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2017年10月20日 (金)

友好都市・フフホト訪問記 3.ランブル草原にみるモンゴルの生活

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歓迎夕食会
 フフホト到着2日目の夜、ホテルの大ホールで歓迎夕食会が開かれた。
 4月に先方が岡崎にみえた時は、相互に提携30周年のお祝いの挨拶を述べ飲食を行うという簡単なものであったが、その夜のフフホト市側の歓待ぶりには恐れ入ってしまった。馬頭琴の名手の演奏に始まり、民族衣装を着たお嬢さん達の集団演舞やプロ歌手の独唱等々盛りだくさんのものであった。答礼として訪問団で日本の歌を合唱したが、こんなことなら誰か〝宴会男(女)〟を連れて来るべきであったと後悔したものであった。

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 中国の宴会での困りもの(?)が「乾杯」である。全員で行うものばかりでなく、個別に何回も杯を上げるのである。左手に杯を持ち、右手の薬指の先を酒に浸して「天の神様」「地の神様」「御先祖様」へと、それぞれ上、中、下へ指先の酒をはじいてから杯の酒を飲み干すのである。これにまともに付き合っていたら、たちまちダウンである。40度を超える中国の地酒の乾杯作法には私のような下戸はとてもついて行けない。幸いこの点は我が訪問団の原田議長はじめ、酒豪の皆さんに助けて頂くことができた。

大草原ツアー
 3日目は早朝にホテルをチェックアウトし「大草原ツアー」に出かけることとなった。フフホトから車で3時間程の地にランブル草原はあった。
 地平線まで緑のじゅうたんが敷きつめられたような景観の一角に、パオを模した観光客用のバンガローが立ち並んでいた。

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 遠目にはパオのように見えるが、近づいてみると1棟ごとに個別に建てられたコンクリート製の小ホテルとなっている。見た目はきれいで窓も大きく近代的な整備も備えているが、電化製品の故障やドアのロックの不具合が特別なことではないというのがいかにも大陸国家中国的であると言える。
 バンガロー型ホテル群には牧場が併設されており、牛、馬、羊に加えてヤギやアルパカなども飼育されていた。

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 10メートル四方に囲われたヤギのゲージに私が近づいたところ、他の動物達とは異なりヤギが逃げ出した。なぜかと思ったが逃げ出す訳である。観光客が来る度に自分達の仲間が1~2匹ずつ消えてゆくのである。正に〝イケニエのヤギ〟である。我々が隣のパオの中でミルクティーを振る舞われ、民族衣装を着てハシャイでいる裏手では逆さ吊りにされたヤギが解体されているのである。
 どうも肉を常食とする民族と、焼き肉やステーキを食すようになったとはいえ、その根(ルーツ)が草食系である我々とは感性において違いがあるようである。

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 その後、草競馬を観戦し乗馬を楽しむことができた。
 そして再び、モンゴルの伝統的な大宴会である。こちらも隣接したホールの中でモンゴルの王族・高官の衣装を着て宴席に臨む、というショーアップされた近年始まったばかりのサービスであるという。
 屋外・屋内ともにモンゴル系の若者達による民族舞踊が続けられた。それにしてもモンゴルの踊りは中国や東アジアの踊りと比べてもハイテンポで軽快な、現代的なものであった。かつてユーラシア大陸を席捲したモンゴルの騎馬軍団のあり様と相通ずるもがあるような気がする。

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 とかく王族の軍装は、その権威を示す意味もあって装飾的で頑強であり、しかも重く、騎馬による戦いに合った軽く動きやすいモンゴルの軍装とは対照的であったと言われている。そのため騎乗して弓を使った速攻を行い、高速移動しながら戦うモンゴルの戦法に太刀打ちできなかったのである。しかも彼らは引くと見せかけて、追う敵に対し馬上、弓の背面撃ちをするといったテクニックを持ち、相手側の被害はより大きくなった。高速性を維持するために戦士達はそれぞれ複数の馬を用意し、戦いに臨んでいたという。
 暇な学者がいるらしく、チンギス・ハンの正式な妻、愛人、征服地においてできた子供やその子孫について調べたところ、彼のDNAを引き継ぐ人間が全世界におよそ1600万人ほどいるという。全モンゴル兵についてまで研究が進めば、人類の何割かはモンゴルの血が入っているであろうことが予想される。

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 ホール内で主席に案内された私と妻はモンゴル王と妃の衣装を着させられることとなったが、これがまた重く暑苦しいシロモノであり、座っているだけでも難行苦行であった。おまけにその格好で場内を一周して、ホールの中央に皿に乗せられて出てきたヤギの首を切るように言われたことには閉口してしまった。
 代表として貴重な体験ができ、大変思い出に残るものであったが、次回は副市長に来てもらうことにしようと思っている。 (つづく

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