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2019年2月 2日 (土)

スウェーデン訪問記 5.スウェーデンの街並と日本食に見る国際化

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 ウッデバラでの3日間の公式日程を終え、翌日、スウェーデンで2番目に大きな都市であるヨーテボリ(イェーテボリ)までバスにて移動した。
 ウッデバラは、その地理的位置の関係上、これまで歴史的に支配者と領有権がノルウェー、デンマーク、スウェーデンと、度々移り変わってきた。隣接するヨーテボリ(ゴッテンブルグとも呼ばれる)も、同じく北海に面した重要な港湾都市であることから、17世紀にグスタフ二世アドルフの治世にスウェーデン領として確立されるまで、同様の変遷があった。

 深い緑に囲まれ、石畳の上を市内電車が走る古風な風情を漂わせたヨーデボリの街並みを抜け、ハーガ地区と呼ばれる旧商業区の一角にある歴史的趣(おもむき)のあるレストランで昼食をとる。

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 石畳の舗道というのは、絵画の題材や写真の被写体としては見映えがするものの、実際にそこを歩行する者にとっては、デコボコとしていたって歩きにくいものである。維持管理にも手間がかかるものと思われる。人は10センチほどの段差はしっかり視認するものであるが、車道と歩道の段差が2~3センチの当地では、同じ様な石造りで判別しにくく、歩行者は注意が必要である。(同行の一人も、足を引っ掛けて転倒したようだ。)
 また、日中に街中でベビーカートを一人で引いている男性の姿を見ることも珍しくなく、この国に置ける男女共生社会の実相が垣間見えるような気がした。

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 昼食に前後して、今では中国資本の傘下にあるボルボの博物館と、水際都市の面影を残す魚市場の見学を行った。こうした場所は、国は違えど、どこも観光客向けの施設として整備されている。
 古風な商業地域を一周した後、映画『ハリー・ポッター』の冒頭に出てくるようなクラッシックな造りのヨーデボリ中央駅から一等列車(座席指定)に乗り、3時間ほどの電車の旅を経て、夜のストックホルムに到着した。
 ストックホルムに来るのはこれが2回目である。40年前に来た時には、父の知人である岡崎出身の渡辺さんという建築家の方の自宅にお世話になった。

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 その時この街の案内役をしてくれたのは、当時小学校4年生の渡辺さんのハーフの長女であった。私と一緒に古い建物めぐりではかわいそうと思い、途中地下鉄の近くにあったチボリという遊園地に行き先を変更したため、中心街を正式に見学するのは今回が初めてのこととなる。

 翌朝は朝9時から、ノーベル賞の祝賀晩餐会場となっているストックホルム市庁舎をはじめ、中世の趣(おもむき)を残したガムラスタン地区に並ぶ王宮、大聖堂、国会議事堂、オペラハウス等の視察と共にノーベル博物館を訪れることとなった。

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 前述した如く、この国は200年以上に渡り外国との戦争をしていないため、中世から近代にかけてのヨーロッパの伝統的建築や街路の風情が、今も色濃く残っている。パリやロンドンにもそうした場所がないわけではないが、大きな内戦や第二次世界大戦の戦後復興都市として再生した所と、オリジナルなものがそのままの形で残っている場所とでは、実際に自分の足でその空間を歩いて見た時の空気感が違うことを強く実感したものである。
 レストランの地下室部屋に通されると、中世の石造りの壁から独特の匂いまで感じられる。古めいた木製のイスとデーブルに腰を下ろして一つ一つの調度品に目をこらしていると、いつしか意識が時代を遡ってゆくような気がしてくる。私は下戸で、酒の味は全く分からないのであるが、酒豪の方々ならば、こうした雰囲気の中で地酒のワインをじっくり堪能できるのではないかと思う。

 近年のテレビ番組は、国際化社会を反映した様々な興味深い取り組みがなされている。
 私も度々家で目にすることがあり、知ったのであるが、日本食の料理の達人が身分を偽って外国人が営業している日本料理モドキの店で働き始め、その不思議なあり様を伝え、最後に自らの身分を明かして日本料理の真髄を伝える、というパターンの番組がある。
 実際にあんなことを内緒で行ったら、トラブルや裁判沙汰にもなりかねないため、一部は了解の上でのヤラセ番組であろうと思って観ているが、時に海外で日本食の名のもとに提供されている食事の中には、目を疑いたくなるようなものがあることも事実である。
 今回、私達がストックホルムで連れて行かれたSという日本料理店は、まさにそうした所であった。調理人の顔を見たところアジア風でもなく、どうやら中東の人のようであった。必ずしも日本人の調理師でなくとも立派な日本料理を作る人はいるが、ここはそうではなかった。
 インスタントミソの方がおいしいミソ汁、小麦粉のダマの残っているテンプラ(天フライの感じ)、市販のみたらしダンゴのタレを使った焼き鳥など、居酒屋の定食にしてもおかしな組み合わせの料理が出てきた。

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 店内の異国趣味の装飾も、日本では見かけないシロモノが多い。スモウ取りの陶器の置物、富士山と五重の塔に満開の桜の絵、黒澤明監督が描いた映画の絵コンテを引き伸ばしたような図柄の壁紙等々。おまけにトイレ前の敷き物には、徳川家の葵の紋の入ったモノが使われていた。
 同行の人の中には、怒ってしまいハシもつけない人もいたが、これも外国の勉強の一つである。国際化の時代と言っても、所によってはまだこの程度の理解であり、ひょっとすると私達自身も、相手のことを同程度にしか理解していないことがあるのかもしれないと思った次第である。

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