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2017年10月16日 (月)

友好都市・フフホト訪問記 2.フフホトの歴史と新たな歩みへ

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 前日の日程の変転に疲れ果てていた私はシャワーもそこそこにホテルの自室で朝まで熟睡してしまった。翌朝カーテンを開けると心地良い大陸の青空が広がっていた。
 フフホト市の近代的な外観の市街地をバスで移動しながら、古都の風情の残る大召寺(だいしょうじ)へと向かった。近代的な外観と書いたが、建設中の建物を観察するとコンクリート柱の中の鉄筋の本数の少なさに驚かされる。壁面の施工は、レンガ積みの壁に金網を張り、その上にコンクリートを吹きつけた程度の工法であった。地震の心配のない所ではこんな建築方法が許可されるものであることを知った次第である。

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フフホトの歴史
 よく間違えられるが、内モンゴル自治区は中華人民共和国の5つある自治区の一つであり、モンゴル国とは別物である。内モンゴル自治区の省都であるフフホト(呼和浩特)市は北京の北西にある大都市であり、空路1時間半を要する。
 フフホトとはモンゴル語で「青い城」という意味である。16世紀にモンゴルの部族長アルタン・ハーンによって、流入してきた漢人達をまとめて移住させるために建設された中国式の城郭都市・バイシン(大板升)が町としての始まりと言われている。バイシンは中国語で〝百姓〟の意であり、生来、遊牧生活をするモンゴル人が定住生活をする漢人達をバイシンと呼んだことに由来する。その後、明代となり、フフホトは中国のモンゴル高原に流れる物資の集積地となって栄えてきたのである。
 アルタン・ハーンは晩年、ダライ・ラマに帰依してチベット仏教に改宗したため、フフホトには数多くチベット仏教の寺院が建立されることになった。大召寺はその中心的寺院の一つである。チベット仏教は自己の解脱を目指す小乗仏教の流れをくむものであるが、同行された神戸峰男先生(家康公騎馬像の制作者)によると、「大召寺は真言密教の北の終着地であり、東の終着地が空海によって建立された高野山金剛峯寺である」とのことである。

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(神戸峰男先生ご夫妻とともに)

 神戸先生は草原をかける馬の姿を確認するために、今回のツアーに参加されたのであるが、いわゆる〝汗血馬(かんけつば)〟はこの地の馬のことでもある。皮膚が薄いため鞍とこすれて血がにじむことがありその名の由来となったという。

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 私は仏教に詳しい訳ではないが、チベット仏教が中国の北端の地に息づいていることに不思議な感慨にとらわれていた。
 大召寺の前面には、いわゆる寺前商店街が広がっており、昔日の中国の街並みを伝えていた。古物商を兼ねたお土産もの店が建ち並ぶ中、面白いモノを発見した。どう見ても猫のものとしか見えない毛皮が売られており、聞けば「山猫」であるという。

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 どうやらこの辺りでは家の中にいれば〝飼い猫〟であり、外を歩いていれば〝山猫〟として毛皮に化けるようである。あとで家に帰ってから三匹の猫たちに「お前達、日本生まれでよかったな」と言いながら背中をなでてやったが、中国の山猫の毛皮と同じ感触であった。

伊利グループ
 大召寺訪問の前の経路で、地元の代表的企業である「伊利」グループの本社工場を訪れた。日本での知名度はないが、中国では主要な乳製品メーカーの一つである。その前身はフフホト回民食品工場(回民とは中国にあるムスリム・イスラム教団のこと)であり、現在は牛乳、アイスクリーム、ヨーグルト、粉ミルク等の乳製品を全種生産する大企業となっている。「伊利」グループの食品はアテネ五輪(2004年)以来、中国代表団の指定乳製品となっており、2016年の中国最強企業500社に選ばれた内モンゴル企業7社のうちのトップ企業である。

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 乳製品と言えば、来日中国人の爆買いの目玉商品の一つであったが、当時から「伊利」は環境問題、衛生問題を重視した経営を行っており、食品の安全性を第一とした経営姿勢は国際的にも評価を受けている。「中国ブランド」として国際競争力を備えた企業であると言える。
 ちなみに私達が視察した工場の管理システムは日本の最新鋭の機器を導入して運営されていた。常温で3ヶ月持つという長寿命ヨーグルトが意外においしく、私はオミヤゲとして持ち帰り、つい先日も飲んだところである。

友好提携30周年の調印式
 午後からはフフホト市役所を訪れた。
 社会主義国の常として、官公庁の建物の立派さには驚かされる。大理石で囲まれたホールに立つと、まるでどこかの王宮か博物館かと思えるほどの豪華さであった。市役所の会議室で再び友好提携30周年の覚書調印式が行われた。地方都市の友好調印式であるのにTVカメラやマスコミ関係者(?)が多く、またビックリであった。

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 その後場所を移し、友好20周年の時に前市長が送った雪見灯籠を見たが、上部が壊されていることが分かり早々に修理させて頂くことにした。今回は岡崎の新進気鋭の女性石工、上野梓さんの手による「平和の鳩」を寄贈させて頂いたが、今後は壊されることのない両国関係が続くことを祈るばかりである。 (つづく

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