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2015年11月

2015年11月28日 (土)

新東名開通前イベント

岡崎ハイウェイマラソン&岡崎・豊田ハイウェイウォーキング

 11月22日(日)早朝、薄曇りから晴天に向かいつつある空模様の下、新東名高速道路の開通前記念イベントである「岡崎ハイウェイマラソン&岡崎・豊田ハイウェイウォーキング」が行われました。
 これは来年本市が迎える「岡崎市制施行100周年」と今年の「新・豊田市誕生10周年」、そして来年2月の開通見通しとなった「新東名高速道路・愛知県区間(豊田東ジャンクションまで)」の開通を祝い、3つを同時にPRするために行われたものです。
 今回開通前の高速道路の本線上と営業前の岡崎サービスエリアの敷地を利用して行うイベントのうち、「ハイウェイマラソン」に関しては岡崎市が主催、「ハイウェイウォーキング」と「おもてなしイベント」については岡崎市と豊田市の共催となりました。

岡崎ハイウェイマラソン&岡崎・豊田ハイウェイウォーキング

岡崎ハイウェイマラソン&岡崎・豊田ハイウェイウォーキング

 当日は様々なステージイベントや両市の人気商品を集めたスイーツやグルメの出店もあり、マラソンやウォーキングに参加された皆さんにもイベントを十分楽しんで頂けたことと思いますが、今回、会場の都合で参加申込みに人数制限があり、またインターネットによる申込みが繋がりづらかったことで御迷惑をおかけしました。
 参加できなかった皆さんには改めてお詫びを申し上げます。

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 来年2月の正式開通の後には、この岡崎サービスエリア(ネオパーサ岡崎)は高速道路初進出となる地域の名店を備えたものとなり、東海三県でも最大規模のサービスエリアとなります。一般道路からの利用も可能となり(60台ほどの駐車場あり)、高速道路利用者だけではなく、岡崎・豊田両市民の皆さんにも御利用頂けるようになっております。近い将来、刈谷のハイウェイ・オアシスと並ぶこの地域の名所の一つとなることが期待されます。
 サービスエリアは上下線で同じ施設を共有する形となりますが、上りと下り側で外観に異なった個性を持たせてあります。上り側は東海道五十三次の宿場町をイメージさせたものであり、下り側はコノハズクをモチーフに岡崎の豊かな自然と森を表現しています

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 現在内装工事中の飲食店街には「矢場とん」や「パンのトラ」、「大正庵釜春」、「伊藤和四五郎商店」、カフェテリア「岡崎農場」、「スターバックスコーヒー」、「きっちんににぎ」、点心専門店「包宝(パオパオ)」、和食「かごの屋」、「MIKAWA FOREST」、「ジェラート・クレメリア・パラディーゾ」が出店し、さらにコンビニの「セブン-イレブン」、東海テレビとハローキティの「ポップコーン・ショップ」に加え、1,000種類のオミヤゲをとりそろえた「お土産処 三州岡崎宿」も計画されており、開業後しばらくは来訪客で大にぎわいとなることが予想されます。
 施設エリアにも色々な工夫が凝らされており、場内の案内表示にも地域性が感じられる石造りのものが多数使われております。なお車停めのモニュメントとなっている御影石(みかげいし)は工事中この地の現場から採取されたものを利用しております。
 いずれにせよ新東名の開通により東名高速の渋滞の大幅な解消が予測され、この地域の物流のさらなる向上が期待されるものです。

岡崎サービスエリア(ネオパーサ岡崎)

岡崎さくら100年プロジェクト・さくら寄贈式

 なおハイウェイマラソン当日は、会場内で「岡崎さくら100年プロジェクト・さくら寄贈式」も行われました。これは来年迎える市制施行100周年の記念事業の一つとして「市民参加による桜を活かしたまちづくり」「先人から受け継いだ桜の愛護」「新たな桜の名所づくり」を3本の柱として実施されるものです。
 今回イオングループを始めとした企業団体等の皆様の御協力によって、次の100年に岡崎の桜を引き継ぐため、桜のまちづくりを推進してゆくものです。岡崎サービスエリアにもイオングループから山桜500本、八重紅枝垂れ(やえべにしだれ)3本、舞姫7本が寄贈されました。
 これによりサービスエリア周辺でも510本の桜が新たに植樹されることになり、この地が新しい桜の名所となることが期待されます。

 今年度は、11月15日の大門地区、矢作地区の植樹式に加え、全市で22ヶ所、1154本の桜が植樹されることになります。今後とも市民の皆様や多くの企業団体の御理解と御協力の下、さらなる美しいまちづくりを行いますのでどうぞよろしくお願い致します。

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2015年11月22日 (日)

『リバ!』2015年12月号

『リバ!』2015年12月号

こんばんは。『リバ!』2015年12月号が発行されました。内田康宏事務所よりお知らせ申し上げます。
市長の連載コラムは「よそ者と三河者」です。

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2015年11月16日 (月)

乙川人道橋、着工へ

乙川人道橋工事・安全祈願際

 去る10月24日(土)、「乙川リバーフロント地区整備計画」の目玉施策の一つである乙川人道橋工事の安全祈願際が、工事関係者はじめ多くの御来賓の御出席を頂き、とり行われました。
 この人道橋は、これから5ヶ年の計画で進められるリバーフロント計画のスタートを切るものであり、平成29年度の完成を目指しております。これは元々は選挙の折には〝ツインブリッジ構想〟として考えていたものですが、県との調整の結果、築80年を超えている殿橋と明代橋の老朽化問題については、共に修復工事による長寿命化対応を行うこととなりました。この人道橋のアイデアは、「岡崎活性化本部」から次善の策として提言されたものであります。

 3年前の選挙において、私は「歴史的な文化遺産と河川空間を活かしたまちづくり」を訴えてきました。私の構想に役所の担当者の検討が加えられ、さらに民間活力を用いた岡崎活性化本部という専門家集団(都市計画専門家、建築家、商工会議所副会頭、有識者、郷土歴史家、地元代表)により、昨年2月、様々なまちづくりの活性化策を提言書としてまとめて頂きました。
 提言書が政策として具体化してきた段階で、議会審議を行い、同時に各地で市民対話集会を行い、望まれれば様々な業界や団体、地域会合、婦人会、小中学校にまで出向いて講演と説明を行い、個々の御意見を承ってきたところです。
 選挙の審判を受け、議会で審議を重ね、政策を実現してゆく――というのが議会制民主主義というものですが、さらに各地で様々な対話集会を行い(2年間で約200回)、施策を実行してゆくといった手法を行う首長は全国でもマレだと思っています。
 「歴史的な文化遺産と河川空間を活かしたまちづくり」というのは、決して私のオリジナルの考えではありません。歴代の市長もそれぞれに思いをめぐらせ、商工会議所関係者、有識者の皆様、一般市民の間でも話題となってきた長年の課題でもあります。各時代において様々な橋が思案され、中には乙川に大きなフタをしてその上を新たなまちづくりに活用しようとするプランまで考えられたことがありました。
 これまでは他の政治課題(新・市民病院、中央総合公園など)があったこと、国や県との政策調整や予算の問題などから、なかなか実施までたどりつくことができませんでした。しかし今回、時を得て動き出した私達の取り組みに対して多くの市民の協力と期待の声を受けており、改めてこの事業を天命と受けとめているところであります。

 「岡崎市の玄関口・東岡崎駅の駅前再開発」「乙川の河川空間整備」「中心市街地活性化」「岡崎城と岡崎公園の整備」といったこれまで個別に対応してきた問題を総合的にとらえ取り組んだところに、乙川リバーフロント計画の意義があると思っています。またこうした課題はトータルに考える姿勢があってこそ効果があるものと考えています。
 これまで3年かけて準備をしてきた事業が国と県の協力を得てようやく実現の緒に就くことができたことに対し、大きな感慨を覚えています。
 美しい景観を持ち、市民がくつろいで暮らせる町であり、河川空間の自然とお城を巡る歴史を訪問者が楽しみながら回遊できる岡崎のまちづくりにつなげてゆきたいものです。

乙川人道橋工事・安全祈願際

乙川人道橋工事・安全祈願際

 人道橋の概要は長さ121.5メートル、全幅が19メートル、有効幅員は16メートルであります。橋りょうの形式は鉄骨とコンクリートを組み合わせた合成床版桁橋(橋桁をうすくできる)、下部工は鉄筋コンクリート造りで4径間(川の中に橋脚が3本)となります。
 橋の上部と高欄などには岡崎産のヒノキを使った木装仕上げとし、完成のあかつきには乙川の景観がより素晴らしいものとなることと思います。また、地元材の活用は、合併により市域の6割が山間地となった岡崎の森林を保全することになります。さらにこれは、森林の保水力が高まることで防災やきれいな川づくりにもつながることとなります。

 そして来年度には、市制施行100周年に合わせて人道橋の名称を公募し、市民や観光客の皆さんに長く親しんで頂ける名前となることを期待します。
 ことにこの人道橋建設にあたっては、国・県からは、社会資本整備総合交付金の交付決定、技術的な協議事項の調整、かわまちづくり協議会による乙川リバーフロント地区の活用など多大な協力を得て進められてきました。
 10月中旬には岡崎公園南側の竹千代通りにおいて「乙川プロムナード整備工事」に着手しました。地元の皆様には工事期間中、何かと御迷惑をおかけすることもあるかもしれません。この事業は必ず将来の岡崎のまちづくりにもつながるものですので、よろしく御理解下さい。

乙川プロムナード整備工事

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乙川人道橋 イメージ図

 完成後には、桜の季節に橋上で日本舞踊、コンサート、大道芸人大会、婦人会のバザーなど様々な活用方法が提案されています。橋上はテントを張れる仕組みとなっており、さらに新しい使用方法を考えて頂きたいものです。
 人道橋は景観とイベントだけを考えて計画されたものではありません。その橋脚が鉄筋コンクリート製であるため、まさかの災害時には緊急車両が通行できるようになっています。
 さらにこれから整備される中央緑道(セントラル・アヴェニュー)から籠田公園につながる空間は、高齢化の進む中心地域の皆さんの緊急避難場所としても重要な空間となります。

 このように多目的な利用価値を有する事業の第一歩がこの人道橋の計画であります。そして何よりもこの岡崎に生まれ育った子供達が、自らのふるさとに対して、より大きな愛情と誇りを持てるまち、また久し振りにやって来て心やすらぐまち、そんな岡崎をつくりたいと思っております。


活性化本部の提言と市の対応について (2014.05.13)

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2015年11月 5日 (木)

新たなシンボル「徳川家康公像」

徳川家康公像デザインコンクール

 この8月、「歴史まちづくり」事業の重要なポイントの一つである徳川四天王像のデザインが決定した。現在、その制作が始まったところである。
 そしていよいよ、新たな岡崎のシンボルとなる徳川家康公像の作製に向けての準備にとりかかることになった。平成30年度末の完成を目標とし、岡崎の玄関口である東岡崎駅地区に設置する計画である。
 その第一段階とも言える「徳川家康公像デザインコンクール」に対しては、昨年の「乙川リバーフロント・アイデアコンクール」にも負けない1,000件近い市民の御応募を頂き、改めてこのテーマに対する市民の皆さんの関心の高さというものを再認識した次第である。

徳川家康公像デザインコンクール

 徳川家康公は今から472年前にこの岡崎の地に生まれ、祖父、父共に若くして非業の死を遂げ、自らも7歳より織田、今川それぞれの大名の人質になるという複雑な少年期を過ごしている。そして19歳の年に桶狭間の戦いにおいて今川義元が倒れたことにより、岡崎に戻り独立を果たすこととなった。信長との同盟ののち松平元康から松平家康と名を変え、25歳になった折に姓を徳川に改め、文字通り徳川家康の誕生となった。言わば岡崎において二度目の生を受けたとも言える。そして29歳で浜松に居城を移し、厭離穢土欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)の旗の下、天下泰平の歩みを始めたのである。
 岡崎はそうした始まりの地でありながら、これまで経済優先の戦後復興政策に邁進してきたため、自らの足下にある大きな宝、歴史、文化、自然というものに対する対策が後回しになってきたような気がする。そのせいか他県では、徳川家康公を静岡県出身の人物と思っている方も少なくない。「岡崎は家康公の生誕の地と言いながら、駅前には銅像一つないではないか!」という残念な言葉をこれまで何度も聞かされたものである。きっと市民の皆さんも御経験があろうと思う。
 今後はそんなことをなくしたい、「生誕の地である」と胸を張って言えるようにしたい――というのがこのプロジェクトを始めたそもそもの切っ掛けであった。

 そうした新たなるシンボルを市民の力で駅前に現出させたいということは以前から考え話してきたことであり、選挙の折にも表明し、市長就任後も市民対話集会も含め各所で語ってきたことである。そしてこの像は単なる観光用のものではなく、市民がこの像を見ることで300年近い泰平の世を築き上げた三河の先人達の偉業と精神を思い起こしてほしいという願いを込めたものである。

徳川家康公像デザインコンクール

 これまで活性化本部や役所の担当者の意見を参考にして基本構想を練り上げてきたものであるが、具体的な家康公像の検討にあたっては本年6月2日、デザインや大きさ、設置場所等について多様かつ専門的な考えを得るために「徳川家康公像デザイン検討会議」を設置した。検討会議のメンバーは「表1」の通り、各分野の専門家、学識経験者、地元代表等である。

「表1」
氏 名 団体・機関名 役職等
大野 幾生 愛知産業大学 招聘教授
市橋 章男 おかざき塾 歴史教室主宰
清水 幹男
(議長)
岡崎美術協会
岡崎文化協会
岡崎美術協会顧問
岡崎文化協会会長
鈴木 雅美 岡崎明大寺商店街振興組合 代表理事
丹羽 章規 名古屋鉄道株式会社 東部支配人室サブリーダー
志賀 爲宏 岡崎市観光協会 会長
宮本 貞夫 岡崎市経済振興部 部長
堀江 登志実 岡崎市美術博物館 副館長
上田 知嗣 グレート家康公「葵」武将隊 徳川家康役
小田 悠紀 小松姫役

 会議の議論の中から「像の制作において、市民からの寄附もその財源とするのであるから、デザインについても広く一般公募すべき」という御意見を頂き、今回のデザインコンクールを行ったところである。

 結果として総数990点の応募を頂き、うち以下の5点の入選作品に「家康公像賞」を授与することとなった。(「審査員特別賞」受賞作品については、岡崎市ホームページ内に掲載しました。)

半田祐樹さん(愛知教育大学付属小学校1年)

■半田祐樹さん (愛知教育大学付属小学校1年)

石川七芭さん (矢作北小学校2年)

■石川七芭さん (矢作北小学校2年)

浅野健太さん (矢作北小学校5年)

■浅野健太さん (矢作北小学校5年)

田代陽大さん (矢作北小学校5年)

■田代陽大さん (矢作北小学校5年)

山下清さん

■山下清さん

 コンクールで得られた像のデザインイメージは制作者に伝えられ、参考にして頂くことになっている。
 併せて「徳川家康公デザイン検討会議」から以下の7つの提言が制作者に伝えられる。これらを参考の上、制作のイメージをふくらませて頂き家康公の像は造られることとなる。

1.騎馬像であること
2.若々しさが感じられる像であること(若き日の家康公)
3.これからの時代を築いていく意気込みを感じられるもの
4.馬は静かに歩いていること(飽きのこないオーソドックスなもの)
5.知恩院(京都)にある木像を25歳にした顔であること
6.等身大以上のものであること
7.銅像であること

 製作者の選定については、検討会議により日本芸術院会員である神戸峰男(かんべ みねお)氏が推薦された。銅像の製作者としては日本屈指の方であり、御本人の内諾も頂いている。プロフィールは「表2」の通りである。

「表2」
氏 名 神戸 峰男(かんべ みねお)
生年月日 1944年(昭和19年)8月10日生
住 所 岐阜県可児市(兼アトリエ)
経 歴 1963年 清水多嘉示、木下繁に師事
1967年 武蔵野美術大学造形学部卒業
1968年 第11回日展入選 以降連続入選
2008年 第64回日本芸術院賞受賞
2012年 日本芸術院会員
現 在 日本芸術院会員、公益社団法人日展常務理事、
公益社団法人日本彫刻会理事、名古屋芸術大学名誉教授

 神戸氏の作品は、近くでは碧南市の大浜熊野大神社に神馬像があり、同じく碧南市の藤井達吉現代美術館には藤井達吉翁像が展示されている。先般、私も現地に出向き実物と対面してきたが、表現力が豊かでリアリティにあふれる見事な作品であると思った。

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 今後のスケジュールとしては、神戸氏に市内の家康公ゆかりの地を取材して頂き、岡崎の歴史やまちの雰囲気をつかんで頂いた上で銅像のイメージ画を作成して頂くこととなっている。イメージ画の正式な公表は来年平成28年2月の予定である。
 そしてその後銅像の制作に入り、平成30年度末までに駅前整備事業の進展を見ながら東岡崎駅前の適地に家康公像を設置したいと考えている。像の大きさ、制作費用等については改めて公表する予定である。
 もうすでにライオンズクラブ、ロータリークラブなど各会からの協力申し入れも頂いているところであり、これまで個別で御寄附をして下さった企業もある。今後イメージ画の完成に併せてポスター・チラシを作り、さらに積極的に一般の皆様に募金のお願いをさせて頂こうと考えている。
 また、この家康公像の設置ばかりでなく、本市の行う重点事業に対して寄附を頂いた際に特産品の返礼を送付する「ふるさと納税制度」の活用も検討中である。その折には来年2月末頃に納入される予定の新型燃料電池自動車「ミライ」の試乗も加えたらどうかと考えている。

 いずれにしましても募金活動の折にはお世話になりますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


若き徳川家康公の騎馬像、建築へ (2016.02.27)

若き家康公像の制作に思う (2017.01.10)

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2015年11月 1日 (日)

平成27年度 国道301号・473号合同要望会

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 国や県への要望活動には、個別の自治体で行うもの、地域の自治体が合同で行うもの、または川や道路の沿線の自治体だけで行うものと様々な形がある。
 10月23日(金)に県庁で行われた会は、毎年、岡崎市・豊田市・蒲郡市・新城市の4市が合同で行う、国道301号と473号の道路建設・整備に係る県に対する要望活動である。大きな事業、多額の予算を要する仕事は一度陳情したくらいでかなうものではない。そのため内容は大きく変わらないが、継続的に地元の熱意を表明する意味も含めて毎年要望活動を行っているのである。
 私の立場からすると、もう一年経ってしまったのかと思わされるものがある。
 まずそれぞれの道路の会(正式名称は「一般国道301号道路整備促進期成同盟会」と「国道473号整備促進協議会」)の会長の挨拶から始まり、各市市長の要望、地元県会議員の代表の発言と続き、それに対する愛知県建設部からの答弁という形で行われた。

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―国道473号に関する要望の要旨―

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国道473号は、三河地域の海岸部と山間部を南北に結ぶ道路であり、かつ南から名豊道路、国道1号、新東名高速道路、国道301号など東西の幹線道路と交差する主要幹線であります。三河地域の相互交流と産業活動を支える道路として、今年度の新東名高速道路開通後はさらに交通量が増えることが予想されます。
 また、重要港湾であり完成自動車の輸出入の拠点である三河港や、平成32年には一部施設の操業が予定されている「豊田・岡崎地区研究開発施設」へのアクセス道路として重要な存在です。さらに災害時には、三河圏域の住民生活、安全安心を支える緊急輸送連絡ルートとして活用されることが考えられます。
 本市東部の新たな玄関口となる新東名高速道路「岡崎東インターチェンジ」へのアクセス道路である岡崎~額田バイパスについては、今年3月15日に一部区間を供用開始して頂いたところであります。残る区間についても、新東名開通にあわせて続いて整備をお願いします。
 一方、岡崎市と蒲郡市をつなぐ通称「新箱根ルート」では、平成23年、24年と連続して土砂崩壊による通行止めが発生しております。

鉢地坂トンネル(国道473号)

 私が県会議員時代から度々拡幅の要望を申し上げてきた鉢地坂(はっちざか)トンネルにつきましても、幅員がわずか5メートルで昭和8年の建設から相当年数が経過しています。新東名の開通後には蒲郡方面への物流ルートとして交通量の増加も見込まれることから、現在進行中のバイパス整備終了後には、引き続いて蒲郡方面への新たなバイパス計画の策定を進めることを要望致します。
 そして、岡崎市の南大須町から桜形町、小久田町から切山町、豊田市黒坂町から神殿町の区間においても幅員が狭く、歩道も設置されておらず、見通しの悪いカーブや崩れるおそれのある路肩も目につきます。当区間の道路改良の促進をお願い致します。

―国道301号に関する要望の要旨―

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国道301号は、広域的な幹線道路であると共に、地域生活に密着した道路でもあります。本市における区間は、豊田市との市境を沿うように道が走っており、「豊田・岡崎地区研究開発施設」への東からの重要なアクセスルートとなっています。
 最近は大型車両の通行が増えておりますが、切山町の一部では幅員が狭く歩道もない状況にあります。301号はこの地域の生活道路でもあり、一部は通学バスの運行経路になっていることから安全確保が急務となっています。切山町内につきましては早期の道路拡幅を要望致します。
 県当局におかれましては、厳しい財政状況の中ではありますが、当地域の経済活動の維持・発展と市民生活の向上のため広域的ネットワークが確保できますよう、また併せて災害時の広域的応急対策活動のためにも一層の御理解を頂けますようお願い致します。
 また、御臨席いただきました県議会議員の先生方におかれましても、事業促進に対しまして御支援を賜りますよう重ねお願い申し上げます。』


平成25年度 国道301号・473号合同要望会 (2014.02.18)

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