2022年4月 6日 (水)

今さらですが、なぜ人道橋だったのか?

  そもそもは渋滞解消のため「築後90年になる古い殿橋明代橋をかけ替えたい」というのが始まりでした。
それぞれ橋上緑地帯のある幅広の新橋にしたいと考えていました。
しかし殿橋が昭和初期に造られ、戦渦に残った全国でも貴重な橋であり、簡単にとり壊せない橋であることが分かり、断念しました。
 かわりに、県道にかかる二つの橋は、県がしっかり補強することになりました。しかし「街の活性化のための河川公園の施設として人道橋を!」というアイデアが“岡崎活性化本部”(地元代表、商工会議所、学者、専門家の会議)から提言書の1プランとして出されました。
それを市議会で討議し、市役所内でも検討して決まったものが桜城橋です。
名前は公募し、中学生がつけてくれました。
 一部の人から“100億円の橋”と悪口を言われましたが、実際は基礎工事も含めて21億円です。
もともとその場所に橋を造る計画が3代前の市政の頃からありましたが、県河川にかかる橋は県の所管するもので実現しませんでした。しかし、岡崎市が国の「かわまちづくり」「歴史まちづくり」の2つの事業認定を受け、モデル都市となったため大きな国庫補助を受けリバーフロント計画が実現したのです。
 また桜城橋は過重量となっていた殿橋の負担を減らすため、その下に殿橋の下を通っていた水道の本管、電線、NTTの配線などがまとめて配置された「ライフ・ラインとして重要なもの」となっています。
 橋上の仮設・商業施設も、活性化本部やまちづくり専門家からのアイデアです。
 幅広の人道橋は、夏の花火大会には身障者(車イス)や施設の子ども達高齢者のための特設無料観覧コーナーとしても考えられていました。
 また災害時には新しく強度のある桜城橋が二橋の助けにもなります。表装に額田の木を使ったことで、山林の整備にも寄与しています。Uchida22040601Uchida22040602Uchida22040603

ツインブリッジ構想から桜城橋へ

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2022年3月22日 (火)

天風南賜流南賜吟道会創立四十周年記念

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   3月21日(日) コロナ禍の折り、昨年から慎重に準備を重ねてみえた天風南賜流南賜吟道会の創立40周年記念の大会が三谷温泉 明山荘にて盛大に開催されました。

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   30周年、35周年の大会にも御案内を頂いている私としては、当然お祝いのため、参加する心づもりでおりましたが、今回も来賓としてお招きを受けたことに大変恐縮しております。

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   老若男女をそろえた御一門の皆さんの充実した発表会、趣向をこらしたお楽しみ演芸の後、各会派の先生方の吟詠、吟舞、剣舞、詩舞、朗詠と実に多彩で一流の技の披露が続き、本当に格調の高い早春の一日を過ごすことができました。

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   吟・剣・詩舞道はまさに我国、日本の文化と伝統の真髄を体現した芸道であり、詩歌や舞を通して、日本人の精神と礼節までを伝える貴重な文化遺産であると言えます。

 国際化が進み日本独自の文化の希薄化が心配される今日、こうした文化活動を通じて我国の精神文化の高揚と伝統芸術が末永く伝えられることを祈るものであります。

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   本大会の実現に向けて尽力された一人一人の皆様に改めて感謝申し上げると共に、二代目宗家 酒井南賜先生を中心に天風南賜流南賜吟道会がさらなる御発展をされますことを心からお祈り申し上げます。

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2022年2月 9日 (水)

後援会の皆様へ

略 コロナ対策の為、直接お会いしてお話しできないことを大変残念に思っております。

 人生の“有為転変”を考えさせられるこの一年でしたが、後援会並びに支援者の皆様方の御厚情、お力添えにより、今日も後援会事務所が存続し、活動を継続できますことを心から感謝致しております。

 政治の世界は「一寸先は闇」であり、常在戦場の心でおります。

 すでに、次期選挙まで2年9ヶ月を切り、岡崎のあるべき未来像を心に描きながら、計画的に準備を進めています。

コロナの影響で各種会合の開催も思うにまかせませんが、これからの、より良い岡崎の実現のため、今後ともガンバってゆく覚悟でありますので変わらぬ御支援、ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

 

  令和四年

内 田 康 宏

これまでの活動

3

     3月に続き12月17日に連合役員会を開催いたしました

 

4 5

         月に一度桜城橋清掃活動に参加しています

  

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           様々な地域の小集会へ訪問しました

8
  
     徳川19代の来訪

 

 

 

 

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2022年1月26日 (水)

桜城橋、橋上清掃

 インスタグラムに、毎月第4土曜日の夕方に開催されている桜城橋の清掃活動のことを載せたところたくさんの方からお便りを頂きましたのでブログでお答えします。
 内田後援会の青年部の活動の1つとして、毎月の清掃活動を行っていますが、私も昨年から参加しております。

Photo_20220126161401  そもそもは、乙川ぞいにある県の総合庁舎の河川課にお務めの職員の方の発想で始まった活動です。「せっかくできた木の橋を市民の力できれいにしよう」という呼び掛けで始まったそうです。
 私が市長の時に結成した岡崎市活性化本部の提言の一つとして人道橋“桜城橋„は河川公園内の施設として造られました。
国の「川まちづくり事業」の認定と県の協力により、市民に愛される美しい河川空間が生まれたことをうれしく誇りに思っております。
 しかし橋の完成当時は市民の皆さんの自発的行動によって橋上の清掃活動が始まることは予想しておりませんでした。とりわけ小さなお子さんまで参加して頂いていることに感動しました。
 この政策を推進していた一人として、私もできることはやろうと思い参加しております。

 先日、NHKのTVクルーがたまたまその様子を取材に来ていました。
私はそうとは知らず、参加者の一人としてふき掃除をしていたところ、「前の市長も参加しているよ」と聞いたスタッフからたまたまインタビューを受けました。

 

Photo_20220126161402 そこで橋建設の成り立ちから、市民の寄附によって完成した駅前の家康公像、さらに歴史や伝統に対する市民の関心と愛郷心の強さなどについて久しぶりに長広舌をふるってしまいました。
 「いつ放送されるか?」という質問もありましたが、正規のインタビューではなく、偶発的に行われたものでもあり、また現市政に対する配慮ということを考えると、このインタビューが報道されることは無いと思われますが、「どんなことを話したのか?」ということを幾人もの方からたずねられましたのでブログにしました。

 もし橋の清掃活動に賛同頂ける方があれば、毎月、基本第4土曜日の午後5時から桜城橋の橋上にて、参加有志によって1時間ほど行っていますので、ぞうきんかモップ、バケツなどを持参の上御参加下さい。(詳しくは主催者様のHPに日程が載っています「桜城橋ふき」で検索)

 橋は10年から15年毎に、額田の木材の活用と山林整備の目的で上部の木材を取り替える計画ですが、少しでも長持ちさせることができれば、幸いと思っています。

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2021年12月 2日 (木)

SDGs 第二弾 ”フランケンシュタイン・ボックス„(テラス用・倉庫)

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   国政選挙後、すきま時間の活用と家にある建設残材の利用により、テラス用の小倉庫を造ることにした。こんなものでもスチール製の売り物を買うと5~6万円はする。家の中の片づけを経済的に進めるためには自作に限る。テーブルに続く第二弾である。
 我々の世代は中学校で技術・家庭科があり、(「今でもある」と妻の声!)基本的なノコギリ、カナヅチ、カンナ、ノミなどの使い方は知っている。ヤル気さえあれば、素人でもかなりのモノを造れるはずである。
 いつもの通り、嫁さんの冷やかしの声を背に木材の選定、採寸にとりかかる。「ジャマだから捨てろ」という声にも負けず保存していたせいで、かなりの木材を買わずにすむことになる。
 天井用の板だけは、四柱との強度を確保するために一枚板である必要があるため、ホーム・センターで購入する。それ以外は半端な板の接続金具とペンキ代くらいですんだ。ことにペンキは、落下してカンが変形したモノを半額セールしていたため安くすんだ。家の空きペンキ・カンに移して使えばいいだけのことである。
 なれぬ作業は、ムリをすると続かない。毎日、少しずつテーマを決めて手順をすすめてゆく。採寸した木材は、別の日に切断、次の日に仮り組み立てをして調整、部材ごとにペンキを塗り、数日放っておく。ペンキがかわいた頃、少しずつ木工用ステンレスネジで止めてゆく。外部に置くため、ステンレスネジを使い、木部は防水・腐食防止ペンキでていねいに塗っておく。これをしっかりやるかやらないかで完成体の寿命が決まってくる。木製品でもペンキがしっかりぬってあるモノは長持ちする。船も同じだそうである。
 倉庫の背中側は見えないので、半端板を金属金具で接合して一枚板として使う。写真のごとくツギハギのフランケンシュタイン・ボックスである。
 しかし建築物ではないし、倉庫としての強度もまずまずである。すきまはすきま材を注入して埋めることにしているが、中に精密機械を収納するわけもなく、少しくらいのスキ間は空気穴だと思えばよいだろう。(気になる人は充填剤で埋めればよい)
 倉庫の内側は、支えの木材で補強し、ついでにその上にタナ板をもうけることで使いがってもよくなる。
倉庫の内側もペンキをしっかりぬっておくことが長持ちのコツだ。第一見た目がきれいである。

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  今回戸ビラには、古い家の階段下にあった納戸の戸ビラをとりはずしてとってあったものを使用した。私が子供の頃、イタズラをすると母親にオシオキ部屋として入れられた思い出の戸ビラである。
 65年以上の歴史と思い出のしみこんだ戸ビラを再生し、余り物を活用して必要なものを作り出すことは、まさに昨今のSDGsの思想にかなっている。
「そんなことをやってる奴がいるから景気が良くならない」という意見もあるが、本来我々日本人はこうしたムダのない生活をしていたはずである。それがいつしか使い捨てが美徳のような文化にそまってしまい、限りある資源のムダ使いをするようになってきた。そうしたことも地球温暖化の一因であるような気がしている。
 余った木材でも、このくらいのことはできる事がわかった。額田森林組合の人から「素人の仕事にしては上出来だ」とお褒め頂いた。今一度、家の中の不用品が再利用できるかどうか振り返ってみるのも一興である。
(今回、倉庫の完成を一番喜んでいるのは、新しいくつろぎ場所を得たネコさん達かもしれない。)

 

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2021年11月 2日 (火)

2021年・続選挙に思う

 「与党苦戦!」の大方の事前予想の中、10月31日、衆議院の選挙が終わった。
野合と言われた野党共闘も、それなりの効果があったのか、全国的に激戦・接戦の選挙区が目についた。
 今回は与・野党のどちらにも時の風が吹かなかったせいか、日頃の政治活動をしっかり行い、新しい選挙ツール(SNSなど)を上手に使い、大衆アピールに成功した候補者が有利に選挙戦を運んだようだ。
 保守の候補者ではベテラン勢の苦戦・惜敗があいついだが、やはりコロナ下の選挙で、大量動員の集会型の旧来の選挙手法を使えなかった情況が大きく響いたのかもしれない。
 有権者も大きく世代交代した時代の変化や、コロナによる人々の生活パターンの転換によって、選挙そのものの形態も変わってきた様に見える。 しかし、こうしたものには、いつも必ず揺り戻しがあるため、旧来の方式が本当に効力を失ってしまったとは思わない方が良いだろう。
 いずれにせよ、自民が単独・過半数を獲ったというのは驚きであった。8月頃の世上の雰囲気は、「政権交代、不可避か?」と思わされるものであっただけに、岸田内閣の初仕事としては、上々の船出であったと言えるだろう。
 先日、総理が岡崎におみえになった時に、総理の名刺を頂く機会を得たが、就任直後であったせいかもしれないが、いかにも生まじめな、中小企業の社長さんという印象であった。
 安倍総理のような、カリスマ性はまだ感じられないが、モノゴトを堅実に進め、余分な失言の心配の無さそうな人柄と見受けた。
コロナの先行きが見えてきた今、適切な人選であったように思われる。
 私は、選挙結果からすれば“自民・単独過半数„に加え、自・公で絶対安定多数(261議席)を獲得したのであるから圧勝であると思うのだが、どうもマスコミの論調は辛口が多いようだ。
 逆に、前回は勝ち過ぎであり、今回減ることは了解事項であったと思う。確かに権力者に「思い上がるな!」と注意喚起をしたい気持ちは分るが、事実は事実である。
 与党勝利の一番の要因は、何と言ってもワクチン接種の進展による、このところの感染者の激減と生活の正常化にあると思っている。
 あえて一つ付加えさせて頂くならば、「ロシアと中国に感謝した方がいいかもしれない」。
通常、内政が混乱している時(コロナ禍)に外交問題や防術問題はあまり選挙のポイントになりにくいものである。(あえて、目を外にそらすために使うこともある。韓国の“反日„のように)
 今回、よりにもよって総選挙の最中に、日本列島を横断するかのように、ロシアと中国の海軍が津軽海峡をパレードしてくれたことが、一般の有権者の目に現在日本が置かれている立場を分かり易く認識させてくれたものと思っている。
それともう一つ、与党も野党をもいかがわしいと思っている中間層の票を、分かり易いスローガンと政策で維新がうまくすくい上げていった選挙であったと総括できるような気がしている。
 こと地元にとって言えば、与・野党の両候補に活躍の場が継続され、一安心ということであろうか?
 民主主義を衆愚政治の別名と言う人がいるが、一人一人の政治に対する理解度はともかく、それが総体の結論として出てきた時、“天の声„と感じられることが多いのは私だけではないと思っている。

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2021年10月29日 (金)

選挙は戦い

 このところ、ワクチン接種が進んだせいか、鎮静化の兆しはあるものの、国難とも言えるコロナ禍も2年近く経過したことになる。

 昨年の市議・市長選に続き、今回の総選挙もこれまでの政治活動、選挙対策ができにくい状況が続いている。

そのため選挙活動の形態も大きく様変わりしてきている。

個人演説会は姿を消し街頭宣伝活動が主流となり、新しいコミュニケーション・ツール(SNSなど)を活用した新戦略が導入され、電話作戦も候補者の声を録音した自動電話で行われており、ポスティングなども専任の業者に委託されているという。あまりの目まぐるしい変動ぶりに旧来の方式に慣れてきた者はついていけない。

 選挙は限られた議席を争う戦いである以上、避けられないのが広報合戦である。当事者でない人の目には見苦しく映るやもしれないが、いかに自分たちが正当であり、相手が間違っているかを言い争うことになる。

 そうした中、正面からの政策論争ばかりではなく、根拠の無いデマ宣伝が流布されることもある。

こうしたデマゴーグは、いかにもまことしやかな美辞麗句につつまれていることが多く、ついつい人の良い人は騙されてしまう。ちょうど「オレ、オレ詐欺」の手口に似ている。

 以前、ブログに書いたことがあるが、選挙も戦いであるため、時に様々な謀略をめぐらせた戦国時代のような争いが行われることもある。選挙妨害、怪文書、買収、脅迫、etc。また、そうしたことが高度な戦術だと信じている人達もいる。

政策論争よりも、相手に対する誹謗中傷の方がアピール効果が大きいこともあって、そうしたことが無くならないのだろう。

仕掛けられた争いに防衛上、対抗してゆくこともあるが、そうした争いをどの程度でとどめるかも思案のしどころである。

 また、公約の信憑性の方も不透明性を増している。

人の歓心を誘うものなら、実現性の無い公約も平気で掲げられる(ちょうど昨年の5万円公約のように)。

「選挙に勝ちさえすれば後から何とでも言いくるめられる」

という考え方であろう。

また、大衆はものごとを時と共に忘れる存在でもある。もとより政権側でなければ実証責任は問われることもない。

 

 2016年7月に行われた都知事選挙において、緑の党の小池百合子候補が掲げた公約は“七つのゼロ”であった。

「待機児童ゼロ」「介護離職ゼロ」「格差ゼロ」「満員電車ゼロ」「残業ゼロ」「電柱ゼロ」「ペット殺処分ゼロ」の七つである。

 努力目標としてのゼロだったのかもしれないが、4年以上経って条件付きながら実現したのは最後のペットの件だけだった。その後、マスコミも彼女の責任を問う声はない。

 選挙の熱気が冷めてしまえば、有権者は1つ1つの公約など覚えておらず、時と共に消えてしまう。そうした大衆心理の特性を十分承知の上で、大言壮語のカラ手形・公約がまかり通ってしまうのである。

「選挙は勝つことが最重要であり、公約の実現、非実現は結果論」と強弁する人もいる。

「勝ちさえすれば、後から、なんとでも言い訳でき、ゴマかすことができる」ということであろうか?こちらも、野党となれば、公約の実現責任は問われることはない。

現在進行中の選挙でも、各党の公約の中に同様の傾向が散見される。そうしたことも十分考えて投票したいものである。

先の市長選は、断言•反復•わかりやすさが市民に強く影響を与えた。我々は情報を鵜呑みにしないこと、疑う視点を常に持ち続けること、ひとと違う意見を持つことをこわがらないことが、いま求められている。

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2021年10月18日 (月)

ヒトラーの大衆扇動術について

 これは昨年の選挙中、私が書いたブログ原稿である。発表せずに選挙を終えてしまったものであるが、先日、書類を整理していて発見したので今回一年遅れで発表することにします。



 昨日、夕食をとりながらテレビのコマーシャルを観て、フト思い出したことがある。
テレビ番組の画面の中に、一定間隔で一瞬だけ単純なメッセージ(商品名や政治的スローガン)を入れて繰り返し放送すると、人間は無意識のうちにそれを記憶するようになるという。
 例えば、番組の中でコーラの映像を視聴者が気づかないほどの間隔でしのばせて流すと、なぜかしら番組中や番組の終わった頃にコーラが飲みたくなっているという。
 このように人の意思や意識を超越して心をコントロールできるため、ナチス・ドイツや共産主義者が大衆コントロールの手法として研究していたという。
これをサブリミナル効果というが、確か、現在テレビの放送でこの手法を使うことは法的に禁止されているはずである。
 しかし、昨今、選挙においてこの手法が用いられている。1年ほど前から、町中に詳細不明のスローガンだけのポスターが所かまわず貼り巡らされている。地主や家屋の持ち主の許可をとらずに貼られているケースもあるという。(この場合、勝手にはがしても罪にはならない)
 明確な財政的根拠も政策説明もないが、人目に付き易い所に、これでもかとばかりに単純なスローガンやメッセージが書きなぐられている。
 それを見た人の目と心には言葉とイメージが残る、まさに大衆社会におけるマーケティング戦略の狡知にたけた活用といえる。
 こうした手法をバカにする方もみえるが、人間を意志ある人と見ずに単純に刺激に反応する動物と捉え、ポスターによるサブリミナル効果を企てているとしたら、これはなかなかの悪知恵である。
 ボクシングにおいても、自分のガードを固め、相手のスキをみて腹部に集中的なボディーブローのパンチを打ち続ける戦法があると聞いたことがある。
 これを繰り返し続けることで相手のスタミナを奪い、足を止めることができるという。
 通常、選挙中の宣伝ポスターは違法となるが、政党の政策ビラとしてのモノは合法である。
 法律の合法・非合法の境目を狙ったこうした手法で、ポスターによるサブリミナル効果をねらったようである。
 個々の人間の冷静な思考を越えて、何の根拠もなく、ただ目と耳に心地よいメッセージをすりこんでコントロールしようとする。こうした手法が現代の選挙にどの程度の効果を発揮するものか私も注目している。

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2021年10月15日 (金)

新時代の広報活動の重要性について


 今年の春先から、新たなSNS(フェイスブック、インスタグラム)に挑戦してきました。まだまだ試行錯誤のさ中ですが、こうした情報伝達の重要性を遅まきながら実感しております。また、夏場の多用にかまけて、これまで継続してきていたブログの方がおろそかになってしまい、その点についておわび申し上げます。
 選挙後「あなたのブログは長すぎて、多くの人は全部読みませんよ」というアドバイスを何度か頂きました。しかし、モノゴトを正しく伝達するためには、あえてそうした手段も必要であると思っております。
 いずれにせよ、「内田はもう政治はギブ・アップか?」と思われないように、これから再開致しますので何とぞよろしくお願い致します。
 時代の変化と昨今のコロナ禍によって、旧来の政治活動というものが難しい環境となっております。これまでのように各地域で大人数を動員しての集会のようなことがやりにくくなっております。
 とりわけ保守陣営にとっては、このことは大打撃であり、これまでの活動方法の大幅な見直しが迫られているところです。
 選挙戦における事務所のあり方、動員システム、電話作戦、街頭宣伝活動の仕方など、すべてに再検討の余地があります。
一言で言うならば好むと好まざるとにかかわらず、状況的に都市型選挙への移行が求められています。
しかし、今はともかく情勢(コロナ)がおちついてくれば、いずれ地方においては旧来のシステムの有効性も復活してくるとも考えられます。
 今後、保守の後援会型選挙の良い点を残しながら、新たなシステムを模索して参ります。
 この夏にかけての度重なる“緊急事態宣言„のため計画していた地域会合はことごとく中止や延期となり、かわりに少人数で行われている趣味の会などに何度か出席させて頂きました。
 そうした政治的でない会に出席させて頂き、お話しをうかがう中で、これまでの8年間の市政について、私の政策の意義や目的、手順などについて、思いの外、一般の市民に御理解頂けていないこと、また私なりに8年間、多くの市民対話集会開催等努力はいたしましたが、市民のみなさまより、私の気づかぬ多くの貴重なご指摘をいただき、今後の政治活動の要としたいと考えて居ります。
 従来のような情報伝達方法のあり方を考え、市民の皆様のニーズ、関心が、いずこにあるのか、真摯に考えなければならないと実感しました。
広く多くの市民の皆様に正しい情報をいかに伝えるか、広く多くの市民の皆様からの情報を
いかに的確に把握するかが、今後の内田康宏の課題となります。
 今日の、さらなる大衆化社会の進展する中、旧来の広報活動の限界を見極め、それをカバーできる新しい広報宣伝活動の必要性を思い知らされております。
 もし良いアイデアがありましたらぜひアドバイスをお願いします。

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2021年6月11日 (金)

前・犬山市長、田中志典氏来岡

 昨秋の落選以来、何かと心にかけ御心配頂いていた前・犬山市長の田中志典さんが5月半ばに岡崎を訪問されました。
 私達は県会議員時代に、私が副議長で、田中さんが自民党の幹事長として共に仕事をした仲であり、大学の同窓生でもあります。その後、田中さんは県政功労者会の役員であったこともあり、様々に気配りをしていただいております。
 当日はあいにくの雨天ではありましたが、私にまだ少しは〝晴れ男〟としての御利益が残っていたせいか市内を周遊している間はおおむね雨も止まってくれました。
 まずは到着早々、東岡崎駅前に一昨年秋に完成した新たな岡崎のシンボル、家康公の騎馬像を御覧頂きました。

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 神戸峰男先生がライフワークとして手がけられた作品の見事さもさることながら、像と1枚岩を使った台座の建設費1億2千万円のほとんどを市民からの寄付で賄えたことに対し、岡崎市民の郷土愛の高さを感心してみえました。〝ピンチをチャンスに変えて、人生を切り拓いて行った郷土の英傑〟のように、岡崎の子供達が困難に直面した時に、この像を見上げて発奮してもらいたいものです。

 田中さんが岡崎にみえたのは、10年ぶりのことだそうであり、当時に比べて東岡崎駅と乙川沿いの風景の変容ぶりに大変驚いてみえました。
 2015年から工事が始まったこの区域の整備事業は、観光岡崎という新しい経済の柱を築き、外から訪れた皆さんに岡崎の歴史と風景を楽しんで頂くと共に、そこに暮らす市民に、より快適な生活と美しい景観を提供するために行ったものです。
 さすが田中氏は元市長であり、国と県との共同化、ことに〝かわまちづくり事業〟〝歴史まちづくり事業〟のダブル認定を活用し、総額99億円の総事業費の半分近くを国の補助金で達成したことを高く評価して頂き、ありがたく思った次第です。

 東岡崎駅の改築を含めた駅北・西側の高度再開発事業が、三菱地所の資本参加によるプランニングで進行する中での市長交替となったため、今後の成り行きを大変心配しているところです。
 「もし現行の計画が中止ということにでもなると、駅前再開発が今後同じレベルで実現されることは不可能に近い」という私の話を興味深く聞いてもらえました。
 桜の季節を過ぎていたのが残念でしたが、河川敷の風景を眺めながら桜城橋までそぞろ歩きをしました。この橋は幅が16メートルと殿橋と同じであります。単に人が渡るだけでなく、橋上の空間を活用して、駅前と中心街を結び、新たなまちの賑わいをつくり出すためのことであることに興味をもってもらえたようです。さらに表装が木調になっているのは、市内の中山間地の山林整備のための木材活用である点も高く評価して頂きました。

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 伊勢神宮の神橋のように10~15年ごとに表装の木材を取り替える作業をお祭りやイベントとして活用したいと考えていました。また、廃材も捨てるのではなく、帆船「海王丸」の取り替えた旧マストが小さく切断され、キーホルダーとして売られているように、何か岡崎的なオミヤゲとして再利用したいと思っていました。田中さんは「民間のアイデアを活用すると面白そうだ」と賛同されました。

 天下の道から籠田公園への取り組みは、何年もかけて、地元代表はじめ都市計画や街づくりの専門家の方々の知恵と経験をもとに、世界の先行事例を参考に練り上げたものであり、さらに市民対話集会や政策説明会を繰り返す中で、修正を加えながら進めてきた事業であるとことをおほめ頂きうれしく思いました。

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 徳川四天王の石像は、長年地元の石工業界から切望されていた日本一の技術力を証明するための仕事でもあり、私が第1回目の選挙以来公約として掲げてきたものの一つであります。現在展示されている各作品はQRコードの活用により多言語(五ヶ国語)で案内が聞けるシステムとなっており、コロナ終息後のインバウンドが回復したあかつきには、観光岡崎の実現に向けて大きな力となるものと思います。

 昼食後、岡崎特産の八丁味噌蔵の見学に行きました。突然の訪問にもかかわらず快く御案内頂いた早川さんには大変感謝申し上げます。

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 田中氏はかつて県会の観光議員連盟の会長をしてみえたことがあり、八丁味噌訪問は初めてのことではなく、昨今大きな問題となっている岡崎の八丁味噌の名称と起源についても正しく御理解頂いており、ありがたく思った次第です。
 その後、248号線を北上し、訪れたのは御存じ、徳川家の菩提寺、大樹寺です。松平家八代の墓石と歴代徳川将軍の位牌も観て頂きました。

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 遠方からのお客さんには必ずこの二つを御覧頂くことにしていますが、よく「どうしてこんなイナカにこんなものがあるのか?」という顔をされるとお話をしたところ笑われました。今も山門を通して岡崎城が見えるビスタラインが健在であることに大変感心されていました。
 そして私の事務所に立ち寄り、休憩してから、最後に私の一番のお気に入りである東公園の恐竜コーナーへと向かいました。

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 私が市長の折に、さる知り合いの篤志家の御好意により総額2億円の個人寄贈によってでき上がったものです。この方は多目的広場の木製遊具や市民病院救命救急センターへのMRIの寄付も含めるとお一人で5億近い御協力をして頂いております。私はそういう市民のいる岡崎市をありがたく思うと共に誇りに感じております。
 いずれにせよ、こうした施設に触れながら育った子供達がさらに〝夢ある新しい岡崎〟を築いて行ってくれることを祈っております。
 時間の都合もあり、その後、再び振り出した雨の中、駅に向かいましたが、次回は仲間も増やし、さらに訪問先も増やしてゆきたいと思います。

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