輝く女性たち

2015年5月26日 (火)

新型はしご付消防自動車と婦人自主防災

はしご付消防自動車(日野プロフィア)

 世の中には、高い所の好きな人と嫌いな人がいるが、私は煙と同じで高い所が好きな方である。今回も試乗のお話を頂いた時、二つ返事で引き受けたものである。
 先頃導入した最新鋭のはしご付消防車のはしごは日本一の全長55メートル(54.7メートル)であり、風速10メートルまでは任務で使用できることになっているそうである。台風の接近もあり、当日(5月11日)は風速6メートルほどの風が吹いていた。「どうしますか?」と問われ、当然「やります」と答えた。

はしご付消防自動車(日野プロフィア)

 ものごとは何でも実際にその場に出かけて自らやってみなくては分からないことが多いものである。ヘルメットをかぶり、安全ベルトを装着し、命綱をつけてバスケットに搭乗した時、何年か前に自分で2階の屋根のペンキ塗りをした時のことを思い出した。しかし今回は高さが違う。55メートルと言えば2階建ての家の7倍の高さである。しかも風でユレるし、ハシゴそのものが南京玉スダレのようにそっくり返っている。

Firefighting201505115

Firefighting201505112

 担当者の話では、ハシゴがそり返ってユレるから、かえって折れたり倒れたりすることがないそうである。高い所が苦手の人は興味本位で試乗されない方がいいと思います。

Firefighting201505113

 古参の方々の話では、昔の消防車のハシゴは今程の性能はなく、ユレもひどく、手足を使って自分で登る必要があり、しかもハシゴがよじれたりすることさえあったという。(ナンマンダブ、ナンマンダブ)

 火災に立ち向かう人達の苦労が単に消火だけではなく、こうした機器を使いこなして人命救助を行うだけではないことがよく分かった。高所恐怖症の人の救助に当たっては、火の燃え盛る最中、相手を落ち着かせるためにまずユックリと説得するのだそうである。おびえた人に高い所でしがみつかれれば二次災害の危険性があるからである。今回の新車両の導入によって、市内の高層ビルは3~4の建物を除いておおむね対応可能となったそうである。
 愛知県下の市町において岡崎市の消防装備は際立って優れたものとなっていることを、今回の試乗で深く理解することができた。

岡崎市婦人自主防災クラブ連絡協議会

 また同日、消防署の講堂において「岡崎市婦人自主防災クラブ連絡協議会」の定期総会が行われた。以下は総会の場で私が述べた話である。

『婦人自主防災クラブの皆様には、昭和56年の発足以来34年間にわたって「家庭内防災、家庭内救急」のスローガンのもと、家庭内はもとより地域防災力の向上のためお力添えを頂いているところであります。
 このところ、昨年夏の広島市の豪雨・土砂災害、秋の御嶽山の噴火など、甚大な自然災害が発生し心配しているところでありますが、本市としましても豪雨による浸水対策として、国県と共に河川改修を重点的に進めているところです。また同様に長年懸念されております南海トラフ巨大地震に対しましても、最大震度7の揺れを想定して市民の安全と安心を最優先に更なる防災力の向上を図っております。
 こうした防災・減災対策を進めていく上で、ハード面だけでなく、ソフト面の強化も欠かせません。特に、災害時の避難所の運営においては、女性の視点に立った、きめ細かい配慮が重要となりますので、地域の防災リーダーとしての女性の活躍に大いに期待するところです。
 そして今回は婦人自主防災クラブの皆様にお詫び申し上げることがあります。
 昨年は、長年の消防団からの要望を受け、消防団に支給している冬用コートを新調しました。ところが、婦人自主防災クラブの皆様へのものが予算から漏れておりました。そこで1年遅れて、今年度、新調支給することと致しました。今年の消防出初め式の折に寒い思いをされた方には改めてお詫び申し上げたいと思います。
 いずれにしましても、これからの防災・減災対策については家族、地域で相互に助け合うことが肝要であり、その中心は元気なお母さん、女性であると考えます。どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。』

|

2015年1月28日 (水)

名鉄ラッピング電車と第40回寒中水泳

名鉄ラッピング電車出発式

名鉄ラッピング電車出発式
 好天に恵まれた1月12日(月)、「家康公四百年祭」のスタートを飾るとも言える名鉄ラッピング電車の出発式が東岡崎駅にて行われた。寒風の吹き抜ける中、関係者はじめマスコミの皆さんは式典のかなり前からホームで待機されており、本当に御苦労様と申し上げたい思いがした。
 出発式は12時より開始された。私と議長が挨拶を終えると、あとは定刻の12時15分の電車の到着にあわせて行うテープ・カットのタイミングを待つのみとなった。
 先頭の前面が明るい緑色に着色されたラッピング電車は、前の車両から順番に春の桜の風景、伊賀八幡宮、岡崎城、大樹寺といった岡崎の名所と共に四季の情景が描かれていた。
 こうした観光PRにより力を込めながら、岡崎市の素晴らしさと歴史文化の価値というものを、さらに市の内外へと広めてゆきたいと考えている。

名鉄ラッピング電車出発式

2015観光大使おかざき(馬場小雪さん、須貝美咲さん)

 当日は葵武将隊の面々のほかに「2015観光大使おかざき」の二人のお嬢さんも登場して、出発式を盛り上げて頂くことができた。大変感謝しております。なお「2015観光大使おかざき」のお二人にとって、この式典は新年交礼会に続く今年2回目のお披露目の場となった。
 ラッピング電車の運行期間は11月15日までである。それまでの約10か月間、より多くの皆様に春夏秋冬四季を通じて本市を訪れて頂くことと安全な運行を願う次第である。

第40回 岡崎水泳協会寒中水泳
 当日は、乙川の殿橋下流で第40回記念の寒中水泳も開催された。水泳協の皆さんが朝から会場設備にかかり、午後1時の開会式を迎えることとなった。

第40回 岡崎水泳協会寒中水泳

 水清め式の後、破魔矢を射り、最後に寒中水泳が行われた。今年は9名の新成人の方が参加されている。また会場では、協賛を頂いている岡崎ライオンズクラブによる献血活動も行われていた。

―当日の挨拶―
 この寒中水泳は、昭和24年(1949年)に第1回が開催され、その後一時中断されていた時期もありましたが、岡崎水泳協会の役員の皆様の御尽力により平成7年(1995年)に復活し、今では岡崎の新春の風物詩として市民の皆様の中に定着して参りました。県議時代に私も及ばずながらお力添えできたことを大変うれしく思っています。
 冬の厳しい気候の中での行事であります。どうか、気合いを入れまして初泳ぎに挑戦して頂きたいと思います。私も元高校の水泳部員であり、かつては2月に泳いだこともあり、こちらに参るたびに泳ぐよう言われますが、今はお許し頂いております。
 本行事の開催にあたり、御尽力頂きました、岡崎水泳協会の役員の皆様に敬意を表しますとともに、岡崎水泳協会の今後ますますの御発展を祈念申し上げまして、お祝いの言葉とさせて頂きます。

第40回 岡崎水泳協会寒中水泳

(2015観光大使おかざきの写真は、岡崎市観光協会ホームページより借用しました。)

|

2015年1月14日 (水)

平成27年 岡崎市消防出初式と成人式

岡崎市消防出初式(2015年1月11日)

 1月11日(日)、今年も晴天に恵まれ、乙川河川敷にて「岡崎市消防出初式(でぞめしき)」が行われました。川沿いの寒さには厳しいものがありましたが、おそろいの新調されたコートが出初式に新たな美観を添えてくれたような気がしたのは、私ばかりではないと思います。
 次には「婦人自主防災クラブ員」の皆さんのコートも考えなければと気づきました。おかげ様で当日は迷子も出るほどの盛況でしたが、これからもさらにショーアップされた出初式を開催していきます。

岡崎市消防出初式(2015年1月11日)

岡崎市消防出初式(2015年1月11日)

岡崎市消防出初式(2015年1月11日)

 昨年を振り返りますと、8月には広島市北部で集中豪雨による土砂崩れが発生し多くの人命が失われ、甚大な被害が発生しました。9月には長野県御嶽山の噴火により戦後最悪となる火山災害の犠牲者が出ており、本市からも16人が緊急消防援助隊員として出動し、過酷な環境の中、必死の捜索活動に従事しました。11月には長野県北部で震度6弱の地震が発生し、住宅27棟が全壊しました。
 幸い本市においては大きな災害はありませんでしたが、南海トラフ巨大地震の発生が危惧される中、防災・減災対策を執り進めていくためには、地域住民の皆様の強い結びつきと地域の安全・安心の担い手である消防団員、婦人自主防災クラブ員の皆様のさらなる連携が必要であると考えます。
 来年度、平成27年度からは、自主防災の要である岡崎市防災防犯協会連合会の業務を市長公室防災危機管理課の所管とし、地域住民の方々による減災への取り組みをより一層支援してまいりたいと考えております。

Firefighting201501117

Firefighting201501114

 今年も伝統のはしごのりの前に、グレート家康公「葵」武将隊の演武が行われました。また、「OS☆U」のお嬢さん方やオカザえもん、岡崎miso娘の皆さんにも来て頂きました。さらに、昨年から始まった「家康公四百年祭おかざきPR隊」のトラッシュスター、岡崎応援キャラクター隊にも活躍してもらいました。

 表彰の栄に浴された方々の長年にわたる消防防災活動に対して、ここに改めて敬意を表します。また、御臨席頂いた各学区の防災防犯協会長さんをはじめ、多くの防災関係者の皆様におかれては、日頃、地域の防災・防犯活動に多大なる御尽力を頂いていますことに、深く感謝申し上げます。

岡崎市成人式(2015年1月11日)

岡崎市成人式(2015年1月11日)

 午後からは、場所を中央総合公園に移して成人式が行われました。自分の子供達より年下の年代が成人を迎えたことに対し、時代の移り変わりをひしひしと感じております。
 もう10年もすれば我々の世代もリタイアして、次の世代にこの岡崎と国の運営を完全に任せることになるものと思われます。バトンを受け渡すその日まで、より良い岡崎の建設に邁進したいと考えております。

―当日の挨拶―
 市長の内田です。新成人の皆さん、本日は誠におめでとうございます。
 岡崎市の未来を担う3,927名の方々が晴れて成人となられたことを、心からお慶び申し上げます。
 本日の成人式は、新成人の皆さんをお祝いするとともに、皆さんが大人になられたことを自覚して頂き、激励するために開催しております。皆さんには、成人になられることで、政治に参加する選挙権が与えられます。これからは、政治や経済、社会への感心を今まで以上に深めて頂き、より良い岡崎、より良い日本を築いていくため、大人としての自覚と責任を持って行動していかれることを大いに期待しております。
 岡崎市では、この1月より「家康公四百年祭」がスタートしました。また来年、平成28年は本市の100歳の誕生日にあたる、市制施行100周年という記念すべき年となります。
 次世代を担う皆さんには、本市の市政運営にも関心を持って頂き、ともに岡崎をより良くして頂きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。本日を「新たな人生のスタートの日」として、大きく飛躍されることを期待いたしまして、私からの挨拶といたします。

*****************

平成28年 消防出初式・成人式・寒中水泳 (2016.01.22)

平成26年 岡崎市消防出初式と成人式 (2014.01.17)

|

2014年1月17日 (金)

平成26年 岡崎市消防出初式と成人式

平成26年 岡崎市消防出初式

 1月12日(日)は、新しく冬のメイン・イベントに育て上げようと考えている消防出初式と、成人式の日であった。朝から厳しい冷え込みであったが、晴天に恵まれた良き日となった。
「例年の儀式的な式典風のものではなく、今年からは観客の皆さんに見て楽しんでもらえる〝ショー〟としての要素を加えたものにしたい」という私の提案を消防署ならびに関係者の皆さんに真剣に受けとめてもらうことができ、素晴らしい出初式ができたと思う。
 そもそも、お城をバックにした乙川の河川敷で行われるこの催しは、ロケーションだけ見ても絵になるものだと考えている。
 お決まりの式典挨拶に続く、「葵」武将隊の面々の演技もいつも以上に気合いの入ったキレのあるものであり、初登場の大須からの「OS☆U」のお嬢さん達も、SKE48に負けないダンスと歌を披露してくれた。(OS☆Uは昨年、あいち消防団PR大使に任命された。)

平成26年 岡崎市消防出初式

あいち消防団PR大使 OS☆U

平成26年 岡崎市消防出初式

平成26年 岡崎市消防出初式

 何より圧巻は、メインである消防職員と消防団の諸君のテキパキとした訓練の技であった。やはり観客が多いと特に気合いが入るのか、スピーディーで無駄のない動きが目を引いた。特殊車両を交えての救助訓練は真に迫っていたし、一糸乱れぬ車両部隊、徒歩部隊の行進も、映画で観た精鋭の軍団を見るようで頼もしい限りであった。
 婦人自主防災クラブの皆様も、市内の各地域に組織されており、まさに市民に愛され支えられる消防の一面がうかがえた。
 ことに素晴らしかったのは、一斉放水の水柱が今回文字通り一斉に上がり、青空に白い放物線を描いた瞬間であった。その美しさに後ろから思わず「カッコイイーっ!」と子供達の歓声が上がったことをお知らせする。
 当日、対岸の駐車場は満杯となり、観客総数も4,000人と聞いている。きちんとした観覧席を御用意できなかったにもかかわらず、御来場頂いた皆様には心から感謝を申し上げたい。

 出初式終了後には、岡崎miso娘とオカザえもんのショーも行われた。さらに消防車両の展示試乗会などで市民と観客の皆様に楽しんで頂き、ふだん消防署や消防団、防災ボランティアの方々がどんな活動をしているか身近に感じて頂ける機会が持てたことと思っている。
 片桐副知事が帰り際に「愛知県下の数ある出初式を見ましたが、これほど見事なものは他ではありませんよ」と言って下さった。来年はさらに趣向を凝らし、ぜひ岡崎の冬の名物にしたいと考えている。

岡崎miso娘とオカザえもん

全地形対応車両

 そして午後からは成人式が岡崎中央総合公園の武道館で行われた。満堂の新成人を迎え、盛大にとり行うことができた。

 今年の新成人は、3,825名(男1920、女1905)である。
 一般的に5~6年ほど前までは、「荒れる成人式」と呼ばれる時代もあったが、このところ経済と社会が落ち着きを取り戻したせいか、それとも会の運営方式の改善の成果か、平穏な成人式が続いている。
 成人式は新成人となった皆さんをお祝いすると共に、大人になられたことの自覚を促し、激励するために開催するものである。一日も早く心身共に大人としての認識と責任感を兼ね備えた社会の一員となってほしいものである。

平成26年 岡崎市成人式

平成26年 岡崎市成人式

 さて壇上から会場の新成人を眺めていて、自分の子供よりも若い世代が成人式を迎えるようになってきていることにふと驚きを覚えた。時の移り変わりは実に早く、容赦のないものである。
 鴨長明の「ゆく川のながれは絶えずして、しかも元の水にあらず」という言葉が思い出される。年々新しい世代が大人となり、そして年々社会の常識も変質してゆくのである。しかし時代によって変わらぬ価値もある。伝統、文化、習慣、民族の誇りなどそうしたものが無意識の内にも彼らに血脈として伝わることを祈るものである。
 新成人代表の言葉を聞いたとき、心から「次の日本を頼むよ」と彼らに言いたくなった。次代のタイマツの火は彼らに手渡されるのである。

 成人式後、隣の体育館に会場を移し、中学校ごとに卒業時の恩師を囲んでの歓談が行われている。ひょっとすると成人式が平穏に行われるようになった最大の要因は、中学時代の担任の先生の存在かもしれないと思った。
 昨年と今年は出初式と成人式を同一日で行うことになった。その点について賛否両論の御意見を頂いているところであるが、関係者との協議の上、日程についてはもうしばらく同日開催の方向で行うことになっているので、御理解頂きたい。

「新成人に贈る言葉」
名を成すは
 艱難辛苦の時
事破れるは
 得意絶頂の時
過ぎてみれば
 我慢が勝ち

(岡崎市長 内田康宏)

*****************

平成28年 消防出初式・成人式・寒中水泳 (2016.01.22)

平成27年 岡崎市消防出初式と成人式 (2015.01.14)

|

2013年10月 7日 (月)

リレー・フォー・ライフ・ジャパン岡崎2013

リレー・フォー・ライフ・ジャパン岡崎

 今年で4回目となる、「リレー・フォー・ライフ・ジャパン岡崎」のイベントが羽根町の「暮らしの杜」のグラウンドにおいて、9月28日(土)・29日(日)の両日にかけて開催されました。私も市長としては今回が初めてですが、これで通算3回目の参加となります。地元企業、病院関係者、各種ボランティア団体をはじめとして42チーム、延べ3000人を超える皆さんの参加のもとに盛大に行われました。

 この活動は、がん患者とその家族、友人、支援者ががんの撲滅などの意志を表示したプラカードや横断幕を持って、24時間交替しながらグラウンドを歩き続けることによって社会にアピールするというものであります。大会の主旨からして、もっと年配者が多い催しかと思っていましたが、毎回若い人の参加が多いことに驚かされると同時に、がんという病が年齢を超えたものであることを再認識させられます。
 人は誰しも、自分が病気になってみないと、なかなか病人の心は理解できないものであります。しかし、今や「がん」は昭和56年以降日本人の死亡原因の第1位となっており、男性の2人に1人、女性の3人に1人が発症する可能性のある病気となっています。誰もが当事者になりうる病気であり、決して他人事ではありません。
 毎年9月は「がんの制圧月間」に指定されており、岡崎市の市政だより9月1日号でも「がん検診」についての特集が組まれております。
 科学の進展により、医療技術も日進月歩の歩みを見せる今日、「がん」は不治の病ではなくなりつつあります。早期発見をして、適切な治療がなされれば治る確率の高い病気であるとさえ言えます。
 この活動の素晴らしさは、現実に今がんと闘っているサバイバーの人々が自ら立ち上がり励まし合い、社会に〝がん対策〟について積極的にアピールしている点でもあります。今回の実行委員長を務める山口史依(ふみえ)さんも乳がんの手術と放射線治療を経験された方です。4ヶ月前に岡崎でのイベント開催を知って、実行委員に応募されたとのことです。リレー・フォー・ライフはがん患者に勇気を与え、共に闘う御家族や友人、支援者の方々との友情と連帯感を高めることによって、必要以上にがんについて思い悩むことのない社会を実現するための運動でもあります。がん患者である方も、そうでない人も、互いに勇気と希望を持ち、元気な未来を指向して生きてゆくことを願うものです。
 この活動による収益や募金は、がんの研究をしている日本対がん協会へ寄付されるそうです。

 岡崎市としても、がんの早期発見のため、市内の対象年齢の方々にがん検診の通知を行って、受診率の向上に努めています。また独自の医療整備計画のもと、設備や機材の拡充、医療システムの整備を行っております。その一つが先日完成した新棟(西棟)の整備であります。
 今回のリレー・フォー・ライフの活動を通じて、少しでも多くの皆様が、命の大切さ、かけがえのない家族や友人、そしてそれを守るためのがん予防の意識やがん検診を行うことの重要性を理解して頂き、自ら積極的に健康を守ることに目覚め、行動して下さることを願っております。

平成23年度 がん検診受診率と精密検査受診率
がん検診受診率(%) 精密検査受診率(%)
愛知県 岡崎市 愛知県 岡崎市
胃がん検診 9.2 16.2 18.1 - 82.8 74.4
肺がん検診 17.0 27.9 20.6 - 77.8 70.0
大腸がん検診 18.0 25.6 44.8 - 71.6 65.5
子宮がん検診 23.9 27.4 24.7 - 67.5 75.0
乳がん検診 18.3 24.8 23.7 - 85.3 83.8

|

2013年3月 4日 (月)

上様のおな~り Ⅱ

 先々月に書いた文章(「上様のおな~り Ⅰ」)を読み直してみて、ひょっとすると徳川恒孝(つねなり)さんが今もまだちょんまげ姿で生活していると勘違いしてしまった人がいるかもれしないと思い、再びペンをとっている。

岡崎公園 徳川家康公

 現在、徳川恒孝氏は昭和15年(1940年)生まれの72歳。
 かつて会津松平家の次男であり、本来は松平姓であった。昭和38年に17代徳川家正氏(外祖父)の死去により、養子であった恒孝氏が第18代の当主になったそうである。恒孝氏は長身でスマートな紳士であり、もちろんちょんまげなど無い。
 平成15年から、財団法人「徳川記念財団」の理事長として現在に至っている。また、静岡商工会議所の最高顧問でもある。国内における徳川家にまつわる行事には積極的に出席されており、岡崎も家康公生誕の地ということで様々にお世話になっている。徳川家の当主としての祭祀の折には、正式に古来の束帯姿で威儀を正して東照宮などへ出かけられるそうである。以前は日本郵船に勤務されており、同社の副社長を経て、顧問に就任されている。

 若かりし頃の話で面白いエピソードがあるので、ひとつ披露させていただく。
 当時日本郵船には、加賀の前田家第18代前田利祐(としやす)氏が、本社の同じ部署に勤務されていたそうである。そのときの上司が、
「徳川と前田両家の当主を部下として使うのは、太閤秀吉以来、俺ぐらいのものだろうな」
 と笑ったという逸話がある。
 また、現在翻訳家として活躍してみえる長男の家広氏がベトナム人の女性と結婚したとき猛反対したという、世間でよくあるような話も聞いている。しかし最終的にはそれを認められ、開明的な判断をされる方でもある。奥様は寺島宗則伯爵の曾孫であり、元首相細川護熙氏のいとこだそうである。ちなみに熊本の細川家も出自は岡崎の細川町であるという。事実、細川首相が退任されたのち平成7年10月28日、細川町の蓮性院常久寺における法要にお見えになっている。そのときの記念碑もある。

 毎年春と秋に大平町で行われる大岡稲荷の祭礼には私も毎回出席しているが、大岡家の現在の当主が必ず東京からおみえになる。大岡越前公(江戸町奉行、大名)の第18代の大岡秀朗さんは私と同年輩である。現在メルセデス・ベンツ日本(株)の常務取締役で毎年一年の3分の1はドイツに出かけてみえる多忙な方であるが、よほどのことがない限り毎回岡崎にみえる。この人も東京風インテリ・イケメンである。大岡稲荷の改修工事の折には、多額の寄付をして頂いている。

 本多平八郎公につながる旧本多忠次邸を本市に寄付して頂いた本多家の皆さんは、今もよく家族で岡崎までおみえになることがある。子供のころ自らが暮らした家が、遠く父祖の地で再建されて活用されていることを大変喜んでみえたのが印象的である。お兄さんは学者のように物静かな方であるが、妹さんの本多葵美子(きみこ)さんは大変気さくで筆まめな方で、今もよくお手紙を下さる。口癖は「私は江戸っ子ですから」であり、さすが闘将本多平八郎の子孫である、全日本女子アマチュア・ボクシング大会において上位に入賞する猛者である。しかも学習院大学資料館の学芸員というインテリでもある。

 このほかにも商工会議所の出している観光ガイドブックにある「大名となった三河武士たち」の記事を見ると、江戸期に三河から60家ほどの大名が誕生しており、全国で活躍していることが分かる。
 こうして再び書いてみて改めて思うことは、徳川家康公が苦難の末に江戸幕府を開かれたことによって岡崎人の血が全国に伝わり、今日の日本人の考え方、行動、気質に三河的な影響を与える一因となってきたのではないかと感じている。私たちはもっとこの故郷と岡崎的なことを誇りに思ってしかるべきであると思う。

|

2013年2月27日 (水)

岡崎市の防災対策(避難所と防災会議委員)

 災害時の一時避難所についてご報告申し上げます。
 昨年の11月22日、市内にある七つの県立高等学校のご理解を得て、一時避難場所および風水害時の避難施設として学校施設を利用できるように協約を結びました。
 12月18日には、同様に東日本大震災のときに首都圏主要駅に多くの帰宅困難者が溢れたことを教訓に、明大寺の「自然科学研究機構」のご協力により「岡崎コンファレンスセンター」を帰宅困難者支援施設として指定することができました。

岡崎コンファレンスセンター

 この施設は、名鉄東岡崎駅からも近く、一日の平均乗降客数が3万6000人を超える東岡崎駅の利用者が帰宅できなくなったときにたいへん有益な施設になるものと確信しております。県立高校や国立の世界的に有名な施設がこうした地域防災のためのご理解を頂けることをたいへん感謝いたしております。

 私自身、平成12年の東海豪雨の折に名古屋の鳴海駅で名鉄電車がストップしてしまい、鳴海小学校の体育館で一夜を過ごしたことがあります。体育館では毛布と乾パンをもらいましたが、豪雨災害の正確な情報が入らなくてたいへん不安な思いをした経験があります。こうした防災施設には、災害時の衣食対応と共に正しい情報が提供できる設備も必要であると思っております。

 東日本大震災の折に浮き彫りになった「避難所におけるプライバシーの確保」の問題について、避難所における災害弱者と言われる女性や乳幼児等のプライバシーの確保につとめることを、地域防災計画に追加しました。また、岡崎市防災会議条例も改正し、委員数を増やすとともに女性委員の数を増やすことにいたしました。
 今回、学識経験者や自主防災活動にかかわってみえた方の中から新しく4名の女性の方に防災会議の委員にご就任いただきました。名城大学の柄谷友香准教授、名古屋大学減災連携研究センターの近藤ひろ子先生、長年防災リーダーとして実績のある天野優子さん、そして「災害ボランティアおかざき」所属の木下尚美さんであります。今後は「女性の視点」から防災対策に対するご意見をいただき、それを施策に反映してまいりたいと考えております。

 また2月7日には、岡崎市内の県立特別支援学校4校を福祉避難所に指定する協定を結びました。

|

2012年11月18日 (日)

海外親善交流 2

 海外親善交流の話のつづきです。
 その後10月31日(水)に、今度は岡崎から海外の姉妹都市を訪問していた中学生のみなさんの帰国報告を受けることになった。
 私はこの間のウッデバラの訪問団と同じような少人数の会と勘違いをしていた。
中学生代表が19人、付き添い教師が6人、中学校長が19人、保護者が19人、総勢63人の大きな会であった。
 彼らはアメリカのニューポートビーチ市、スウェーデンのウッデバラ市、モンゴルのフフホト市のそれぞれに友好使節団として訪問していたのである。先生が代表して報告をされたあと、ひとりひとりの中学生が自分の体験を英語でスピーチをした。どの子もみんなしっかりと自分の経験や発見したことを感動をこめて話してくれた。改めて最近の岡崎の中学校における英語教育のレベルの高さに感心をした。
 彼らの将来が実に楽しみである。

辻口由美子さん

 同じ日にもう一人帰国報告を受けた。こちらはJICAの海外ボランティアでフィリピンに2年間行って見えた辻口由美子さんであった。彼女はフィリピンのケソン州サリアヤ町というところで小規模ビジネスのマーケット拡大や新規開拓のための活動をされていたという。具体的には、ココナッツジャムやマロンガイティーの生産と販売が適切に行われるように指導をされていたそうだ。
 若い女性が単身海外の途上国でそうした活動をする勇気と行動力には、感心させられる。
今後は民間企業に就職して途上国と関わりたいと言ってみえたが、私はこういう人にはぜひ学校の先生になってほしいと思った。なぜならば世界の多様性とそこに生きる人間の違い、そうしたものを十分理解した上で、子供たちに人間としての共通性を伝えることができると思うからである。

(写真は、東海愛知新聞2012年11月8日の記事より拝借いたしました。)

|

2012年10月10日 (水)

平成24年度 市民体育祭

平成24年度 岡崎市民体育祭

 10月7日(日)、中央総合公園のグランドで「岡崎市民体育祭」が行われました。
 議員バッジをはずしてからの公の大きな行事の参加で、今回は来賓ではなかったので、ずいぶん違った角度からものを見ることができました。大きい声で話をしないと、来賓挨拶が客席まで届かないことがよくわかりました。反省。
 開会式のあと、1時間半かけて場内の各学区のテントを一周しました。常日頃の後援会活動で接点のある人とこうした大会に見えてる方が異なった層であることがわかりました。

 後援会は強力なのに意外と冷ややかだった学区、競争相手の本拠地なのに極めて友好的に迎えてくれた学区、あらためて人間関係の奥深さを考えさせられました。

 ようやく一周回って帰ってきたところ、「さつき会」会長の杉山まゆみさん始め、連尺学区の若いお母さんたちがあたたかく迎えてくれました。

|