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2019年8月16日 (金)

岡崎は名古屋ではない!

岡崎城

 先日夕刻、帰宅してたまたま見た地元テレビのニュース番組が、「名古屋人と見られたがる愛知県人」というテーマの特集を放送していた。しかしこれは名古屋人から見た考えであり、とんでもない間違いである。そもそも名古屋郊外にある尾張の市町の人間か、名古屋生まれで現在、よそに住んでいる人以外で名古屋人と言われて喜ぶ人間が多いとはとても思えない。
 たとえば、我々三河人にとって気に入らないことの一つに、東京などで「どちらから?」と聞かれ、「愛知県から」と答えると「あー名古屋からですか」などと言われることである。そこでいつも、ついつい言わずもがなの尾張と三河の違いについてのウンチクを傾けることになってしまうのである。

 現在、尾張と三河は同じ愛知県にくくられていているが、本来は「別の国」である。つい400年ほど前には領地をめぐって謀略をめぐらし、戦っていたのである。
 一部の名古屋の人は東京や大阪と比べて低く扱われると怒るくせに(新幹線の名古屋飛ばしやNHKの天気予報・天気図に名古屋がないこと等)、自分達は県内の他市より優越しており、特別扱いが当然という態度をとることがある。あの番組はまさにそうした感覚を下敷きにして作られており、他者からの異なる視点が欠落していると言える。一般に名古屋人と言われて喜ぶのは尾張圏の人々だけである。
 もちろんこれは、名古屋や尾張を軽視したり、ばかにするつもりで言っていることでは決してない。それどころか名古屋の持つ古く独自性のある伝統や文化には敬意を抱いているし、近年の都市化の変貌ぶりにも目を見張っている。全国の政令指定都市の中で人気がないのは、愛知県と同じく自身のPR不足に原因があるのであって、名古屋の実態が正しく評価されたものではないと思っている。

 石原裕次郎のヒットしなかった歌に「白い街」という曲がある(「白い街 白い街 名古屋の街」と歌われる)。かつて名古屋市は大規模な区画整理により、機能的ではあるが、殺風景の代名詞のように言われた。その名古屋の景観も1989年の世界デザイン博以来、オシャレな街並みが増えてきている(星ヶ丘や白壁などは素敵な町である)。東山動物園、名古屋科学館(プラネタリウム)、名古屋港水族館なども世界レベルのものである。先進的な都市計画による区画と大きくきれいな公園もたくさんあり、建物の高層化も進み、ユニークなビルも多く、食文化も豊かである。
 そうしたことを承知の上で「岡崎は名古屋ではない」と言いたい。これは豊田や豊橋はじめ他の三河の市町村も同様のことと思う。要するにIDENTITY(アイデンティティ、自己意識、誇り、郷土愛)の問題なのである。「東京の人」と言われて喜ぶ、よそから引っ越してきて関東一円に住んでいる東京主義(東京病)の人々と同列にされたくないのである。
 最近は差違が小さくなっていても、尾張と三河では人の気質も考え方も言葉も行動も文化も微妙に大きく違う(?)のである。これは人間の個性と同様に尊重されるべきものであると考えている。

 このことは私だけが思っていることではない。例えば青森県では津軽地方と南部地方では旧藩時代以来の文化や習慣、伝統の違いにより住民の気質にも違いがあり、ひとくくりに青森と言われることに抵抗のある人もいる。静岡県でも、今川家の人脈の残る静岡市エリアと徳川色の強い浜松エリアは何かと張り合うことが多いようである。このように探せばまだ日本全国にこうした例はいくつもあり、世界各国にもあることと思っている。
 早くから商業圏として発展した名古屋・尾張地域は考え方も合理的で計算高く、言動もドライな傾向があると言われる。反対に農業地帯としての時期が長かった三河地域は土着的思考が強く、人間関係も密で、言動もウェットであり、保守的な傾向が強いようである。そうした土地柄が徳川家康という人物を生み出したものと考えている。

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(2019年秋に完成予定の徳川家康公の騎馬像)

 時にそうした保守性、土着的人間関係を批判される方があるが、それは「東京を中心とした関東圏の考え方が日本人のスタンダード(標準)であり、それに準拠したモノこそ正しい」という誤った考えに毒されているからである。何も東京のマネなどする必要はないのである。地方には地方の文化、伝統があり、違法でない限り、そのやり方、考え方で良いのである。
 外から流入した人々によって構成され、人の出入りの多い大都市文化は、そうした所でのみ成立するものであり、地方に強要されるべきものではないと考えている。
 間違っても、岡崎を小さな東京、あるいは名古屋の一部にするつもりはないので御理解頂きたい。地方には地方の、三河には三河の、岡崎には岡崎のアイデンティティがあるのである。またそうしたものを大切にするべきであると思っている。
 もちろん、地域独自のアイデンティティを好まない人がいても構わない。しかし世の中というものはその地域、集団の中でどちらの考え方の人間が多いかで大勢(たいせい)は決まるものであり、それこそが民主主義であると言える。
 そうした考え方からもう一度「岡崎は名古屋ではない!」と言いたい。
 これまでこうしたことを長年言い続けている私ではあるが、外国へ行ったときはナゴヤよりも通りの良い、「トヨタ市の隣から来ました」と言っている。

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