« おかざき100年祭・交通規制のお知らせ | トップページ | 若手職員に向けた事業説明会 »

2016年7月 3日 (日)

岡崎市制施行100周年記念式・市長式辞

岡崎市制施行100周年記念式

 先日お伝えしましたとおり、平成28年(2016年)7月1日、中央総合公園の武道館にて市制施行100周年記念式を無事開催することができました。御多忙の折、御参会頂いた皆様には心から感謝申し上げます。
 ブログに私が述べた式辞を掲載いたします。なお岡崎市のホームページにも同じものを掲載しております。

 市制施行100周年記念式・市長式辞 (平成28年7月1日)


 本日ここに、岡崎市制施行100周年の記念式を挙行いたしましたところ、ご来賓の皆様をはじめ、各界各層の皆様方におかれましては、公私ともご多忙のなか、また、御遠方からも、多数ご臨席を賜りまして、心から厚くお礼申しあげます。

 岡崎市は、大正5年7月1日に市制を施行し、その後先人のたゆまぬ努力によって、着実に発展を遂げ、本日、百周年という輝かしい日を迎えることとなりました。記念すべきこの日を、ここにお集まりの皆様方とともに祝い、市長として式辞を述べさせていただくことは、この上ない慶びであります。

 市制施行当時の岡崎市の姿でありますが、旧東海道沿いの市街地である額田郡岡崎町を母体とした、人口3万8千人足らずのこじんまりとした城下町でありました。古より、西三河における経済の中心であった岡崎は、堅実な発展と市制施行の気運のもとに、晴れて岡崎市として産声をあげたのであります。
 その後、昭和及び平成の市町村大合併を経て、市域は20倍近い広さとなり、人口は10倍以上の38万人を超える中核市へと発展をとげてまいりました。
 振り返れば、この百年の間には、戦争という不幸な時代もあり、本市においても、空襲により280名ほどのかたが亡くなられ、市街地が一夜で焦土と化したのでありました。しかし、本市は、不死鳥のごとく復興を果たし、その不屈の精神で復興に尽力した先人に対して、改めて深く敬意を表するものであります。

Okazaki100th201607016

 そして、戦後の経済成長は、市の規模を拡大させ、歴史文化の香る城下町の風格を保ちながら、近代的なまちづくりが進められ、着実に市政を進展させてまいりました。本市はまた、都市間交流を積極的に推進いたしました。石垣市及び福山市との「親善都市」提携、茅ケ崎市、佐久市そして関ケ原町との「ゆかりのまち」提携、金沢市との「観光交流都市」提携のほか、国外においても、スウェーデンのウッデバラ市及びアメリカのニューポートビーチ市、そして中国のフフホト市との「姉妹都市」提携を結んでまいりました。相互に訪問交流をすることにより、理解と親交を深め、本日、こうしてこの場にご臨席を賜ったことは、長年の厚情の証であると誠にありがたく思います。
 ちょうど今、ニューポートビーチからは、中学生の代表団が本市を訪れており、一昨日、市役所にもおみえになりました。秋にはこちらの代表が訪問することとなっております。
 また、市の誕生日が同じ7月1日というご縁の福山市さんにおかれましては、本日は、お互いに式典の参加は叶いませんが、祝福のエールを交わす、そんな祝祭感につつまれています。

岡崎市制施行100周年記念式

 さて、高度成長期の昭和から平成の時代を迎え、社会の成熟とともに、日本は少子高齢化を背景とした人口減少過程に入りました。幸いにして、ものづくり、とりわけ自動車産業を経済の柱とするこの三河地域は、他の地域より豊かな経済基盤にありますが、グローバル化した世の中で、将来が見通しにくい時代を迎えております。
 こういった時代背景の中であっても、経済が縮小することなく、活力や賑わいを持続させ、年齢や性別に関係なく、だれもが等しく輝ける社会、安全で安心な住みやすいまちづくりを実現しなければなりません。
 これからの百年間は、これまでの百年間のように、行政からの一方的なサービスや行財政の自然成長に頼るのではなく、環境への配慮、資源の有効活用、官民連携というような新しい価値観で市政運営を進めていく必要があります。

 私が市政運営を任されてからは、こういったまちづくりへの思いを一歩ずつ進めてまいりました。市の中心部を滔々と流れる矢作川と乙川、そして川を自然の要害とした岡崎城と豊かな水量を誇る乙川のコントラストは、現在においても、来訪者を心優しく出迎えてくれる本市の誇るべき自然景観であります。
 現在進めている「かわまちづくり」は、本市の景観の美しさを基軸にして、歴史的資産を現代的な価値によみがえらせながら、「岡崎の顔」づくりと地域愛の醸成を、市と民間で力を合わせて、推進していくものであります。
 このまちづくりにおいては、かねてからの構想を下敷きに、長年の課題である、「乙川の水辺空間の活用」や、「東岡崎駅の再開発」といったものに加え、近年の課題である「中心市街地の空き店舗の活用」、さらには「岡崎公園やお城、市内の歴史資産の活用」などといった様々な課題について、民間の力をお借りして、総合的に取り組んでいるところであります。

殿橋と明代橋のライトアップ(2016年7月1日)

 現在、殿橋や明代橋のライトアップを始め、乙川河川敷や河川堤防の整備、(仮称)乙川人道橋の着工などの都市基盤整備を進めております。今後は、こういった先行投資を呼び水として、水辺空間を活用したイベントなどを通じて、観光客の回遊を促し、民間事業者が、このエリアを自由に活用することで大いに儲けていただきたいと思っております。カフェやレストランが出店した水辺空間は、市民の日常的な憩いの場としてより賑やかになることと思われます。あと数年もすれば、この空間は大きく変わり、近い将来には、ヨーロッパの街並みに劣らない、本市独自の風格を持った「岡崎の顔」になると思っております。

 この「かわまちづくり」については、国からも先進的な取り組みであると評価を受けており、このたび、都市再生整備計画において優秀な計画や取り組みに対して与えられる「まちづくりシナリオ賞」の受賞という栄誉が飛び込んでまいりました。 このように、第三者的な目から見ても、まちづくりのテーマやアイデアが卓越しており、単なるハード整備に終わらない優良な計画として、さらなるお墨付きをいただき、全国から注目を浴びる中、他市もうらやむ、近年稀にみる好条件のもとで事業が進んでおります。私がこうした追い風の中で、本市の長年の夢を実現する立場となったことについては、天命によるものと受け止め、一層の使命感を胸に、事業の推進に取り組んでまいります。

 本日この記念式典を皮切りに、「市民と創る、新世紀岡崎」という基本理念のもと、岡崎の新たな世紀の始まりとして、皆様と協働してさまざまな事業を展開するとともに、新たな百年の礎となる事業を実施してまいります。
 まず、現在改修中の市民会館につきましては、この10月にリニューアルオープンの予定であります。今回の改修では、敷地の段差を極力減らし、空調や舞台、客席も一新いたしますので、新築に近い出来栄えとなります。完成後には、松竹大歌舞伎、市民参加による吉本新喜劇の公演、そして、岡崎市民クラシックコンサートやNHK「のど自慢」などを開催いたします。引き続き、本市の文化芸術の拠点として、市民の皆様に親しまれる施設となることを願っております。

 本年の文化芸術活動の目玉といえば、本日ご臨席を賜りました大村愛知県知事のご配慮により、あいちトリエンナーレ2016が岡崎市においても華やかに展開されることになりました。前回も会場であった岡ビルやシビコのほか、岡崎公園や六供の石原邸を地区会場として、8月11日から開幕いたしますので、是非とも足をお運びください。

 また、私の公約でありました南部地域への総合病院の誘致につきましては、学校法人藤田学園との協定により、平成32年の大学病院開院を目指し、幸田町さんとも協力して、より具体的に準備を進めているところであります。現在、藤田学園から整備方針の一端をお聞きしている段階ですが、近いうちに、市民の皆様にも、目に見える形でご披露できるものと考えております。

 そして、JR岡崎駅周辺においては、民間と連携し、コンベンションホール、高級仕様のホテルをはじめ、レストランやカフェ、噴水付の公園を併設した複合施設の整備が進んでおり、本市南部の大きな発展が期待されます。

 さて、戦後の復興期に全国各地で一斉に植えられましたソメイヨシノですが、寿命は60年程と言われており、加齢に伴う衰弱により倒木などの危険性も増してきております。そこで「岡崎さくら100年プロジェクト」では、市内各地に開花時期の異なる様々な桜を植えることで、長い期間、桜が楽しめるようにするとともに、これから迎える高齢化社会を意識して、遠くの名所まで出かけなくても近所の公園で桜を楽しめるようにいたします。なお、この桜の花ですが、本日より、市の花として定め、従来の藤とともに桜についても対外的にPRしてまいります。

 次に、東岡崎駅前の岡崎の新たなシンボルとすべく、準備を進めている徳川家康公像についてであります。
 「岡崎は家康公のふる里と言うが駅前にまともな像一つないではないか」と言われて、悔しい思いをしたことについては、これまでに幾度もお話させていただいているところです。そこで、このたび、銅像制作の我が国の第一人者である神戸峰男先生にご依頼し、松平元康から徳川家康と改名した25歳当時をイメージした、馬上で弓を持つ、若き日の家康公像をデザインしていただきました。
像の完成は、平成30年度の予定でありますが、明治維新以降に広められたタヌキオヤジ的な家康公のイメージを払しょくし、「厭離穢土 欣求浄土」の旗印のもと、心から平和を願い、江戸300年の泰平と繁栄を導いた人物として、市民に末永く愛される岡崎の新たなるシンボルとなることを期待しております。
 今回の家康公像は、市民の皆様のご寄附により制作をしてまいります。皆様方には、是非とも力強いご協力をお願い申し上げます。市民、皆で作った「愛郷心の象徴」として、小さな子どもさんが「あの像を造るのに僕のお小遣いも使ったんだよ」と、自慢できるよう、市内の公所に募金箱を設置しておりますので、お集まりの小中学校の皆さんも、どうぞよろしくお願いいたします。

 さて、本年4月、大きく報道されたのでご存じの方も多いと思いますが、乙川の河川敷に埋もれていた江戸時代の石垣が、400メートルにわたって残っていることが分りました。これは菅生川端石垣と呼ばれるもので、現存する石垣としては国内最長のものであり、その歴史的な価値は大変高いものであるとのことです。このように我がふるさとには、まだまだ多くの歴史文化資産や豊かな自然が残されております。

 去る5月19日には、かねてより準備していた「歴史まちづくり」についても、その計画が国からの認定をうけることができました。この「歴史まちづくり」と「かわまちづくり」の二つの事業認定を受けたのは愛知県では岡崎市だけであり、全国でも希なことであります。今後は大樹寺や伊賀八幡宮をはじめとした全市に数多くある国の重要文化財や、歴史文化資産、豊かな自然、そして、食べる楽しみなど、あらゆる資源を活用することにより、独自のストーリー性のある観光施策を展開し、観光産業をモノづくりに続くもう一つの新たな経済の柱として育て上げたいと考えております。

 喜ばしいことに、昨年の国勢調査の速報によりますと、この人口減少社会においても、本市は人口増加が続いておりまして、今後も着実に増加していき、40万人を超えるとの試算もされております。また、都市の基軸となる、鉄道や道路などの交通網にも恵まれていることから、これらのインフラを総合的に整備して、より多くの人が便利に利用できる交通基盤づくりが必要であると考えております。

 そのほか、豊かな自然環境を持つ本市において、その6割を占める中山間地域の利活用についても積極的に取り組むなど、本市に備わっている有利な側面を確実に活かして、今後も西三河の中心的な存在として発展を遂げていかなければならないという使命を感じております。
 これからも、福祉、医療、防災、教育といった基本施策にしっかり取り組みながら、新世紀への布石を着実に投じて、「夢ある新しい岡崎へ」さらなる飛躍につなげてまいりますので、皆様方におかれましては、変わらぬお力添えをいただきますよう、お願い申し上げる次第であります。

Okazaki100th201607014

 さて、本日は、それぞれの分野で本市の発展に多大な貢献をされました功労者及び功績者の皆様の表彰をさせていただきます。
 また、この100年を契機として、スポーツ、芸能、文化等、各分野で輝かしい業績を上げた方を「市民栄誉賞」として表彰させていただくほか、岡崎市の黎明期から、本市の発展とともに100年間を歩まれました市民の皆様をお祝いしたいと思っております。
 第2部のアトラクションでは、本市の若者たちの音楽やダンスをお楽しみいただき、会場全体で輝かしい岡崎の未来に想いを馳せ、100周年の記念の日を祝いたいと思います。
 終わりに臨み、岡崎市の益々の弥栄と市民各位並びに本日ご参会の皆様の、ご健勝ご多幸を心より祈念申し上げ、式辞といたします。

平成28年7月1日
岡崎市長  内田 康宏

岡崎市制施行100周年記念式

|

« おかざき100年祭・交通規制のお知らせ | トップページ | 若手職員に向けた事業説明会 »

市制100周年記念事業」カテゴリの記事