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2017年1月14日 (土)

銅像と偶像の違い

 今回家康公像に対して本市が試みている寄附金を主体とした新しいシンボル造りの事業は、キリスト教文化に根ざした欧米社会ではしばしば行われていることである。
 現在もそうしたものが、欧米を旅した時、各地で大切にされていることを目にするものであり、地域の人々の郷土愛のシンボルとして役立っている様子がよく分かるものである。

 かつて20代の頃、アメリカ留学からの帰国途上、単身で東欧からソヴィエト連邦を旅したことがあった。日露戦争の折、旅順港閉塞作戦で戦死した軍神・広瀬武夫少佐はロシア留学後にシベリアを単身犬ぞりで踏破して帰国しているが、そのことを記録した『ロシヤにおける広瀬武夫』という上下2巻の本を学生時代に読み、以来私もいつかユーラシア大陸を横断したいと夢見ていたからである。
 当時これらの国々のどこに行っても目についたのが、あのお決まりの気むずかしい顔をしたマルクスとレーニンの像であった。スターリン批判の後であったせいか、あのアドルフ・ヒトラーと並ぶ、カイゼルひげの虐殺者の像は目にすることは無かった。偶像がプロパガンダ(政治的宣伝)の一環を成すというのが当時のこれらの国々の常態であった。

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 シベリア鉄道を使って移動中、沿線の名も無き小さな町においても、日本の田舎のお地蔵さんのように、このハゲとヒゲのおじさん達の像はあった。お地蔵さんはたいがい町や村の片隅にひそやかにたたずんでみえるものであるが、これら権威主義の象徴のようなハゲとヒゲのおじさんの像は、どこの町でも一等地の真ん中に「これでもか」とばかりにふんぞり返っていたものである。
 中には金色や銀色に塗り上げられたモノもあった。当時それを目にした私は「金、銀とは太閤秀吉でもあるまいに、まさに成り上がり者根性の極みだな」と思ったものであった。
 昨今も同様の趣味の方が近隣の国にいるようであるが、「ムダな建造物」と言う言葉を使うならば、これらの像ほど無駄なシロモノもないだろう。しかもこれらの国々の場合、思想の押しつけがあるだけに余計に悪質で始末に悪いものであると思う。このような像こそ、人民の生活を後回しにして造られたモノなのである。きっと自分達の思想のもとに行われることは何でも正当化できると思っているのであろう。

 その後1990年代を迎え、ソ連邦の崩壊と東欧共産政権の瓦解に伴って、各国においてこうした偽りの偶像が民衆の手によって次々と引き倒され破壊されていったことは今も我々の脳裏にしっかりと残っているし、映像の記録が世界中に保存されている。まさに「圧政者の末路、あわれなり」であった。
 私は、負の遺産というものもそれなりに教訓的価値があり、できのいいモノは残しておいてもよかったのではないかと思っているのであるが、どうやらあらかた破壊されてしまったようである。プーチン大統領の時代になり、復古的風潮が出ているとのことであり(プーチンはKGB(ソ連秘密警察)の元工作員)、機会があれば再びロシアを訪れ、この目で確認したいものである。

 シベリア鉄道の車内食も今は改善されたそうであるが、当時は実にひどかった。そんな旅のさなか、各駅に停車する度に近くのロシア人の太ったおばさん達がバケツに塩ゆでしたジャガイモを山盛りにして売りに来ていた。1ルーブルでビニール袋いっぱいのジャガイモをくれたが、あれはおいしかった。

 それにしても冷戦下に共産圏の一人旅というのは、興味深くはあっても決して快適なものではなかった。各手続きにやたら時間がかかるし、団体旅行ならスンナリ通す所も、私だけやたらと多くの質問を受けた。さらに、いつも誰かに見られているような気がしていたものである。(単に当時のソ連人と風体が変わっていたせいかもしれないが・・・。)
 中央アジアのブハラでは、夜に民俗音楽の音(ね)に惹かれて道を歩いていたところ、民警に不審者と思われ勾留されたこともあった。アメリカを発つときに知人から、「先年、経済企画庁のOBがソ連を一人で旅していてスパイ容疑で逮捕され、1年間帰国できなかった」という話を聞かされていたため、自分もそうなるかと冷や冷やしたものであった。幸い、手ぶらでカメラも持っていなかったため、ホテルに連絡がとれて無事釈放となったのである。
 極東のナホトカ港には、日本人旅行者向けに無料サービスの共産主義に関する本が何種類も置かれていた。私はオミヤゲ代わりにと一通り、20冊ほどもらって帰国の船に乗り込んだ。そのためか、ナホトカから横浜港に到着した時に左翼過激派の一味とでも思われたのか、「どうして一人でソヴィエトに行ったのかネ?」と今度は日本の入国管理事務所で、私だけ40分近く念入りに取り調べを受けたことを今もなつかしく思い出すものである。

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