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2016年12月17日 (土)

雨でも子供が走り回れる場所は必要か?

 市長職に就いてから「なぜ太陽の城を壊したのか?」という苦情を何度も言われている。しかし太陽の城は、最初の市長選の年の3月にはすでに閉館していたのである。最初の市長選の折に私が「太陽の城は改修して残したい」と言っていたせいではなかろうが、市長となった時には、前市長の下、太陽の城の解体はほぼ完了していた。
 太陽の城は音楽教育を行う方々にとって貴重な発表の場であり、しかも楽器の保管もできる、願ったりの場であったそうだ。しかも小さな子供を遊ばせることのできる場もあり親御さん達にとっても便利な施設であったという。

太陽の城

 耐震性も完備しており、まだ十分使える建物でもあり、地域のランドマークとなっていた建物でもあり、実に惜しいことをしたと思っている。ただ一つ面白いことは、建設時に大反対をしていた政党が今度は取り壊しの反対をしていたことである。
 いずれにせよ、前市政の決定事項であるため御容赦願いたい。

 ところで、これまで幼稚園の会などでお母さん方とお話する中、幾度か「雨の日に子供達を走らせることのできる施設を造ってほしい」という要望を頂いたため、「どこか使える場所はないか?」とか「どこにどんな施設を造ればいいだろうか?」ということを考えていた。
 旧東部給食センターも検討してみたが、耐震性の不足でダメとなった。老人クラブからも屋根付きのグラウンドの要望があり、商工会議所からは屋根付きの土木機械の展示のできる施設の要望を頂いており、そうしたことの兼務できる複合施設の可能性を検討中である。

Rainydays1

 しかし、今改めてこの問題を考えてみた時、屋根付きグラウンド、屋内展示場はともかく、「雨の日にわざわざ子供を走り回らせる必要が本当にあるのだろうか?」ということに気がついた。
 時代の違いはあるが、私達が子供の頃は天気の良い日は誰に言われることもなく、公園や広場、田畑の空き地を使って勝手に遊び回っていた。今は晴天の日であっても、部屋にこもってゲームばかりしている子供が増えている。それはそれで本人の自由であり、今風なのである。
 私達も雨の日には家の中でやれる遊びをしたし、晴れても室内で本を読んだりプラモデルを作ったりして遊んでいた。
 そのように考えると「雨の日にも天気の良い日と同じことをする施設がどうしても必要なのだろうか?」という気がしてくるのである。確かにそんなものがあれば便利かもしれない。しかし案外、あまり使わない〝テレビの特別機能〟と同じかもしれないとも思う。

 古来、我が国には〝晴耕雨読〟という言葉があり、人は季節の変化や自然の流れの中でふつうに対応して生きてゆく知恵を持っていた。何もわざわざ雨の日に、天気の良い日と同じ行動をとる必要はないのではないだろうか?
 右肩上がりに経済が発展し、税収が伸びている時ならいざ知らず、これからさらに少子高齢化が進み、生産世代が減少してゆく中で、ただただ便利・快適を追い求める発想というものには双手(もろて)を挙げて賛成はできないような気がしている。

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