あにも

2019年2月10日 (日)

オス猫出産!

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 オス猫と思っていたチャット(以下チャッピー)がメス猫であることが判り、しかもあと2週間で出産を迎えると言われ、出産・育児部屋の用意を考えていた(→前回のブログ)。
 ところが、動物病院に行った3日後、仕事を終えて自宅に帰ったところ、自室のベッドの上からネズミの鳴き声のようなへんな声が聞こえてきた。
 いったい、どの猫が鳴いているのかと思ったら、私の枕の横に作った、夏の掛け布団をサークル状にした猫用の寝床の中に赤ちゃん猫が2~3匹とチャッピーが横たわっていた。
 これから出産の準備をしようと思っていた矢先であり、二度目のビックリである。しかも、よくよく見たところ子猫は4匹であった。まだ自身が母猫にくっついていてもおかしくない程の小さいチャッピーがよくぞ4匹も産んだものである。2匹は薄い茶トラであり、あとの2匹は三毛であった。性別はまだ分からない。

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ゼル

 玉をとられる前に種付けをした犯人と思われるゼルが、心配そうに近くをウロウロしていた。赤ちゃんネコの鳴き声を聞きつけた他のネコ達も集まってきたが、産まれたばかりの子ネコにちょっかいを出すといけないので遠くに追い払った。

 嫁さんに知らせると飛び上がって驚いていたが、4匹の赤ん坊を見るなり、「あんた一人で4匹も産んだの、小さいのによくガンバったネ、えらかったネ」と涙ぐんでいた。
 まだ出産したばかりの様子の母ネコを落ち着かせるため、しばらくこのままにして、明朝、私がでかける前に個室に隔離することにした。次の準備をするため、一階の一室を片づけ、古新聞とじゅうたんを敷いて、ネコ用の小コタツとエサ箱、水オケ、トイレ、爪とぎ場を用意した。
 出産後のチャッピーはかなり疲れ気味であったので、特別食を用意して行ったところ、おかわりも食べてしまった。その後、私が隣で見ていることを確認すると、寝床から飛び出してトイレと水飲みに出かけた(育児疲れかもしれない)。その間、子ネコの上には毛布をかけて体温の低下を防いでおいた。
 5分ほどで戻ってきたチャッピーは再び子ネコの世話を始めた。一度も育児の仕方を見たことも教えられたこともないのに、本能とはいえ大したものである。
 最近の数々の児童虐待事件を見ると、動物の親の自然な健全さに教えられるような気がしたものである。

 なお、あにもの名誉のため付け加えておくと、あにもの書類上は間違いなくチャットはメスであり、「メスの茶トラ」と記してあるそうであった。
 それにしても嫁さんが度々「チャットはなんでおジィの所にばかり来るの?」とヒガミっぽく言っていたが、動物は一番安心できるところで出産するものであり、それが私の枕元であったことは何ともユカイである。嫁さんに一言。「ザマーミロ!」

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2019年2月 7日 (木)

オス猫が妊娠した?

チャット

 あにも(岡崎市動物総合センター)からオス猫としてもらってきた茶トラの猫が妊娠した。
 「白っぽい茶トラの猫はメス猫であることが多い」という話を聞いたことがあるが、動物病院の医師も含めて3人の獣医師が「オスです」と断言した猫がメスであることが判明した。「弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる」(猫も?)。世の中にはこうしたこともあるのである。
 いずれにしても、昨年我が家に加わった3匹の子猫のうち、私が「オスの茶トラを」と希望してもらってきた猫がお嬢さんだったわけである。オスにしては小柄で、第二次性徴が遅く、他の2匹がそれぞれ大人っぽくなる中で、一匹だけいつまでもヒヨコのぬいぐるみで遊んでいる茶トラのチャット君であった。しかしこれからはチャッピーとでも呼ぶことになるのだろう。

 娘が病院に再検査に連れて行く際に、いつになくナーバスな様子でやたら甘えてきたという。冬の寒空の下、子持ちの状態で捨てられることを恐れていたのかもしれないが、もちろん私はそんな無慈悲なことはしない。これも私の運命の一つと受け止めている。
 病院での診断は「妊娠2ヶ月」であり、あと2週間ほどで出産を迎え、2~3匹は産み落としそうだということであった。

テル子、ゼル、チャット

(テル子、ゼル、チャット)

 すでに他の猫の去勢は済んでいたが、年末年始が多忙であった上に、まだ赤ちゃんぽく小柄であったチャットはオス猫であると思い込んでいたことから、一匹だけ去勢措置が遅れてしまったための出来事であった。しかし良心的な動物病院であったおかげで、見立て違いであったこともあり、受診料はタダとなり、オミヤゲに高級カンヅメ等を付けてくれたそうである。
 「父猫もイケ面だから、かわいい子猫が産まれますよ」と言われたものの、我が家にはすでに6匹の猫と1匹の犬がいるのである。これからなんとか良い里親を探してやりたいと思っている。(実際、多頭飼育は大変なのである。)

 それにしてもチャットにとっては災難なことである。人間で言えば、自身もまだ中学生くらいの子供で遊びたい盛りなのに母親になってしまうのである。きっと自分でも自分の体に何が起きているのかは分かっていないことであろう。
 今私にできることは彼女(?)が安全に出産できる場所を確保してやり、安産を迎えることである。こうした若猫の出産のケースでは帝王切開を行わなくてはならないこともあるため、今しばらく注意が必要となる。
 人生とはいつ何が起こるか分からないことの連続ではあるが、それにしても新年早々、思いもかけぬ出来事で驚かされることになったものである。


オス猫出産! (2019.02.10)

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2018年9月24日 (月)

新居と新入家族

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 新しくなった我が家に戻って4ヶ月が経過した。よく人から「新居の住み心地は?」と聞かれるが、とりあえず荷物を運び込み、今も適当に振り分けて収納したままなので、必要なものでどこにしまい込んだか分からなくなっているものもある。応接間は物置と化している。
 とはいえ、これまでの目で見て家の傾きが分かり、雨もり、スキマ風に悩まされ、耐震診断など行うまでもない築65年の木造モルタル建てのあばら屋と比べれば、快適な生活環境になったと言える。
 しかし、個人的趣味で室内の改造を行っているため、私の部屋にはいまだ木材や大工道具が散乱しており、とてもお客さんを招き入れることのできる状況にはない。心理的には、借家住まいのような気分が続いている。
 なんとか年内には片付けを終えたいと思っているが、なかなかまとまった休みがとれないため集中して作業を行えないことが悩みのタネである。それでもヒマを見つけて、10段の本棚を8台ほど自前で造っている。

 ところで半年間私と共に借家住まいをしていた三匹のネコと一匹の犬であるが、それぞれ新居で自分の居場所を見つけてよろしくやっている。

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 ネコ達は相変わらずマイペースで以前より自由に動き回れるスペースが広がり、エサに加えてオヤツをやる人間が増えたため太り気味であるが、至って元気である。私のベッドは写真のようにすっかりネコ達の寝床と化している。
 反して、この半年ほど私が散歩を含めて世話をしてきた犬のアミは、これまで誘拐されていたと勘違いしているのか、新居に移ってからは私を避けるようになり、ピタリと嫁さんに張り付き、キッチンの冷蔵庫の横を自分の居場所と決めている。(もう犬小屋は要らないかもしれない。)

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 今回、手製の2メートル40センチほどの高さのキャットタワーに合わせて、2階のリビングルームの天井近くにキャットウォークを造ったのであるが、そのせいで、さらに子ネコを3匹飼うことになってしまった。
 当初、「あにも」から新しく迎え入れる子ネコは2匹の予定であり、すでにいる3匹と間違えないように私からは「茶トラの猫がいい」という注文をつけていた。しかしもう一匹を選ぶと仲良し兄弟(オスとメス)のうち一匹が残されてしまうことになるため、3匹とも引き取ることとなったのである。

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 茶トラはチャット君(オス)、
 二匹は「ヘンゼルとグレーテル」にちなんで、ゼル君(オス)とテル子ちゃん(メス)
 と名付けることにした。

 しかしいつものことながら、他の家族はそれぞれに勝手なニックネームをつけて呼んでいるようである。子ネコ達はそれなりに反応しているからエライものである。
 ただ今、3匹の子ネコ達は専用の小部屋に入れてある。これから秋口にかけて生後半年を迎える頃、先輩のネコ達と合流させることなるが、タイミングが問題である。ネコは自分の住環境が気に入らないことになると家出をすることがあるため飼い主の気配りが大切である。
 我が家では、すでにフロアごとに計8ヶ所のネコ用トイレと4ヶ所のエサ場、5~6ヶ所の爪とぎ場を設けてある。(それでもオス猫は勝手な所でマーキングをする。)
 毎日、出勤前にトイレの掃除と水桶の注水、エサやりなどを欠かさずに行っている。
 毎朝、髪にクシを入れると手でつかめるほど毛が抜ける。これではすぐにハゲ頭になってしまうほどの量であるが、よく見るとそれはほとんどネコの毛である。こうしたことが気になる人は動物と一緒に暮らすことはできないだろう。
 こんな毎日を送っていると、朝寝床で目覚めた時に自分の手足がネコの手足になってないかと確認してしまうことがある。学生時代に読んだフランツ・カフカの『変身』という小説では、ある朝突然、巨大な毒虫に変身してしまった主人公が最終的に家族からも虐待されることとなる。(こんな話は小説の中だけにしてほしいものだ。)

 「ネコを6匹も飼うなんて、よほどネコ好きなんですネ」と言われることがあるが、決してそうではない。基本的に動物はなんでも好きな方であるが、どちらかと言えば私は犬派であると思っている。たまたま娘が子供の頃からよくネコを拾ってくるため、いつしかネコの多頭飼いをするようになってしまっただけである。
 それでも毎日帰宅する度に、子ネコ達が私の体によじ登って大歓迎(?)してくれるのはうれしいものだ。動物の感情表現は人よりも率直であり心安らぐものである。
 しかし大人のネコはもう少し複雑である。気が向かなければ飼い主が呼んでも知らん顔をしている。そのくせ、朝起きてみると同じベッドの上で寝ていたりする。またなぜか、こちらが元気のない時など、いつしか寄り添っていてくれたりすることがある。そんなミステリアスな所がネコの魅力なのかもしれない。

動物愛護週間

 私がネコの多頭飼いをしているもう一つの理由は誰かが飼ってやらないと彼らは命を奪われてしまうからである。せっかく生を受けてこの世に出てきたのに、ゴミのように処分されてしまうのではあまりにあわれである。

 現在、多くの自治体において「殺処分ゼロ」の運動が行われている。すべての飼い主がペットを終生飼育すれば殺処分ということは無くなるのであるが、現実はそうはなっていない。今も全国で毎年5~6万匹の犬猫が処分されている。中でもネコは犬の数倍であり、その多くが子ネコである。(外国では「日本に犬猫のアウシュヴィッツがある」と言われている。)
 「殺処分ゼロ」のスローガンは耳に聞こえは良いが、そうした施策を実施するための予算や手間はばかにならないものがある。しかも自治体が犬猫の受け取り基準を厳しくすれば、無責任な飼い主が自分で処分したり捨てたり、動物虐待につながることもある。「無責任な飼い主ゼロ」こそ本当は重要なのである。(こういうことを言っているせいで、我が家のネコが増えるのである。)
 人生の終末期を迎える年頃になれば、仏教徒でなくとも少しは善根(ぜんこん)を積んでおきたいものと思うものである。
 そうした心を知るや知らずや、今日もウチのネコどもは腹を上にして眠っている。

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三猫と一犬との共同生活始まる (2017.09.30)

一人暮らしと犬猫について (2018.01.15)

ビフォア・アフター (2018.04.01)

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2018年3月 5日 (月)

新恐竜と東公園の将来について

東公園、トリケラトプス

 東公園に待望の第二弾の恐竜達が登場した。
 長さ9メートル、高さ3.6メートルの親のトリケラトプス、遊べるスピノサウルス、一緒に写真が撮れる子供恐竜ベンチ(4基)がこの3月1日(木)に公開された。
 4年前、私のアイデアに賛同して下さったある篤志家の方から、最初の恐竜達(ティラノサウルス、ブラキオサウルス、プテラノドン、子供のトリケラトプス2体)を御寄付頂いた。今回の恐竜達は同じ篤志家の方から、二期目の私の市政への応援(?)として、再度寄贈いただいたものである。

東公園、トリケラトプス

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スピノサウルスと内田康宏

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 そもそも恐竜モニュメント導入の発想は、公園法や用地区分などのために利用方法が限定されている雑木林エリアの有効活用にあった。(→「大恐竜がやってくる! その1」 2014年6月7日
 法的制限のため開発も建物の建設もできない土地に、誰も歩いていない遊歩道があるため、その沿線にそって「青空の下、自然の木々に囲まれた環境の中で実物大の恐竜の姿を子供達に見せたい」というのが動機であった。かつて私を含む多くの子供達が名古屋の東山動物園にあるコンクリート製の恐竜達に胸おどらせたように、岡崎の子供達に、7千万年以上前この地球上にあった壮大な光景をじかに味わってほしいと思ったからである。そうした光景を目にした子供達の中から、第二のファーブル、あるいはウォルト・ディズニーや手塚治虫、スティーブン・スピルバーグのような、自然愛と豊かな発想をもった才能が生まれてくることを期待するものである。

 恐竜モニュメントの設置は平成26年に決まったが、実際に事業を進めていく中で、いきなり森林の奥に数体の恐竜を分散配置するのではなく「まずは身近な所で多くの市民に認知してもらい、楽しんでもらおう」という担当職員の意見があり、現在の動物園の前庭に配置することとなったのである。
 いずれにせよ5~10年程経てば整備点検の必要もあるため、その折に分解して、森の中の適地にストーリー性のあるジオラマ風の展示を行いたいと考えている。
 手前ミソではあるが、東公園のように博物館展示レベルの精度の高いリアルな恐竜が屋外の自然の中で無料で見られる施設は、国内では岡崎だけであると自負している。

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 そしてまた現在、同時進行で東公園の動物園のリニューアル(施設整備)と新しい動物の導入も検討している。
 まずは猿舎の移転新築と、鳥舎の新築である。生き物の施設でありながら、ともに手狭で住環境も悪いため、この二つについては順次対応したいと考えている。

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 次に、新規購入動物として、珍奇で入手困難な動物を狙うのではなく、日本国内、ことに愛知・三河の山野に生息しているイノシシ、シカ、ハクビシン、熊など身近な所にいながら実物を見る機会が少ない動物を、動物愛護の精神の下、岡崎の子供達に見せたいと考えている(乙川に住む魚達、水生生物も含まれる)。他に比較的に入手が容易な動物も候補としている。温帯でも生育できるフンボルト・ペンギンなどは水中の動きを見せることで、子供達の人気者となることだろう。

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 そしてゾウのふじ子も今年で50歳となるため、長期的展望に立ってペアで子ゾウを入手する手立てを講じてゆきたいと思っている(群れで生活する動物は現在、単独で入手することも購入することもできないため)。
 ゾウ、キリン、ライオン、トラ、ゴリラといった大きな動物園のスター動物の購入は高額な費用を要し、飼育には専門家がなくてはならず、特別な施設も必要となり、維持管理にもお金がかかる。しかも近年の世界的動物愛護の潮流の中、法的なハードルも高く入手には政治力も重要な要素であるという。
 よってそうしたスター動物は、名古屋や豊橋などの大きな動物園に見に行って頂き、岡崎は今後も無料のローカル動物園の路線で行こうと考えている。そうした動物園を目指す中、無料で見られ、触ることもできるリアルな恐竜は目玉の存在となるだろう。しかもエサは食べないし、特別な施設も飼育係も要らないのである。

 また、将来計画として、旧「国治(くにはる)天文台」跡地と周辺のスペースを活用して、以前ブログで書いたように、近年とみに高性能化している機器を用いた新展望台と、プラネタリウム機能を有した多目的映像シアターを開設したいと担当部局と話しているところである。
 東公園に行けば、宇宙の誕生から太陽系、地球の形成、恐竜を含めた生命の発達の歴史を総合的に学ぶことができるような施設を造りたいと思っている。その施設を、動物園と動物愛護の精神を伝える「あにも」と連動させて活用してゆきたいものである。

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2017年6月16日 (金)

新ゾウ舎の完成

岡崎市東公園動物園

 岡崎市東公園にある動物園のスターである雌のアジアゾウ「ふじ子」(49歳)の新しいゾウ舎の建て替え工事が2年前から行われてきたが、この4月29日(土)にオープンした。
 新ゾウ舎の主な整備内容は次のとおりである。
・「ゾウ舎」――鉄筋コンクリート製。主寝室・副寝室がある。190平方メートル。
・「多目的舎」――ゾウの食事を作る調理室と飼料倉庫を兼ねている。
・「ビューイングシェルター」――ふじ子を間近で観察できる。70平方メートル。
・「屋外施設」――パドック、水飲み場、砂場などを整備し、プールを拡張。
 砂場では横になって砂浴びもできるため、ゾウの体調管理やストレス解消にもつながるものである。なお旧ゾウ舎から引き継いだ「ベルトコンベアー」によるエサやりシステムは、本動物園の無料運営の一助となっている。

 体高約3メートル、体重4トンのふじ子の力は想像以上であり、これまでも寝室の扉が壊されることが度々あったそうである。この度の新ゾウ舎の整備は老朽化した施設の改善と共に、高齢化したゾウへの対策、飼育係並びに来園者の安全性の確保もはかられている。
 今回の改造工事においては大きな音の出る重機の使用もあったため、繊細なゾウの気質を考慮し、時に工事を中断しながら1ヶ月半の工期延長をして完成に至ったものである。
 4月29日のオープン記念イベントにおいては、式典の後ふじ子にお祝いの紅白餅やケーキが与えられた。続いて4月10日生まれのふじ子に誕生祝いのメッセージを書かれた来園者のうち、先着100名の皆さんに対して記念缶バッジがプレゼントされ、正式に運用開始後は見られないバックヤードも公開された。

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東公園のふじ子

 ふじ子はインド洋のスリランカ(旧セイロン)で生まれ、現在人間の50~60歳にあたり、昭和57年(1982年)に広島県福山市の赤坂遊園から本市に寄贈されたものである。
 現在日本で唯一の無料でゾウが見られる動物園となった本市の東公園であるが、将来の利活用も含めた改造ができたものと思っている。いずれにしても本市の無料動物園としての運営を堅持しながら、できる限り動物を増やしていきたいと考えている。国内で比較的容易に入手できるツキノワグマ、イノシシ、タヌキ、キツネ、カピバラ、ワニ、海獣(アザラシ、ペンギン)等、スペースと獣舎の設置の可否なども考慮しながら実現したいものである。

 またオープン2日前の4月27日には、国際ソロプチミスト岡崎(星野淳子会長)の皆さん達から昨年の認証30周年記念事業の一環として、ゾウ舎の西側に来訪者用の東屋(あずまや)を寄贈していただいた。

国際ソロプチミスト岡崎の皆さん

岡崎市東公園のジミーくん

 10年前の20周年の折にも、東公園の名物となっている〝チンパンジーのジミーの座っているベンチ〟をプレゼントされており、大変感謝している。
 今回は屋根付きで大人が12人座れる東屋であり、ふじ子を家族でゆっくり見られる新たな憩いの場として市民に喜んで頂ける施設となる。遅ればせながら、心から感謝申し上げるものである。

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2016年1月20日 (水)

『リバ!』2016年2月号

『リバ!』2016年2月号

内田康宏事務所よりご案内申し上げます。
『リバ!』2016年2月号が本日発行されました。市長のコラムは「ネコのいない冬は寒い」です。
また2月号では「飛び出す公務員誕生 康生のシャッターを開きました!」という特集が組まれています。こちらも面白いですよ。

『リバ!』2016年2月号

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2015年12月28日 (月)

ネコのいない冬は寒い

アルとミー

 この9月、18歳を前にして愛猫ミーが亡くなった
 18年前に彼女が産まれた時はこんなに長い付き合いになるとは思っていなかったが、共に過ごした時間は女房よりも長く二人目の娘のようなネコの死は誠にさみしい限りである。
 ネコと一緒にいれば木枯らしの季節を迎えても、暖房機器無しでも暖かかった。ネコの死はCO2削減にも影響してくるのではないかと勝手に思っている。

 以前、私が家のペンキ塗り作業をしていた時、興味深げに眺めていた子猫のミーに「君はここでおとなしくしていてネ」と言って私の作業が見下ろせる毛布の上に座らせておいた。
 ところがしばらくして気がつけば、股下から「ミャー」と声がした。いつの間にか私の足の間まで来ており、振り向けば、塗ったばかりのペンキの上に小さな梅の花マークが点々と続いていた。赤ちゃんネコをしかる訳にもいかず、苦笑いで四つの足を濡れゾウキンでふいてやったことをなつかしく思い出すものである。
 昨年1月にこれも18歳目前で愛犬が亡くなってから、「お前は長生きしろよ」と言って高級な高齢猫用のエサを組み合わせて、健康状態を見ながら小分けして1日5~6回与えてきたものであるが、この9月8日に逝ってしまった。
 昨今は相変わらず朝夕ネコの写真に話しかけて生活しているものであるが、不思議なことに今もって他のネコたちは私の部屋に入ってこない。ネコ同士でしか分からないニオイがあるのか、前のネコにイジメられたトラウマがあるのか連れて来ても嫌がってすぐに出て行ってしまう。前のネコの霊が残っているのかもしれないとも思うものである。

 ところで、岡崎市のあにも(岡崎市動物総合センター)では、今年の秋から〝御長寿ネコちゃん、御長寿ワンちゃん〟の表彰を始めている。これは私が夏前に提案したプランであったのだが、偶然にもあにもでも同様のことを考えており、今年9月の動物愛護週間より早々に実現することとなったのである。
 お祝いの品がもらえるのは満17歳以上(人間で言えば85歳以上)の飼い犬と飼い猫である。犬は登録の義務があるので年齢が分かるが、そうではない猫の場合は誕生日や年齢の分かるもの(子猫の頃の日付入りの写真や獣医師の証明書など)を持参し、前もってあにもにお気に入りの写真を届ければ、当日表彰状と生花と副賞として写真の缶バッジを受け取ることができる。来年度も予定されているとのことなので、愛犬・愛猫家の皆さんは是非参加してみて下さい。

岡崎市動物総合センター 動物愛護週間(2015年)

 今年犬の登録情報で調べた17歳以上の対象犬は750頭ほどあったが、電話連絡したところ3分の1がすでに亡くなっており、来年の狂犬病予防注射連絡の通信費が削減されるという効果もあったと聞いている。

 我が家の犬猫は表彰式の日には間に合わなかったが、私は宣伝用に缶バッジを造ってもらい、今あちこちでPRにこれ務めている。先日市長会の席で披露したところ、「そのアイデアもらった」と言って缶バッジの写真を撮っていった他市の市長もみえた。
 現在この缶バッジは、お守り替わりに毎日私のワイシャツの胸ポケットに入っている。
 しかしネコのいない冬の夜はやはり寒いものである。

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2015年3月31日 (火)

東公園恐竜モニュメント完成!

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 3月29日(日)。いよいよ、待たれていた東公園の恐竜モニュメントのお披露目の時を迎えました。ぜひ青空の下での完成式を願っていましたが、当日は曇り空の下での式典と相成りました。雨の予報もあった中、大勢の皆さんの御来場を頂き心から感謝を申し上げます。
 今回設置の完了した5体の恐竜達は、既に皆様にも御案内のとおり、市内のある篤志家の方からの善意の御寄付により、製作から設置までの費用を賄(まかな)っております。
 さらに展示のコンセプトについては、福井県立恐竜博物館のアドバイスを頂き、数々の実績のある東京都羽村市の(株)ココロの製作チームの御尽力によって、比類のないリアルな恐竜が誕生しました。

ブラキオサウルスとティラノサウルス(岡崎市東公園)

 これまでの経緯についてはブログ上で何度も御説明申し上げていますが、そもそもは、少々手狭となり年々展示動物の頭数や種類が減少しつつある東公園動物園の現状を踏まえ、無料で楽しめる動物園をいかに維持するかという所から始まっています。
 このところの野生動物保護に関する国際条約の強化と動物の購入価格の上昇によって、目玉となる飼育動物を新たに入手することが困難になってきております。しかも生きた動物は食事や飼育係に加え、設備の整った施設を造らなくてはなりません。
 東公園の新たな魅力の向上のためには、生きた動物だけに頼らない発想が求められました。そこで、東公園の広大な自然景観や地形というものを活用して、公園法の規定にもかなう実物大のリアルな〝恐竜モニュメント〟を設置し、最新の学説に基づいて恐竜が生息していた時代をジオラマ風に再現するという「恐竜の森構想」に着手することとなったのです。

恐竜モニュメント完成記念式典(2015年3月29日)

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プテラノドンと巣(岡崎市東公園)

トリケラトプス・ヤング(岡崎市東公園)

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 かつて私達が子供であった頃、名古屋の東山動物園にあるコンクリート製の恐竜を見るために幾度足を運んだことでしょう。あの恐竜がきっかけで生物学や考古学の道を選んだ人もいますし、造形への目を開かれた方もいると聞いております。
 確かに大人にとっては単なる大きな造形の一つに過ぎないのかもしれません。しかし子供達の目には、もはや大人の目には映らなくなってしまったものが見えているのです。そうしたものが、今後、彼らが生きていく上で何らかのイマジネーションやインスピレーションのきっかけとなることを期待するものであります。
 実物大の恐竜を大空の下で、森の中にいる自然な姿で子供達に見てもらいたいというのがこのプロジェクトの主旨です。「恐竜の森構想」は、当初10年位かけてゆっくり実現して行こうと考えていたものですが、篤志家の方の御好意によってこのような形で完成式典を迎えることができたことに大きな感慨を覚えます。

 今回の展示は全体計画の第一歩でありますが、東公園の施設の充実を図ると共に、次世代を担う子供達がそれぞれに想像力を高め、夢をふくらませることができ、また親子共々楽しめることを目的としております。
 東公園に展示してある恐竜モニュメントは、最新のデータに基づいて造られているものです。しかし恐竜研究の分野も科学技術の進展と共にこのところ日進月歩で進んでおり、毎年50種以上も新種の恐竜の発見が続いているそうです(BBC『最新科学でよみがえる恐竜たち』)。最近では恐竜の体の色や模様まで解析する研究が進められており、将来は鳥のようにカラフルな色調の恐竜が製作されることになるかもしれません。ひょっとすると、岡崎の恐竜達も次に改修や手入れをする時には違う色で塗り直さなくてはならないかもしれません。子供さん達には、そうしたことをしっかりと覚えておいてほしいと思います。
 今回、完成した恐竜の展示を改めて見直してみて、小さな子供達だけのトリケラトプス(角竜)にお母さんがいないことが気になりました。早く造りたいとは思いますが、またどなたか一頭プレゼントして頂けるとありがたいのですが・・・。

内田康宏

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 ともかく記念式典には地元の根石小学校、根石保育園の良い子の皆さんはじめ多くの御来賓、マスコミ関係者の方々の御参集を頂きました。さらにオカザえもん、ワルザえもん、ルネサンスくん、そして紅一点で頑張ってくれた「2015観光大使おかざき」の須貝美咲さんにも改めて感謝申し上げます。
 今後一人でも多くの皆様に東公園に御来園を頂き、この実物大の恐竜モニュメントを実際に自分の目で見、触れて、何かを感じてほしいと思います。そして恐竜達が生きていた時代を想像することを通して、子供達にそれぞれの夢の出発点を見つけて頂くことを期待しております。

 最後に、この恐竜モニュメントの完成に対し、様々に御協力頂いた皆様方に重ねて御礼申し上げると共に、今後の施設の拡大と将来の発展に対しましても、引き続き皆様の御理解と御支援を賜りますことをお願い申し上げます。

恐竜モニュメント完成記念式典(2015年3月29日)

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2014年12月17日 (水)

ネコが帰ってこない

内田家の猫・キック

 10月、岡崎市との姉妹都市提携30周年記念式典のために米国カリフォルニアのニューポートビーチ市に5日間行っていた間に、ボスネコ・キックが行方不明となってしまった。
 これまでも1~2週間いなくなることはあったが、すでに2ヶ月近くとなり、さすがに心配している。岡崎市の「あにも」ではネコの室内飼育を奨励しているが、何せ、相手は〝天下御免の自由人・ネコ様〟である。マンションの高層にでも住んでいない限り、ことにオスネコは自分で出口を探して(作って)脱走してしまうのである。(だからネコを飼うためには、去勢手術とマイクロチップの装着が必要となるのである。)

 帰巣本能に優れたネコではあるが、時に外出した折に帰宅不能となることがある。多くのケースが交通事故や病気かケンカの怪我によるもの、あるいは高齢によるボケ、それともより良い住み家を(飼い主を)見つけたのかもしれない。

内田家の猫・キック

内田家の猫・キック

 「ネコは人に死に場所を見せない」というが、どうもそうではないようである。キックの場合も、このところ病気のせいで元気が無く、獣医に通っていたところであり、もう一度連れて行こうと思っていた矢先の失踪であり大変気になっている。
 岡崎市では本年度10月末までに140頭あまりの犬猫の路上死体の処理をしているそうであるが、そのうちの一体でないことを祈っている。

 また、先般ブログに「16歳の婆さんネコ・ミーが毎日夜中に私を起こしに来て困る」旨のことを書いたところ、読者の方から「死期が近づくとそうした行動をとることがあるので、やさしくしてやって下さい」というアドバイスを頂いた。その後、エサをより高齢ネコ用のモノに替え、一緒に寝てやるようにしたところ元気になってきている。動物も高齢期には人間と同様、食べ物や心の安心感ということに対する気遣いが必要となってくるようである。また、最近気がついたことであるが、どうやらネコも年をとると視力が落ちてくるようだ。
 このネコとも長い付き合いであるが、あとどのくらい一緒にいてくれるのだろうかと思うこの頃である。

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2014年6月 8日 (日)

大恐竜がやってくる! その2(動物園について)

 そもそも「恐竜の森」構想の始まりというのは、「高齢化し、減りつつある東公園の動物達をどうしていくか」というところから生まれたアイデアである。
 昨今の国際的自然動物の保護と動物福祉の気運の高まりの中で、注目される新種の動物を入手することは極めて困難な状況となっている。その影響は国内で繁殖されている動物にも及んでおり、入手のためには高額の出費を覚悟しなければならない。たとえ多額の寄付や希少種の動物の寄贈があっても、その動物にふさわしい最適な施設の準備と維持管理に巨額の費用が必要となる。計画性のない動物の購入は不可能に近いと言える(家で犬猫を飼うのとはわけが違う)。

岡崎市東公園動物園

 現在、東公園で一番人気のゾウのふじ子は31年前に、〝ゆかりのまち〟福山市から送られたゾウであり、飼育係の献身のおかげで46歳の今でも元気である。しかしながら長年の一頭飼いのせいか、よく知らない人には友好的でないという。本来群れで暮らしている動物を長年一頭飼いしてしまった結果でもある。豊橋の動物園ではこれからゾウの多頭飼いを目指すそうであるが、それが本来の姿である。「動物を増やしたら」と簡単に言われる方がよくみえるが、施設整備の問題に加え、動物にも相性という問題がある。決して、動物はモノではなく、彼らにもそれぞれ心があることを忘れてはならない。
 また現在、すべての動物園で動物の多様化、繁殖と並んで重要な課題は運営経費をどうするかということである。岡崎の東公園動物園の場合、入園無料であることが一番のウリなのであるから、有料化を考えない限り、規模の拡大にはおのずから限界がある。さらにもう一つ、東公園は敷地面積こそ大きいものの、公園法や様々な用地的制限もあり、勝手な施設計画を行うことはできない。
 そうした様々な困難な前提条件の中から考え出したプランが、恐竜モニュメントを活用した「恐竜の森」構想なのである。

 かつて私の幼稚園時代(古い話で恐縮です)、毎年春の遠足は名古屋の東山動物園と決まっていた。毎年子供達も入れ替わるため、同じ所でも大した文句も出ず、私は3年保育であったため3年連続で東山動物園に行った。もとより動物園は今でも好きであり、少しも不満はなかった。他の多くの子供がゾウやライオン、ゴリラといったスター達の獣舎の周りに集まっている中、私はいつも一番奥の、現在も植物園の中にあるコンクリート製の恐竜像を見に行き、しばらくそこにクギ付けとなっていた。その後集合時間に間に合うように園内を周り、集合地点へ向かうというのがいつもの行動パターンであった。これは私だけのことかと長い間思っていたが、長じてこの話をしたところ、同様の行動パターンをとっている人が少なくないことを知って驚いている。(元・医師会会長の志賀先生も同じことをしていたそうである。)
 興味のない人には、「動かない恐竜は一回見れば十分」ということかもしれないが、古代生物や地球史に関心の深い人間には、恐竜はたまらない魅力である。今見れば確かにチャチな観は否めない。だが、76年前の昭和13年に造られたコンクリート製の恐竜の立像を見つめながらいったいどれだけ多くの子供達が想いを巡らせてきたことであろう。前から後ろから左右からと、ためつすがめつ見上げながら、「どんな鳴き声だろうか?」「色は?」「歩き方は?」「何を食べていたか?」と様々に思いを膨らませ、まったくアキのくることはなかった。

東公園の恐竜(イメージ図)

 歴史的事象や古代生物に関心の薄い方には「何ということのない大きな模型」ということかもしれないが、想いが夢や想像力をかき立て、そこから科学や芸術への芽生えが始まることはよくあることである。世界的な芸術家、科学者といった人達は皆イマジネーションの力が豊かである。昆虫記のファーブルやアインシュタイン、ウォルト・ディズニーや手塚治虫も、映画監督のスティーヴン・スピルバーグも、恐竜博士のジャック・ホーナーや恐竜温血説のロバート・バッカーにしても皆イマジネーションの塊(かたまり)のような人々である。感性豊かな子供達には、大人の目にもはや映らなくなったものも見えている。
 子供達が想像の夢の世界に想念を遊ばせることのできる触媒としての役割を、この新しい恐竜達に期待している。また、今後そうした展示方法をしたいと思っている。

岡崎市東公園動物園

 もちろん東公園の整備計画は「恐竜の森」構想だけではない。岡崎の動物園は名古屋や豊橋の動物園のように、希少動物や珍奇な動物やライオンやトラやゴリラなど人気大型動物のスター指向ではなく、〝古里の動物達〟(シカやタヌキなど、魚類も含めて)というローカルなコンセプトで特色を打ち出せないかと考えている。いわばスキマ商法である。昨今は近くにいて人と共生していながら、町育ちの子供達は自然の生き物の生態を見る機会が少なくなってきている。そうした生息域を失いつつある生き物を、保護の意味も兼ねて動物園で展示飼育できないかと考えている。(現実に今その方向の努力を始めている。)
 そして全体を通した整備の中で、動物園の新しい顔となる動物が手に入るならば、積極的に対応したいと思っている。ある議員からは「温帯でも成育できるフンボルトペンギンはどうか」という意見も頂いている。無料の動物園でゾウを見ることができ、ふれあい体験などで人気のある東公園動物園ではあるが、実は運営経費の一部は皆さんに負担して頂いている。エサやり体験のエサ販売収入だけで毎年1,000万円程もあり、これは公営の動物園ではトップクラスとのことである。これも職員のチエと努力の賜(たまもの)であり、市民の皆さんの御協力のおかげと感謝している。

 今度の新しい「恐竜の森」も、見て、触って、感じて、無料である。完成後はグッズ販売の方で皆様の御協力を期待しております。
 将来的には、ビッグバンから始まる宇宙138億年の時の流れと生命の進化を感じさせるような施設を目指していきたいと考えている。

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<追記>
 その後恐竜は計5体に増え、東公園時計台前広場にしばらくのあいだ設置することが決まりました。2015年3月29日(日)、同広場にて「恐竜モニュメント完成記念イベント」が開催されました。

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