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2015年12月 5日 (土)

秋の「岡崎城まつり」終わる

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 徳川家康公顕彰四百年祭として、隣県の静岡市(大御所の地)、浜松市(出世の地)、そして我が岡崎市(生誕の地)の三市連携によってこの一年間、様々な記念行事を行ってきましたが、岡崎においては「岡崎城まつり」を終えると後は12月26日の生誕祭と共に行うエンディング・セレモニー(岡崎公園内イルミネーションと、LEDボール3万個を流す光の祭典)だけとなります。
 10月30日(金)から11月3日(火)まで岡崎公園多目的広場において行われた「家康公四百年祭 岡崎城まつり」では、直径13メートル、高さ7メートルのドーム型テント内に家康公の一生を10分程度にまとめた映像が映し出され、大変に好評を博しました。
 今際(いまわ)の時を迎えた家康公が枕元に控える本多正純に向かい、おのれの人生を振り返って語りかけるところから物語は始まります。360度にわたる桜吹雪の情景、満点に広がる宇宙の星々の景観の美しさと共に、歴史を踏まえたストーリー性も優れており、このまま終わらせてしまうのではなく、DVD化して小中学校の子供達にぜひ一度見てもらいたいと考えています。

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家康公夢シアター

家康公夢シアター

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 ドーム・テントの周囲では、江戸時代の町並みが再現された「大江戸にぎわい横丁」が造られ、江戸の食文化や三河の食の伝統に加え、イノシシやシカの肉を使ったジビエ料理(「天下泰平鍋」と名付けられた日替わりの鍋)など様々に工夫を凝らした食べ物が販売されていました。
 観光産業育成のための重要なステップの一つが、この「おいしい名物料理」であると私は考えていますが、今回の多様な試みは大きな意義があったと思っています。
 また特設ステージでは、講談、落語、漫談に加え、多くの市民参加のパフォーマンスが行われ、周囲の出店でも様々な物品販売がなされていました。
 その他に子供向けに木版画体験、紙甲冑(かっちゅう)を身にまとったスポーツ・チャンバラなども行われ、御協力頂いた皆様には改めて感謝申し上げます。

 初日の10月30日(金)には、りぶらホールにおいて「愛知県観光交流サミットinおかざき」が開かれ、〝観光あいち〟を目指す愛知県より、副知事、県内各地自治体代表、観光協会、旅行エージェントの方々達が参集して盛会に行われました。
 「モノづくり」と並んでもう一つの経済の柱となる観光産業の育成を目指す岡崎市としては、現在、その第一歩となる『乙川の豊かな自然景観と岡崎城をはじめとする多くの歴史的資産を活かしたまちづくり』を推進していることを私はお話し申し上げました。

 続く11月1日(日)には、三部構成による記念シンポジウム「徳川創業期を支えた家康公と家臣団」が、徳川宗家第18代・德川恒孝(つねなり)様をはじめ、徳川四天王(酒井、本多、榊原、井伊)、さらにかつて徳川家臣団を形成していた武士達の子孫の方々に御参加を頂くことができました。

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 当日は直木賞作家・安部龍太郎先生の基調講演を皮切りに、徳川創業期において家康公と家臣団がどのようにして260年に及ぶ泰平の世を築き上げたかを、生誕の地・岡崎ならではの逸話をまじえてお話を頂きました。その後の分科会では宗家はじめ家臣団の方々から、さらに興味深いお話が続き、歴史に対する見識をより深めるための一日となったことを喜んでおります。また、夕方からは「平成三河武士たちの宴」と題した懇親会が開かれました。
 会場のスペースに対し応募者が多かったため、参加できなかった皆様には心よりお詫び申し上げます。私は講演やトークショーを直接お聞きすることができませんでしたが、後ほど録画を拝見し、歴史に対する新たな視点、各家臣団の家系ならではの秘話を知り、歴史の深さと面白さを感じたものです。

 さて、シンポジウムの開会冒頭、私は現在制作中の徳川四天王の石像と、東岡崎駅前に計画中である若き日の家康公の騎馬像についてお話しました。
 ことに家康公像は市民の浄財、御寄付を元とした計画であり、文字通り市民の力による新たな岡崎市のシンボルとなるものであります。今後「観光産業都市・岡崎」の表看板として向こう百年以上存在するものとするべく、一人でも多くの皆様の御理解、御協力を重ねてお願い致します。
 さらに言うならば、こうした事業の目的は単なる観光による経済振興にとどまりません。明治以降、新政府の誕生以後、家康公はタヌキオヤジ的イメージばかりが増幅されている傾向があり、正しい功績が実体から離れているように思われます。士農工商など封建的な身分制度のマイナスの印象のみが先行している江戸時代に対する認識を改め、その歴史的価値というものを新たにこの岡崎から発信してゆきたいと考えております。
 明治維新の大改革はなぜあのような短期間で成し遂げられたのか。その原点は、江戸時代の教育(藩校、寺子屋)を基盤とした、当時欧米諸国でも無かった90%を超える識字率と参勤交代などを通じて全国に広まっていた国民全体の文化レベルの高さにあると私は考えております。
 そうした基盤があったからこそ、あのような短期間による近代化と国民国家の形成が成し遂げられたのだと思います。


(シンポジウム「徳川創業期を支えた家康公と家臣団」の写真は、岡崎信用金庫様のPR誌『おかしん』2015年12月号から拝借しました。)

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