内田家の犬と猫

2019年5月22日 (水)

『リバ!』2019年6月号

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内田康宏事務所から『リバ!』2019年6月号発行のお知らせです。
市長のコラムは「オス猫出産騒動顚末記」です。

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2019年4月24日 (水)

オス猫出産騒動顚末記

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 オス猫として入手したはずの猫が1月末に子供を4匹産んだことで、親戚はじめ各方面に大変御心配をおかけしておりましたが、結局4匹ともウチで飼うことにしました。御好意で里親に名乗り出て頂いた皆様には心からお詫び申し上げます。
 どうしてこういった結末に至ったかと言えば、人間で言えば中学生か高校生ぐらいの母猫が毎日献身的に子育てをし、育児疲れでしばらく部屋から出してやっても、戻る度に一匹一匹確認するように顔をナメて回っている様子を見て、「これはとても離すことはできないな」と感じたからです。

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◆手前マロン(オス)、後列左からレオン(オス)、ミーツー(メス)、ミルク(メス)

 ものの本によると、お乳は血液の成分が変化して形成されたものと記憶しています。チャッピー(茶トラの母猫)は食べても食べても少しも大きくなれず、やせた体形のままです。女房曰く「女は身を削って子育てをしている」とのことであります。
 子猫それぞれに名前を付けて呼び始めたところ、個性的な動きも見られます。
 おとなしく正座してエサの順番を待つ子、待ちきれずに私のヒザから背中、肩の上まで登ってしまう子と様々ですが、家族それぞれにひいきの子猫ができており、「どの子を里子に出すか」で意見がまとまらなかったことが、一番の理由でありました。

 「家にネコが10匹いる」と言うと、たいていの人はアキれた顔をしますし、「あにも」前所長のK氏からは「せめて8匹までにした方がいいですよ。母猫のやさしい対応も今だけで、そのうち子供を追い払うようになりますよ」とアドバイスを頂きましたが、あえて全部ウチで面倒みることにしました。
 これで我が家は犬1匹、猫10匹、孫1人となる訳ですが、家の中が動物園状態になることは覚悟しております。もうすでにトイレ8ヶ所、エサ場と水飲み場4ヶ所、爪とぎ場6ヶ所を設けましたが、容器とスペースの拡大が必要と思っております。
 ただ、私がこうして動物の多頭飼いをできるのは、あくまで家族全員が動物好きであり、動物の世話に協力的であるからであります。そうした理解と協力なしに、ゆめゆめマネされないことを願います。

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◆ママを一人占め!(レオン)

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 先頃来岡されたモンゴル・アーチェリーチームの団長さんに猫の話をしたところ、モンゴルには「ネコを10匹飼うと幸せになれる」という言葉があると教えて頂きました。
 決してそう言われて10匹飼う決心をした訳ではありませんが、せめてウチで飼う動物はすべて幸せにしてやりたいと思っております。そのためにはまず、次の去勢と避妊のタイミングを失敗しないようにしなければと思っております。
 昨年の今頃、〝ネコ・ブーム〟に警鐘を鳴らすブログを書いた覚えがありますが、やはり不安が的中したようです。新聞の報道によると、昨年度、全国の動物愛護施設で殺処分された猫は前年度の2倍超となったそうです。ブームにのって猫を飼ってみたものの、意外と手間のかかる猫の飼育にアキて、飼育放棄に至る不心得で無責任な人間が多いということであります。動物好きの私のような人間には、こういう人達の心は理解不能であります。

 また、歴史上の人物、著名人の中にもネコ好きは多いようです。
 フランスのルイ16世の王妃、マリー・アントワネットも英国の首相チャーチルもネコ好きで有名ですし、ロシアのエカテリーナ2世は数十匹のネコを飼っていたそうです。ただこれらの人は自分では世話はしていなかったことでしょう。
 日本では『吾輩は猫である』の夏目漱石はじめ作家にネコ好きが多いようです。芥川龍之介や三島由紀夫もネコと一緒に撮った写真をいくつも残しています。ことに面白い話として、大佛次郎は夫婦友にネコ好きであり、自宅に15匹のネコを飼っており、それ以上に増やさない約束を互いにしていたそうです。ある時自宅に帰ると16匹のネコが食事をしており、夫人に問いただしたところ、「その方はお客様で、食事をとられたらお帰りになります」と答えが返ってきたといいます。奥方もなかなかの強者(つわもの)のようです。
 そう言えば、アメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイもネコ好きで有名です。以前、県会議員の中南米視察でキューバを訪れた際、ヘミングウェイの邸宅に案内され、そのとき彼の忘れ形見のような10匹以上のネコ達が迎えてくれました。

内田康宏著『多岐亡羊』

◆自著『多岐亡羊』より。1994年刊行。

 いずれにしても自由で自分勝手なネコ達ですが、法律や規則にがんじがらめになっている我々人間からすればうらやましい存在であります。そのたおやかで愛らしい、神秘的でしたたかな生き方に私達は一種の癒しを感じているのかもしれません。


オス猫が妊娠した? (2019.02.07)

オス猫出産! (2019.02.10)

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2019年2月20日 (水)

『リバ!』2019年3月号

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こんばんは。内田康宏事務所からお知らせです。『リバ!』2019年3月号が発行されました。
市長の家で生まれた4匹の子猫はすくすくと育っているとのことです。(^^)/

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2019年2月10日 (日)

オス猫出産!

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 オス猫と思っていたチャット(以下チャッピー)がメス猫であることが判り、しかもあと2週間で出産を迎えると言われ、出産・育児部屋の用意を考えていた(→前回のブログ)。
 ところが、動物病院に行った3日後、仕事を終えて自宅に帰ったところ、自室のベッドの上からネズミの鳴き声のようなへんな声が聞こえてきた。
 いったい、どの猫が鳴いているのかと思ったら、私の枕の横に作った、夏の掛け布団をサークル状にした猫用の寝床の中に赤ちゃん猫が2~3匹とチャッピーが横たわっていた。
 これから出産の準備をしようと思っていた矢先であり、二度目のビックリである。しかも、よくよく見たところ子猫は4匹であった。まだ自身が母猫にくっついていてもおかしくない程の小さいチャッピーがよくぞ4匹も産んだものである。2匹は薄い茶トラであり、あとの2匹は三毛であった。性別はまだ分からない。

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ゼル

 玉をとられる前に種付けをした犯人と思われるゼルが、心配そうに近くをウロウロしていた。赤ちゃんネコの鳴き声を聞きつけた他のネコ達も集まってきたが、産まれたばかりの子ネコにちょっかいを出すといけないので遠くに追い払った。

 嫁さんに知らせると飛び上がって驚いていたが、4匹の赤ん坊を見るなり、「あんた一人で4匹も産んだの、小さいのによくガンバったネ、えらかったネ」と涙ぐんでいた。
 まだ出産したばかりの様子の母ネコを落ち着かせるため、しばらくこのままにして、明朝、私がでかける前に個室に隔離することにした。次の準備をするため、一階の一室を片づけ、古新聞とじゅうたんを敷いて、ネコ用の小コタツとエサ箱、水オケ、トイレ、爪とぎ場を用意した。
 出産後のチャッピーはかなり疲れ気味であったので、特別食を用意して行ったところ、おかわりも食べてしまった。その後、私が隣で見ていることを確認すると、寝床から飛び出してトイレと水飲みに出かけた(育児疲れかもしれない)。その間、子ネコの上には毛布をかけて体温の低下を防いでおいた。
 5分ほどで戻ってきたチャッピーは再び子ネコの世話を始めた。一度も育児の仕方を見たことも教えられたこともないのに、本能とはいえ大したものである。
 最近の数々の児童虐待事件を見ると、動物の親の自然な健全さに教えられるような気がしたものである。

 なお、あにもの名誉のため付け加えておくと、あにもの書類上は間違いなくチャットはメスであり、「メスの茶トラ」と記してあるそうであった。
 それにしても嫁さんが度々「チャットはなんでおジィの所にばかり来るの?」とヒガミっぽく言っていたが、動物は一番安心できるところで出産するものであり、それが私の枕元であったことは何ともユカイである。嫁さんに一言。「ザマーミロ!」


オス猫が妊娠した? (2019.02.07)

オス猫出産騒動顚末記 (2019.04.24)

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2019年2月 7日 (木)

オス猫が妊娠した?

チャット

 あにも(岡崎市動物総合センター)からオス猫としてもらってきた茶トラの猫が妊娠した。
 「白っぽい茶トラの猫はメス猫であることが多い」という話を聞いたことがあるが、動物病院の医師も含めて3人の獣医師が「オスです」と断言した猫がメスであることが判明した。「弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる」(猫も?)。世の中にはこうしたこともあるのである。
 いずれにしても、昨年我が家に加わった3匹の子猫のうち、私が「オスの茶トラを」と希望してもらってきた猫がお嬢さんだったわけである。オスにしては小柄で、第二次性徴が遅く、他の2匹がそれぞれ大人っぽくなる中で、一匹だけいつまでもヒヨコのぬいぐるみで遊んでいる茶トラのチャット君であった。しかしこれからはチャッピーとでも呼ぶことになるのだろう。

 娘が病院に再検査に連れて行く際に、いつになくナーバスな様子でやたら甘えてきたという。冬の寒空の下、子持ちの状態で捨てられることを恐れていたのかもしれないが、もちろん私はそんな無慈悲なことはしない。これも私の運命の一つと受け止めている。
 病院での診断は「妊娠2ヶ月」であり、あと2週間ほどで出産を迎え、2~3匹は産み落としそうだということであった。

テル子、ゼル、チャット

(テル子、ゼル、チャット)

 すでに他の猫の去勢は済んでいたが、年末年始が多忙であった上に、まだ赤ちゃんぽく小柄であったチャットはオス猫であると思い込んでいたことから、一匹だけ去勢措置が遅れてしまったための出来事であった。しかし良心的な動物病院であったおかげで、見立て違いであったこともあり、受診料はタダとなり、オミヤゲに高級カンヅメ等を付けてくれたそうである。
 「父猫もイケ面だから、かわいい子猫が産まれますよ」と言われたものの、我が家にはすでに6匹の猫と1匹の犬がいるのである。これからなんとか良い里親を探してやりたいと思っている。(実際、多頭飼育は大変なのである。)

 それにしてもチャットにとっては災難なことである。人間で言えば、自身もまだ中学生くらいの子供で遊びたい盛りなのに母親になってしまうのである。きっと自分でも自分の体に何が起きているのかは分かっていないことであろう。
 今私にできることは彼女(?)が安全に出産できる場所を確保してやり、安産を迎えることである。こうした若猫の出産のケースでは帝王切開を行わなくてはならないこともあるため、今しばらく注意が必要となる。
 人生とはいつ何が起こるか分からないことの連続ではあるが、それにしても新年早々、思いもかけぬ出来事で驚かされることになったものである。


オス猫出産! (2019.02.10)

オス猫出産騒動顚末記 (2019.04.24)

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2018年9月24日 (月)

新居と新入家族

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 新しくなった我が家に戻って4ヶ月が経過した。よく人から「新居の住み心地は?」と聞かれるが、とりあえず荷物を運び込み、今も適当に振り分けて収納したままなので、必要なものでどこにしまい込んだか分からなくなっているものもある。応接間は物置と化している。
 とはいえ、これまでの目で見て家の傾きが分かり、雨もり、スキマ風に悩まされ、耐震診断など行うまでもない築65年の木造モルタル建てのあばら屋と比べれば、快適な生活環境になったと言える。
 しかし、個人的趣味で室内の改造を行っているため、私の部屋にはいまだ木材や大工道具が散乱しており、とてもお客さんを招き入れることのできる状況にはない。心理的には、借家住まいのような気分が続いている。
 なんとか年内には片付けを終えたいと思っているが、なかなかまとまった休みがとれないため集中して作業を行えないことが悩みのタネである。それでもヒマを見つけて、10段の本棚を8台ほど自前で造っている。

 ところで半年間私と共に借家住まいをしていた三匹のネコと一匹の犬であるが、それぞれ新居で自分の居場所を見つけてよろしくやっている。

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 ネコ達は相変わらずマイペースで以前より自由に動き回れるスペースが広がり、エサに加えてオヤツをやる人間が増えたため太り気味であるが、至って元気である。私のベッドは写真のようにすっかりネコ達の寝床と化している。
 反して、この半年ほど私が散歩を含めて世話をしてきた犬のアミは、これまで誘拐されていたと勘違いしているのか、新居に移ってからは私を避けるようになり、ピタリと嫁さんに張り付き、キッチンの冷蔵庫の横を自分の居場所と決めている。(もう犬小屋は要らないかもしれない。)

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 今回、手製の2メートル40センチほどの高さのキャットタワーに合わせて、2階のリビングルームの天井近くにキャットウォークを造ったのであるが、そのせいで、さらに子ネコを3匹飼うことになってしまった。
 当初、「あにも」から新しく迎え入れる子ネコは2匹の予定であり、すでにいる3匹と間違えないように私からは「茶トラの猫がいい」という注文をつけていた。しかしもう一匹を選ぶと仲良し兄弟(オスとメス)のうち一匹が残されてしまうことになるため、3匹とも引き取ることとなったのである。

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 茶トラはチャット君(オス)、
 二匹は「ヘンゼルとグレーテル」にちなんで、ゼル君(オス)とテル子ちゃん(メス)
 と名付けることにした。

 しかしいつものことながら、他の家族はそれぞれに勝手なニックネームをつけて呼んでいるようである。子ネコ達はそれなりに反応しているからエライものである。
 ただ今、3匹の子ネコ達は専用の小部屋に入れてある。これから秋口にかけて生後半年を迎える頃、先輩のネコ達と合流させることなるが、タイミングが問題である。ネコは自分の住環境が気に入らないことになると家出をすることがあるため飼い主の気配りが大切である。
 我が家では、すでにフロアごとに計8ヶ所のネコ用トイレと4ヶ所のエサ場、5~6ヶ所の爪とぎ場を設けてある。(それでもオス猫は勝手な所でマーキングをする。)
 毎日、出勤前にトイレの掃除と水桶の注水、エサやりなどを欠かさずに行っている。
 毎朝、髪にクシを入れると手でつかめるほど毛が抜ける。これではすぐにハゲ頭になってしまうほどの量であるが、よく見るとそれはほとんどネコの毛である。こうしたことが気になる人は動物と一緒に暮らすことはできないだろう。
 こんな毎日を送っていると、朝寝床で目覚めた時に自分の手足がネコの手足になってないかと確認してしまうことがある。学生時代に読んだフランツ・カフカの『変身』という小説では、ある朝突然、巨大な毒虫に変身してしまった主人公が最終的に家族からも虐待されることとなる。(こんな話は小説の中だけにしてほしいものだ。)

 「ネコを6匹も飼うなんて、よほどネコ好きなんですネ」と言われることがあるが、決してそうではない。基本的に動物はなんでも好きな方であるが、どちらかと言えば私は犬派であると思っている。たまたま娘が子供の頃からよくネコを拾ってくるため、いつしかネコの多頭飼いをするようになってしまっただけである。
 それでも毎日帰宅する度に、子ネコ達が私の体によじ登って大歓迎(?)してくれるのはうれしいものだ。動物の感情表現は人よりも率直であり心安らぐものである。
 しかし大人のネコはもう少し複雑である。気が向かなければ飼い主が呼んでも知らん顔をしている。そのくせ、朝起きてみると同じベッドの上で寝ていたりする。またなぜか、こちらが元気のない時など、いつしか寄り添っていてくれたりすることがある。そんなミステリアスな所がネコの魅力なのかもしれない。

動物愛護週間

 私がネコの多頭飼いをしているもう一つの理由は誰かが飼ってやらないと彼らは命を奪われてしまうからである。せっかく生を受けてこの世に出てきたのに、ゴミのように処分されてしまうのではあまりにあわれである。

 現在、多くの自治体において「殺処分ゼロ」の運動が行われている。すべての飼い主がペットを終生飼育すれば殺処分ということは無くなるのであるが、現実はそうはなっていない。今も全国で毎年5~6万匹の犬猫が処分されている。中でもネコは犬の数倍であり、その多くが子ネコである。(外国では「日本に犬猫のアウシュヴィッツがある」と言われている。)
 「殺処分ゼロ」のスローガンは耳に聞こえは良いが、そうした施策を実施するための予算や手間はばかにならないものがある。しかも自治体が犬猫の受け取り基準を厳しくすれば、無責任な飼い主が自分で処分したり捨てたり、動物虐待につながることもある。「無責任な飼い主ゼロ」こそ本当は重要なのである。(こういうことを言っているせいで、我が家のネコが増えるのである。)
 人生の終末期を迎える年頃になれば、仏教徒でなくとも少しは善根(ぜんこん)を積んでおきたいものと思うものである。
 そうした心を知るや知らずや、今日もウチのネコどもは腹を上にして眠っている。

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三猫と一犬との共同生活始まる (2017.09.30)

一人暮らしと犬猫について (2018.01.15)

ビフォア・アフター (2018.04.01)

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2018年9月21日 (金)

『リバ!』2018年10月号

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内田康宏事務所からのお知らせです。
『リバ!』2018年10月号が発行されました。
今回の市長のコラム「新居と新入家族」は書き下ろしです。

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2018年1月19日 (金)

『リバ!』2018年2月号

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内田康宏事務所からいつものご案内です。
『リバ!』2018年2月号の市長コラムは「一人暮らしと犬猫について」です。

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2018年1月15日 (月)

一人暮らしと犬猫について

アミ

 昨年8月下旬に始まった犬猫との共同生活もこれで4ヶ月を経過することとなる。(→以前のブログ「三猫と一犬との共同生活始まる」)
 「60代になってからの男の一人暮らしはつらい」とよく言われるものであるが、借家の御近所さんは皆親切な人ばかりで、いたって快適な「ハッピー・シングルライフ」が継続中である。

 家内は、私が仕事が終われば、出産のため帰っている娘と一緒にいるマンションに食事に来て、それから犬猫のいる所へ戻るものと思っていたらしいが、未だ一度もそんなことをしたことはない。(第一めんどうくさい!)
 「誰か他に食事を作る人でもできたか?」と思ったのか、家内はときおり偵察に立ち寄っていたが、全くその気配が無いと分かるとピタリと来なくなった。
 もっとも、来なくなった一番の理由は、飼ってから3年間息子か嫁さんとしか散歩に行かなかった犬のアミが「このオッさんと出かけないと散歩に行けない」と悟ったせいか、今では毎晩私と散歩するようになったからである。コンビニで肉まんを購入し、手で受け取った時に感じるあの温かさとやわらかさに似た犬の落とし物も毎日キチンと回収している。アミの前に飼っていた歴代の犬の散歩は元々私が行っていたことであり、「ようやく元のライフスタイルに戻れた」とも言える。

ピーコ

 先日、某新聞を読んでいたら「ペットの数、猫が逆転」という記事を見かけた。その理由として「犬はしつけ・散歩が負担となり、猫の方が楽」ということが書いてあったが、私は「とんでもない心得違いである」と思っている。
 犬でも猫でも、一度飼うことを決めたらならば家族の一員として人と同じように愛情と気配りが必要になる。もっとも彼らは文句を言わないし、口答えもしない点、人間より楽であると言えるかもしれない。
 それでも猫は一日何回もトイレの掃除が必要であるし、魚の缶詰めのエサはくさりやすいので、一日3回に小分けして与えなくてはならない。猫はことのほかキレイ好きであり、トイレが汚いと外で用を足すことがあるためトイレの掃除は欠かすことができない。水の飲み方も様々である。水道の蛇口から流れる水を飲みたがる猫(トラオ)、自分の前足ですくって飲む猫(プースケ)、自分専用の水オケからしか飲もうとしない猫(ピーコ)と実に個性的だ。

トラオ

プースケ

 二匹のオス猫は先を争ってエサを食べるのであるが、お姫様ネコのピーコはいたってめんどうくさいヤツである。一匹だけ離れた所にいて、ジーっとこちらの様子を眺めており、彼女だけの特別食(オスのモノより高級)を運んで来るのを待っているのだ。しかも一度で食べずに途中で毛づくろいをしながらゆっくり食べるため、先に自分の分を食べ終えたオス猫達に横取りされてしまうことになる。そのためピーコの食事中はボディガード役もつとめなくてはならない。こういう癖をつけた娘が悪いのであるが、今となっては致し方ない。

 犬というのは、呼べば飛んで来る、忠実で身近な友達と言えるが、猫は自分が気が向かなければ呼んでも来ないワガママ者である。しかし不思議なことに、こちらが仕事がはかどらず沈んだ顔をしてたり、疲れて横になっていたりすると、いつの間にか横に来て体をくっつけたりする。まるで人の心のスキ間に入りこんでくる妖精のようなところがあるのが猫の魅力なのかもしれない。

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 先に猫は文句を言わないと書いたが、エサが足りなかったり、トイレが汚れたままだと夜中に起こしに来ることがある。また、まれに耳元に顔を寄せてきてワケのわからないことをゴニョゴニョと猫語(?)でうなることがある。呼んでも無視していたくせに、朝起きてみると枕元や足元で丸くなって眠っているのも猫のカワイイところである。
 そんな猫のイメージのせいか、昨今空前の猫ブームであるという。私は逆にそのことを心配している。ブームには必ず反動があり、カワイイはずの猫がワガママ者であり、意外に手のかかる動物であることが分かった時に、また捨て猫や虐待が増えるのではないかと危惧している。一番身勝手なのはそうした人間であるからだ。

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 猫を飼うためにはエサを与えるだけでなく、避妊対策をし、トイレの世話をし、室内飼いの場合はいたる所に爪とぎ用のセットを配置しておかなくてはならない。玄関、お勝手、部屋と部屋の境目の柱がムキ出しになっている所など、猫が爪とぎをやりそうな場所に先回りして防御のボードやマットを付けておいた方が良い。それでも猫は人間の思うように行動しない。それが猫である。
 犬は悪いことをした時に大きい声で叱れば学習してやらなくなるが、猫は逆に人のいない時に隠れて行ったりする。それが彼らの習性であることを理解しなくてはならない。キチンとエサをやっているのにわざわざ保管場所からエサ袋を引っ張り出してきて散らかしてしまうのも猫であり、叱ってもムダである。こちらが箱の中に仕舞いこんだ方が利口というものである。
 多頭飼いをする場合さらにめんどうが増える。相性が悪いと猫同士でケンカをすることがあるので、エサ場やトイレも複数用意する必要があり、それらの管理にけっこう手間がかかる。そうしたことをしっかりと認識した上で飼うべきであることを強調しておきたい。今や単なるペットと言うより、コンパニオン・アニマル(同伴者)とも呼ばれるようになった犬猫は家族以上の意味を持つ存在であるかもしれない。

 話を一人暮らしに戻すと、気楽な一人暮らしが良いと言えるのは、健康で、自分一人で何でも処理できた上でのことである。病気で寝たきりになってしまえば、ぜいたくは言えず施設で人様のお世話になるしかないのである。
 そのため私も食事や運動を含め健康管理に十二分に気をつけている。決して政府の医療費削減政策の片棒をかついで言う訳ではないが、「健康であってこその長寿であり、幸せである」と考えるからである。
 欧米でも一人暮らしの老人は多いが、そのことを日本のようにマイナスにばかりとらえてはいない。「自分らしい生き方」を希求すれば、それは結局一人暮らしに行き着くからである。子供には子供の家庭があり、その家にはそこのルールがある。夫婦と言ってもいずれどちらかが先立つのである。私は今まさに未来の予行演習をしていると言える。

 ところで昨年こんなことがあった。妹の家で突然子猫を飼うことになったのであるが、何とその猫はゴミの収集箱の中に捨てられていたという。そのままでは焼却場で生きたまま焼かれるところであった。運良く妹の亭主が泣き声に気がついて救い出したのである。

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(ゴミの収集箱の中に捨てられていた子猫)

柚(ゆず)

(順調に育ち、柚(ゆず)と名付けられた)

 私は自分を信心深い人間だと言える自信はないが、生き物に対してこうした無慈悲な扱いをする人間は決して良い死に方をしないであろうことを確信している。そうした行いをする人間はそういう運命(因縁)を自ら引き寄せていると感じるからである。
 いずれにせよどんな動物であっても、生あるモノは大切にしたいものである。


引っ越し大作戦完了す (その1) (2017.09.04)

引っ越し大作戦完了す (その2) (2017.09.08)

三猫と一犬との共同生活始まる (2017.09.30)

ビフォア・アフター (2018.04.01)

新居と新入家族 (2018.09.24)

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2017年10月19日 (木)

『リバ!』2017年11月号

内田やすひろの徒然市長日記

内田康宏事務所から『リバ!』2017年11月号発行のご案内です。
三猫と一犬との共同生活始まる」が掲載されました。

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