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2015年11月 5日 (木)

新たなシンボル「徳川家康公像」

徳川家康公像デザインコンクール

 この8月、「歴史まちづくり」事業の重要なポイントの一つである徳川四天王像のデザインが決定した。現在、その制作が始まったところである。
 そしていよいよ、新たな岡崎のシンボルとなる徳川家康公像の作製に向けての準備にとりかかることになった。平成30年度末の完成を目標とし、岡崎の玄関口である東岡崎駅地区に設置する計画である。
 その第一段階とも言える「徳川家康公像デザインコンクール」に対しては、昨年の「乙川リバーフロント・アイデアコンクール」にも負けない1,000件近い市民の御応募を頂き、改めてこのテーマに対する市民の皆さんの関心の高さというものを再認識した次第である。

徳川家康公像デザインコンクール

 徳川家康公は今から472年前にこの岡崎の地に生まれ、祖父、父共に若くして非業の死を遂げ、自らも7歳より織田、今川それぞれの大名の人質になるという複雑な少年期を過ごしている。そして19歳の年に桶狭間の戦いにおいて今川義元が倒れたことにより、岡崎に戻り独立を果たすこととなった。信長との同盟ののち松平元康から松平家康と名を変え、25歳になった折に姓を徳川に改め、文字通り徳川家康の誕生となった。言わば岡崎において二度目の生を受けたとも言える。そして29歳で浜松に居城を移し、厭離穢土欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)の旗の下、天下泰平の歩みを始めたのである。
 岡崎はそうした始まりの地でありながら、これまで経済優先の戦後復興政策に邁進してきたため、自らの足下にある大きな宝、歴史、文化、自然というものに対する対策が後回しになってきたような気がする。そのせいか他県では、徳川家康公を静岡県出身の人物と思っている方も少なくない。「岡崎は家康公の生誕の地と言いながら、駅前には銅像一つないではないか!」という残念な言葉をこれまで何度も聞かされたものである。きっと市民の皆さんも御経験があろうと思う。
 今後はそんなことをなくしたい、「生誕の地である」と胸を張って言えるようにしたい――というのがこのプロジェクトを始めたそもそもの切っ掛けであった。

 そうした新たなるシンボルを市民の力で駅前に現出させたいということは以前から考え話してきたことであり、選挙の折にも表明し、市長就任後も市民対話集会も含め各所で語ってきたことである。そしてこの像は単なる観光用のものではなく、市民がこの像を見ることで300年近い泰平の世を築き上げた三河の先人達の偉業と精神を思い起こしてほしいという願いを込めたものである。

徳川家康公像デザインコンクール

 これまで活性化本部や役所の担当者の意見を参考にして基本構想を練り上げてきたものであるが、具体的な家康公像の検討にあたっては本年6月2日、デザインや大きさ、設置場所等について多様かつ専門的な考えを得るために「徳川家康公像デザイン検討会議」を設置した。検討会議のメンバーは「表1」の通り、各分野の専門家、学識経験者、地元代表等である。

「表1」
氏 名 団体・機関名 役職等
大野 幾生 愛知産業大学 招聘教授
市橋 章男 おかざき塾 歴史教室主宰
清水 幹男
(議長)
岡崎美術協会
岡崎文化協会
岡崎美術協会顧問
岡崎文化協会会長
鈴木 雅美 岡崎明大寺商店街振興組合 代表理事
丹羽 章規 名古屋鉄道株式会社 東部支配人室サブリーダー
志賀 爲宏 岡崎市観光協会 会長
宮本 貞夫 岡崎市経済振興部 部長
堀江 登志実 岡崎市美術博物館 副館長
上田 知嗣 グレート家康公「葵」武将隊 徳川家康役
小田 悠紀 小松姫役

 会議の議論の中から「像の制作において、市民からの寄附もその財源とするのであるから、デザインについても広く一般公募すべき」という御意見を頂き、今回のデザインコンクールを行ったところである。

 結果として総数990点の応募を頂き、うち以下の5点の入選作品に「家康公像賞」を授与することとなった。(「審査員特別賞」受賞作品については、岡崎市ホームページ内に掲載しました。)

半田祐樹さん(愛知教育大学付属小学校1年)

■半田祐樹さん (愛知教育大学付属小学校1年)

石川七芭さん (矢作北小学校2年)

■石川七芭さん (矢作北小学校2年)

浅野健太さん (矢作北小学校5年)

■浅野健太さん (矢作北小学校5年)

田代陽大さん (矢作北小学校5年)

■田代陽大さん (矢作北小学校5年)

山下清さん

■山下清さん

 コンクールで得られた像のデザインイメージは制作者に伝えられ、参考にして頂くことになっている。
 併せて「徳川家康公デザイン検討会議」から以下の7つの提言が制作者に伝えられる。これらを参考の上、制作のイメージをふくらませて頂き家康公の像は造られることとなる。

1.騎馬像であること
2.若々しさが感じられる像であること(若き日の家康公)
3.これからの時代を築いていく意気込みを感じられるもの
4.馬は静かに歩いていること(飽きのこないオーソドックスなもの)
5.知恩院(京都)にある木像を25歳にした顔であること
6.等身大以上のものであること
7.銅像であること

 製作者の選定については、検討会議により日本芸術院会員である神戸峰男(かんべ みねお)氏が推薦された。銅像の製作者としては日本屈指の方であり、御本人の内諾も頂いている。プロフィールは「表2」の通りである。

「表2」
氏 名 神戸 峰男(かんべ みねお)
生年月日 1944年(昭和19年)8月10日生
住 所 岐阜県可児市(兼アトリエ)
経 歴 1963年 清水多嘉示、木下繁に師事
1967年 武蔵野美術大学造形学部卒業
1968年 第11回日展入選 以降連続入選
2008年 第64回日本芸術院賞受賞
2012年 日本芸術院会員
現 在 日本芸術院会員、公益社団法人日展常務理事、
公益社団法人日本彫刻会理事、名古屋芸術大学名誉教授

 神戸氏の作品は、近くでは碧南市の大浜熊野大神社に神馬像があり、同じく碧南市の藤井達吉現代美術館には藤井達吉翁像が展示されている。先般、私も現地に出向き実物と対面してきたが、表現力が豊かでリアリティにあふれる見事な作品であると思った。

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 今後のスケジュールとしては、神戸氏に市内の家康公ゆかりの地を取材して頂き、岡崎の歴史やまちの雰囲気をつかんで頂いた上で銅像のイメージ画を作成して頂くこととなっている。イメージ画の正式な公表は来年平成28年2月の予定である。
 そしてその後銅像の制作に入り、平成30年度末までに駅前整備事業の進展を見ながら東岡崎駅前の適地に家康公像を設置したいと考えている。像の大きさ、制作費用等については改めて公表する予定である。
 もうすでにライオンズクラブ、ロータリークラブなど各会からの協力申し入れも頂いているところであり、これまで個別で御寄附をして下さった企業もある。今後イメージ画の完成に併せてポスター・チラシを作り、さらに積極的に一般の皆様に募金のお願いをさせて頂こうと考えている。
 また、この家康公像の設置ばかりでなく、本市の行う重点事業に対して寄附を頂いた際に特産品の返礼を送付する「ふるさと納税制度」の活用も検討中である。その折には来年2月末頃に納入される予定の新型燃料電池自動車「ミライ」の試乗も加えたらどうかと考えている。

 いずれにしましても募金活動の折にはお世話になりますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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若き徳川家康公の騎馬像、建築へ (2016.02.27)

若き家康公像の制作に思う (2017.01.10)

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