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2018年9月12日 (水)

ルーツ・オブ・カワイイ、内藤ルネ

内藤ルネ展(岡崎市)

 岡崎生まれであり、今日の「カワイイ文化」の生みの親と言われるのが、内藤ルネ氏(1932 - 2007)である。彼のイラスト作品を見たことがあっても本人のことをよく知らない人の中には、内藤氏を女性だと思っている人も多い。
 内藤氏は本名を内藤功(いさお)といい、羽根町の八百屋さんの息子として誕生し、小中学校時代にはクラスの人気者であったという。
 アーチスト名のルネは、フランスの代表的な映画監督ルネ・クレマン(アラン・ドロン主演の1960年の映画『太陽がいっぱい』の作者)の名に由来している。
 私は、同時代のイタリアのルキノ・ヴィスコンティやフェデリコ・フェリーニ、フランスのフランソワ・トリュフォーなどの映画が好きで、ルネ・クレマンのものも含め、20本ほどこの時代のDVDのコレクションを持っている。当時、新時代の青春像として登場して来たのがアラン・ドロンやジャン=ポール・ベルモンド達であったが、今や彼らも80歳代となっていることに時の移ろいの無情さを感じるものである。

ルネガール

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 内藤氏が岡崎生まれの有名人でありながら、今日まで地元で重用されなかったのは彼が同性愛者であったかららしい。ジェンダーフリー化してきた現代社会においてはもはや珍しいことではなく、逆にそれを売りにしている芸能人もいるくらいであり、昨今では同性婚の合法化が多くの国で実現している。時代の変化とはこうしたものである。
 私もルネ氏が岡崎出身であることを知ったのは市長になってからのことである。しかし子供時代に妹のオモチャ箱や洋服ダンスにルネ氏のイチゴや花のシールが貼ってあったことをはっきり覚えている。また彼の描く、目が大きくお洒落な服を着た女の子の絵は今も子供のぬり絵などにも影響を与えているようだ。

 私の生まれた1950年代において、すでに内藤氏はイラストレーターとして世に出ており、一時代を画す活躍を始めている。

Illustrated by Rune Naito

 大学生の頃、本屋で何気なく『薔薇族』(ばらぞく)という雑誌を手にとったことがある。購入はしなかったものの、見慣れぬ感じと不思議な情感を漂わせたバラの花を持つ青年の絵に目が止まったのである。
 半世紀近く経った今日も時代に変わらぬ新鮮さを保ち、「ルネガール」や「ルネパンダ」が愛好され、様々な分野において内藤ルネ氏の生み出した世界の影響を受けて活躍してみえる人が多いことに驚かされるものである。

 8月1日~12日の期間、イオンモール岡崎店の3階で「内藤ルネ展」が開催された。初日のオープニング・セレモニーに招かれた折に改めて内藤氏の作品をじっくり見させて頂くことができた。

ルネパンダ

 当日会場には、私と同年輩と思われる、かつて少女であった多くの女性が家族やお孫さん達と訪れてみえた。今回の展示作品は若者や子供さんの来場が考慮されたのか、明るい基調の作品が多く展示されていた。
 個人的趣味として私はヨーロッパで疑似品も出回っているという、イギリスの衛兵やパリの警察官、キュートな海賊などを陶器の人形で表現した〝シャルマン・トリオ・シリーズ〟が好きである。また、少しダークで大人の哀愁を秘めた〝ゴシック&ロリータ〟などの作品も好みである。

内藤ルネ展

(シャルマン・トリオ・シリーズ)

 これらの作品を岡崎市のオミヤゲの一つとしてぜひアピールしていきたいものと考えている。そのために康生でルネ・ショップが出店できないものかと思っている。
 また、余談になるがパンダの尾は白色なのであるが、1970年代に「ルネパンダ」の尾が黒く描かれたため、多くの人が今も黒い尾っぽを描くようになっていることも面白い現象である。
 私も帰りがけに孫娘のためにルネパンダのキーホルダーとマグカップを買った。このように思わず買いたくなるカワイらしさも、岡崎の新たなオミヤゲとして有効であると思うものである。

カワイイに出会える街オカザキ。道の駅「藤川宿」にて

(カワイイに出会える街オカザキ。道の駅「藤川宿」にて)


*一部の画像は『Roots of Kawaii 内藤ルネ ライセンスガイド』から拝借しました。

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