随想録

2019年9月 8日 (日)

デマゴーグの季節の到来?

 3年ほど前、とある新聞記者の書いた記事に触発されて、「デマゴーグについて」と題する文章を2回に分けて書いたことがある。近年のデマゴーグは全くのウソ、デタラメではなく、数字のトリックやオーバーな表現で読者を欺こうとする傾向があるということを書いた覚えがある。
 選挙が近づいてくると、こうしたものが出てくるものであるが、昨今は実にクラシックな全くのウソ、デタラメを並べる単純な方法も目立ってきているようである。

 現在、全国の多くの自治体は水道管の布設替えや浄水場の更新の時期に迫られている。しかしながら、事業を進めるには多大な予算を要するため、自治体によっては民営化して乗り切ろうとしているケースもある。
 幸い岡崎市は複数の水源に恵まれ、財政も健全な状況を維持しており、水道の安全安定供給のため独自で水道事業を継続してゆく方針である。事業は計画的に進められており、今後も経営のあり方は同じである。

男川浄水場

 しかるに近頃、一部外者が何の根拠もなしに「岡崎市は水道の民営化を図っている」いうデマをしきりに流しているそうだが、これは全くの事実無根の話である。市の幹部会はもとより局内でも一度も議論に上がったことすらない。
 また同様に、最近の岡崎市政が「中心部偏重の施策になっている」とか、「政策決定がブラックボックス化している」とか訳の解らないことを言っている輩がいると聞いた。昔から「貧すれば鈍す」という言葉があるが、これは、ためにするデタラメであり、何の具体的根拠もない話である。

 私が上京して各省庁を回った時に必ず言われるのは、「岡崎市はよくやってるネ」という言葉である。ことに国土交通省からは「全国でまちおこしの事業を行っている所は多いが、岡崎のように5つも6つも大きな事業を全市的に展開して、すべて成功しているケースはまれであり、国としても注目している」と言われている。その証しが昨年の「地方再生のモデル都市」への選定であり、さらに「中枢中核都市」の一つとしても選ばれていることで証明されている。
 この秋、岡崎市をモデルケースにした3つの研修会が国土交通省のキモ入りで、全国の関係者を招いてこの岡崎の地で開催されることになっている。

 今さらであるが、市南部では新総合病院の建設、JR駅前の再開発、都市計画道路福岡線や同若松線をはじめとする各種道路の整備、河川改良などが行われている。東部ではアウトレットモール誘致と本宿駅周辺の区画整理事業に着手し、額田地区では「額田センター・こもれびかん」建設のほか、地元密着型の山間地事業にも着手しており、中山間地の活性化計画も具体的に進めている。北部では経済界待望の新しい工業団地計画が進み、活性化のための「(仮称)岡崎阿知和スマートインターチェンジ」事業も間もなく実施の段階に入ってくる。

藤田医科大学岡崎医療センター

岡崎市龍北総合運動場

 県との間で長年の懸案事項であった県営グラウンドは、「岡崎市龍北総合運動場」として再生途上にある(来年7月完成予定)。県立愛知病院の経営移管の話も大きく進展し、「岡崎市立愛知病院」に生まれ変わった。
 区画整理が未整備であり、道路事情が悪く、大きな施設を造りにくい矢作地区でも南北道路延伸を含めた道路計画が進み、西岡崎駅周辺整備が行われている。要望の強かった西部学校給食センターの再建も矢作南で実現することになっている。
 市内東西南北それぞれにその地の発達段階に応じた施策を展開し、それなりの評価を受けているというのが実態である。
 その上でワンランクアップの都市を目指すための施策が、「モノづくり」に続く「観光産業の振興」であり、その第一歩が「乙川リバーフロント計画」なのである。一体どこが「中心部偏重」なのであろうか? きっとこれは事実を認めたくない人か、市民の声や正しい情報が入ってこない立場の人かのいずれかであるかと思う。
 また、「ブラックボックス」という言葉であるが、そもそも用語が間違っている。通常ブラックボックスとは、飛行機の安全航行のための経路と機体の運航状況を記録し、まさかの事故の時のデータを残す機械のことである。仮に言うならば、ブラックホールであるが、これとても正しい認識とは言えない。第一まじめに仕事をしている市の職員をバカにしている言葉である。

 岡崎市は大きな事業を行うために極力、国・県との連携を重視し、なるべく多くの補助金を使って事業展開をしている。さらに民間の力を活用もしている。よく100億円事業と悪口を言われた乙川リバーフロント計画も半分近くは国費であり、全国でも例外的な事業だと言われる。それだけまちおこしとして説得力のある仕事であったからできたことである。

桜城橋

(2020年3月完成予定の桜城橋)

岡崎市東公園

(2019年8月に完成した東公園の木製遊具)

 東岡崎駅前の家康公像、東公園の恐竜と木製遊具においては、これらは市民の浄財によって整備されたものであり、そのことも正しく見て頂きたいものである。
 しかもこうした施策の策定・実施は、役所の部内、議会での審議はもとより、380回(来年までに400回)を超える市民対話集会、政策説明会にくわえ、地元説明会などを経て、岡崎活性化本部はじめ多くの専門家、諮問機関の提言、チェックのもとに進められてきたものである。決して一人の人間の気まぐれや思いつきで行われてきたものではないことを強調したい。
 私が市長になってから一番強く感じたことは「市長だからと言って、ひとりで勝手に決められることはほとんどない」ということである。ひょっとして、根拠なしに批判してみえる方は「市長になれば何でも自分の思いどおりにできる」と思っている人なのではないだろうか?

 これから選挙が近づいてくると、またぞろ、ためにする悪口、根拠のない批判、デマが出てくるものである。またそうしたことが好きな御仁もいるのである。
 賢明なる市民の皆様におかれましては、どうかその点をしっかり見極めて頂き、正しく御理解、御判断をして頂きたいものと思っております。

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2019年8月16日 (金)

岡崎は名古屋ではない!

岡崎城

 先日夕刻、帰宅してたまたま見た地元テレビのニュース番組が、「名古屋人と見られたがる愛知県人」というテーマの特集を放送していた。しかしこれは名古屋人から見た考えであり、とんでもない間違いである。そもそも名古屋郊外にある尾張の市町の人間か、名古屋生まれで現在、よそに住んでいる人以外で名古屋人と言われて喜ぶ人間が多いとはとても思えない。
 たとえば、我々三河人にとって気に入らないことの一つに、東京などで「どちらから?」と聞かれ、「愛知県から」と答えると「あー名古屋からですか」などと言われることである。そこでいつも、ついつい言わずもがなの尾張と三河の違いについてのウンチクを傾けることになってしまうのである。

 現在、尾張と三河は同じ愛知県にくくられていているが、本来は「別の国」である。つい400年ほど前には領地をめぐって謀略をめぐらし、戦っていたのである。
 一部の名古屋の人は東京や大阪と比べて低く扱われると怒るくせに(新幹線の名古屋飛ばしやNHKの天気予報・天気図に名古屋がないこと等)、自分達は県内の他市より優越しており、特別扱いが当然という態度をとることがある。あの番組はまさにそうした感覚を下敷きにして作られており、他者からの異なる視点が欠落していると言える。一般に名古屋人と言われて喜ぶのは尾張圏の人々だけである。
 もちろんこれは、名古屋や尾張を軽視したり、ばかにするつもりで言っていることでは決してない。それどころか名古屋の持つ古く独自性のある伝統や文化には敬意を抱いているし、近年の都市化の変貌ぶりにも目を見張っている。全国の政令指定都市の中で人気がないのは、愛知県と同じく自身のPR不足に原因があるのであって、名古屋の実態が正しく評価されたものではないと思っている。

 石原裕次郎のヒットしなかった歌に「白い街」という曲がある(「白い街 白い街 名古屋の街」と歌われる)。かつて名古屋市は大規模な区画整理により、機能的ではあるが、殺風景の代名詞のように言われた。その名古屋の景観も1989年の世界デザイン博以来、オシャレな街並みが増えてきている(星ヶ丘や白壁などは素敵な町である)。東山動物園、名古屋科学館(プラネタリウム)、名古屋港水族館なども世界レベルのものである。先進的な都市計画による区画と大きくきれいな公園もたくさんあり、建物の高層化も進み、ユニークなビルも多く、食文化も豊かである。
 そうしたことを承知の上で「岡崎は名古屋ではない」と言いたい。これは豊田や豊橋はじめ他の三河の市町村も同様のことと思う。要するにIDENTITY(アイデンティティ、自己意識、誇り、郷土愛)の問題なのである。「東京の人」と言われて喜ぶ、よそから引っ越してきて関東一円に住んでいる東京主義(東京病)の人々と同列にされたくないのである。
 最近は差違が小さくなっていても、尾張と三河では人の気質も考え方も言葉も行動も文化も微妙に大きく違う(?)のである。これは人間の個性と同様に尊重されるべきものであると考えている。

 このことは私だけが思っていることではない。例えば青森県では津軽地方と南部地方では旧藩時代以来の文化や習慣、伝統の違いにより住民の気質にも違いがあり、ひとくくりに青森と言われることに抵抗のある人もいる。静岡県でも、今川家の人脈の残る静岡市エリアと徳川色の強い浜松エリアは何かと張り合うことが多いようである。このように探せばまだ日本全国にこうした例はいくつもあり、世界各国にもあることと思っている。
 早くから商業圏として発展した名古屋・尾張地域は考え方も合理的で計算高く、言動もドライな傾向があると言われる。反対に農業地帯としての時期が長かった三河地域は土着的思考が強く、人間関係も密で、言動もウェットであり、保守的な傾向が強いようである。そうした土地柄が徳川家康という人物を生み出したものと考えている。

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(2019年秋に完成予定の徳川家康公の騎馬像)

 時にそうした保守性、土着的人間関係を批判される方があるが、それは「東京を中心とした関東圏の考え方が日本人のスタンダード(標準)であり、それに準拠したモノこそ正しい」という誤った考えに毒されているからである。何も東京のマネなどする必要はないのである。地方には地方の文化、伝統があり、違法でない限り、そのやり方、考え方で良いのである。
 外から流入した人々によって構成され、人の出入りの多い大都市文化は、そうした所でのみ成立するものであり、地方に強要されるべきものではないと考えている。
 間違っても、岡崎を小さな東京、あるいは名古屋の一部にするつもりはないので御理解頂きたい。地方には地方の、三河には三河の、岡崎には岡崎のアイデンティティがあるのである。またそうしたものを大切にするべきであると思っている。
 もちろん、地域独自のアイデンティティを好まない人がいても構わない。しかし世の中というものはその地域、集団の中でどちらの考え方の人間が多いかで大勢(たいせい)は決まるものであり、それこそが民主主義であると言える。
 そうした考え方からもう一度「岡崎は名古屋ではない!」と言いたい。
 これまでこうしたことを長年言い続けている私ではあるが、外国へ行ったときはナゴヤよりも通りの良い、「トヨタ市の隣から来ました」と言っている。

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2018年12月 9日 (日)

個人と公人の境界について

 先日、ある方から「今年は地方自治体の首長にとつて受難の年だ」ということを言われた。例年にも増して多かった自然災害に加え、異常気象に対する対応に苦労したということかと思ったら、そうではなかった。
 本年の前半は私の知り合いの首長が何人も突然死された。現職のまま亡くなるというのは、まさに「名誉の戦死」であると言える。中には若くして亡くなった方もいる。

『東海愛知新聞』2018年4月5日

 首長の仕事は多岐にわたり、どこまでやれば終わりということはなく、実に多忙である。副市長や部長もいるのであるが、「ぜひ何とか市長に」と言われると無下に断ることもできず、ついつい無理しても出かけることになる。
 かく言う私の場合も就任一年目は仕事を自分の目でしっかり確かめるため、積極的に動き回り、気がつけば一年間で完全な休日は7日しかなかった。そのせいかちょうど一年を経た頃、体に変調をきたし急遽点滴生活を送ることとなった。
 若き日と異なり、一晩眠ったぐらいでは疲労は癒えず、精神的なストレスも蓄積されるばかりである。しかるに、自身は以前と同じイメージのまま走ってしまい突然倒れることとなるのである。
 また、他にも元気印の代表のようなスポーツマンで体力自慢であった友人の訃報がこのところ続いている。よくある50代、60代の山の遭難も同じ理由と思うが、体に自信があるためついつい無理をしてしまうのである。責任感の強いまじめな人ほど、そうしたサイクルとなりがちである。それだけに周囲の人の心遣いを期待するものである。
 いずれにせよ訃報が相次いだせいで、今年はやたら「お体に気をつけて下さい」と言われたものである。

 続いてこの秋頃からはなぜか女性問題で失脚してゆく首長が目につくこととなった。中には私の知っている方もおり、いずれも仕事熱心であり、知性派の人物と思っていただけに驚いている。仕事が順調で強敵も見当たらないというような時に、人は心にスキが生まれるのかもしれない。(油断大敵である。)
 こうした事件(?)が続くと、必ず同業者は同じような苦言を頂戴することになる。「あんたは酒も飲まないし、夜の街に出歩くこともないが、くれぐれも気をつけるように」などと心配を頂くことになるのである。
 そもそも人の寿命や色恋ざたの発生は、気をつけていてどうにかなるという性質のものではない。誰しもそれを予見はできないだろう。十分気をつけていても病気になる時はなってしまう。体の中の微妙な出来事のすべてに対応できるはずがない。我々にできることは、せいぜい定期検診で人間ドックに通い、飲食に気をつけるぐらいのことである。多忙な毎日の中で運動のための時間を設けることも難しい。
 対人関係において好悪の感情をコントロールすることは我々の仕事の一部のようなものであるが、相手のある関係の中では一人の自制心だけにその責を問うことは無理があることもある。そうしたケースにおいては、公人が責めを負うこととなる。一般人なら「困った人だね」で済む話でも、公人は許されないというのが昨今のモラルの基準となっているようである。

 しかし、私の知る限り、公平に見て、近年の政治家は随分お行儀が良くなっていると思う。昔は国会議員が外遊する時には、海外の民間会社の駐在員が夜の相手をする女性を捜すのに走り回ったとか、秘書を二号にしたのか二号を秘書にしたのか分からないといった話を耳にしたことがあるが、近年はそうした話を聞いていない。
 岡崎でも、40年ほど前には「市会議員になっても、松本町に彼女がいるくらいでなくては一人前とは言えん」などと言う方がいた。そういう方は決して保守系の議員ばかりではなかった。
 かつての有名政治家におけるこの手の逸話は枚挙にいとまがない。とりわけ有名なものとして次の話がある。
 戦後政界の大立て者の一人、三木武吉(ぶきち)翁は、地元の演説会で「メカケが4人もある奴がえらそうなことを言うな!」とヤジられ、「ただいまメカケが4人と声が掛かりましたが4人ではありません。5人であります。もっとも今やいずれも年老いて、ものの役には立ちませんが、不肖、三木武吉、役に立たないからと捨て去るような不人情者ではありません。今も全員の生活の面倒をみております」と答えて聴衆の拍手喝采を浴びたと伝えられている。(当時は女性の職業の選択に限りがあり、戦争未亡人も多かった。)

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(三木武吉、1884年~1956年)

 もちろん半世紀も前の出来事が今の世の中で通用するとは思っていない。モラルのあり方も社会の価値観も時代によって大きく変化してゆくものである。しかし犯罪的な要因があることならばともかく、単なる個人的な人間関係、プライベート上の醜聞によって全人格が否定され、その人間を職務から追放しなくては成らないものかと思うものである。
 今回続いた事件の問題は双方が既婚者の不倫ということであるが、それは当事者間で話し合うなり、裁判で決着をつければよい話であると思う。マスコミや第三者が神や裁判官のごとく断罪しようとする風潮をなんとも情けなく感じるものである。

 かつてフランスのミッテラン大統領は、自身の愛人の死に臨み、堂々とその娘と共に葬儀に出席した。その折、アメリカのマスコミがその是非を問うインタビューを行ったが、ミッテランは「そのとおりです。それがどうかしましたか?」(誰かに迷惑をかけているのですか?)と答えたという。フランスではニュースにもならなかったそうである。
 「個人主義が確立した大人の国と大衆民主主義の国の違い」などとコメントするとまた叱られることになるかもれしないが、人間は人生のすべての局面で完全であることはできないし、完全を目指していても失敗することもある。その対応は個人が行うべきことであり、第三者が果たしてどこまで介入すべき領域であるのかと思うものである。
 ことに私達のいる政界は、意図的にワナを仕掛けられるケース(ハニー・トラップ)もあるだけに、より大きな注意と自制心が要求されるのだろう。
 そう言えば私も少し心配がある。先日行った出版記念パーティーで、魅力的な70代、80代の女性と望まれるまま肩を組んだりして、不適切な(?)写真を数多く撮ってしまった。選挙になるとこれらの写真が問題となるのだろうか?

『夢ある新しい岡崎へ』出版記念パーティー

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2018年6月26日 (火)

半年ぶりの運転

 市長職に就いてから、めっきり自分で車の運転をする機会が減ってしまった。最初の1年間で愛車プリウスのバッテリーが3回も上がってしまい、現在、車の管理権は妻のものとなってしまった。
 そのため、たまに時間ができて車を使いたいと思った時に車が無いということが起こる。自分の車が無いことがいかに自由を制限されるものであるか、我が身にしみて思い知らされている。おまけに役所からも「自分で車を運転しないように」と言われている。まさかの時に役所が困るからである。何とも堅苦しいことである。

 5月の連休中になんとしても引っ越し作業を終えたくて、半年ぶりに車のハンドルを握った。すでに何年間も公用車の運転手さんの模範運転を見ているせいか、すっかり自分も安全運転となっていることに気がついた。
 若いつもりでいても60歳を超えると、反射神経や周囲への認知力も若い頃に比べ落ちているはずである。若いのは自分の気分だけである。最近、高齢運転者の事故が多発していることを見るにつけ、そのことを痛感している。免許証を返還して公共交通機関を利用して頂くことが一番良いのであるが、そうもいかないケースも当然あることだろう。
 運転をする場合、一番気をつけることはやはり「スピードを出さない」ことであると思う。高スピードになると、コンマ秒単位で視認し判断することが増えてくる。そうなると、分かっているつもりでも見落としや判断ミスが出てくる。残念ながらそれが老いというものである。高齢者の方はくれぐれも御注意願いたい。

 高齢者の運転と言えば、かつてこんなことがあった。
 アメリカの大学にいた頃の話であるが、アメリカの友人の車で郊外に出かけた時、道路の前方に車が8台ほども数珠(じゅず)つなぎとなり走っている列の後尾に着く流れとなった。

Yasuhiro Uchida

 アメリカ中西部(インディアナ州)の信号も少ないイナカ道で、どうしてこんなに低速走行(20キロくらい)しているのだろうかと思ったところ、カーブにさしかかった所でどうやら先頭の車の運転手が高齢のおじいさんであることが分かった。後続の車もそのことが分かっているらしく、クラクションも鳴らさずにおとなしくユックリ運転をしている。
 おばあさんと二人連れの古ぼけたピックアップ・トラックであったが、信号に差しかかった時、ウィンカーを左に出しながら右折して行ってしまった。私は車の中で友人と大爆笑してしまったが、その時の後続車のイナカのアメリカ人達のやさしさ、辛抱強さに感心したものだった。(40年前のことであり、単に急ぎでなかっただけかも?)

 日本では近年、高速道路における〝あおり運転〟が問題となっている。こういう犯罪者はしっかり取り締まるべきであると思っているが、忙しい現代社会の中で私達も心の余裕を無くしていることに気がつかされることがある。
 一呼吸おいて考えてみれば、なんということのないことに心を奪われて短絡的な考えや行動に走って、要らぬトラブルに巻き込まれたり失敗を招いたりすることがあるものだ。
 久しぶりに車のハンドルを握ってみてそんなことをフト思ったものである。

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2018年6月13日 (水)

最近はやりの「声なき声」について

 「声なき声を聞く」という言葉が再び、各地の議場や街頭演説の決めゼリフの一つとして流行(はや)っているような気がする。
 しかし私のように政治の世界に長く首を突っ込んでいる人間にとって、最近の「声なき声」の言葉の使い方に大きなとまどいと違和感を覚えるものである。
 そもそも「声なき声」の語源は英語のサイレント・マジョリティ(Silent Majority)である。元々の意味は「静かなる多数派」「物言わぬ大衆」であり、現状に満足しているか、あるいは大きな不満がないため、あえて声にして意見をしない人々のことである。

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 ところが現在この言葉を好んで使う人達の用法は、「自分達の意見が政治に反映されない人達の声」という意味での使われ方であり、明らかに誤用である。しかもその実態は「声の大きな少数者」であり、「自分達の特異な意見に固執するがゆえに多数となりえない異端者の声」を「声なき声」として表現しているケースが多いのである。

 かつてアメリカのニクソン大統領が1969年11月3日の演説で「グレート・サイレント・マジョリティ」としてこの言葉を使ったことがある。当時私は高校生であったが、ベトナム戦争に反対して過激な活動を行う一部の学生に対し、ニクソン氏が「そうした運動や声高な発言をしない多くのアメリカ国民は決してベトナム戦争に反対していない」という意味でこの言葉を使っていたことを覚えている。実際、その後1972年の大統領選挙において、ニクソンは50州中49州で勝利し、圧勝している。
 また、日本においても1960年(昭和35年)の第1回目の「安保闘争」(日米安全保障条約反対闘争)の折に、当時の岸信介首相(安倍総理のおじいさん)が「国会周辺のデモ隊は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつもどおり人であふれている。私には、そうした〝声なき声〟が聞こえる」と発言して、安保反対運動に参加していない一般の国民のことを「声なき声」として表現している。
 「声なき声」の用法としては、本来はこうしたものが正しい使い方である。

 とかく政治の現場は声の大きな人々の意見の影響を受ける傾向があるが、必ずしも大きな声が正当な意見、多くの人々の意志を体現しているとは限らない。声だけ大きく遠慮知らずのワガママな意見に辟易しながらも、自らの意見はあえて述べない多くの人々がいるということをもっと冷静に考えるべきではないかと思っている。
 そしてさらに気になるのは、これは以前指摘したことでもあるが、TVや新聞で「この件に関して市民は・・・」といった書き出しで登場する人物及びその意見が、とても一般市民の代表的な考えとは思えないものが目につく点である。
 その地域では有名な特殊政治集団の活動家や、何事にも文句を言うことが生きがいのような「地元の困ったちゃん」、はたまたモノゴトの本質を全く理解していないと思われる第三者の声が〝市民の声〟として紹介されることがあるのである。まるで誰かによって意図的に選別され編集された発言を、〝市民の声〟というオブラートに包んで一般的に広めようとする隠された意志の存在が感じられるのである。

 事実を平穏に伝えるのではなく、あえて平地に乱を喚起するかのような報道姿勢がうかがえることがある。世の中には未だに社会主義を最良と考える人々がいるものであるが、あたかも反権力的な発言や意見を取り上げることが報道の使命であるかの如く勘違いしているマスコミ関係者もいるようである。
 より中立性が求められる選挙時における報道においてすら、一方的に偏った報道がなされることがある。時に事実を誤認させるようなキャンペーン記事を意図的に流すマスコミもあるのである。例えば犯罪者と特定地域の関係性を必要以上に強調しようとしたりすることもある。(これを〝イメージ操作〟と称する。)
 最近政府の放送制度改革を一部マスコミが反対している。これまでの規制を緩和して自由な情報発信ができるようになるのであるから結構なことであると思われる。逆にこれまで自分達の首カセとなっていた建前の中立性がとれるのであるから、この際もっと自由にして欧米のように自社の思想的立場、報道姿勢、支持政党まで公表して堂々と論陣を張った方がよほどスッキリして分かりやすい。
 〝言論の自由の守護者〟を任じる人々が自分達の考えと異なる意見が出ることに反対するということもおかしなことである。よほど新たな競争相手の参入を歓迎してないかのようにみえる。
 「報道の中立」を建前上の表看板としながら、実際は御都合主義的に偏向報道を行う現在のあり方の方がよほど不健全な姿である。情報提供を多様化して判断は市民の良識に任せる方がより正しいあり方ではないだろうか?

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2018年4月 1日 (日)

ビフォア・アフター

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(2017年8月撮影)

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(2018年3月撮影)

 犬と三匹の猫との生活もこれで7ヶ月となった。どういう訳か私にだけなつかなかった犬も、毎朝毎晩「散歩に行くよ」と言うだけで犬小屋から飛び出して来るようになり、三匹の猫とは毎夜一緒に寝る生活がすっかり定着している。犬猫共に借家生活にすっかり馴染んでおり、それぞれ借家生活中に一回り大きくなったような気がする。
 建設中の新居も3月にようやく完成した。これで引っ越しが終われば〝ハッピーシングルライフ〟も終わりを告げることになり、少々残念ではある。もっとも、まとまった時間をとれそうにないため引っ越しが完了するのはまだ1ヶ月先のことになりそうである。
 これで防災の専門家である名古屋大学の福和教授から「災害対策本部長が余震で崩れそうな家に住んでいては困りますネ」と言われずに済むことになる。いずれにせよ今後、「町の景観を説いている本人の家が景観を損なっている」と言われないことを願っている。

 新たに土地を手に入れる必要が無いため現住所にて家を建て替えることにしたが、今回、中心市街地の防災地域に家を建てることの特殊性を思い知ることとなった。
 家の前の道路が十分な広さが無いことから、新築する場合は道路から2メートル後退(セットバック)しなくてはならない。しかも火事になった場合の類焼の危険性を避けるため、片側75センチ、あわせて1メートル半のスペースを空けなくてはならない。そのためこれまでより一回り小さい家しか建たないことになる。かと言って、3階建て以上にすれば防火壁を設けなくてはならなくなるし、窓や駐車場も防火シャッターを付けなくてはならなくなるという。
 当初私も鉄筋3階建てを考えていたが、小型エレベーター付きの建物の見積もりが1億近くになりギブアップすることとなった。そこで知恵者から「耐火構造、耐震構造となっていれば木造であっても建築許可が下りる」とのアドバイスを受け、ツーバイフォーで建築することにした次第である。

 これまでちまちま貯めた貯金と半分税金にとられた退職金を使い、10年で残金をローンで支払う契約をした。仮に私が明日死んでも生命保険で残金を完済できることが分かったため、この歳で思い切って新築の決心をしたのである。
 家を建てるのは30~40代の人が多いと思い込んでいたが、意外と60代で退職を機に建て替えをする人が多いことを知った。定年後、退職金を使って老人向きの住宅を建てることにすれば退職離婚の危険を避けられるからかもしれないと思うものである。本格的な高齢化の時代を迎え、この傾向はしばらく続くことになるかもしれない。
 いずれにせよ、私の場合これで再び女房殿の声を毎日耳にすることとなり、ストレスの多い生活が再開することになる。とりあえず嫁さんの部屋を1階にして、2階の私の部屋から離したことは正解であったと思っている。
 そして今回猫のためにキャットウォークを造ったことで猫のイタズラを少しは減らせるものと期待している。人の生活領域と猫の占有領域を区別することで、共に快適に生活できることを意図したものである。犬は2階のテラスで飼うことになるが、これまでより広いスペースがあるため犬にも良好な環境になるものと思っている。
 その話を人にしたところ、早速「あにも」から「もう2匹ほど猫を引き取ってもらえないか」と声がかかってしまった。私は別に恵まれない猫のための施設を作ったわけではないのでその点勘違いしないでほしい。

 引っ越しの効用の利点の一つは、とかく無駄なものを抱えがちな現代の生活において、そうしたものを見直し整理する一つの切っ掛けとなる点である。昨年の8月と今回の2回の引っ越しで無駄なものを整理してスッキリした生活にしたいものである。
 先日ある人から「5年見なくて済んだモノ、3年使わなかったモノは捨ててもいい」と言われたが、それならウチの嫁さんを捨てる訳にはいかないだろうかとフト思った。(きっと向こうも同じことを言うだろうが!) 世界的に有名な片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんも整理整頓の本の中で「ときめきを感じないものは思い切って捨てる」と書いているではないか。
 そこで試しに「家が新しくなったので、あとは車と女房を取り替えるのが人生の次の目標になる」と言ったところ、早速「やれるものならやってゴラン」という冷めた声が返ってきた。当分悩み多き人生から逃げることはできそうもないようである。


引っ越し大作戦完了す (その1) (2017.09.04)

引っ越し大作戦完了す (その2) (2017.09.08)

三猫と一犬との共同生活始まる (2017.09.30)

一人暮らしと犬猫について (2018.01.15)

新居と新入家族 (2018.09.24)

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2018年2月12日 (月)

岡崎には文化が無い?

 先日、ある方から「岡崎は文化不毛の地であり、〝ジャズの街〟と言いながらライブハウスはほとんど無い」、「政策は役所主導で、ビッグネームや権威に頼ったものばかり」というお便りを頂きました。
 たまにはこういう辛口の御意見も刺激的で面白いと思いますが、できれば現実を正しく認識した上での意見であってほしいものです。
 ところで長年〝文化都市〟を標榜している岡崎に「文化が無い」というのは私は初めて耳にする意見であり、放置しておく訳にはまいりません。たぶん〝文化〟という言葉の定義に対する認識の違いの問題ではないかとも思います。

乙川

 岡崎は、大化の改新(645年)、飛鳥時代(白鳳時代)にはすでに壮麗な伽藍の並ぶ寺院があり、古くから交通の要衝として発展してきた長い歴史と文化のある地であります。14世紀に朝廷が南北に分かれて争った南北朝の動乱の口火が切られたのは、矢作川の両岸に対陣した軍兵達によってです。また、源頼朝の三回忌にまつわる仏像のある滝山寺があります。足利氏は尊氏の先祖、足利義氏の時代から岡崎に館をもち、鎌倉幕府四代将軍の藤原頼経も滞在したことがあります。
 江戸開幕以降、岡崎からは30家以上の大名が誕生しております。そして現在、日本の伝統文化と呼ばれているものの多くは、徳川家康とその家臣団によって開発された江戸において始まり発展したものであります。その徳川家と家臣団(他の地においては殿様)にまつわる数多くの文物があるのがこの岡崎ですし、全国でも有数の神社仏閣の数を誇ります(京都よりも多い)。そうした事実を数え上げただけでも「文化が無い」とは言えないはずです。

 また岡崎は古くから芸所としても有名であり、今も踊りや小唄等のお師匠さんもたくさんみえます。洋楽においてもクラシックのみならず、ポピュラー・ミュージック界で活躍してみえる方を多く輩出していますし、地元で後進の指導に尽力して下さる方も少なくありません。そのおかげで小中学生の合唱・吹奏楽・オーケストラのレベルも高く毎年全国大会へ出場し、上位入賞を果たしています。(Beanzz、ビーンズという子供ジャズバンドもあります。)

りぶらジャズオーケストラJr.岡崎 Beanzz

(りぶらジャズオーケストラJr.岡崎 Beanzz)

 岡崎高校のコーラス部はヨーロッパで行われる世界合唱大会で何度も金メダルを獲得しております。ちなみに5大会連続で金メダル、そのうち3回は世界チャンピオンであります。
 光ヶ丘女子高校のダンス、合唱も全国レベルの活躍をしておりますし、愛産大三河高校のアーチェリー部や城西高校のサッカー部も有名です。その他にも素晴らしい成果を出している学校や団体所属のオリンピック候補級の選手もたくさんいます。
 ついでに言わせて頂くと、学力の方も大したもので、毎年の全国学力・学習状況調査で、愛知県は全国ランクの上位ではありませんが、岡崎の小中学生の学力は全国平均よりも高い水準にあります。(この統計は人口の多い所が不利。)
 岡崎市芸術祭に出展される絵画、彫刻、その他の分野についてもレベルの高さに毎回驚かされます。秋には各学区において文化祭が行われていますが、こちらも一般の方々の作品の洗練度にびっくりさせられてばかりです。

 岡崎市はトヨタ系の会社の重役の方が多く在住してみえます。また、銀行や証券会社、生保などの支店長として全国を回ってみえた方で、土地を岡崎に確保しておいて、退職と同時に新築して岡崎に住まわれた方を何人も知っております。歴史的文化遺産に加えて、自然も豊かで、生活基盤や各種施設も整っているということもあると思いますが、それらの皆さんの多くが岡崎を居住地として選ばれた理由に「伝統文化の魅力と居住環境の良さ」を挙げています。「岡崎には文化が無い」という言葉がどこから出てくるものか全く分かりません。国立の研究所(自然科学研究機構)が岡崎に来たのも同様の理由であります。

自然科学研究機構

(自然科学研究機構・山手キャンパス)

 ジャズについて言うならば、「岡崎をジャズの街に」というのは決して役所からの発想ではありません。日本のジャズの育ての親の一人として有名なドクター・ジャズこと故・内田修先生(御近所でしたが親戚ではありません)の存在は言うまでもなく、ポピュラー・ミュージックとしてジャズを楽しもうとするグループ等、様々な形でジャズに取り組んでみえる方達がおられます。
 「岡崎ジャズストリート」については、市内で会社経営をしてみえた故・同前慎治さん(兵庫県出身)という方が市内のジャズ愛好家の方達と共に10数年前に民間の立場で自主的に始められたものです。岡崎市は街の活性化の観点から補助をしてきたというのが今日までの実態であります。

岡崎ジャズストリート座談会

(岡崎ジャズストリート座談会。『リバ!』2006年10月号より)

 ジャズに限らず、こうした趣味的要素の強い文化イベントに、公共が主体的に取り組むべきものではありませんし(同様のモノが他にもあるので)、また、役人が仕事として行っても良い結果は期待できません。(第一、面白いものになりそうな気がしません。)
 私も毎年、秋のジャズストリートには積極的に参加し、協力しておりますが、普段は引きこもり型のジャズ・ファンであり、一人でCDを聴いている方が好みでありますし、それで構わないと思っております。
 ライブハウスに行く、行かないは個人的趣味の問題でありますし、ライブハウスが流行らないとしても、それは行政施策の結果ではありません。そうしたことをもって、一方的に「岡崎に文化が無い」と言うのは、あまりに短絡的ではないでしょうか?

 世の中というものは、様々に多様な価値観で形造られたモザイクのようなものだろうと考えております。私はそうした多様性と伝統文化の共存する岡崎という街をこれからも大切に育ててゆきたいと思います。
 まずは「モノづくり」で豊かさを獲得した岡崎市に、もう一つの経済の柱として、歴史的資産、伝統文化と豊かな自然を活かした「観光産業」を付け加えたいと考えております。さらに言うならば、観光客ばかりでなく、市民にとってもきれいになった自らのふるさとの街を四季の景観を愛でながら歩くだけでも気分が良くなります。そして市民の多くが歩くことを習慣にして頂くようになれば、健康な人が増え、医療費の削減にもつながります。(認知症対策にもなる。)
 元気であってこその長寿であり、幸せな人生だと考えます。岡崎がそうした所になるようにガンバりたいと思っております。

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2017年9月 8日 (金)

引っ越し大作戦完了す (その2)

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 古い家の引っ越しにおいて気を付ける必要があるのがホコリである。いわゆるハウスダスト、長年たまったホコリが粉塵となって空気中を漂い、長時間そうした環境で作業をしていると突然呼吸困難となったり、アレルギー反応が出てセキが止まらなくなったりすることがある。
 そして熱中症である。夏の引っ越しはお勧めしない。ことに家の取り壊し作業前には家をスッポリと袋で囲うように防音、防塵対策をとるため、中にいると酸欠状態になることがある。さらに取り壊し直近には電気も止まるため、エアコンも扇風機も無い最悪の作業環境となってしまうため注意が必要である。

 以前近所で雑談中、「将来、山の中の広い所に住みたい」ということを言ったことがある。その時に隣のオヤジさんから「一度康生に住んだ人間はヨソでは暮らせないよ」と言われたことがある。

東康生通り

 確かにこの辺りには生活に必要なものはほとんど歩いて買いに行ける範囲にそろっており、この便利さは捨て難い。おまけに地下は頑丈な岩盤であり、防災上の安全性も高い。かつての岡崎城の城郭の中に位置し、少し高台となっているため矢作川が溢水(いっすい)しても大丈夫である。
 そのためか、高齢化の時代を迎えた今、郊外から中心部のマンションに移り住んでみえる年配の御夫婦が増えているというのが近年の傾向である。市外に出た子供も帰って来ず、老人世帯には郊外の大きな家の管理の負担は大きく、不用心でもある。さらに、老人夫婦の緊急時対応には不安も多い。中心街のマンションなら近くに病院もあり、大病院までの時間も短い。おまけに1階がショッピングセンターになっているところもあり、高齢者には最適な生活環境と言える。

 そして何よりも私のように、この地に長く住んでいる者にとっては隣人の多くの皆さんと親戚同様のお付き合いがあり、こうした住み心地の良さというのも大きな財産であると言える。
 現に今回の引っ越しに際し、工事用車両の駐車場を提供して頂いた方や、わざわざ倉庫のスペースを空けて下さり荷物を置かせて頂いている方まであるのである。
 こうした多くの皆様の善意と御協力によって、この度の困難な引っ越し作業が完了した次第であり、すべての皆様に改めて感謝御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

追伸
 そしてもう一つ、今回の建て替えの件において、私は市内の建築業者の皆様にお詫びをしなくてはならない。
 日頃、「地元の業者の担う仕事を増やしたい」と言ってきた私がその約束を果たせず、大手ハウスメーカーに仕事を発注することになった点である。
 しかし、私のような立場の者が地元の入札業者に自宅建設の工事を依頼すれば、必ず何らかの癒着が疑われることになり、最近流行りの忖度(そんたく)の存在も様々に指摘され兼ねないことになる。そうした誤解や悪口を避けるべく、賢明なる諸先輩方の所作を見習い、今回第三者的・外部の事業者に依頼することとなった。その点、何とぞ御理解頂きお許し願いたいと思っている。

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引っ越し大作戦完了す (その1) (2017.09.04)

三猫と一犬との共同生活始まる (2017.09.30)

一人暮らしと犬猫について (2018.01.15)

ビフォア・アフター (2018.04.01)

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2017年9月 4日 (月)

引っ越し大作戦完了す (その1)

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(自宅前にて。平成29年1月1日撮影)

 決して引っ越しというものをナメていた訳ではないが、今回引っ越しがいかに大変なことであるかということを骨身にしみて思い知らされたものである。
 そもそも家の建て替えなどしなければ、引っ越しなど必要ないのであるが、築66年、木造モルタル造りの我が家が10年程前からひどく傾くようになり、安全性に問題が出てきたのである。雨漏りもひどく、因果関係もはっきりしないまま漏電のため私の家から火事を起こすことが一番怖いことであった。
 10年前にもリフォームを考え、知り合いの建築業者や大工さんに相談したところ、異口同音に「これはもう手遅れだよ。建て直した方が良い。リフォームは金の無駄づかいになる」という答えであった。

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 それでも、「失敗したら建て直そう」と思い、自分で屋根や外壁のペンキ塗りをし始め、併せてリフォームに挑戦してみた。柱を補強し、壁、天井も張り替え、断熱材まで使ってていねいに作り直してみた。〝DO IT YOURSELF〟の本を見ながら取り組んだのであるが、思いの他きれいに仕上がり、自分としては気に入っていた。

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 ところがとうとう昨年の夏からTVが映らなくなり、年末には温水機が作動しなくなり、今年に入ってガス台も使えなくなってしまった。何より原因がはっきりしない点が一番の不安であった。

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 そして2月の突風時に、地震と間違えるほど家が揺れたことが決定打となった。石川達三の『風にそよぐ葦』なら風情もあるが、〝風に揺れる家〟ではシャレにならない。
 本市の防災対策の顧問になって頂いている名古屋大学の福和伸夫教授からも、「災害対策本部長の家が余震でつぶれていては困るので、家を建て直すように!」とお会いする度に言われているところでもあった。
 公職者が家を建てたり新車を買ったりすると、とかく悪口の種となるものであるが、友人から「町の景観を説いている本人の家が、町の景観を損なっている」とまで言われており、周囲の家が建て替えられ、近所で一番古い家となったことで今回思い切って建て替えに踏み切った次第である。

 当初は、2~3ヶ月前から準備をして、1~2週間ほどで引っ越しはできると思っていたが、私の見通しが甘かった。
 5月中旬に母の急死という思わぬ出来事に加え、6月議会、フフホト市(中国)訪問、市制70周年の石垣市訪問、東京陳情活動、数度の市民対話集会、都市対抗野球の始球式、夏まつり、花火大会等々、代わりのきかない仕事が連続し、引っ越しの準備が大幅に遅れてしまったのである。毎年5月の連休や年末にキチンと掃除をしていればこんなこともなかったのであろうが、忙しさにかまけて、この10年ほど大掃除をしたことがなかった。そのツケが回ってきたのである。
 なんと今回家から出たゴミ、不要物、廃棄物の総量が4トンになり、自分でもアキレてしまった。

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 不要品の総量がこれほど膨大になったのは、父の仕事上(新聞社)、古い資料や本、関連の品物が大した値打ちもないのに後生大事にしまわれてあったのと、私も、子供達の思い出の品に加え余分なものを多く溜め込みすぎていたせいである。
 どうしてこんなものがまだ家に置いてあったのかと思われるような古い電化製品や日用品があり、ことに困ったのが宗教関連の品である。母が知り合いから勧められて関わった神仏やお札、経文、仏像、写経などはゴミとして捨てる訳にもいかず、とりあえず箱詰めにして保管してあるが処分に困っている。(御年配の皆さん、この点御注意下さい。)

 荷物の整理と運搬のため、お盆休みをはさんだ8月の2週間、平均睡眠時間2~3時間、うち完全徹夜2日間を費やすこととなった。なんとか乗り切ったものの、心身ともにクタクタであった。災害などは無い方が良いのであるが、今回のことで災害発生時の本部長としての予行演習ができたと思っている。
 古い家の引っ越しには予想外の出来事がおこるものである。給湯器をはずしたところ水道管がひび割れて水漏れしたり、左側の柱の付属物をはずしたところ右側の柱が傾き出したり、古い建物の引っ越しは命懸けでもある。ところどころ床が腐りかけているような建物での連日の肉体労働はさすがにキツく、自らの筋肉の衰えを実感させられた。

 ランニングシャツと半ズボンの「裸の大将・山下清」スタイルで荷物を運んだり作業をしていると、私と気付かない人も多い。気付かれるとイチイチ説明しなくてはならず、私としては好都合であった。
 いずれにしても今回御手伝い頂いた友人、青年部の皆さんには心から感謝申し上げます。

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引っ越し大作戦完了す (その2) (2017.09.08)

三猫と一犬との共同生活始まる (2017.09.30)

一人暮らしと犬猫について (2018.01.15)

ビフォア・アフター (2018.04.01)

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2017年6月12日 (月)

ボーイスカウト気質とDO IT YOURSELF

日本ボーイスカウト愛知連盟 三河葵地区協議会

 今年も恒例のボーイスカウト三河葵地区協議会の年次総会に出席した(5月14日)。昨今、少年期、青年期の問題が社会の関心事として注目を集めることが多い中、ボーイスカウト活動に再び光が当てられている。
 ボーイスカウトは社会奉仕や自然体験など様々な活動を通じて、生命を尊重する心、仲間と話し合い協力する心、モラルや正義感、自然や美しいものに感動する心などを育むことを目的とする。様々な知識と経験を重ね、自立心を養い、子供達をより良い方向に導いてゆく教育活動としてその果たす役割には大きいものがあると認識している。

 実は私も今は無きボーイスカウト岡崎第9団の一員であり、小中学校の内、5年間お世話になったものである。当時ボーイスカウトは習い事の一つのようになっており、私の町内(東康生)では子供会がそっくりボーイスカウトに入団していた。横着なクソ坊主であった私が少しはまともになれたとすれば、まさにボーイスカウトのおかげであると思っている。

ボーイスカウト 岡崎第9団(旧)

 当時の先輩や仲間が今日も指導者として元気にガンバっている様子を見ることは、OBの一人としてうれしい限りである。かつて岡崎市には10ほどの地域に団があり、毎週末の各団ごとの活動に加え、様々な地域行事への参加、清掃奉仕活動、交通整理の手伝いまでしていたものである。
 あれから数十年の月日が経っているが、ボーイスカウトで身に着けた知恵と技は今も生活の各場面で役立っている。ロープワークの技術は作業時に助けとなり、私の場合ヨットを始めた時に新たに覚えることはなかった。手旗信号は今もできるし、飯ごう炊さんも今でもやれる自信はある。
 今も私の手提げカバンの中には多用途ナイフ、裁縫道具、救急セット、薬、歯ブラシに加え、底には2メートルあまりのロープがクッション代わりに入れてある。口の悪い友人からは「貧乏性だ」と言われるものの、こうした備えのおかげでいつ命が助かることがあるかもしれない。明らかに〝備えよ常に!〟が合言葉であるボーイスカウト生活の後遺症(?)であると思っている。

 前にも触れたことがあるが、面白いことにボーイスカウト経験者は大人になっても同様のクセが抜けない人が多い。
 私は今もシャツのボタン付けやズボンのスソ上げくらいは自分で行うし、料理もできるので一人暮らしも苦にならない。全てボーイスカウト生活のおかげである。何より「自分のことは自分でやる」という生活習慣を叩き込まれたことは生涯の財産となっている。
 だからという訳ではないが、県会議員の最後の2年間の頃には家のリフォームにまで手を出すことになった。
 今住んでいる家は築66年目を迎える木造モルタル建てである。本来二棟であったものを後から接続して一棟にしたため、20年来雨漏りが絶えない。そのためにこれまで何度も自分で屋根に登りペンキを塗ったり、壁のひび割れをコーキング剤を使って埋めたり、レンガとセメントで補強を行ったりしてきたものである。
 10年ほど前に知り合いの建築業者や大工さんに相談したところ、「もう寿命が来ており、リフォームは金の無駄づかいであり、建て替えた方がいい」と同様の答えをもらった。そのため「失敗したらその時に建て替えを考えよう」と自分で家のリフォームに挑戦したのであるが、以来8年間は使用に耐えたものの、ここに来て温水器が壊れ、原因不明の雨漏りが増え、TVが映らなくなり、とうとうガス台も壊れギブアップすることになった。

 話が家のリフォームに脱線してしまったが、ボーイスカウトをやってなければ自分で家を直そうなどとは考えもしなかったことだろう。
 今の子供達はヘタに小利口になってしまい、何事もやる前からできることできないことを自分で決めてしまい、難しいことに挑戦しようという気概、〝チャレンジ精神〟に欠けているように思われる。私がそうした気概に満ちた人間であると胸を張る自信はないが、現在の家庭教育や学校教育に不足している要素をボーイスカウトの活動が補ってくれる可能性があると考えるものである。

岡崎こどもまつり(2017年5月4日)

 昨今、ボーイスカウトの募集活動に対して否定的な方もいるという話を聞いている。確かにボーイスカウトは陸軍の伝令役の少年兵から発展して、イギリスのベーデン=パウエル男爵によって少年教育の手段として始まったものであるが、軍国主義的な組織ではない。世界的な組織として各国で様々に有意義な活動を続けている。
 自立した生活習慣、チャレンジ精神の涵養、生活の知恵の獲得など、人生に大きなメリットのあるボーイスカウト活動に対し、市民の皆様の御理解と御協力をお願いします。

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ボーイスカウト、備えよ、常に! (2013.03.06)

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