾配となっている。通路としてだけでなく、そこに腰を下ろしてくつろげる仕様となっている。

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 市民の一人一人が個人で、あるいはグループで、各スペースを有効活用されることを願っている。施設の使用目的に必要以上にこだわる方もみえるが、この空間は一人一人の癒しのスペースとして使われるだろうとも考えている。
 ふと立ち寄って、モノ思いにふけったり、木陰のベンチで読書をしたり、友人と語り合ったり、犬と散歩を楽しんだりする心の許せる空間となることを期待している。
 四体そろった徳川四天王像が岡崎の歴史と石工業の技術力を伝えることになる。コーナーの階段部分ではギター片手にミニコンサートを開くこともできるし、随所にキッチンカーも配することができる。利用価値はこれまでとは比較にならないはずである。あとはともかく御利用頂くことである。

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 今後、現市政がどういう方向に進むものかは分からないが、私は、籠田公園から天下の道、桜城橋にかけて進めてきた数々の斬新な実験の中で、人々に支持され、有用性の高いものは市内の他の公園へも波及させることを考えていた。
 もちろん、それぞれの公園には個別の特徴があり、地域の皆さんの要望を踏まえて実施するつもりであった。すでに矢作公園には籠田公園と同様な「遊べる噴水」の計画があり、東公園からも同じ要望が出ていたと記憶している。
 いずれにしても自己の生活圏の中に、そうした自然と接することのできる安心空間が存在するということは市民生活において重要なことだと思っている。ヨーロッパの街中そこそこにある、さりげなくもオシャレでくつろげる空間、様々に活用できる空間として親しむことのできるものであってほしい。
 加えて、NTT岡崎ビルの駐車場スペースの一角にはオープンカフェができる計画がある。また、すでに民間の事業者が通りの雰囲気にあわせて、いくつもの新しいお店を出して頂いていることは喜ばしい限りである。
 これから、この通りの変化に触発されて、岡崎の町並みがさらに変化し発展してゆくことを願っている。

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2021年3月 9日 (火)

NHK大河ドラマ『どうする家康』決定を祝す!

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 今年の1月19日、松本潤氏を主演とする『どうする家康』の制作発表が行われた。NHKの大河ドラマで徳川家康がメインとなるのは、40年ほど前に滝田栄氏が演じたとき以来である。『徳川家康』(1983年)の原作は山岡荘八氏であった。
 先年(2015年)、「家康公四百年祭」が開催された際、静岡市、浜松市の両市長、岡崎を含めた各市商工会議所と市民代表の皆さん方と共に、NHKの本社まで要望・陳情に出かけたことを思い出した。

 もちろん名古屋支社の方へは、これまで訪問する度に『ブラタモリ』と共に大河ドラマの件も話題にしてお願いしてきたものだ。とは言え、毎年NHKには、全国から何十という地域からの地元の偉人・英傑を主題にした大河ドラマ制作の要望が引きも切らない上に、NHKとしても視聴率が重要であるため、陳情活動をしたら実現するというものでもない。
 やはり視聴率を稼げるのは戦国モノであるが、徳川家康はそれぞれのドラマの定番のキャストであり(しかも悪役風が多い)、イメージが地味なせいもあってなかなか主役の役回りとはなりにくかった傾向がある。
 しかし昨今、古文書や死蔵されていた手紙の発見にあわせ、新進気鋭の学者の登場によって従来の歴史の定説がいくつもくつがえされている。そうした例の一つして『麒麟がくる』がある。昨年の大河ドラマの明智光秀は主君に対する裏切者というより、理想主義の平和を愛する人物として、独裁者信長を倒した悲劇の英雄として描かれていた。

 戦国時代について今一つ注目すべきポイントは、あの時代が単なる日本国内の大名同士の領地争いにとどまらず、ヨーロッパにおけるスペイン、ポルトガル、イギリス、オランダの世界覇権をかけた争いの一部でもあった点である。
 そのための重要な要素として、日本の軍事力と、当時世界の3分の1を産していたと言われる日本の銀の力、そして一向宗やキリスト教の影響力というものも新たな切り口で描いてほしいものである。当時、イエズス会の神父たちが本国に宛てて送った手紙の資料的価値も注目されている。

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 今回の『どうする家康』の決定は一岡崎市民として喜ばしい限りであるが、単なる若手スターの起用による〝面白ドラマ〟に終わらないことを願っている。できれば、元市長としては、安部龍太郎氏の長編小説『家康』を参考に、骨太の歴史検証ドラマとなることを期待している。
 もしそうなれば、これまで岡崎市が市民と共に長年積み上げてきた観光産業都市・岡崎としての様々な歴史文化遺産の活用事業が生きてくる。また、そうした番組に出演することによって嵐の松本潤氏も、まむしの道三を熱演した本木雅弘氏のように、ジャニーズから一皮ムケた大人の俳優に成長するのではないかと思っている。いずれにしても本市にとってはありがたいことである。

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