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2018年12月

2018年12月13日 (木)

名古屋三河道路推進協議会の要望活動

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 日本の産業中枢である愛知県の工業製品の過半を担う西三河の工業地帯と、名古屋港・セントレアを効果的に結ぶ道路としての「名古屋三河道路」の建設実現のための推進協議会が、今年から活動を再開しました。沿線の8市3町で構成される「名古屋三河道路推進協議会」は、このたび関係の企業代表と共に要望活動を行いました。
 「名古屋三河道路」は国の「ビジット・ジャパン」、県の「観光あいち」と連動して三河の観光産業にも活力を与えるものとなります。
 11月28日(水)の午後、県庁における知事要望並びに議長・県議会各会派を訪れた後、国の中部地方整備局において、以下の要望活動を行いましたので御報告いたします。


 名古屋三河道路推進協議会の会長を務めております、岡崎市長の内田康宏であります。
 本日は、勢田局長、長谷川副局長、岩田企画部長及び横山道路調査官におかれましては、公務ご多用の中、お時間をいただきまして誠にありがとうございます。
 また、国土交通省・中部地方整備局におかれましては、道路、河川をはじめとする社会基盤整備の推進にご理解とご尽力を賜り、深く感謝申し上げます。

 この知多及び西三河地域は、「モノづくりあいち」を牽引し、本県の製造品出荷額の3分の2、我が国の製造品出荷額の1割に当たる約29億円を生み出す、日本の経済、愛知の産業を支える重要な地域へと発展してまいりました。また、豊かな自然に恵まれた知多地域、歴史に培われた伝統文化を有する西三河地域には、魅力ある観光資源が随所にあります。年間一千万人を超える利用実績を誇る、中部国際空港などを利用して、国内外から訪れる観光客も着実に増えており、「観光あいち」をも牽引する地域です。

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 本協議会は平成7年に設立されました。以来、今日までこの地域を取り巻く道路状況は大きく変化しております。
 平成28年2月の新東名高速道路の愛知県区間の開通、名豊(めいほう)道路の整備、西知多道路の事業化等、着実に各事業の進捗が図られてまいりました。
 こうした都市基盤整備の恩恵を受け、当地域での物流活動や人々の往来はますます活発化している半面、国道1号や名豊道路といった既存幹線道路に多くの交通が集中し、慢性的に渋滞が発生しております。とりわけ知多地域と西三河地域を結び、境川・衣浦湾を渡る橋梁周辺では特に渋滞が激しく、その解決が喫緊の課題であります。
 こうした課題は、「モノづくりあいち」を担うこの地域の、今後10年、20年先を見据えたときに、より大きな課題となることが懸念されております。
 このため、さらなる物流の効率化をもたらす広域幹線道路ネットワークの充実が不可欠であり、その役割を担う次なる道路が、知多及び西三河地域を東西に貫く「名古屋三河道路」であります。

 協議会構成8市3町はこうした思いから、この度一時休止しておりました本会議の活動を10月15日に再開し、計画の実現に向けてご支援を賜りますよう、本日このような場を設けさせていただきました。
 以下、3点要望させていただきますのでよろしくお願いいたします。

1.名古屋港から岡崎市内を経由して新東名高速道路へ結ぶ区間を地域高規格道路名古屋三河道路として、重要物流道路に指定し、早期事業化に向けた調査・検討を進めること

2.特に、知多地域と名豊道路を結ぶ区間については、名豊道路(知立バイパス)や境川・衣浦湾周辺地域などにおいて渋滞が生じており産業活動に支障をきたしていることから、優先的に事業の進捗を図ること

3.長期安定的に道路整備・管理が進められるよう、新たな財源の創設を検討するとともに、平成31年道路関係予算は所要額を確保すること
また、平成30年度補正予算についても、道路事業が推進されるよう、使途を限定しない補正予算を早期に編成すること

 以上の点について、何とぞ特段のご配慮を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

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2018年12月 9日 (日)

個人と公人の境界について

 先日、ある方から「今年は地方自治体の首長にとつて受難の年だ」ということを言われた。例年にも増して多かった自然災害に加え、異常気象に対する対応に苦労したということかと思ったら、そうではなかった。
 本年の前半は私の知り合いの首長が何人も突然死された。現職のまま亡くなるというのは、まさに「名誉の戦死」であると言える。中には若くして亡くなった方もいる。

『東海愛知新聞』2018年4月5日

 首長の仕事は多岐にわたり、どこまでやれば終わりということはなく、実に多忙である。副市長や部長もいるのであるが、「ぜひ何とか市長に」と言われると無下に断ることもできず、ついつい無理しても出かけることになる。
 かく言う私の場合も就任一年目は仕事を自分の目でしっかり確かめるため、積極的に動き回り、気がつけば一年間で完全な休日は7日しかなかった。そのせいかちょうど一年を経た頃、体に変調をきたし急遽点滴生活を送ることとなった。
 若き日と異なり、一晩眠ったぐらいでは疲労は癒えず、精神的なストレスも蓄積されるばかりである。しかるに、自身は以前と同じイメージのまま走ってしまい突然倒れることとなるのである。
 また、他にも元気印の代表のようなスポーツマンで体力自慢であった友人の訃報がこのところ続いている。よくある50代、60代の山の遭難も同じ理由と思うが、体に自信があるためついつい無理をしてしまうのである。責任感の強いまじめな人ほど、そうしたサイクルとなりがちである。それだけに周囲の人の心遣いを期待するものである。
 いずれにせよ訃報が相次いだせいで、今年はやたら「お体に気をつけて下さい」と言われたものである。

 続いてこの秋頃からはなぜか女性問題で失脚してゆく首長が目につくこととなった。中には私の知っている方もおり、いずれも仕事熱心であり、知性派の人物と思っていただけに驚いている。仕事が順調で強敵も見当たらないというような時に、人は心にスキが生まれるのかもしれない。(油断大敵である。)
 こうした事件(?)が続くと、必ず同業者は同じような苦言を頂戴することになる。「あんたは酒も飲まないし、夜の街に出歩くこともないが、くれぐれも気をつけるように」などと心配を頂くことになるのである。
 そもそも人の寿命や色恋ざたの発生は、気をつけていてどうにかなるという性質のものではない。誰しもそれを予見はできないだろう。十分気をつけていても病気になる時はなってしまう。体の中の微妙な出来事のすべてに対応できるはずがない。我々にできることは、せいぜい定期検診で人間ドックに通い、飲食に気をつけるぐらいのことである。多忙な毎日の中で運動のための時間を設けることも難しい。
 対人関係において好悪の感情をコントロールすることは我々の仕事の一部のようなものであるが、相手のある関係の中では一人の自制心だけにその責を問うことは無理があることもある。そうしたケースにおいては、公人が責めを負うこととなる。一般人なら「困った人だね」で済む話でも、公人は許されないというのが昨今のモラルの基準となっているようである。

 しかし、私の知る限り、公平に見て、近年の政治家は随分お行儀が良くなっていると思う。昔は国会議員が外遊する時には、海外の民間会社の駐在員が夜の相手をする女性を捜すのに走り回ったとか、秘書を二号にしたのか二号を秘書にしたのか分からないといった話を耳にしたことがあるが、近年はそうした話を聞いていない。
 岡崎でも、40年ほど前には「市会議員になっても、松本町に彼女がいるくらいでなくては一人前とは言えん」などと言う方がいた。そういう方は決して保守系の議員ばかりではなかった。
 かつての有名政治家におけるこの手の逸話は枚挙にいとまがない。とりわけ有名なものとして次の話がある。
 戦後政界の大立て者の一人、三木武吉(ぶきち)翁は、地元の演説会で「メカケが4人もある奴がえらそうなことを言うな!」とヤジられ、「ただいまメカケが4人と声が掛かりましたが4人ではありません。5人であります。もっとも今やいずれも年老いて、ものの役には立ちませんが、不肖、三木武吉、役に立たないからと捨て去るような不人情者ではありません。今も全員の生活の面倒をみております」と答えて聴衆の拍手喝采を浴びたと伝えられている。(当時は女性の職業の選択に限りがあり、戦争未亡人も多かった。)

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(三木武吉、1884年~1956年)

 もちろん半世紀も前の出来事が今の世の中で通用するとは思っていない。モラルのあり方も社会の価値観も時代によって大きく変化してゆくものである。しかし犯罪的な要因があることならばともかく、単なる個人的な人間関係、プライベート上の醜聞によって全人格が否定され、その人間を職務から追放しなくては成らないものかと思うものである。
 今回続いた事件の問題は双方が既婚者の不倫ということであるが、それは当事者間で話し合うなり、裁判で決着をつければよい話であると思う。マスコミや第三者が神や裁判官のごとく断罪しようとする風潮をなんとも情けなく感じるものである。

 かつてフランスのミッテラン大統領は、自身の愛人の死に臨み、堂々とその娘と共に葬儀に出席した。その折、アメリカのマスコミがその是非を問うインタビューを行ったが、ミッテランは「そのとおりです。それがどうかしましたか?」(誰かに迷惑をかけているのですか?)と答えたという。フランスではニュースにもならなかったそうである。
 「個人主義が確立した大人の国と大衆民主主義の国の違い」などとコメントするとまた叱られることになるかもれしないが、人間は人生のすべての局面で完全であることはできないし、完全を目指していても失敗することもある。その対応は個人が行うべきことであり、第三者が果たしてどこまで介入すべき領域であるのかと思うものである。
 ことに私達のいる政界は、意図的にワナを仕掛けられるケース(ハニー・トラップ)もあるだけに、より大きな注意と自制心が要求されるのだろう。
 そう言えば私も少し心配がある。先日行った出版記念パーティーで、魅力的な70代、80代の女性と望まれるまま肩を組んだりして、不適切な(?)写真を数多く撮ってしまった。選挙になるとこれらの写真が問題となるのだろうか?

『夢ある新しい岡崎へ』出版記念パーティー

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2018年12月 5日 (水)

平成30年12月議会 その1(市長提案説明)

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 12月3日(月)、岡崎市議会12月定例会が開会しました。ただいま12月3日~6日の日程で一般質問が行われております。
 初日に述べた所信の一端ならびに、今議会に提案いたしました議案の大要につきまして御報告申し上げます。


災害対策・エアコン設置
 早いもので、今年も残すところ、あと1か月となりました。振り返りますと、今年は国内外で災害の多い年でありました。幸いにも本市では生命に関わる被害はありませんでしたが、4月には山綱町地内で法面(のりめん)の崩落があり、また台風21号、24号などにより多くの施設が被災しました。これらに対しましては早期復旧に取り組むとともに、7月に起こった大阪北部地震の状況を踏まえ、倒壊の怖れのあるブロック塀の撤去も迅速に対応いたしました。
 また、「災害級の暑さ」と言われているとおり、近年の夏の異常な暑さに対し、子どもたちの安全を第一に考え、小中学校へのエアコン設置を決断いたしました。
 良好な学習環境を少しでも早く確実に整備するために、PFI事業により事業者の選定を進めていたところですが、11月28日に優先交渉権者を選定することができました。

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 当初の予定では、すべてのエアコン設置は、来年12月末までと考えておりましたが、中学校についても来年6月末までに設置するという事業提案がされましたので、来年の夏には、すべての小中学校にエアコンを設置できそうです。もう、子どもたちに暑い思いはさせません。受験を控えた中学生にも、快適な学習環境を提供することができるということで、大変喜ばしく思っているところです。今後につきましては、基本協定及び仮契約を締結したのち、本定例会に事業契約議案を提出する予定であります。

ウッデバラ市、石垣市との都市交流
 今年は、日本とスウェーデンの外交関係樹立150周年を迎える年でありますが、本市と同様に、花崗岩の上に築かれている都市というご縁で、スウェーデンのウッデバラ市と姉妹都市の提携をして50周年を迎える年でもあります。その記念すべき年として、5月にはウッデバラ市から使節団と合唱団をお招きし、シビックセンターなどで合唱をご披露していただきました。

ウッデバラ市使節団と合唱団(2018年5月20日)

 10月には、北欧を代表するスウェーデンのジャズバンド、ボーヒュスレーン・ビッグバンドが、りぶらホールにおいて、「国際レベルのジャズ・オーケストラ」と称されるジャズの音色を聞かせてくださいました。10月下旬には、本市からも使節団を派遣するなど、人々の訪問交流を通しまして、文化、教育など市民相互の理解を深めてまいりました。
 この訪問で特筆すべきことは、歓迎夕食会の席上で、両市の50年にわたる都市交流の功績を称えるため、廣木(ひろき)・駐スウェーデン特命全権大使により、河野外務大臣からの表彰状が、ウッデバラ市長に手渡されたことであります。これも長年に渡り、中学生を初めとする活発な市民交流の成果であると
思っております。
 また、同じく訪問中の出来事ですが、ウッデバラ市のスーパーマーケットで突然日本語で「市長さんじゃないですか?」と声を掛けられました。聞けばその方は岡崎市民で、姉妹都市提携40周年の折に訪問団に参加し、その後、ホームステイを受け入れて以来、度々スウェーデンを訪れ、今も個人的交流が続いているとのことでした。
 ほかにも、中学の時にウッデバラ市に派遣されたことをきっかけに、外語大学でスウェーデン語を学び、外交官となり、スウェーデン大使館に勤務された市民もいると聞いております。今後も市民の相互訪問や民間交流に根差した、実のある都市交流を続けてまいります。

 そして、来年の2月19日には、沖縄県石垣市との親善都市提携から50周年を迎えます。提携当時の昭和44年は、沖縄は米軍統治下にあり、提携文書には「沖縄の祖国早期復帰を念願して親善都市の提携を宣言する」と謳われております。
 我が国の戦後史を語るうえでも大変貴重な提携の意義を、この機会に交流の歴史を市民の皆さんに正しくお伝えできるよう、情報発信や交流事業を進めてまいります。

市民サービスについて
 ライフスタイルの変化に伴い、市民の利便性向上を図るために新たなサービスを展開してまいります。
 1つ目といたしまして、現在、マイナンバーカードを利用し、住民票の写しと印鑑登録証明書を休日、早朝、夜間でも最寄りのコンビニエンス・ストアなどで交付できるサービスを行っております。
 これに加え、来年1月より新たに、戸籍証明書と戸籍の附票(ふひょう)の写しの交付サービスを始めます。本市に本籍がある方は、住民登録が市内・市外を問わず、全国のコンビニエンス・ストアなどで取得が可能となります。
 2つ目といたしまして、市税の納付及び国民健康保険や後期高齢者医療の保険料の納入につきまして、従来の口座振替、金融機関の窓口やコンビニエンス・ストアでの払い込みに加えまして、来年4月より
クレジットカードによるお支払いが可能となるシステムを導入いたします。
 いずれのサービスも、利用される皆さんが時間に縛られることなく、ご自身の都合に合わせて利用が可能となっております。今後も市民の利便性の向上に寄与するサービスを展開してまいります。

高齢者福祉について
 少子高齢社会が顕著な中、急速な高齢化の進行に伴い、今後は、認知症高齢者の大幅な増加が見込まれております。国は「新オレンジプラン」を掲げ、本市においても市内に20か所ある地域包括支援センターに、認知症 地域支援 推進員の配置、早期発見・早期治療につなげるための初期 集中支援チームによる支援、市民病院に設置されている認知症疾患医療センターと連携するなどの施策を展開しております。
 そして、在宅介護者や介護施設の現場で、高齢者の食事の食べさせ方に苦慮している現状や食べ物を気管やのどに詰まらせてしまう誤嚥が多いということを鑑み、食を支援する取り組みを推進するため、本市が提案した、「『食』を通した多職種 連携施策」が、「あいちオレンジタウン構想」のモデル事業に採択されました。
 認知症になっても、いつまでもおいしく食事ができるよう、今年度から3年かけて医師、看護師、言語聴覚士など、認知症の知識を持つ専門家と協働して、岡崎スタイルの食を支えるシステムを確立してまいります。
 お互いに明日は我が身の問題でもありますので、よろしくお願いします。

乙川リバーフロント地区整備計画について
 (仮称)乙川人道橋の「橋の名称」と、籠田公園から人道橋までの「通りの愛称」を募集したところ、市内はもちろんのこと、全国からも4千点を超えるご応募をいただきました。
 11月13日に「(仮称)乙川人道橋等 選定委員会」を開催し、「橋の名称」と「通りの愛称」をそれぞれ5点選定いたしました。この選定委員会には、市内5校に通う中学生15名にも委員として参加していただきました。これは、8月の「第46回生徒市議会」にて、竜海中学校から提案された「乙川リバーフロント計画に対して中学生の目線で考えたことを取り入れて欲しい」との意見に応えたものであります。

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 最終候補として選定された「名称」及び「愛称」については、12月17日より市民からの投票を行って参ります。一人でも多くの方に投票していただきますようお願い申し上げます。

 乙川リバーフロント地区の整備にあわせて、公民連携まちづくりも進めておりますが、道路空間の利活用と再構築を図る社会実験を康生通りや連尺通りの歩道部(ほどうぶ)で実施をいたしました。

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 また、11月24日に開催された今回で4回目となる「岡崎 泰平の祈り」は、今年から愛知産業大学や岡崎青年会議所をはじめとする地元の企業やまちづくり団体、大学など22団体により組織された「岡崎 泰平の祈り実行委員会」により企画・運営されるなど、着々と公民連携が進んでいると実感しております。
 なお、人道橋完成のあかつきには、明代橋から人道橋、殿橋から潜水橋までのより広いエリアで「泰平の祈り」のLEDボール流しを行いたいと考えております。それにより市民の皆様によりくつろいで夜の一時を楽しんで頂けるものと思います。

岡崎市立愛知病院について
 市民病院は平成10年12月28日に現在の高隆寺町に移転して間もなく20年を迎えます。これを記念して10月に市民病院で開催しました記念フェスティバルでは、小さなお子さんからお年寄りまで多くの皆さんにお越しいただき、市民病院への高い関心と期待を実感しているところであります。

Okazakicityhospital2018

 来年4月には、県から愛知病院の経営移管を受け、岡崎市立愛知病院として経営してまいります。現在、8月に策定いたしました「岡崎市 病院事業 将来ビジョン」に基づき、愛知県と診療体制など詳細な協議を行っておりますが、5年後までには、市民病院へがん診療を集約し、市立愛知病院は軽度急性期医療を担うことを考えております。
 南部地域では、新総合病院の開設が控えておりますが、引き続き、西三河地域の中核病院として市民の皆さんが安心して治療できるよう医療提供体制の充実に努めてまいります。

条例議案
 それでは、続いて本議会に提案いたしております議案について説明させていただきます。
 条例議案は、全て改正条例でありまして、龍北総合運動場の施設整備に伴い、各施設の使用料を定める
「岡崎市 スポーツ施設条例」、豊富第二保育園を廃止する「岡崎市 保育所条例」など8件を提案させていただいております。
 その他議案といたしましては、岡崎市シビックセンターなどに関する「指定管理者の指定議案」、岡崎墓園の造成や東岡崎駅ペデストリアンデッキの築造に関する「工事請負契約議案」など8件を提案させていただいております。

補正予算議案
 補正予算議案でありますが、一般会計は 4億3,421万5千円の増額、特別会計は 4,335万2千円の増額、企業会計は 9,255万9千円の増額補正をお願いしております。
 まず人件費に関しまして、一般・特別・企業会計を通じまして、国家公務員の給与改定に準じた職員給与の改定 及び、人事異動に伴う職員給与費の補正をお願いしております。一般会計の主なものとしましては、総務費では、市役所西庁舎において、アスベスト対策工事が必要になったことによる庁舎整備工事 請負費の増額、民生費では、障がい者施設の工事費が当初の見込みを下回ったことなどによる障がい者福祉施設 整備事業費補助金の減額、商工費では、阿知和地区 工業団地造成事業において、用地取得を進めるために必要な事業調査委託料などの計上、土木費では、(仮称)岡崎阿知和スマートインターチェンジの事業進捗を図るための調査検討委託料の増額、都市計画道路 福岡線の早期整備や、乙川河川緑地の整備を進めるために土地購入費の計上などをしており、これらの補正財源といたしまして、地方特例交付金、基金からの繰入金、繰越金などによりまして収支の均衡を図っております。
 次に、継続費につきましては、東岡崎駅 周辺地区 ペデストリアンデッキ整備事業 及び 乙川河川緑地 人道橋整備事業について、事業の進捗に伴い年割額(ねんわりがく)の変更をお願いしております。
 次に、繰越明許費の追加は、庁舎修繕事業始め5事業につきまして、変更は、東岡崎駅周辺地区 整備事業につきまして、それぞれ年度内完了が見込まれないことからお願いしております。
 次に、債務負担行為につきましては、市政だよりの作成及び配布に要する経費を始め33件の事項につきまして、それぞれ平成31年度当初予算に先立ち契約を早期に進めるため、債務負担行為の追加をお願いしております。
 続きまして、特別会計でありますが、介護保険特別会計では、利用者が見込みを上回ったことによる介護予防 サービス費 負担金 及び地域密着型 介護予防サービス費 負担金の増額をお願いしております。
 最後に、企業会計でありますが、病院事業では、当初の見込みを上回ったことによる投薬・注射薬品費 及び 診療用材料費の増額、下水道事業では、交付金対象事業の進捗が図られたことによるポンプ施設 築造工事委託料の増額 及び契約差金によるポンプ施設改良工事委託料などの減額をお願いしております。
 また、病院事業の債務負担行為につきましては、市民病院にPET-CT(ペットシーティー)の設置及び外来診療エリアの拡充をするための再編改修に要する経費につきまして、債務負担行為の追加をお願いしております。
 以上が、今議会に提案をいたしました議案の大要であります。

岡崎城の発掘調査
 さて、本年8月から9月にかけて行った岡崎城跡 天守台 石垣の発掘調査において、金箔瓦が出土しました。金箔瓦は大変珍しいもので、県内では、名古屋城で出土していますが、岡崎城跡はもとより三河地域の城としては初めての出土となります。
 金箔は徳川家の三葉葵紋に貼られているもので、将軍・徳川家との深いつながりがあった証(あかし)ではないかと考えられます。金箔瓦は現在のところ1点しか確認されておらず、その使用場所や時期を特定することには至りませんが、岡崎城に金箔瓦が使用されていたということは間違いないことであります。
今回の発掘調査は平成28年度に改訂・策定した「岡崎城跡整備基本計画」に基づき行っているものであり、金箔瓦の発見は調査研究の大きな成果であります。今後も発掘調査などを通じ、岡崎城跡をより詳しく解明していくと同時にその成果を全国にPRしていくことも重要であると考えております。
 また、岡崎公園内にある歴史観光サインにつきましては、多言語への対応や案内情報の充実、岡崎城の石垣や堀などの歴史的な景観に調和するよう刷新してまいります。
 新たなサインは本市の女性職員のアイデアであり、家康公が好んで用いたという馬印の金の扇をモチーフにデザインを統一したものであります。
 来園者が歴史的な風情を感じながら、快適に巡ることのできる案内誘導と、岡崎城の魅力を誰もが理解できるような、観光客の目線に立った分かりやすい解説により、利便性や回遊性の向上を図ってまいります。

岡崎公園のイルミネーション、家康公生誕祭
 岡崎公園では、泰平の祈りと同日の11月24日から、冬の風物詩となりました「イエヤスコウ・イルミネーション」がスタートしており、年明けの1月14日まで16万球のLEDが公園内を鮮やかに照らします。

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 イルミネーション期間中の12月22日、23日と徳川家康公が生まれた26日の3日間は、市民の皆さんが企画・運営する実行委員会主催のイベント「家康公生誕祭」が開催されます。岡崎公園会場の家康館前において、縁起物グッズの販売や地元岡崎の飲食店が出店する生誕市(せいたんいち)を行うとともに、家康公生誕を祝う味噌六太鼓(みそろくだいこ)祭りを行います。
 また、22日に限り、岡崎城天守から3キロメートル先の大樹寺に向けた光ビスタラインを照らしますので、夜空を貫く平和の光を体感してください。
 そして、大樹寺会場では和の光「Art Night(アート・ナイト)」を行い、大樹寺の境内を幻想的に彩ります。夏まつりに続き、市民の皆さんが参画され、創り上げていくこれらのイベントに対しまして継続して支援を行ってまいりますので、皆さんも、ぜひ楽しんでいただきたいと思っております。

 以上、ご説明申し上げますとともに、提出をいたしております諸議案につきまして、よろしくご審議の上、ご議決を賜りますようお願い申し上げまして、説明を終えさせていただきます。ありがとうございました。

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2018年12月 1日 (土)

『夢ある新しい岡崎へ』出版記念パーティー

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 11月27日(火)、竜美丘会館にて『夢ある新しい岡崎へ』出版記念パーティーを開催しました。月末で平日の夜でもありますのに、大村知事をはじめ公私共に御多用の皆様方に多数お運びを頂きまして、心から感謝申し上げます。
 本の巻末にも記してありますが、そもそも本にするつもりで始めた訳ではない私のブログが、現実にこうした形で本となりまして、私自身大変恐縮しております。

 当日は朝から日程が混んでおりまして、名古屋の会議から急いで戻り会場に入りました。午前中の仕事を終え、名古屋に行くため、途中国道1号沿いの店でカツカレーを食べて出かけた訳ですが、そこで偶然お会いした不動産屋さんから「今晩の会、行きますよ」と声をかけられました。私の知らないところで押し売りになっていないといいが、と思った次第です。
 いずれにしてもたくさんお買い上げ頂きまして本当にありがとうございます。重ねて御礼申し上げます。

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 そもそもは初の市長選立候補にあたって、市民の皆さんへ私自身の紹介と私の目指す政策の説明などをホームページに書きつらねたことが始まりでした。
 当選後、引き続いて日々の活動報告や市政の解説や裏話を書くうちに、政治や社会のあり方に対する自身の考えや映画や私生活についても書くようになりました。その後、人にすすめられてブログの記事の一部をタウン誌の『リバ!』に転載するようにしたところ、御年輩の方から「あんたの文章面白いけど、私はインターネットをやらないので本にしてほしい」という声を頂いたことが今回の出版につながった訳です。

 こうして本となって、改めて見直してみると気恥ずかしさと共に、自ら書いてきたことを再認識することもでき、私の市政の道標として参考になればと思います。特に「なぜ私が現在の政策を行っているのか」ということが詳しく書いてありますので、一人でも多くの市民に知って頂ければ幸いです。
 また、私は市長就任以来「顔の見える民主主義」の実践を標榜しており、市民対話集会50回、地域、団体をはじめ、呼ばれれば小中学校から高校、大学まで出向き、合計300回以上の講演会、政策説明会などを行ってきました。議会審議だけによらない、こうした仕事の進め方は全国でもマレなことと自負しております。それでもまだ御理解頂けない方もみえ、歯がゆい限りであり、本当はそうした方にこそぜひ読んで頂きたいと思っております。

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 私の市政に対する思い、真意は極めてシンプルであります。
 それは「そこで生活する人が楽しく快適な町として喜んで頂くこと」です。
 さらに、「岡崎の子供達が自らのふるさとに対して、より大きな愛情と誇りの持てる、夢ある新しい岡崎」をつくることであります。
 これからもそうした目的のため邁進することをお約束しいたします。この度は本当にありがとうございました。

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(「東海愛知新聞」2018年11月27日より)


『夢ある新しい岡崎へ』出版のお知らせ (2018.11.14)

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