市長トップセールス

2015年10月 3日 (土)

「岡崎版・吉本新喜劇」放送くり上げ騒動

岡崎市役所ホームページ

 世の中は様々なところで予想外のことが時々起こるものである。
 事前に吉本興業を通じてテレビ局(大阪毎日放送)に問い合わせたところ、「関西圏では9月12日、東海圏では10月17日に放送」という連絡を受けた。そのため「市政だより」や市のホームページはもとより、私のホームページや後援会のフェイスブック、地元タウン誌『リバ』のコラムなどで放送の告知を行った。また、フェイスブックやツイッターを経由して個人的に宣伝して下さっていた方々まであった。
 ところがいつの間にか10月17日(土)の放送予定が9月26日(土)に変更となり、変更を察知したのが放送日の前日となってしまった。それもたまたま一市民から放送日時の変更について御指摘を頂いたため気がついたことであった。そのため前日の25日は、市の関係部局、後援会事務局共に大あわてで各方面へ放送時間の訂正連絡を行い、一日大わらわであったそうである。
 突然の3週間前倒しに、業界の内幕を知る人から「テレビ局の意図的な思惑によって変更したのではないか?」という声もあったが、実際は他番組の放送・変更に伴う繰り上げ、ということのようであった。いずれにしましても改めてお詫び申し上げます。

 昨今、落ち目のテレビ業界と言われてはいるが、まだまだテレビによる情報発信力、大衆社会におけるお笑い芸人の影響力には大なるものがあるようである。
 これまで「乙川リバーフロント地区整備計画」について、市民対話集会、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、各業界団体、小・中学校、町内会、有志の会等、要請があればどこにでも出かけてゆき、大小200回以上の講演会ならびに説明会を行ってきた。

市民対話集会(2014年7月31日)

 そうした努力にもかかわらず、未だにこの計画を「人道橋を造るだけ」「橋のライトアップをする程度のモノ」と思ってみえる方がいる。新聞各社の紙面にも何度も取り上げて頂き、市の広報やホームページでの特集、パンフレットの全戸配布、また私や後援会事務所からのブログやパンフレット配布による広報活動、『リバ』への記事投稿等、思い当たることはすべて行ってきたつもりであるが、衆知に対する限界を感じることもあった。
 ところが「よしもと新喜劇」に出演するとひとたび告知をするや否や、人気番組であることもあって、町を歩いていてもエレベーターの中でも、知人はもちろんのこと見ず知らずの方からまで「楽しみにしてるよ」と声をかけられることが度々であった。

 記者会見において〝芸能人を使ったPR活動〟の是非について質問を頂くこともあったが、今日的大衆社会における情報発信は、残念ながら理性や知性に訴えるモノよりも、感性や情緒に訴える視覚的・刺激的な作戦の方が明らかに効果大のようである。

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 後援会事務所では、放送時間変更の対応策として婦人部の有志を募り電話作戦を行ったと後で聞かされた。そのことがかえって効果を発揮したのか、あるいは当日、地元新聞が好意的な放送時間変更記事を掲載してくれたおかげなのか定かではないが、反響の大きさに改めて驚かされている。(もともと少なかった私の出番が、テレビ局の編集によりさらに短縮されている点は御容赦願いたい。)
 何年も会っていなかった友人や遠方の知人から「テレビ見たよ」という電話やメールが続き、手紙まで届いている。前・犬山市長の田中志典さんからは御丁寧な感想のお手紙まで頂き、恐縮している。テレビと「よしもと」の力には今改めて、脱帽である。

 今回のプロジェクトは、関西圏での初のPR活動として何が効果的かと、観光課の若手職員が考え出した手法であり、なんばでの街頭宣伝や新たな商業施設である「あべのハルカス」における岡崎市の観光PR活動の一環として実施されたものである。

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 そもそも〝吉本新喜劇〟が最近再びブームに乗っていることもあって、私達が予想もできない所までもその影響が及んでおり、うれしい誤算でもあった。
 今回のPR活動が直接的にどれほど岡崎のPRに役立つものとなったかは分析が必要であるが、これまで県外においてはローカルなイメージとしてとらえられている岡崎市の存在感のアピールと「岡崎ってどんな所だろう?」と関心を喚起するものとなったものと思っている。
 人はとかく、自分と関係の無いモノ、直接的に影響の少ない事柄に対しては目を向けないものである。そうした大衆社会の現実を考えた時、様々な手法による試みを行うことも意味があると思っている。これからも若手職員の革新的なアイデアや提案、民間からの積極的な御意見をお待ちしている。
 絶対確実な政策というものはあり得ないが、これからも多様な意見の聴取と、これまでの経験を基にしたさらなる岡崎市の活性化と飛躍を目指したいと考えている。

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2015年9月25日 (金)

大阪トップセールス その1(岡崎版・吉本新喜劇)

すっちーさん、内田康宏(2015年7月14日)

 観光課の若手職員から、この度、大阪方面における岡崎市の効果的PR手法として「吉本興業が行っている新喜劇・地方展開プランを採用する」というアイデアが出てきた。これは吉本新喜劇に岡崎を舞台とした台本を使用してもらい、その中に岡崎市のPRを織り込んでゆくというものである。
 私自身、一昨年来、トップセールスとして東京駅地下や茅ヶ崎市、福山市などへ出向き、オカザえもん、葵武将隊、様々な市民団体の皆様の御協力を頂きながら、〝家康公四百年祭〟と〝市制100周年〟についてのPR活動を行ってきた。
 かねてより「岡崎市のセールスマンとして、何でもやる」と言っていた手前、「なんばグランド花月の幕間に出演してPR活動を行う」というオファーも二つ返事で承認していた。ところがどういう訳か、これが舞台に出演するということになってしまったのである

 7月14日、事前PRとして、座長のすっちーさんが岡崎市役所に挨拶にみえた。その折に、ファンの市民が市役所まで多数おいで頂き、改めて新喜劇とすっちーさんの人気のほどを知ったところであった。

すち子さん、岡崎市役所1階にて

 岡崎での記者会見に続き、夏まつり後の8月5日には、こちらから大阪に出向き、吉本興業・本社において現地記者会見を開いた。事前に打ち合わせを行った上で臨んだ記者会見であったが、プロの芸人さんと行う記者会見は、千変万化(せんぺんばんか)・融通無碍(ゆうずうむげ)なものであり、アドリブや突然の振りがありびっくりすることばかりであった。記者会見の場がそのまま芸の披露の場となっているのである。私に「ふんどし一丁でやりませんか」と言ってきたのもこの時である。
 いずれにせよ、各新聞でさまざまに取り上げて頂いたことによって、ずいぶん岡崎のPRとなったことは御案内の通りである。改めて若い市職員の時代の空気を読むセンスには感心させられた。

 そして8月22日(土)、いよいよ「なんばグランド花月」前と「あべのハルカス」におけるトップセールスと、新喜劇出演の本番の日を迎えることになった。

なんばグランド花月

オカザえもん、メロある

あべのハルカス

 トップセールスにおいては、地元からの特産品PRに御協力頂く市民代表の方々とオカザえもん、葵武将隊の参加を得て、私も一通り〝徳川家康公没後400年祭〟と〝市制100周年事業〟のPR活動を行うことができた。現在、大阪では「大坂の陣400年天下一祭」の真っ最中であり、太閤さんとタイガースの大阪で、大坂の陣の勝者である徳川家康と岡崎のPRをするというミスマッチの感のある活動であったが、地元の皆さんはヤジ一つ無く、心やさしくお迎え頂き感謝・感激であった。
 乙川リバーフロント計画について、市民対話集会を含め百数十回以上講演会を行っているにもかかわらず、未だに「新しい橋を作るだけだ」と思っている人がいるのに、吉本新喜劇についてはTVやスポーツ新聞で取り上げられたせいか、実に多くの方が知ってみえる。三年振りに会った人から最初にかけられた言葉が「吉本の出演、楽しみにしてるよ」であったのには、まいってしまった。
 最初はたいして重要なこととも思っていなかったのであるが、当日が迫ってきて、あまり多くの人から楽しみにしていると言われると私自身「エライことを引き受けてしまった」と思うようになってきた。

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 22日朝、岡崎を出発し、なんばグランド花月前にてトップセールス後、関係者と打ち合わせ、立ちゲイコ、さらに直前に舞台ゲイコを行い、本番に臨むこととなった。一緒に舞台に上がるのは昔からTVで観てきた名うての芸人さんばかりである。いやが上にも緊張感が高まってきた。
 家でTVを観ている時は「くだらないことをやっているなあ」と思ったこともあるが、舞台上の笑いとは対照的な、舞台裏における脚本家、AD、出演待ちの芸人さん達の張り詰めた表情、舞台から戻ってきた役者のホッとした顔。そうした緊張と弛緩の空気の転換を間近で見ていると、「この世界もつくづく大変な所である」と思わせるものがあった。一見くだらなく見えることを、真剣にやるからこそ、笑いが生まれるとも言える。何か笑いというものの本質、深さのようなものを見た気がした。

 始まって30分、いよいよ自分の出番が近づいてきた。プロの芸人さんはその時の空気でアドリブが入るので、それが一番気がかりであった。
 舞台の内容は、岡崎の〝ホテル花月〟で行われる結婚式における、人間関係の悲喜劇模様を描くものである。(詳しくはTVで!)

『すち子のハッピーウェディング?イン岡崎』(2015年8月22日)

 私のセリフは当初のものから大幅に削られてしまい、おかざきPR隊長である「はんにゃ」の二人が私の話に割り込んできて勝手にしゃべって踊りを始めるということになった。
 最後の最後まで関係者で検討を重ね、より面白いものを作り上げようとする吉本新喜劇の人々の真剣さと熱意は、これから私がTVで喜劇を観る時の見方を大きく変えるものになったことは間違いない。
 私の出演場面はともかく、舞台は面白いものであったので、あとは岡崎のPRがうまく伝わることを祈るばかりである。

☆10月17日放送予定とお知らせしておりました東海地区の放送ですが、番組編成の都合上、明日9月26日(土)になりましたことを、お詫びと訂正申し上げます
 御家族をはじめ、友人、知人のみなさんにお知らせいただければ幸いです。

日 時 放送局
近畿地方 9月12日(土) 12:54-13:54 毎日放送
東海地区 9月26日(土) 12:00-13:00 CBC (5ch)

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2015年9月21日 (月)

『リバ!』2015年10月号

『リバ!』2015年10月号

内田康宏事務所からお知らせです。
8月18日~24日の一週間、なんばグランド花月にて吉本新喜劇『すち子のハッピーウェディング?イン岡崎』が上演されました。テレビ収録のあった22日(土)の回には内田市長も出演を果たしました。
『リバーシブル』2015年10月号の徒然市長日記は、出演までのいきさつ、リハーサルや本番の模様などが詳しく語られています。今のところ『リバ』でしか読めない文章です。よろしくお願い申し上げます。

☆コラムのなかで「10月17日(土)正午」とお伝えしていた東海地区の放送日ですが、番組編成の都合上、9月26日(土)になりましたことをお詫びと訂正申し上げます

『すち子のハッピーウェディング?イン岡崎』(2015年8月22日)

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2015年4月 3日 (金)

家康公四百年祭・観光PRキャラバン

岡崎市・観光PRキャラバン(2015年3月20日)

 4月の声と共に、岡崎の春の祭典「岡崎の桜まつり」が開催された。3月20日(金)、私達は本年1月よりすでに始まっている「家康公四百年祭」と4月の桜まつりと家康行列のPRのため、「2015観光大使おかざき」と葵武将隊の代表者共々、名古屋にある各新聞社並びにテレビ局の計10社を訪問することとなった。
 当日、私達は9時55分の読売新聞社訪問を皮切りに、朝日新聞社、中日新聞社、毎日新聞社と続き、昼食をはさんで、中京テレビ、名古屋テレビ、テレビ愛知、中部日本放送、東海テレビ、NHK名古屋放送局を訪れ、午後4時半まで移動時間を除いて一日中しゃべりっぱなしであった。
 私は県会議長の就任と退任の折に同様の挨拶回りを行った経験があるが、まだ大学生であり、初の社会的体験(?)となる観光大使の馬場さんと須貝さんのお二人にはさぞかしストレスが大きかったことと思う。しかしながらお二人とも上手に岡崎をPRしてくれた。

岡崎市・観光PRキャラバン(2015年3月20日)

岡崎市・観光PRキャラバン(2015年3月20日)

 徳川家康公400回忌にあたる今年は、〝出生の地〟岡崎市と〝出世の地〟浜松市、そして〝大御所の地〟静岡市の三市が連携して各種イベント・行事を行うこととなっている。
 すでにこの1月17日に静岡市の浅間神社において、徳川御三家の代表をお招きしてオープニングセレモニーを行ったところである。4月25日には浜松市で中間セレモニーを行い、年末の12月26日(土)の生誕祭には、ここ岡崎で「泰平の祈り」としてLEDボール・3万個を流すエンディングセレモニーを行い、幕を閉じる予定となっている(下の写真は今年の1月14日、乙川で試験放流を行ったときのもの)。

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家康公四百年祭・オープニングセレモニー

泰平の祈り・乙川試験放流(2015年1月14日)

 ぜひこの機会に、徳川家康公が「厭離穢土・欣求浄土」(おんりえど・ごんぐじょうど)の旗印の下、戦国の世を戦い抜き、平和な世を現出させた志に思いをはせてみたい。そしてまた、封建制度と士農工商の身分制度のイメージから、暗い時代であったかのように思われがちな江戸時代というものの本当の姿、日本の文化や日本人の性格形成との関係についても考えたいと思う。
 今私達が日本の文化であると思っているものの多くは、江戸時代に熟成し完成されたものが多い。さらに日本人の性格や言動、社会的傾向というものも江戸時代に形作られてきたものであるということをよく耳にする。また、明治維新という大きな社会変革と急速な近代化が成し遂げられたのは、江戸期に全国的に共通した文化体系を持てたことと、あの時代において世界に類のない90%以上の識字率を達成していたことが基盤としてあったからであるとも言える。これまで明治政府を正当化するために過剰に流布されてきた〝徳川幕府悪王論〟や策略のみで天下を取ったとする〝家康タヌキオヤジ説〟というものを再度検証して、本来の志と正当な認識というものを三市でアピールしてゆきたいと考えている。

 この4月から静岡市では15日から19日にかけて、久能山東照宮において「御鎮座四百年大祭」が行われる。岡崎市においては桜まつり(4月1日~15日)の間、5日に家康行列があり、12日に徳川家の菩提寺(注・先祖の位牌を納めている寺)である大樹寺にて「徳川家康公四百回忌法要」が行われる。そして浜松市では25、26日の両日、「家康楽市・春の陣」が行われる予定となっている。

岡崎の桜まつり(2015年)

 本市では今年の四百年祭イベントと来年の市制施行100周年を契機として、リバーフロント計画を推進して、全市に13もある国指定の文化財建造物をはじめとする多様な歴史遺産、加えて矢作川・乙川等の河川空間や額田の自然景観を活かした観光産業都市としての岡崎の側面を伸ばしたいと考えている。もちろん目指しているのは観光による経済的活性化ばかりではない。岡崎に生まれ育った子供達が、大化の改新の頃にはすでに集落があったというこの岡崎の歴史と伝統に目覚め、徳川家康公にとどまらない多様な先人達の偉業を振り返り、自分達のふるさとに対するより大きな愛情と認識、誇りというものを育んでもらいたいと考えている。

 時に、「私は岡崎生まれではないのでそんなことに関心が無い」とヘソ曲がりなことを言う方がみえるが、これから始まる「夢ある新しい岡崎」が実現すれば、岡崎に対する興味もわき、訪れたい、住んでみたいという人も増えてくることと思う。(岡崎の人口はそんなに簡単には減りませんので御安心を。) 仮に岡崎生まれでなくても現在お住まいであるならば、その子供さん達にとっては、ふるさとはまぎれもなく岡崎なのであります。

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