内田家の犬と猫

2017年9月30日 (土)

三猫と一犬との共同生活始まる

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 「過労のため死ぬかもしれない」と思った引っ越しを終え、8月下旬から三匹の猫と一匹の犬との共同生活が始まった。生活スペースの関係で、私としては久しぶりの〝ハッピー・シングルライフ〟を満喫できることとなった。毎日、犬と猫にエサをやって、「ネコさんお達者で、今日はおグシの具合もよろしいようで」などと言っていればいいのである。
 もともとボーイスカウト上がりで、自炊・洗濯や掃除も裁縫も抵抗感のない私にとって、女房・子供から解放された一人暮らしはストレスの無い快適な暮らしとなっている。これまで単身赴任の方に対して「大変な仕事」と思い込んでいたが、案外そうではないのかもしれない。(だいいち1年の半分が遠征生活のプロ野球選手は離婚が少ないではないか。)

 それにしても今回、犬猫付きの条件でも家を貸して下さったKさんには本当に感謝している。この家無しにこの度の引っ越しは成し得なかった。
 犬猫の引っ越し先と同時に一番心配していたことは、動物達、ことに「家につく」動物と言われている猫達が違う家に馴染むかどうかであった。猫は人の10万倍もの嗅覚を持っていると言われており、今回の借家が以前5匹の猫を飼っていたということだったので、その残り香を嫌って脱走してしまわないかと心配したのである。
 引っ越す前に猫用の部屋を念入りに掃除して、ゴザを敷き、その上に猫達のニオイのついた小じゅうたんを置き、各所に彼らの愛用品を散りばめておいた。さらに彼らの使っていたトイレの箱やエサ皿もそのままの形で持ってきて、できる限り不安を感じないように配慮をしておいた。

 初日にトラオを連れて行った。(あとの2匹は隠れていて見つからなかった。)見慣れない空間と違う家のニオイに警戒心いっぱいの様子であったトラオはいつの間にか二階の猫部屋を抜け出して、一階の荷物置き場となっている部屋の段ボールのスキマに隠れて出てこなくなってしまった。呼んでも反応せず、ショックの大きさが分かるようである。「自分は捨てられた」とでも思ったのかもしれない。

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 二日目には、ようやくつかまえたプースケピーコの2匹を連れて行った。前日のトラオ同様、警戒心丸出しで耳をピンと立てシッポを下げて動こうとしなかった。
 ただ面白かったのは、前日はおびえて隠れていたトラオが、一日の長があるせいか、「君達、何ビビってるの?」とでもいう感じで余裕をかまして2匹の前で毛づくろいをしていたことである。幸い他の猫達も翌日には慣れ、同様にくつろいでいた。

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 新居(?)は家の中で日なたぼっこができ、窓から外の風景を見下ろすこともできて彼らにとっても居心地が良いらしい。引っ越し作業中のように突然知らない人が入ってくることもない。毎日よく食べ、よく寝ている。そのせいか、わずかの間に太ってきたようである。そのため猫のトイレ掃除を一日2~3回することが私の新たな仕事となっている。
 ただ、2匹のオスネコは慣れてきたら、さっそく外への脱出の機会をうかがっており、その点油断がならない。家の前は幹線道路で、車の通行が激しい。それに他の猫の縄張りにヨソ者がブラついていればヒドイ目に遭うことは明らかである。(ウチのネコにその戦いに勝つ力はない。)

 しかし、犬のアミだけは相変わらずままならない。未だに誘拐された子供のような目で私を見ている。陽の当たる玄関口に犬小屋を置き、ガードできちんと囲ってやっているのであるが、急激な環境の変化のせいか食事の進みも悪い。エサをやって頭をなでてやっても迷惑そうな顔をしている。

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 シャクなことに、ヨメさんや息子が散歩に連れて行くために立ち寄ると「助けてくれ」とでも言わんばかりに飛びついて甘えている。何が気に入らないのか分からないが、私が呼んでも寄ってこない。ひょっとすると私とヨメさんが言い合いをしている所を見て、私を敵だと思っているのかもしれない。飼い犬においてこんなケースは初めてである。

 時に「一人暮らしでさみしくないか?」と聞かれることがあるが、TVが映らなくてニュースをラジオに頼っていること以外、概ね快適な生活であると言える。
 近年、〝孤独死〟が社会問題となり、議会においても時々とり上げられることがあるが、私は個人的には孤独死はむしろ歓迎である。死ぬ間際はぜひ一人で静かに過ごしたいと思っている。しょせん人間は一人で生まれ、一人で死んで行くのである。「お父さん、最後にここにサインしてハンコ押して下さい」などと言われながら臨終の時を迎えるのはマッピラである。
 犬猫に見取られて亡くなり、数日後家族に発見され、葬式を迎えるというのが私の理想的な終末の姿である。


引っ越し大作戦完了す (その1) (2017.09.04)

引っ越し大作戦完了す (その2) (2017.09.08)

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2017年1月 4日 (水)

三匹のウチのネコ

 かつて我が家には七匹の猫達が生息していた。
 別にネコ好きの趣味があった訳ではなく、「もう拾ってくるな!」と言っても子供達が次々と子ネコを連れて帰ってきた結果、七匹となってしまったのである。また、ようやく安住の地を見つけ、エサにありついてホッとしている子ネコ達を再び路頭に迷わせる気にもなれず、そのままにしてきた私の優柔不断のせいでもある。
 そのネコ達も、老衰や病死、ネコ同士の折り合いの悪さでケンカして出て行ってしまったりで、現在の三匹(プースケ、ピー子、トラオ)に落ち着いた次第である。

プースケ、ピー子

トラオ

 同じ時期に拾われて家に来たネコ達ではあるが、そのネコ達にも相性の良し悪しがあり、ピー子とプースケは兄弟でもあり、一緒にいることが多いが、長じてからは親の違うトラオをのけ者にしてイジメるため、家の中でも騒動が絶えない。
 私が家にいる時は「マア、マア」と間に入って取りなしをするが、誰もいない時はネコ同士で随分ハデなケンカをするらしくて、鼻ヅラに引っかきキズがあったり、背中にネコの折れヅメがささっていたこともある。ネコ共を前にして「お前達は小さい時から一緒に育ってきたのにどうして仲良くできないんだ」などと説教しても全く効果はないようだ。
 どうしても仲間はずれにされているトラオをかわいがることが多くなるため、それも他の二匹には気に入らないところかもしれない。
 長らくネコの多頭飼いが続いたせいか、我が家の天井裏からはネズミが一掃されてしまったようである。かつては時折ネズミの鳴き声や天井裏運動会の音がしたこともあったが、別にネズミを獲ってくる訳でもないのに自然と静やかな天井となったことはネコ達の効用であろう。

 これまで我が家のネコ事情をたびたび文章にしてきたため、私のことをネコ派だと思っている人が多く、「〝ネコ部〟に入りませんか?」と声が掛かることもある。しかし本籍はバリバリのイヌ派である。何度も書いたことであるが、まだオムツのとれない頃から犬小屋で犬に添い寝をしてもらっていた口である。
 幼少の頃は、母親が結婚した時に連れて来たティムという大きな秋田犬の雑種犬(メス)が友人であり、母親替わりであった。ちょうどピーターパンの話に出てくる「ナナ」というセントバーナード犬のようであった。

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ティム、内田康宏(昭和28年撮影)

ティム、内田康宏(昭和28年撮影)

 帰宅時に私を犬小屋から引っ張り出して、犬の唾液でベトベトの私の体をフロ場の残り湯で洗うのが母親の日課の一つであったという。そのせいか、今も犬と一緒に寝ることが好きであるし、犬の臭いは全く気にならないばかりか、却って安心感さえ覚えるほどである。

 しかし今飼っている犬のアミは、どういう訳か毎日エサをやってかわいがっているにもかかわらず、私にだけヨソヨソしい。家族の一員として迎えて3年も経つのに隣のオジさんに対するような態度である。これまで何匹も犬を飼ってきたがこんなことは初めてである。

アミ

 ウチのネコについて、もう一つ付け加えるとすると、総じてオスネコは人間の女の人の方を好むし、メスネコは人間の男にかまわれる方を好むようである。
 二匹の気まぐれなオスネコ達(プースケとトラオ)は、私がなでてやっても「なんだお前か?」という顔をしているが、女房や娘が抱っこするとウットリした顔をしておとなしくしている。ただ私がフロ上がりなどにパジャマで横になってテレビを観ていると、突然、腹の上に上がってくることがある。人のことを暖房器具とでも思っているようだ。
 逆にメスネコのピー子は、ふだんから人に抱かれることを嫌う。自由志向の強いネコなのに、たまに私が抱っこしてやると、腕が大きくて体が安定し暖かいせいかしばらくおとなしく抱かれていることがある。そんな時、近くを通りかかった娘が「この男好きめ!」と言って、いまいましそうにピー子のお尻をピシャッと叩いていったりするのも面白い光景である。

 先輩のネコ達がいなくなって「ワシらが大将」とばかりに態度のデカくなった三匹のネコ達であるが、彼らももう6歳(人の40歳くらい)である。
 彼らとも長くてあと10年くらいの付き合いであろうが、できる限り家族として大切にしてやるつもりである。犬猫も、10年近く一緒に生活していると「ひょっとすると、こいつら人の言葉を分かっているのではないか?」と思えるほどの親密さを表現してくることがある。
 私はよく女房に「お前がいなくても生きていけるが、犬猫のいない生活は耐えられないな」とニクまれ口を叩いている。もっとも先方とて同様のようである。

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2015年12月28日 (月)

ネコのいない冬は寒い

アルとミー

 この9月、18歳を前にして愛猫ミーが亡くなった
 18年前に彼女が産まれた時はこんなに長い付き合いになるとは思っていなかったが、共に過ごした時間は女房よりも長く二人目の娘のようなネコの死は誠にさみしい限りである。
 ネコと一緒にいれば木枯らしの季節を迎えても、暖房機器無しでも暖かかった。ネコの死はCO2削減にも影響してくるのではないかと勝手に思っている。

 以前、私が家のペンキ塗り作業をしていた時、興味深げに眺めていた子猫のミーに「君はここでおとなしくしていてネ」と言って私の作業が見下ろせる毛布の上に座らせておいた。
 ところがしばらくして気がつけば、股下から「ミャー」と声がした。いつの間にか私の足の間まで来ており、振り向けば、塗ったばかりのペンキの上に小さな梅の花マークが点々と続いていた。赤ちゃんネコをしかる訳にもいかず、苦笑いで四つの足を濡れゾウキンでふいてやったことをなつかしく思い出すものである。
 昨年1月にこれも18歳目前で愛犬が亡くなってから、「お前は長生きしろよ」と言って高級な高齢猫用のエサを組み合わせて、健康状態を見ながら小分けして1日5~6回与えてきたものであるが、この9月8日に逝ってしまった。
 昨今は相変わらず朝夕ネコの写真に話しかけて生活しているものであるが、不思議なことに今もって他のネコたちは私の部屋に入ってこない。ネコ同士でしか分からないニオイがあるのか、前のネコにイジメられたトラウマがあるのか連れて来ても嫌がってすぐに出て行ってしまう。前のネコの霊が残っているのかもしれないとも思うものである。

 ところで、岡崎市のあにも(岡崎市動物総合センター)では、今年の秋から〝御長寿ネコちゃん、御長寿ワンちゃん〟の表彰を始めている。これは私が夏前に提案したプランであったのだが、偶然にもあにもでも同様のことを考えており、今年9月の動物愛護週間より早々に実現することとなったのである。
 お祝いの品がもらえるのは満17歳以上(人間で言えば85歳以上)の飼い犬と飼い猫である。犬は登録の義務があるので年齢が分かるが、そうではない猫の場合は誕生日や年齢の分かるもの(子猫の頃の日付入りの写真や獣医師の証明書など)を持参し、前もってあにもにお気に入りの写真を届ければ、当日表彰状と生花と副賞として写真の缶バッジを受け取ることができる。来年度も予定されているとのことなので、愛犬・愛猫家の皆さんは是非参加してみて下さい。

岡崎市動物総合センター 動物愛護週間(2015年)

 今年犬の登録情報で調べた17歳以上の対象犬は750頭ほどあったが、電話連絡したところ3分の1がすでに亡くなっており、来年の狂犬病予防注射連絡の通信費が削減されるという効果もあったと聞いている。

 我が家の犬猫は表彰式の日には間に合わなかったが、私は宣伝用に缶バッジを造ってもらい、今あちこちでPRにこれ務めている。先日市長会の席で披露したところ、「そのアイデアもらった」と言って缶バッジの写真を撮っていった他市の市長もみえた。
 現在この缶バッジは、お守り替わりに毎日私のワイシャツの胸ポケットに入っている。
 しかしネコのいない冬の夜はやはり寒いものである。

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2015年9月29日 (火)

おまけ達の時代

ミーちゃん

 ネコのミーちゃん17歳9ヶ月で亡くなって一ヶ月近くになる。
 これまで多くのお悔やみの言葉を頂き、ありがとうございました。ちゃんとお花と手紙を付けて送り出しました。

 夜中に2~3時間おきに私を起こしてエサをねだるネコをうとましく思ったり、老ネコのエサ代が意外と高くつくこと、その他様々に世話のやけることを面倒に思ったりしたこともあるが、彼女がいなくなってみて、それらのことが自分の生きがいの一つになっていたことに気づかされた。
 人や動物の死に直面する度に思うことであるが、今までそこにいることが当たり前であった者がいなくなると、その空間の空虚さというものが一層きわ立つものである。
 今までミーが好んでたたずんでいた辺りの後ろ壁面に、実物大の写真のコピーを貼って朝夕話しかけている。その姿を見て女房は「バカみたい。それは老人性痴呆症の前触れよ」とか「全く、女々しい」などと言う。「お前が死んだ時には間違っても写真など飾ったりしないから安心してくれ」と言ってやれば、「私より7つも年上のくせに、私より長生きしようなんてアツカマしい」と返ってくる。とは言いながら、犬猫が亡くなった時に、黙っていても供花を用意してくれるのがこの人である。

 こんなことを書きながらネコの写真を見ていると、古いイタリア映画を思い出す。アンソニー・クインの出世作の一つでもある『道』である。フェデリコ・フェリーニ監督による、古めかしい白黒の映像と、ニーノ・ロータの哀愁に満ちた音楽がなつかしく感じられる。

Anthony Quinn, Giulietta Masina

 アンソニー・クイン扮する大道芸人ザンパノは、粗野な乱暴者であり、大道芸の相方として知恵遅れのジェルソミーナという娘を雇って旅から旅の生活を続ける。そしてある時、ジェルソミーナにやさしくする「キ印」と呼ばれる男をケンカの末に殺してしまう。それまで奴隷並みの扱いにも健気に耐えてきたジェルソミーナは泣くばかりで仕事の役に立たなくなり、ザンパノに捨てられることになる。それから時が経ち、ザンパノは旅先の港町でジェルソミーナが4~5年前にすでに亡くなっていたことを知らされる。当たり前のように近くにいた明るい娘を失って、初めてその価値に目覚めたザンパノは孤独の悲しみの中に打ちひしがれるという物語である。ジェルソミーナ役のジュリエッタ・マッシーナのくったくのない子供のような笑いが印象的な映画であった。かつて「あの女はお前に似ている」と嫁さんに言って、猛反撃をくらった思い出の映画でもある。
 淀川長治氏ではないので、本題と関係の無い映画談義はここまでにして本題に戻る。

 そもそもオマケの立場にあったのは後から家族に仲間入りした三匹の捨てネコ、ピーコ(白黒)、プースケ(白茶)、トラオ(キジトラ)のことである。
 これまで、先般亡くなったミー(三毛)、昨年死んだ犬のアル、そして行方不明の猫キック(白黒)の先輩達に気兼ねしながら生きてきたような三匹のネコ達の態度が急にデカくなったような気がするのだ。

内田家の猫 ピー子

内田家の猫 ぷーすけ

内田家の猫 虎男

 私としては、今までどの犬や猫に対してもすべて自分の子供のように接してきたつもりであるが、動物の世界には彼らなりの序列があったようである。
 それまで年長ネコのミーのいる私の部屋に他のネコ達は滅多に入ってこなかったし、侵入でもすればたちまちミーの本気攻撃を受けることになった。そのせいか、いつもミーと一緒にいる私にもあまり近づいてこなかったのである。
 ところがアルとキックに続き、ミーの姿が見えなくなってから彼らの行動が変わってきた。横になっている私に近づいてきて体の上に上がってきたりするのだ。彼ら三匹のネコは、自分達は後から来たアミちゃん(犬)よりも上位であり、「いよいよ我らの時代が来た」と思っているのかもしれない。〝おまけ達の時代〟の到来、いわば世代交替である。
 これまでもそうであったが、飼っていた動物と、その頃の時代というものが妙にリンクして記憶に残っているものであり、今回家の動物達の変化の様子を見るにつけ、また時代が一つ変わったということをつくづく感じている。

 思い出しついでにミーのことをもう一つ書く。昨年亡くなった義母が生前、私が出張中のミーの様子をこんな風に話していた。
「ヤっちゃんが家にいない時、夜ミーちゃんが2階から階段をトコトコ下りてきて、下の部屋を見渡してガッカリしたように戻っていく姿を見ると何だかかわいそうになっちゃうわよ。後でのぞいてみると、あなたのベッドの上で一人(?)で寝ているのよ」とのことであった。(今いるネコ共は気まぐれな奴ばかりで、誰もこんなことをしない。)
 私が家に帰った時に玄関まで迎えてくれるのがアル(犬)とミー(猫)であっただけに、最近一層自分がザンパノになったようなさみしさを感じている。

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2015年9月16日 (水)

ネコのミーちゃんが、ヤバイ

内田家の猫・ミー

 うちには「ミー」という名前の17歳9ヶ月になる婆さんネコがいる。
 彼女は、20年ほど前に我が家にまぎれ込んで来たキジトラのメス猫が産んだ7匹の子猫達の一匹である。当時の私に、まだ猫のワクチン接種についての知識がなかったせいもあって、彼らのうち半数は母猫共々に、はやり病のため亡くなってしまった。彼女は運良く生き延びることができた半数のうちの一匹である。
 子猫の頃から私によくなついており、子供達がからかってイジメたりした時いつも私の所に逃げてきて、私が家にいる間はほとんど私にくっついていた。私がトイレに入れば扉の外側で待っているし、フロに入っている時はすりガラスの向こう側にネコの姿があった。私が犬を散歩に連れて行っている間には、帰って来るまで窓辺で待っているという具合である。「ネコは家につき、イヌは人につく」とよく言われるが、必ずしもそうとは言えないようである。

内田家で生まれた子猫たち

 私は今年で結婚33年となる。しかし一緒に過ごした時間で言えば、17歳9ヶ月のネコのミーの方が女房といる時間よりも間違いなく長いことになる。あまりにいつも私と一緒にいるため、うちの嫁さんはミーのことを「第二夫人」と呼んでいたほどだ。それに対して私は、「何を勘違いしてるんだ。第二夫人はお前の方だよ」と言っていた。

 そんな愛猫(?)が一年ほど前から、夜中に2~3時間おきに何度も私を起こしに来るようになった。そのことをブログに書いたところ、「死期が近づいてくると、そのような行動をとることがある」というお便りを頂き、なるべく猫を叱らないようにしてきた。
 ことに老齢期を迎えてからは、一日2回のエサやりを行うと一度にたくさん食べて吐くことがあるため、一食を少なめにして一日5~6回に分けて食べ物を与えるようにしている。

 そのミーがこの夏頃からなぜか身を隠すようになり、名前を呼んで探さないと出てこなくなってしまった。家具の後ろや物陰にひそんでいるためどこにいるのかもよく分からない。
 食べる量は結構多いのであるが、だんだん痩せて小さくなってきた。ガンではないかと思い6月に獣医さんに連れて行ったが、その時も、ネコ・ケースに入れると、以前記したように恨みがましいうなり声を上げて鳴き続けた。老猫の体調を考えて以後は外出していない。
 6月の獣医さんの見立てでは、「この年まで生きていればどこか悪い所があるのは当たり前であり、そのために治療や手術をすることがいいのか、このまま静かに余生を見守ってやる方がいいのかは飼い主さんの選択ですよ」とのことであった。
 治療や手術で完治したり寿命が延びるならばそうしてやりたいと思うが、どっちみちあとわずかの命ならば、痛い思いをさせたり不安な時間を過ごさせたりせず、彼女の好きなようにさせてやろうと思っている。なにせ、人間であればもうすでに90歳くらいの年齢になっているのである。

内田家の猫・ミー

 女房に向かって、「お前が死んでも『悪運が尽きたか』と思うくらいだろうが、去年の愛犬に続きこのネコに先立たれると、しばらくペットロスで俺もガックリくるかもしれない」と悪態をついている昨今の私である。いずれにしてもミーとの付き合いもあとわずかであろう。9月2日の夜は珍しく食後に私のヒザの上に上がって来た。仕事中であったが手を止めて1時間ほどそのまま寝かせてやっておいた。このぬくもりが間もなく失われてしまうのかと思うとさみしい限りであるが、いかなる命もいずれは消え去るものであり、別れは不可避なことである。
 残されたわずかの時間、このネコが幸福感に包まれて過ごしてくれればいいと思っている。

追伸

 その後一週間ほどの間、ミーは食事も水もとらず、ひたすら隠れていた。さすがに私も気になり、たまたま休みがとれた9月8日の朝、獣医さんで点滴を受けさせることにした。その3時間後ミーは安らかに息を引き取りました。まるで私の休みの日を待っていたかのように旅立ちました。


ネコは気ままに (2014.10.16)

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2014年12月17日 (水)

ネコが帰ってこない

内田家の猫・キック

 10月、岡崎市との姉妹都市提携30周年記念式典のために米国カリフォルニアのニューポートビーチ市に5日間行っていた間に、ボスネコ・キックが行方不明となってしまった。
 これまでも1~2週間いなくなることはあったが、すでに2ヶ月近くとなり、さすがに心配している。岡崎市の「あにも」ではネコの室内飼育を奨励しているが、何せ、相手は〝天下御免の自由人・ネコ様〟である。マンションの高層にでも住んでいない限り、ことにオスネコは自分で出口を探して(作って)脱走してしまうのである。(だからネコを飼うためには、去勢手術とマイクロチップの装着が必要となるのである。)

 帰巣本能に優れたネコではあるが、時に外出した折に帰宅不能となることがある。多くのケースが交通事故や病気かケンカの怪我によるもの、あるいは高齢によるボケ、それともより良い住み家を(飼い主を)見つけたのかもしれない。

内田家の猫・キック

内田家の猫・キック

 「ネコは人に死に場所を見せない」というが、どうもそうではないようである。キックの場合も、このところ病気のせいで元気が無く、獣医に通っていたところであり、もう一度連れて行こうと思っていた矢先の失踪であり大変気になっている。
 岡崎市では本年度10月末までに140頭あまりの犬猫の路上死体の処理をしているそうであるが、そのうちの一体でないことを祈っている。

 また、先般ブログに「16歳の婆さんネコ・ミーが毎日夜中に私を起こしに来て困る」旨のことを書いたところ、読者の方から「死期が近づくとそうした行動をとることがあるので、やさしくしてやって下さい」というアドバイスを頂いた。その後、エサをより高齢ネコ用のモノに替え、一緒に寝てやるようにしたところ元気になってきている。動物も高齢期には人間と同様、食べ物や心の安心感ということに対する気遣いが必要となってくるようである。また、最近気がついたことであるが、どうやらネコも年をとると視力が落ちてくるようだ。
 このネコとも長い付き合いであるが、あとどのくらい一緒にいてくれるのだろうかと思うこの頃である。

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2014年11月20日 (木)

『リバ!』2014年12月号

ピー子

本日、『リバ!』2014年12月号が発行されました。内田康宏事務所からご案内申し上げます。
先月市長がブログに書きました「ネコは気ままに」が掲載されています。よろしくお願いします。

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2014年10月16日 (木)

ネコは気ままに

内田家の猫 ミー

 最近どういう訳か、満16歳を迎えた婆さんネコ・ミーが、私を夜中に何回も起こしに来るため非常に迷惑している。それも決まって3時から6時にかけての、一番眠りの深くなるべき時間帯にである。
 ネコ・ビスケットを山盛りにして置いておくと、他のネコに横取りされないようにまとめ食いをしようとするためか、吐き戻すことがある。(ウチには他に4匹のネコがいる。) 年をとったせいで若い頃のように消化できないのだろう。
 いずれにせよ、仕事を終えて家に帰った時にはじめにすることが、ネコのゲロ片付けであることほどウンザリすることはない。臭いし、発見する頃にはガリガリに乾いてこびりついている。
 じゅうたんの上で催されてはたまらないので、私の部屋はいたる所に新聞紙が敷きつめてある。そのため他人を招き入れることはできない。何か私に文句でもあるのか、二、三度、フトンの上に吐かれたことがあるが最悪である。洗ってもニオイはすぐにとれない。

 以上の理由で、ミーには一日7~8回に分けて、少しずつエサを与えているのであるが、彼女にはそれが不満であるせいか、私の顔を見る度に「ミャーミャー」と名古屋弁で(?)エサをねだってくるのである。
 また年をとってからの食欲には驚かされるものがある。若い頃よりエサ袋の消費が早いような気もする。ひょっとすると、老人ボケ(?)で食べたことを忘れているのかもと思うことがあるほどである。
 どちらにせよ、かようなことで夜中に何回も起こされる方はたまったものではない。こちらも若い頃とは違って、夜中に一度起こされると次になかなか寝つけないのである。ことにこの傾向はこの夏頃からひどく、おかげでこのところ私は慢性の睡眠不足状態が続いている。
 先方は元々夜行性の動物であり、朝私が出かける頃にはすやすやと寝ている。しかしこちらはそうはいかない。この話をすると「そんなネコ処分しちまえ」と言う人もいるが、生まれた時から面倒をみてきたネコであるし、厳しい女房と我がままな娘、気まぐれな次男にはさまれて暮らしている身としては、唯一の味方をなくす訳にはいかないのである。(すでに、最高の相棒であった愛犬はこの2月にこの世を去り、後任の犬は未だ私に慣れてくれないあり様である。)

内田家の猫 キック

 他のネコはどうかと言えば、ボスネコ・キックは今年で4歳になる。現在もこの辺りを仕切っているらしい。子供の頃から野性味あふれる敏捷(びんしょう)なネコであり、犬をも恐れない根性を持ち、人間が制御できる範疇に収まらない生き方をしてきたため、歴戦の証しとして全身これキズだらけである。(耳も一部欠けている。)なでてやろうとしてさわったり、クシで毛をといてやったりする時に気をつけないと、キズに触れて逆に彼にかまれることがある。
 おまけに度重なる戦いの結果のせいか、このところめっきり元気がなく歳より老けてみえる。奴もかつては車の音を怖がるかわいい子猫ちゃんであったのだ。

内田家の猫 虎男

内田家の猫 虎男

 3年前に母猫とはぐれ、玄関先で情けない声で泣いていたキジトラの子猫であった虎男も、今ではすっかり大人のネコになり、態度もデカく、マイペースのニャン生を送っている。こいつはオスネコのくせに美形であり、そのおかげで我が家の五匹目のネコになりおおせたようなものである。今までも養子の話は何度もあったが、私と妻のお気に入りでもあり、娘のネコ達と一緒に育ったため娘もかわいがっており、そのままこの家にいついてしまった。子猫の頃は目のクマがもっとはっきりしており、「海老蔵」(エビゾー)と呼んでいた。
 毎日「トラ君、人間がごはんを食べるからどいておくれ」と言ってもなかなかお気に入りのコタツ机の上から退去してくれず、机の角にしがみついたりもする。それでも彼を叩いたりはしない。やさしく抱き上げて別の場所に移し、強制執行は完了するのである。

 二匹のメスネコは完全な家ネコとなっているのであるが、去勢手術をしていても、いずれのオスネコも室内飼いをしているにもかかわらず人の目を盗んで勝手に外に出て行ってしまう。どうやらオスネコの放浪癖というのは、すべてのオスに共通の本能に由来するものなのかもしれない。

ピー子

ピー子

プースケ

 虎男より2ヶ月ほど早く拾われたピー子プースケは本来三匹の兄弟であった。発見された時にすでに衰弱していた一匹は助からなかった。彼らがウチに連れてこられた時、頭はピンポン玉くらいの大きさしかなかった。私は娘が拾ってきた時に「育てるのはムリだ」と言ったのだが、とうとう二匹を何度も病院に連れて行ったりして、育て上げてしまった。
 そのため彼らは娘をゴッドマザーと思っているらしく、娘には絶対服従である。娘が遠くで呼んでもすっ飛んで行く。まるで犬のようなネコ達である。犬のようと言えば、プースケには投げたペットボトルのフタを投げた人のところに持ってくるという芸がある。(娘のケータイに動画がある。)
 私は最初にその話を聞いた時、マサカと思ったが、私が投げても拾ってきた。しかも何度でも拾ってきて、こちらが止めようとすると肩に手を置いて「もっと遊んでくれ」というような仕草でおねだりまでするのである。
 そうした様子を見ていたピー子も、いつしか綿棒を拾ってくるという妙な芸を身につけた。なぜ綿棒なのかは彼女に聞かないと分からない。私がゴミ箱に投げ捨てたものまで拾ってくるのには閉口した。この子は発育不全気味の子猫であったのだが、頭が良く世話好きの姉御肌のネコでもあり、自分より大きいプースケや虎男の毛づくろいをしてやったりしている。ちなみにピー子は覆面をしているような顔のため、「キャットウーマン」という別称を持っている。

 こんな個性的なネコ達のおかげで、毎日家ではタイクツせず生活している私であります。皆さん動物にやさしくしてやりましょう。動物は裏切りません。
 彼らは人間の心にやすらぎをもたらしてくれる天使なのかもしれませんよ。

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2014年5月18日 (日)

老猫と連休の一日

 この5月、正月以来の連休を3日間取ることができた。いつものことであるが、休みの日は文字通り、心身の疲れをとるために休んで過ごす(眠る)ことが多い。
 しかし、今回は家のそうじと共に、おばあさん猫ミー(16歳)の健康診断をしておきたかった。この1月に愛犬アルが満18歳目前に亡くなったので、ミーがいちばんの高齢となった。犬と違って、私に対して様々な要求ばかりするワガママな奴であるが、長年一緒に暮らしてきた家族同様の動物に続けていなくなられては、こちらの神経も参ってしまうというものである。
 実際情けないことであるが、10年も一緒に暮らしていると、猫の泣き(鳴き?)方としぐさで、彼女が何を求めているのかが分かってしまい、条件反射的に要求に応えてしまっているのである。また猫の方もこちらの行動を先読みして動いているようなフシがある。彼らは思ったより利口な存在なのである。

内田家の猫 ミー

 連休中にはたして開院しているのか分からなかったが、娘の担当である三匹の猫(ぷーすけ、ぴー子、虎男)とボス猫キックがお世話になっている動物病院へ出かけることになった。嫌がるミーを猫バッグに押し込んで病院に向かった。ケンカによるケガの治療のため虎男が先週まで使っていた猫バッグに入れたせいか、ミーはかなり御機嫌が悪かった。ふだんは決して発しないような、野太い低音のうなり声で、まるで魔女が呪文を唱えるように長らくうなり続けていた。猫は人の十数倍の嗅覚を持つというから、先の使用者のニオイがガマンならなかったかもしれない。

 待合室で偶然御一緒した娘さんと同行の上品な御婦人から「こういう時はネコちゃん自身のニオイのついたタオルを入れておくといいんですよ」と教えて頂いた。もう、いい年をしたバアさん猫(人の70~80歳)ではあるが、ウチの他の猫どもとは違い、生まれてからずっと家猫育ちであるため、外に出ることにかなりナーバスになっていたらしい。御婦人も猫連れであったが、3歳で引き取った猫について「御縁があってウチに来た動物だから家族の一員としてみています」という物言いをされていた。やはり生き物を飼われる方は、同様にやさしい心根を持つ人であることが再確認できたようでうれしい気持ちになれた。
 ミーは血液検査の結果、老齢のため腎機能の低下が若干見られるものの幸い他に異常はないことが分かった。「食べ物に気をつけて下さい」ということであった。

 それにしても、犬と猫は共に人類とは長い付き合いではあるが、その性向はずいぶん異なっている。犬は集団を意識し、人間の指示に従うことが多いが、猫は自身の意志と欲求に忠実な自由主義者(?)である。
 はじめからそう理解して付き合っていれば腹も立たないものであるが、猫さんは時々人間の予想もしない行動により、我々に驚きをもたらしてくれる。どこで捕まえたかしれない鳥や生きた魚をくわえてきたりすることもあった。
 ウチの娘に言わせれば、「猫は飼っていると思ってはいけなくて、飼わせて頂いていると思わなくてはいけない」ということになる。確かに古代エジプトで神として崇められていたのは猫であるし、中世ヨーロッパでは魔女の使いとしての力を信じられてもいた。猫には、犬よりも自立した存在感があるようである。
 しかし私には、猫にかこつけて娘が自分のことを言っているようにしか聞こえないのであるが、どうだろう。

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2014年4月20日 (日)

『リバ!』2014年5月号

『リバ!』2014年5月号

内田康宏事務所から『リバ!』(株式会社リバーシブル)発行のお知らせです。
5月号の徒然市長日記は、写真にありますとおり「アルが去り、アミが来た」です。

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