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2015年10月

2015年10月27日 (火)

マイナンバー・42番

お薬

 先日、病院で手渡された薬の引換番号が42番(死に番?)であった。元来こうしたことに無頓着な私であるが、これでもかとばかりに42の数字が四つの薬袋に大書されて並んでいるのを見るのは、あまり気持ちの良いものではない。御ていねいに袋の中の説明書にも42の数字が並んでいた。
 単なる番号、区別の数字とは分かっていつつも、やはり42番の袋を使う気にはなれず、前回もらった53番(これもゴミ)の袋を継続して使うことにした。
 私のようにモノゴトを割り切って考える人間でもこうした行動をとってしまうのだから、ましてや高齢者や重篤な病気の方の場合、さらに数字や番号というものに神経質に反応されるかもしれない。
 以前、「病院で渡された受診番号が9番、13番、42番だった」という文句のお電話を頂いたことがあった。その時は「ただの整理番号なんですから・・・」とお話したものであった。
 第一、ただですら大忙しの大きな病院に対し、こうしたことまで配慮を要求するというのは無体なことであろうとも思う。スポーツ選手はわりと平気で、どんな番号でも胸や背にゼッケンを付けているようであるが、人間の心理とは実に面白いものである。

 こうした一過性の数字に対しても過剰反応される方がいる中で、これから導入されるマイナンバー制度と、まもなく始まるカードの交付によって気に入らない番号を振り分けられた人はどうするのであろうか? 一生不変のマイナンバーであるだけに少々気になるものである。
 担当部署に確認したところ、国の手続きが遅れており、愛知県での配布は11月にズレこむ見込みであるという。
 ところで分かったようでよく分からないマイナンバーであるが、具体的には12ケタの数字であり、これが一生、一人の人間を証明する番号となるのである。基本的にこの番号は変えることができない。ただし不正使用されたり情報が漏れたりする可能性がある場合は、例外的措置として変更が許されることがあるという。単に「番号が気に入らない」というのはダメだそうである。

マイナンバー・通知カード(見本)

 「通知カード」には、各個人の氏名、住所、生年月日、性別のほか、12桁の数字が記載されている。今後、様々な社会的手続きの折にはこの番号が必要となる。児童手当や失業手当、年金受給の手続きや一定額以上の保険金の受け取りにも必要となる。なお希望すれば顔写真付きのプラスチック製の「個人番号カード」にすることもできる。通知カードに付いている申請書で申し込むと、市役所で無料で個人番号カードを受け取ることができる(インターネットによる申請も可能)。いわば新しい身分証明書であり、このカードを持っていると様々な手続きが早く、スムーズにできるようになる。
 マイナンバーの決定の仕組みは、すでに使われている住民票コードを基にして、コンピューターを使ってアトランダムに変換して設定される。数字の並びには何の規則性もないという。そのため、親子、兄弟の間でも関連性のないバラバラな数字で成り立っているそうである。それがマイナンバーの安全性の根拠となっている。

 「4242 4242 4242という番号になることはないのか?」という質問をしたところ、「そういう単純な数字の羅列が作られることはない」ということであった。そういうことであるからして、気に入った番号を持つというようなことは考えず、「しょせん単なる分類番号」と考えて、あまり数字の意味については考えない方が良いだろう。
 そう言えば「マイナンバー」という名前からして、「ナンマイダー」と聞こえるという人もあり、トラブルさえ無ければあまり深刻に考えない方が良いのかもしれない。

マスコットキャラクター特別住民票交付式(2014年10月7日)

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2015年10月22日 (木)

自由民主党・西三河地区「地域連絡会議」

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 10月10日(日)、午後2時より、恒例の自由民主党愛知県支部連合会による西三河地区「地域連絡会議」が行われた。
 これは西三河9市1町の各首長による、国・県への施策の要望と提言を行うものである。西三河地域の自民党のすべての国会議員、県会議員が出席して行われる重要な政策懇談会でもある。

 当日少し早めに到着したので久し振りにお会いする県議時代の同僚議員と語らっていたところ、県連役員の議員さんから「内田さん、まだ市長をやっておったかね。ウワサじゃ吉本と契約したと聞いたが」とジョークをかまされてしまった。いずれにせよ、連絡した訳でもないのに他市の人々にもPRが伝わるテレビの効果の大きさを再認識するものであった。
 私は3番目に発言の機会を頂き、下記の9項目の地元事業の要望活動を行った。

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1.「乙川リバーフロント地区整備推進事業」
 この事業は、市内を流れる乙川の優れた水辺空間と独自の歴史遺産を活用した新しい町づくりを推進するものです。「観光愛知」を目指す県と同様の意思で行われるものであり、観光産業都市を目指して平成31年度まで5ヶ年で基本整備を行います。
 今年3月に国交省の「かわまちづくり支援制度」の登録を受け(愛知県で初)、また、今年度の国の社会資本整備総合交付金につきまして満額回答頂けたことをお礼申し上げると共に重ねてのお力添えをお願いします。

2.「東岡崎駅周辺地区整備推進事業」
 「誰もが使いやすい、にぎわいの交流拠点」を目指してこれまで行ってきた事業ですが、今後は乙川リバーフロント地区整備と一体化して、駅前広場の整備と共に市街地への回遊ネットワークづくりのためペデストリアンデッキの整備も行います。
 駅と乙川の中間の「北東街区」については、国の「コンパクトシティ・プラス・ネットワーク」の立地適正化計画に基づき整備してゆきたいと考えております。

3.「シビックコア地区整備事業」

 本事業は、本市南部の玄関口であるJR岡崎駅周辺における都市機能整備と地区の特性を活かした回遊性と賑わいを創出するために、中心拠点誘導施設やペデストリアンデッキ、公園を一体化して整備するものです。

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4.「スマートインターチェンジ整備事業促進」
 38万都市である岡崎の高速道路アクセスは、新東名の開通により、新東名と現東名のインターチェンジがそれぞれ一ヶ所ずつあることとなります。しかしいずれもが市の東部にあり、西部に市街地が密集する本市としては、スマートインターチェンジによる新たなアクセスルートが不可欠であります。この事業により渋滞緩和、交流促進、観光、商業、企業誘致の促進も含め、三河全域に対する影響も大なるものがあります。

5.「土地区画整理事業促進」
 本市では岡崎駅東、岡崎駅南、岡崎蓑川南部、岡崎真伝の4つの土地区画整理事業を実施しており、いずれも各地の今後のまちづくりの要の事業となっております。引き続き財政支援をお願いします。

6.「都市計画道路岡崎刈谷線拡幅計画の促進」「都市計画道路福岡線建設事業の促進」

 いずれも平成32年に開院予定となっている藤田学園の大学病院へのアクセス道路として市内のみならず、周辺地区との連絡道路として重要なものであります。さらに病院周辺には生活利便施設として進出する企業(スーパーマーケット、ホームセンター)も決定し、早期整備が必要となっております。

7.「農村地域防災減災事業」

 岡崎市には全部で140のため池があります。耐震診断によって89ヶ所に危険性が認められ、なかでも28ヶ所については、早期の危険対応策が必要と考えられます。

8.「河川改修事業促進(4河川)」
 市の中心を流れる乙川と伊賀川については、平成20年8月末豪雨災害による緊急対策事業が優先して行われたため、ともに通常の河川改修が遅れております。乙川においては美合町の六斗目川合流点までの河道改修と遊水池の整備が、伊賀川においては小呂川との合流地点までの改修事業が急務となっています。
 砂川については、床上事業で改修を進めているが、この地区の浸水対策として狭あい箇所のJR東海道本線と県道岡崎幸田線の交差部の改修が必要となります。南部にできる大学病院への東側アクセス道路と隣接するため、一体整備が不可欠です。
 鹿乗川についても、JR東海道本線交差部の改修と名鉄本線までの早期改修が必要であります。

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9.「県所有施設の地元移管に係る補助事業」
 今年度4月に、県営岡崎総合運動場を岡崎市に移管することで県との間で基本合意ができました。本来この件は今から8年ほど前、私が県会議長であった時に岡崎を先に第3種陸上競技場として整備するはずであったものを、「尾張には一宮にしか施設がない」ということで尾張地区に順番をゆずった経緯もあり、ぜひ指定管理機関の一年延長と、整備事業への補助をお願いします。

 以上の9事業はいずれも岡崎市の今後にとって重要かつ不可欠なものであり、国、県ともによろしくお力添えの程お願い申し上げます。(以上要旨です。)

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2015年10月19日 (月)

『リバ!』2015年11月号

『リバ!』2015年11月号

内田康宏事務所よりご案内申し上げます。
『リバ!』2015年11月号が明日発行されます。
市長のコラムは「秋篠宮家(赤坂御用地)訪問」です。

『リバ!』2015年11月号

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2015年10月15日 (木)

第18回 愛知蒸気機関車サミットin岡崎

D51・688号(岡崎市南公園)

 9月27日(日)、岡崎市南公園において第18回目となる〝愛知蒸気機関車サミット〟岡崎会議が開催された。
 現在、南公園の南側は交通公園(交通広場)として整備されており、昔懐かしいデゴイチ(D51)や、市制70周年記念事業である「葵博」の際に鳴り物入りで展示・運用されたHSST(リニアモーターカー)等の車両が公開・展示されている。
 そうしたことまでは知っていたが、今回「D51・688号蒸気機関車保存協力会」の皆様から御案内を頂くまで、岡崎市にSL愛好者の皆様の会があり、様々な協力活動をしてみえるということまでは知らずにおり、恥ずかしい限りであった。
 愛知県および近隣県の10の市民活動団体から成る「愛知蒸気機関車保存の会」は、年に1回持ち回りでサミットを開催し、様々な活動をしてみえる。18回のサミットのうち、岡崎市での開催は今回で3度目のことであった。
 私も、子供が小さかった頃は遊園地に連れて行ったりゴーカートに乗せたりと度々訪れたものであるが、今回久し振りに南公園の交通広場を訪れることができ大変懐かしい思いがした。

岡崎市南公園

第18回「愛知蒸気機関車サミット」岡崎会議

 サミット開始前に保存会代表の説明付きでD51の施設見学の機会があり、様子を見てきたが、動力のアーム部分がサビ一つ無くピカピカに磨き上げられていることに驚かされた。展示場は屋根こそあるものの、吹きさらしの屋外展示であるため、雨天の後2日も放っておくとそれだけでサビが浮いてくるそうである。そのためSL保存会の皆さんが定期整備とは別に出て来て手入れをして頂いているそうである。今も多くのSLファンはいるものの、保存会に入って活動をするまでの方は少なく、この会も高齢化が課題となっている。
 各地に残っている機関車はそうした手入れができないため、ペンキで表面を塗装してしまったモノが多く、岡崎のD51・688号のようにオリジナルの姿で現存しているケースはマレであるとのことである。今でも石炭を燃やせばすぐに走り出しそうな雰囲気を漂わせており、心のこもった整備がうかがえる。
 こうしたことができるのは、SL保存会の中に、かつて国鉄に奉職され、自らSLを運転されたり整備に携わったりした方がおみえになるおかげであり、実にていねいな点検整備がなされている。そうした御尽力に対して誠に頭の下がる思いであり、この鉄道遺産も本市の歴史遺産として大切にしなくてはならないことを再認識した。

 南公園にあるD51・688号は、昭和17年に国鉄の浜松工場で製作されたものであり、米原、福井などの機関区で運用された後、昭和48年6月16日、中津川機関区で廃車となった。そして多くの皆さんの御尽力によって同年7月に無償で岡崎市に貸与して頂き、こうして南公園の広場で展示されることになったものである(交通広場は昭和50年3月にオープンした)。
 当時の市長が私の父であったことにも不思議な御縁のようなものを感じている。

岡崎市南公園

第18回「愛知蒸気機関車サミット」岡崎会議

 サミットの席上では保存会の皆様方の日頃の整備・管理活動と関連イベントに対する御協力に対して感謝の御挨拶をさせて頂いた。全国各地にSLファンが世代を越えて存在していることは知られているが、ここまで自分達で手をかけて本物の機関車を保存するために熱心な活動を続けてみえる方達がいることは案外知られていないことと思い、今回ブログで採り上げさせて頂いた。
 「きかんしゃトーマス」で育った世代の中からも、本物の機関車に触れて保存活動に参加してみたいと思う人が育ってくれることを切に願うものである。

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2015年10月11日 (日)

第9回 消防団員消防技術発表会

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 9月27日(日)早朝、乙川河川敷において第9回目の消防団員による消防技術発表会が開かれた。地域住民との共同の防災訓練は全国各地でよく行われているが、消防団員の士気の鼓舞と技術の向上を目的とした実戦的な技術錬磨の競技を行っている所はあまり例がないそうである。そのせいか、当日は早朝にもかかわらず他市からも視察の関係者が訪れていた。
 これは形式的な訓練ではなく「より実戦的な訓練を行いたい」という岡崎市の消防団員達の声を受けて消防署が考え出したモノだという。訓練の一つである放水訓練は、分かりやすく言えば、アメリカの刑事映画によく出てくる射撃訓練の場面で順番に標的が現れそれを次々に撃ち倒す形式のモノに似ている。具体的には地震による火災発生を前提として4つの標的が設定されている。標的への放水の順番は自由であり、基本的にタイム競技となっている。

【第1標的】
20kgくらいの石を3個、2メートル程の高さの台からホースの水ではじき飛ばす。
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【第2標的】
2階建ての窓部までロープに下げたボールを吹き入れる。
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【第3標的】
回転標識を10回転ほどさせて鎮火の旗を上げる。
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【第4標的】
大ダライの中のボールを水ではじき出す。
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 今回の発表会は23の消防団が出場し、こうした4種の標的をクリアしたタイムの合計が競われた。それぞれの競技には実戦的で正確な技術が要求され、6分以内にすべての試技を終了することが求められている。
 服装も実戦さながらに防水コートまで着用し、実車両を用いて出動するところから始まる。単に型を競うものではなく、実際に放水して技術の優劣を競うものであるだけに各隊とも真剣さが一層際立っている。
 先行の隊が良い試技を行えば、後続の隊は更に気合いのこもった試技となっていくことが間近で見ていて良く分かる。6分以内で全試技を終了する規定となっているそうであるが、私が見ることのできた8つの隊はすべて3分前後で試技を終えていた。
 ふつうの競技会では、ホースを落としたり手順が悪かったりすると減点されるものである。しかしこの技術発表会は、結果とスピードを重視して競うものであるため、ミスは実際の時にも有り得るものとして問われない。あくまで実戦に即したタイム・トライアルなのである。
 試技を終えてすぐ、本部前に立つ各団長の所まで、それぞれの隊が報告のために勢揃いするのであるが、肩で息をする小隊長の報告の声がかすれることがある点にも競技に対する真剣さがうかがえるようだ。

1.ポンプ車及び小型動力ポンプ付積載車の部(出場13チーム)

消防団名 部 名
優勝 岩津消防団 混成
準優勝 額田消防団 混成
敢闘賞 福岡消防団 混成
敢闘賞 広幡消防団 混成

2.小型動力ポンプ積載車の部(出場10チーム)

消防団名 部 名
優勝 羽根消防団 混成
準優勝 岩津消防団 混成
敢闘賞 額田消防団 混成

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 市民の皆様には、プロではない準ボランティアの消防団の方々がこれほどまでに真剣に岡崎の消防活動のためにガンバってくれていることを、ぜひ理解して頂きたいものである。岡崎市民の安心と安全はプロフェッショナルである常備消防の力と共に彼ら消防団の力によって守られているのである。
 多団制をとっている岡崎の消防団はそれぞれが各地元に密着した組織編成となっているため、より一層各地の地勢や状況に精通しており、いざという時に合理的で素早い活動が期待できるのである。
 ここまで書いて今の岡崎市の消防のあり方というのが、かつての古代ローマの軍隊編成と似ていることに気が付いた。ローマ軍はローマ人からなる正規軍が中核を担い、帝国各地で編成された予備軍がそれをサポートする形で構成されていたのである(ただし時代の経過と共に内実は変化して行った)。

 それから先日の記者会見の折に「全地形対応車両であるレッド・サラマンダーが度重なる自然災害になぜ出動しないのか?」という質問が出たので、この点にも触れておきたい。
 確かに全地形対応で水陸両用(水深1.2メートルまで)の対応力もあるサラマンダーがどうして昨年の広島の災害や御嶽山の噴火災害、そして今回の栃木県・茨城県の豪雨災害に出動しないのかというのは素朴な疑問である。
 結論から言えば、サラマンダーはいつでも出動できるように準備万端に待機していた。しかしこの車両は国から預かっているものであり、岡崎市消防本部の担当地区でない所に直接出動はできない。他地区へ出向くためには国か当該県の知事の出動要請が必要となるのである。名古屋空港(小牧)からサラマンダーを福井県に空輸する訓練もすでに済ませており、本市としては常にスタンバイの状態であった。しかし、いずれのケースにも出動要請はなされず出動はなかった。
 少し常識的に考えてみれば分かりそうな話であるが、まだ地下に人が埋まっている可能性のある地盤の上を戦車のような重車両が動く必要があるだろうか? また水害直後の軟弱地盤での活動が合理的であるとは思われない(実際活躍していたのはヘリコプターだった)。もちろん宝の出し惜しみをしている訳ではなく、必要があればいつでもどこへでも出動する準備も覚悟もできている。しかしサイレント・ネイビーと同じで、出る必要のないことが一番幸せと言えるとも思っている。

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 また10月1日、岡崎市消防本部に、火薬類や放射性物質など危険物の消火にあたる特別消火隊が設置された。隊員は特殊火災に対する研修や訓練を重ねており、今後市内で発生する特殊火災消火に対応することになる。こうした特別消火隊の設置は県内2例目となることも付け加えておく。

 さらに10月1日、2日の2日間にわたり、岡崎市民を対象とした自主防災組織リーダーの研修会が行われた。100人ほどの代表者に御参加を頂き、修了書の贈呈式に出席させて頂いた。災害対策と共に、事後の減災ということも重要な仕事であり、そうしたケースで特に地域の防災リーダーの皆様の力が発揮されるものと考えている。地域の安心と安全は、このように幾重にも積み重ねられた多くの人々の総合力によって支えられていることを実感したこの一週間であった。すべての皆様に改めて心から感謝申し上げます。

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2015年10月 7日 (水)

よそ者と三河者

武者行列(岡崎市)

 時に「三河人(岡崎)は保守的だ」と批判的に言われることがある。そこでなぜかと問うと、「よそから来た人間や、異なった考え方を容易に受け入れようとしない」と言うのである。
 しかし、そんなことは世界中どこに行っても大なり小なりあることで、特にこの地域に限った問題ではないはずである。〝よそ者の寄り集まり〟の場所である大都市と比べるから、そんな意見が出てくるものだと思っている。
 確かに昔から「親子三代以上の付き合いのある人間なら信用してもよい」という言葉を耳にすることがあるが、そんなことは地方に行けばどこにでもある生活の知恵の一つであると思う。
 アメリカ合衆国のような移民国家であっても、お客さんとして訪れた人には親切であるが、競争相手の一人として移り住んで来た人間は、大都市でもなければ、簡単に地域社会に受け入れられるものでもない。(第一、大都市は地域意識が薄い。)

 以前、ペンシルバニア州の郊外の町を訪れた時に、地元で30年以上開業医をしてみえる中国人医師と知り合ったことがある。彼から「地方では仕事がやりにくいので、アジア人の多いカリフォルニア州へ引っ越すつもりでいる」と言われたことを思い出す。
 歴史を振り返るまでもなく、アメリカでは人種や宗教の問題もあり、より複雑であるが、医師のように社会的地位の高い人物であっても、社会適応に困難性がある所もあるのである。
 まして日本のように長い定住農耕社会が続き、各地で独自の文化や伝統、郷党(きょうとう)による人脈が育まれてきた国において、大都市圏でない限り、保守的傾向が強いのは当たり前のことであろう。ことにこの岡崎には、徳川家康という人物のもと、三河武士のたぐいまれなる団結力により天下を取ったという歴史的背景がある。そうした伝統がより大きく残っていたとしても当然のことであると思っている。

 私の市政になってから推進している、国交省の「かわまちづくり」「歴史まちづくり」事業を機軸とした〝乙川リバーフロント構想〟に対し、「岡崎市民の中には岡崎生まれでない者もいる」と言って批判をされる人がみえる。しかし私は一度もそうした人達を敬遠したことはないし、「市民でない」と言った覚えもない。残念ながら、生まれ育った土地の違いによる、価値観の違いと共通の思いの欠如はいかんともしがたいものがある。それでも、岡崎に住むことによって、岡崎独自の価値の存在は理解してもらえるものと思っている。

岡崎城

 私は30年近く、地元で保守政治家の一人として仕事をさせて頂いているが、この仕事ほど地域との密着性の高い仕事はないと思っている。そもそも「保守」とは、文化の一形態であると同時に、政治理念の一つでもある。そうしたものを批判する御仁(ごじん)というのは、そこにその人の思想的立場がうかがえるような気もする。
 現に岡崎では、よそからやって来た人の中でも、うまく適応している方々がいくらでもみえる。事業で成功された方、町内の役員や総代、市議となって活躍しておられる方の例もたくさんある。ただしそうした方達は皆、三河(岡崎)の伝統、習慣というものを尊重し、自ら地域社会になじむための努力をされている。
 「よそ者」と呼ばれると言って文句を言う人達には一つの共通点がある。それは自分達の考え方、自分達のやり方を強引に通そうとする点である。通すためには、地域の理解を得て多数派を形成しなくてはならない。そもそもそうした手順を越えてコトを運ぼうとするワガママに問題があるような気がする。自分達にある問題点を三河の保守性にすりかえているだけなのである。

 誰しも中学校の英語の授業で習うことわざがある。
 “When in Rome, do as the Romans do.”(ローマに行ったら、ローマ人のように振るまえ)
 これは「郷に入れば郷に従え」ということである。
 ところが世の中にはどうしてもこれができない人達がいる。どこに行っても自分のやり方、考え方を通用させたいと思っている。
 私がもしよその土地に行って生活することになれば、当然その地方の伝統、文化、習慣、しきたりを尊重して生きてゆくことになるだろう。(もっとも、政治などという面倒なことに首を突っ込むことはないだろうが。)

 今、日本全国で様々な「地方創生」の試みが行われているが、それぞれ各地方独自の自然や歴史遺産、文化や先人のなした偉業といったものを「まちおこし」の材料、きっかけ、目玉商品として使っている。もし、そうでない所があればぜひ教えて頂きたい。まず一つの例外も無く、それぞれの地域の特性を活性化の道具として使っているはずである。
 そうした試みが保守的で悪いとするならば、そもそも「地方創生」は成り立たないことになるだろう。
 私はこれからも三河の伝統や文化に対する自信と誇りを胸に、ふるさとの自然や先人の偉業・遺産と共に、この岡崎をしっかりとPRしてゆくつもりである。

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2015年10月 3日 (土)

「岡崎版・吉本新喜劇」放送くり上げ騒動

岡崎市役所ホームページ

 世の中は様々なところで予想外のことが時々起こるものである。
 事前に吉本興業を通じてテレビ局(大阪毎日放送)に問い合わせたところ、「関西圏では9月12日、東海圏では10月17日に放送」という連絡を受けた。そのため「市政だより」や市のホームページはもとより、私のホームページや後援会のフェイスブック、地元タウン誌『リバ』のコラムなどで放送の告知を行った。また、フェイスブックやツイッターを経由して個人的に宣伝して下さっていた方々まであった。
 ところがいつの間にか10月17日(土)の放送予定が9月26日(土)に変更となり、変更を察知したのが放送日の前日となってしまった。それもたまたま一市民から放送日時の変更について御指摘を頂いたため気がついたことであった。そのため前日の25日は、市の関係部局、後援会事務局共に大あわてで各方面へ放送時間の訂正連絡を行い、一日大わらわであったそうである。
 突然の3週間前倒しに、業界の内幕を知る人から「テレビ局の意図的な思惑によって変更したのではないか?」という声もあったが、実際は他番組の放送・変更に伴う繰り上げ、ということのようであった。いずれにしましても改めてお詫び申し上げます。

 昨今、落ち目のテレビ業界と言われてはいるが、まだまだテレビによる情報発信力、大衆社会におけるお笑い芸人の影響力には大なるものがあるようである。
 これまで「乙川リバーフロント地区整備計画」について、市民対話集会、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、各業界団体、小・中学校、町内会、有志の会等、要請があればどこにでも出かけてゆき、大小200回以上の講演会ならびに説明会を行ってきた。

市民対話集会(2014年7月31日)

 そうした努力にもかかわらず、未だにこの計画を「人道橋を造るだけ」「橋のライトアップをする程度のモノ」と思ってみえる方がいる。新聞各社の紙面にも何度も取り上げて頂き、市の広報やホームページでの特集、パンフレットの全戸配布、また私や後援会事務所からのブログやパンフレット配布による広報活動、『リバ』への記事投稿等、思い当たることはすべて行ってきたつもりであるが、衆知に対する限界を感じることもあった。
 ところが「よしもと新喜劇」に出演するとひとたび告知をするや否や、人気番組であることもあって、町を歩いていてもエレベーターの中でも、知人はもちろんのこと見ず知らずの方からまで「楽しみにしてるよ」と声をかけられることが度々であった。

 記者会見において〝芸能人を使ったPR活動〟の是非について質問を頂くこともあったが、今日的大衆社会における情報発信は、残念ながら理性や知性に訴えるモノよりも、感性や情緒に訴える視覚的・刺激的な作戦の方が明らかに効果大のようである。

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 後援会事務所では、放送時間変更の対応策として婦人部の有志を募り電話作戦を行ったと後で聞かされた。そのことがかえって効果を発揮したのか、あるいは当日、地元新聞が好意的な放送時間変更記事を掲載してくれたおかげなのか定かではないが、反響の大きさに改めて驚かされている。(もともと少なかった私の出番が、テレビ局の編集によりさらに短縮されている点は御容赦願いたい。)
 何年も会っていなかった友人や遠方の知人から「テレビ見たよ」という電話やメールが続き、手紙まで届いている。前・犬山市長の田中志典さんからは御丁寧な感想のお手紙まで頂き、恐縮している。テレビと「よしもと」の力には今改めて、脱帽である。

 今回のプロジェクトは、関西圏での初のPR活動として何が効果的かと、観光課の若手職員が考え出した手法であり、なんばでの街頭宣伝や新たな商業施設である「あべのハルカス」における岡崎市の観光PR活動の一環として実施されたものである。

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 そもそも〝吉本新喜劇〟が最近再びブームに乗っていることもあって、私達が予想もできない所までもその影響が及んでおり、うれしい誤算でもあった。
 今回のPR活動が直接的にどれほど岡崎のPRに役立つものとなったかは分析が必要であるが、これまで県外においてはローカルなイメージとしてとらえられている岡崎市の存在感のアピールと「岡崎ってどんな所だろう?」と関心を喚起するものとなったものと思っている。
 人はとかく、自分と関係の無いモノ、直接的に影響の少ない事柄に対しては目を向けないものである。そうした大衆社会の現実を考えた時、様々な手法による試みを行うことも意味があると思っている。これからも若手職員の革新的なアイデアや提案、民間からの積極的な御意見をお待ちしている。
 絶対確実な政策というものはあり得ないが、これからも多様な意見の聴取と、これまでの経験を基にしたさらなる岡崎市の活性化と飛躍を目指したいと考えている。

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