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2014年9月

2014年9月29日 (月)

ヨコハマ恐竜展2014

ヨコハマ恐竜展2014

 まだ先のことと思っていたが、いよいよ今年の暮れから来年の3月にかけて実物大の恐竜が順番にこの岡崎に搬入されて来る。(私自身、ワクワクしている。)
 製作を依頼している東京の株式会社ココロの社長さんと担当者と、5月から6月にかけて打ち合わせを行った折に、「夏休みに横浜で行われる恐竜展にぜひ来て下さい」と言われていた。それが今回御紹介する「ヨコハマ恐竜展2014」(パシフィコ横浜)である。
 時期的に少々難しいと考えていたのであるが、今回依頼しているティラノサウルスの実物大の動くロボットがあるということで、心動かされていたのである。しかもそのロボットの作者と同じ人物に岡崎のティラノサウルスも製作してもらうことになっているため余計に気になり、上京の折に立ち寄って来た。
 今回の展示は、恐竜の成長過程における形態の変化というものが従来考えられていたよりも多様なものであるということが分かってきたため、そのことを重点的に取り上げたのが特色である。
 もっと分かりやすく言うと、外見の様子が異なっているため、これまで同系列の別種の恐竜として分類されてきたものが、実は単なる成長段階における一時的変異であって、同じ恐竜であったことが分かった、ということである。

ヨコハマ恐竜展2014

ヨコハマ恐竜展2014

ヨコハマ恐竜展2014

 会場に入って、すぐの所にトリケラトプス(角竜)の幼体から成体までの七段階ほどの頭骨化石が順番に並べられていた。幼い頃のトリケラトプスの角は、般若(はんにゃ)の面の角のように上にそっくり返っているのであるが、成長するに従って、敵と対峙する時のためであるかのように前方向に変形してゆくのである。しかしも個体によって角の角度や形状に若干の差違があることも分かってきたという。
 今回新しく発表された研究成果の一つは、これまで異なる種類の角竜(つのりゅう)として分類されていたトリケラトプスとトロサウルスが実は同一種のものであり、トロサウルスはトリケラトプスの成長期の一形態にすぎないということである。
 またトリケラトプスそのものも、幼体の頃にある首回りのフリルの外周にある三角形の突起が、成長するに従って体内に吸収され、成体ではなめらかな形状となるのである。
 カモノハシ竜(草食・ハドロサウルス類)にある頭の鼻骨のトサカの形状にも同様に成長過程の変化があるということも、興味深いものだった。

 私が意外だと思ったのは、頭をぶつけ合ってオスが優劣を競うという生態をもつオオツノヒツジのように、頭骨がヘルメット状(ドーム状)に出ているように見えるパキケファロサウルスである。首や背骨の構造を詳しく調べたところ、頭をぶつけられるような構造となっていないことが判明し、今回定説と思われていたことが覆(くつがえ)された点である。さらに同系異種と思われていたスティギモロクやドラコレックスが、単にパキケファロサウルスの成長過程の亜成体であることも証明されていた。

ヨコハマ恐竜展2014

ヨコハマ恐竜展2014

 ティラノサウルスの走行スピードについても、これまで様々な説があり、当初はゴジラのように尾と足で三点直立しているように言われていた。それがその後の研究で、やじろべえのように足を中心に頭と尾でバランスを取りながら走行していたことが分かり、にわかに走る恐竜というイメージが高まっていた。ところがこれも、体形と体重のバランスから、映画『ジュラシック・パーク』のようなスピード(時速60km)で走ることは不可能なことが分かってきた。ティラノサウルスがプレデター(捕食者)でなく、スカベンジャー(腐肉食者)であるということは昔から言われていたことであるが、今回の歯の構造の研究からその可能性が高いことが強調されるようになった。
 しかし若いティラノサウルスは体重も軽く、走ることも十分可能であり、歯の形状もナイフ状のため捕食者であったことが考えられる。ティラノサウルスが群れで生活していたという説もあり、若い個体がオオカミのように獲物を追いつめ、大型の者が待ち伏せをして捕獲し、とどめをさすという役割分担をしていたことが考えられる。現に大型の化石の中には、骨折した大腿骨が治癒した形跡がうかがえるものがあるという。大腿骨が折れていては動くことはできない。治った跡があるということは、その間誰かが食べ物を運んでいたということである。すなわち、ティラノは基本的に群れ生活であったのではないかというのである。

ヨコハマ恐竜展2014

 考古学の面白さというのは、このように新たに発見される化石の研究によって、次々と定説が覆されてゆくところにある。何せ、実物の恐竜を見たことのある人はいないのであるから、イマジネーションは無限に広がるのである。
 将来、東公園の森の中に設置された恐竜のジオラマを見て、どんなイマジネーションを子供達がふくらませるものか楽しみである。かつて名古屋の東山動物園に通う度、コンクリート製の恐竜の前で何時間も時を過ごしていた私のような子供達が出てくるかもしれない。ひょっとするとそれが切っかけとなって、偉大な研究者、発見者が生まれるかもしれないと期待するものである。

ヨコハマ恐竜展2014

ヨコハマ恐竜展2014

 話を横浜に戻すと、アメリカで発見された様々な恐竜化石の展示と成長過程の分析展示が続いた後、30~40人ほどの子供達が家族と共に列をつくって待っているティラノの実物大ロボットのコーナーがあった。順番に並ぶとベストポジションの写真サービスがあるのである。動く恐竜は、当然のことながら中の機械をスムーズに動かすためスポンジ状のもので肉の部分を形成し、外側はウレタン樹脂でおおわれている。外見はまるで本物を思わせる出来であったが、触れてみると柔らかく不自然であった。本来は今の象の肌のように固さのあるものと思われる。
 岡崎に来るティラノはFRP(繊維強化プラスチック)形成であるため、丈夫でカタイつくりである。手触り感はこちらの方が実物に近いはずである。しかし、どちらも体温が感じられないことは致し方ないだろう。
 出口近くには、小さな子供のための、触って乗って遊べるプレイ恐竜コーナーやグッズ販売コーナーで賑わっていた。やはりこうしたサービスが大切であることを今回も再認識した。

ヨコハマ恐竜展2014

 入口にある最初のパネルに、今回の展示の監修者であり、映画『ジュラシック・パーク』のテクニカル・アドバイザーでもあり、主人公の古生物学者アラン・グラントのモデルとなったジャック・ホーナー博士のメッセージと写真があった。映画製作時から20年以上経っており、さすがに「おじいさんになった感」は否めなかった。彼は今3度目の結婚をして、娘のようなお嫁さんと暮らしているそうである。
 一年中ほとんど砂漠に行って化石の発掘ばかりしていれば、嫁さんから愛想を尽かされても致し方ないのかもしれないと思う。彼も年をとり、かつてほどの元気もなさそうであり、今回の結婚がうまくいくことを願うばかりである。

 いずれにせよ、岡崎への一日も早い恐竜の到着が待たれるものである。今回は五体の仮展示となるわけであるが、将来的には議会答弁にもあるように、東名高速の東側の森林に遊歩道を活かした、歩いて見る〝恐竜の森〟を実現してゆきたいと考えている。そして同時に多目的映像シアター(プラネタリウム)を中心とした宇宙137億年の時の流れと、太陽系と地球の誕生46億年の歴史、人類の誕生までの生命40億年の進化の歩みを考えられる公園として東公園一帯を整備したいと考えている。

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(ホーナー博士の写真は「ヨコハマ恐竜展2014」のパンフレットから借用しました。)

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2014年9月26日 (金)

オランダ・フランス視察記「オランダ編」のお知らせ

東海愛知新聞 「オランダ・フランス視察記」

 愛知県市長会の視察団の一員として今年7月、オランダとフランスを訪れました。この度、『オランダ・フランス視察記』と題したものを東海愛知新聞に寄稿しました。前半の「オランダ編」を昨日(9月25日)、今日、明日の3回に分けて掲載します。
 「フランス編」はただ今書いている最中です。乞う御期待であります。

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2014年9月25日 (木)

オカザえもん・巨大ロボプロジェクト

オカザえもん巨大ロボット、ルネサンスくん

 9月23日(火)、市民会館で行われた第51回吹奏楽祭での挨拶の後、話題の「オカザえもん巨大ロボット」の出来を確かめに岡崎公園多目的広場まで出かけてみた。
 台風の接近中にもかかわらず青空の下、高層マンションを背にして立つ、高さ8メートルのロボットの姿はなかなかの迫力である。すでに周りは小さな子供さんと付き添いの家族などで一杯であった。
 オカザえもんロボットは一見すると手足は「マジンガーZ」、体は「鉄人28号」、顔は「ゲッターロボ」というかつてのマンガのロボットの合成のような感じがしなくもなかった。
 事前説明では「歩く」と聞いていたのだが、実際は「足が前後に動く」だけのことであり、ロボットを乗せた台座を引くことで前に進む仕組みとなっていた。

オカザえもん・巨大ロボプロジェクト

オカザえもん・巨大ロボプロジェクト

オカザえもん・巨大ロボプロジェクト

 私が「なんだかサギ商法みたいな話だね」と言ったところ、担当者は頭をかいていたが、これでも子供が喜んでくれるならば良しとするべきかとも思う。
 岡崎公園でのイベント展示は21日からの3日間であるが、この後市役所の北側にある十王公園でしばらくの間展示されるそうなのでお楽しみ下さい。台風の接近があるため屋内展示も検討したのであるが、高さ8メートルということがネックとなり、十王公園になったとのことである。(追記。その後、設置場所は「りぶら」1階に変更になりました。)

ルネサンスくん

 なお当日は、オカザえもん、ワルザえもんに続く、斉と公平太氏の手による第三のキャラクター、岡崎市のシティプロモーションのロゴマークをモチーフとした「ルネサンスくん」の登場もあったが、巨大ロボットの影にかすんでいたようだ。鬼太郎の目玉のオヤジが結膜炎を起こしたようなニューキャラがどこまで知名度を上げるか見物(みもの)である。
 皆さん、新人もよろしくお願いします。 (つづく

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2014年9月24日 (水)

第42回 生徒市議会

岡崎市 第42回生徒市議会

 中学生にとって夏休み中の8月21日(木)、今年も岡崎市内20の中学校の生徒会の皆さん60人の参加による恒例の生徒市議会が開催された。
 昨年の経験から、中学生の質問内容はけっこうレベルが高く、各学校においてしっかり下調べと準備の上議会に臨んでくることが分かっている。そのため決してあなどることはできない。それどころか、中学生の発想が契機となり、行政の施策に生かされたり、民間で製品化されたりしたものまであり、若い世代の常識にとらわれない視点とユニークな発想、中学生ならではの御意見には、しっかりと耳を傾けたいと思っている。
 時事の報告事項が重なったため一ヶ月遅れとなってしまったが、以下に当日の経過と報告、並びにこうひょうについてまとめてみた。

―当日の講評―
『今年も市政に対して中学生の視点から熱意に満ちた提案がなされ、生徒市議会が盛会に行われたことを大変うれしく思います。
 岡崎は歴史と伝統、そして豊かな自然に恵まれた美しい都市です。私は市長就任以来、岡崎に生まれた子供達がそのことを誇りとすることのできる「夢ある次の新しい岡崎」の実現に向けて、様々な事業に取り組んできました。
 本日、中学生のみなさんが提案された内容は、まさに「夢ある次の新しい岡崎」にふさわしいものであり、また岡崎の教育が目指す「持続発展を目指す社会構築」に向けての提案でした。皆さんの提案から、未来の素晴らしい岡崎の姿が見えてくるようであり、本当に感謝しています。』

岡崎市 第42回生徒市議会

―各校の提案と私のコメント―
A 「岡崎のアピール」について
1.六ツ美北中・・・「岡弁」とコラボした「岡水」の開発
(答)岡崎ではすでに「額田仙水」という水が販売されていますが、独自の味と香りのある「岡水」もステキなアイデアであると思います。

2.東海中・・・「藤川宿」を小学生から大学生までの各学生の力で活性化
(答)それぞれの年代、発達段階ならではのユニークな活動ができそうですネ。

3.河合中・・・里山の保全と活用をアピールする「KAWAIフェスタ」の開催
(答)「良い海をつくるためには、山を大切にし、川をきれいにする」という話があります。人間も自然の生態系の一つであることを再認識する必要がありますネ。

4.六ツ美中・・・来年の「悠紀斎田・百年祭」のPR案
(答)私も今年2回、宮内庁にお願いに行きました。香川県の主基斎田とも協力して米作りの伝統と共に日本の文化としても発信してゆきたいと思います。

5.城北中・・・「家康公顕彰400年祭」(平成27年)で「葵の譽(ほまれ)」を歌い、盛り上げる
(答)「葵の譽」は100年前に制作されながら忘れ去られていた歌です。今回、かつて城北の校長でもあった磯谷栄一先生によって発見されました。今度は大切にしたいですネ。御提案の石工や和ろうそくの体験コーナーもぜひとり入れたいと思います。

B 「まちづくり」について
6.翔南中・・・岡崎駅から康生までの電車通り再活性化プラン
(答)すばらしいアイデアをいくつもありがとう。まさに今、岡崎が目指していることです。これからも気がついたことを教えて下さい。

7.葵中・・・安全かつ四季を通じ市民が楽しめる伊賀川の整備
(答)市制100周年を記念し「岡崎・桜・100年プロジェクト」を計画しています。川沿いや公園を様々な桜で一杯にしたいと考えています。

8.新香山中・・・お年寄りと学校をつなぐ「OON」(岡崎・お年寄り・ネットワーク)の構築
(答)ネーミングも発想もすばらしい。岡崎のモデル・ケースになるようにガンバって下さい。

9.額田中・・・額田で消防団のお祭り「ファイヤーマン・フェスティバル」を開催。全地形対応車両「レッドサラマンダー」もフェスティバルで披露する
(答)一度、消防署と検討してみます。レッドサラマンダーは先日県議会から視察もありました。岡崎からだけでなく、小牧からC-130に載せて全国に出動できる岡崎の新しい誇りです。

岡崎市 第42回生徒市議会

C 「健康安全」について
10.常磐中・・・岡崎特産の野菜や果物を使った「ベジタブルスイーツ」の考案
(答)本市の目指す地産・地消に向けたものであり、ぜひ実現したいですネ。

11.岩津中・・・学区の危険箇所をまとめた「自転車利用安全マップ」の作成
(答)その地域のことは、生活している人が一番よく知っているものです。警察とも協議が必要ですがより良い方法を考えて行きましょう。

12.美川中・・・岡崎の水のおいしさのPRに「水道検定」を
(答)岡崎の水のおいしさを実証してくれてありがとう。先日も「岡崎の水道水に家庭用浄水器は要らない」という話をしてきたところです。これからもしっかりPRします。

D 「ふれあい」について
13.矢作北中・・・中学生ボランティアによる子育て支援
(答)発想はすばらしいと思います。必ずしも子育ての支援に限る必要はないと思います。地域の実情を見ながら実現の努力をしたい。

14.矢作中・・・高齢者施設と幼児の施設の併設を
(答)すでに始まっている所もあります。効果を見ながら広げたい。また犬を使ったアニマル・セラピーという方法もあります。

15.甲山中・・・病院に入院している方へのボランティア奉仕
(答)病院は治療のための特別な施設であり、資格のない人が対応することは難しいと思います。しかし立派な考えであると思います。御協力頂ける方法があるか病院と相談してみます。

16.竜海中・・・ホームページ「岡盛りペディア」の開設
(答)中学生の視点によるユニークな情報発信を期待します。

17.北中・・・Live中継による東日本の被災地の中学生との交流
(答)北中のこれまでの活動に敬意を表します。ミクスのTV電話やタブレット端末を使用してこれからも交流を深めて下さい。

E 「市制100周年記念事業」について
18.南中・・・「オカザえもん音頭」をつくり、「家康公夏まつり」を盛り上げる
(答)斉と公平太さんからOKが出ているそうですから、ぜひ実現して下さい。

19.福岡中・・・「100周年記念岡崎オリンピック」(通称オカリンピック)の開催
(答)岡崎では毎年、市民体育祭を行っていますのでこれを発展させたらどうでしょう。

20.竜南中・・・恐竜モニュメントを軸に東公園を「科学の公園」に
(答)もうすぐ実物大の恐竜5体が東公園に来ます。近い将来これを森林の中でジオラマ風展示をします。さらに多目的映像シアターを活用した、宇宙の歴史と生命の進化を考える施設整備をして行きたいと思います。

岡崎市 第42回生徒市議会

―統括―
 中学生の皆さんから頂いた20の提案から、岡崎市政に対する皆さんの熱い「思い」やひたむきな「願い」を感じることができました。その中で大人では気がつかない中学生ならではの指摘もあり、今後の参考とさせて頂きます。これからもよろしくお願い致します。
 そして今後は岡崎の市政のみならず、世界の政治や経済の動きにも関心を持って頂くと共に、この岡崎に生まれたことに誇りを持ち、ふるさとを愛する心を忘れず、将来は「夢ある次の新しい岡崎」の主役として、あるいは世界をリードする新たな力として大きく育って頂くことを期待しております。

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第44回 生徒市議会 (2016.08.28)

第41回 生徒市議会 (2013.09.04)

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2014年9月21日 (日)

学区敬老会訪問(2014年)

平成26年度 滝新町お楽しみ会

 今年も敬老の日をはさんで9月6日から21日まで、各学区にて敬老会が行われ、75歳以上の皆さん34,270人の長寿の祝いの会がもたれました。市長としてできる限り多くの会場を回る努力をしましたが、時間が重複することが多く22会場を訪れることが限界でした。
 回れなかった地区は来年以降、必ず訪れますのでよろしくお願いします。

 今回私は、100歳以上になられた144名の方々の代表として、100歳と102歳のおばあちゃんのお宅を訪問させて頂きました。お二人共たいへんお元気で、何よりお話好きでありました。話の内容も明確ではっきりしており、逆に元気付けられたような気がします。毎朝仏壇を整え、30分の読経を行い、庭の草取りをし、自分のことはなるべく自分で行うという積極的な生き方の中に、お二人の長寿の秘訣があるように思いました。

岡崎市 敬老会 (三島学区)

―挨拶文―
『各学区の敬老会が、地域の皆様の御尽力と多くの先輩の皆様の御参加により、盛大に開催されますことを心からお祝い申し上げます。
 先程より御出席の皆様方のお元気な様子を拝見し、うれしく思うと共に、皆様のおかげで、こんなに素晴らしい日本、豊かで平和な社会を築いて頂いたことに改めて感謝を申し上げます。それぞれの学区におかれまして、長年にわたり地域の伝統やお祭り、様々な行事を守り伝えて頂いている先輩の皆様に敬意を表する次第であります。
 どうか皆様におかれましては、豊富な人生経験や経歴を行かしてい頂き、これからもお元気で御活躍され、それぞれの地域がますます住みやすく魅力的な街となるよう御協力頂きますようお願いします。
 これから、さらなる高齢化が進む中、本市としましても先輩の皆様がいつまでも生きがいを持ち、住み慣れた所で安心して暮らせる高齢者福祉を推進して行きたいと考えております。
 この度岡崎市南部に総合病院の進出が決定しましたことは、市民病院に頼りになる弟ができたようにものでもあり、医療行政の立場からも喜んでおります。
 さて明年平成27年と翌28年は、岡崎市にとりまして大きな歴史的節目の時を迎えることとなります。27年は徳川家康公顕彰400年、28年は市制施行100周年であります。
 本市では、これを絶好の機会とし、岡崎独自の歴史的文化遺産と乙川の水辺空間を活かした「観光産業都市・岡崎」としてのまちづくりを図ります。さらに岡崎に生まれ育った子供たちが、ふるさと岡崎に対して、これまで以上の愛着と誇りを持てる「夢ある、次の新しい岡崎」の実現を目指しております。
 先日発表致しました「リバーフロント地区整備計画」はその手始めでありますし、来年3月までに岡崎に来る5体の実物大の恐竜達もその一つであります。
 今後とも様々な施策の継続により、岡崎を今以上に活性化させる努力を致しますので、どうぞよろしくお願い致します。
 最後に、各学区のますますの御発展と、敬老者の皆様がいつまでもお元気に、御家族や友人、地域の皆様と共に幸せな人生をお送りされますことをお祈り申し上げます。』

平成26年9月21日
岡崎市長 内田康宏

岡崎市 敬老会 (夏山学区)

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全市学区敬老会(2016年) (2016.10.01)

敬老の日を迎えて(2015年) (2015.09.23)

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2014年9月20日 (土)

『リバ!』2014年10月号

『リバ!』2014年10月号

おはようございます。内田康宏事務所より『リバ!』10月号発行のお知らせです。特集は「家康らぁめん」。

「家康らぁめんとは岡崎の人気ラーメン店7軒が、『葵』武将隊そして八丁味噌とコラボしてつくったラーメンのこと。ただ八丁味噌を使ったラーメンというわけではなく、岡崎らしいコンテンツとからみあってうまれた新しいムーブメントです。今回はそれぞれの武将にオシ麺コメントもいただきました」

とのことです。市長のコラム、「岡崎城は宝の山 その2」と共によろしくお願い申し上げます。

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2014年9月17日 (水)

平成26年 菅生川草刈一斉清掃

菅生川草刈一斉清掃 (2014年9月7日)

 乙川(菅生川)の美化活動については、様々な形で市民の皆様より御協力を頂いているところであるが、今年は9月の第一日曜日である7日早朝より「菅生川を美しくする会」の主催による菅生川草刈一斉清掃が行われた。地元の三島、梅園、根石、連尺、六名、竜美丘の6学区の皆様、さらに各種団体、事業所、市議会の皆様、岡崎土木災害安全協力会の各社の皆様、市職員を含む合計37団体、約2000名の方々の御参加により、清掃活動が整然ととり行われることができたのである。
 市の中央を流れる清流とその沿岸が、変わらずに美しい景観を保持できているのは、このような市民の皆様の奉仕と郷土愛によるものであり、心から敬意と感謝を申し上げます。

―当日の挨拶文―
『皆様の40年以上もの継続的かつ地道な活動によりまして、菅生川は私達岡崎市民のシンボルとして再び昔の清流を取り戻し、美しい自然環境に恵まれた、市民の皆様の日常の憩いの場として親しまれております。皆様のたゆまぬ努力に心から敬意を表する次第であります。
 さて、岡崎市は平成27年に家康公顕彰400年、翌28年には市制施行100周年といった歴史的に大きめな節目の年を迎えます。私どもはこれを絶好の機会と捉え、岡崎独自の歴史的文化遺産と乙川の水辺空間を活かした、「観光産業都市・岡崎」としてのまちづくりをはかり、子供達がふるさと岡崎に愛着と誇りを持てる「夢ある、次の新しい岡崎」の実現を目指してまいります。
 ここ乙川は、これからの岡崎のまちづくりにとりまして、まさに重要な拠点となります。間もなく始まる「乙川リバーフロント地区整備計画」により、岡崎のイメージは必ずやアップ致します。
 今後、この乙川をさらに市民の皆様に親しんで頂く川とするためには、本日のように市民の皆様と行政が連携をし、この豊かな水辺空間を守り育てることが重要であります。
 皆様におかれましては、引き続き御理解と御協力のほどお願いいたします。』

菅生川草刈一斉清掃 (2014年9月7日)

菅生川草刈一斉清掃 (2014年9月7日)

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平成27年 菅生川草刈一斉清掃 (2015.09.09)

平成24年 菅生川草刈一斉清掃 (2012.09.09)

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2014年9月15日 (月)

平成26年度 岡崎市地域総合防災訓練

Emergencydrill201408314

 8月31日(日)、今年も全市各学区の皆様、各企業、諸団体の皆様の御協力により、地域総合防災訓練を立派にとり行うことができ感謝申し上げます。

 本年、私自身としては梅園・北野の二学区を訪れたわけですが、市内21の会場において、それぞれ各地域の実情に合った効果的な防災訓練を行うことができたという報告を受けております。各地で御尽力頂き、お世話になった方々に御礼申し上げますとともに改めて御報告申し上げます。

岡崎市立梅園小学校(2014年8月31日)

岡崎市立梅園小学校(2014年8月31日)

―当日の挨拶文―
『戦後最大の自然災害となりました東日本大震災以後、災害対策や巨大地震に対する被害想定など、様々な分野で見直しが進められているところであります。
 そのひとつとして、今年の5月に「南海トラフの巨大地震」の被害想定が公表され、本市における最大震度は7、理論上の最大ケースでは死者数が700人、倒壊・焼失棟数は1万6千棟という甚大な被害が報告されております。先般、広島において大きな土砂災害も発生しております。
 本市におきましては、新たな想定を考慮しながら東日本大震災や広島で得られた教訓をもとに、避難指示のあり方、備蓄の増強や避難所の環境改善など、さらなる減災施策に取り組んでいるところでありますが、今後も皆様の御協力を頂きながら万全の体制を確立したいと考えております。
 災害を完全に防ぐことはできませんが、被害を軽減する「減災」は皆様の日頃の備えと、非常時における連携の取れた行動で可能となります。目の前の状況を適確に判断し、「自分の身は自分で守る」、また「地域で助け合う」という自助、共助の精神により、御家族や地域の皆様の一層の防災対策への御尽力をお願い致します。』

Emergencydrill201408315

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2014年9月12日 (金)

陸上自衛隊 富士総合火力演習・視察 その2

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 8月24日(日)、かねての予定通り、早朝5時半に岡崎を発ち、静岡県御殿場にある「東富士演習場」に向かった。現地に着いた時、同行の一人が「こんなに広い所でやるんですか」と驚いていたので、「あの東宝映画でキングコングとゴジラが戦った舞台だったのですから、このくらい広くて当たり前でしょう」と妙ちくりんな答えをしていた私であった。
 当然と言えば当然のことではあるが、途中の警備もしっかりしており、武装こそしてないものの経路のポイントごとに誘導を兼ねて隊員が厳重に警戒をしていた。
 私達来賓招待客は、陸上自衛隊の富士学校で受け付けをした後、認証を受け取り、専用バスに分乗し会場へ到着したのである。そして再度、入場チケットのチェックを受けてから鈴鹿サーキットのスタジアムのような仮設の階段シートへ案内された。我々の座席の前には広々とした桟敷席が区分けされて設けられており、1万人近い人々が腰を下ろしていた。
 後で当日の全観覧者が2万9000人と聞き、納得した次第である。なお公募枠に対しては13万3000件の応募があったそうである。

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 この「富士総合火力演習」は、陸上自衛隊として最大規模の実弾射撃訓練であり、隊員約2,300人と戦車約80両、火砲60門、航空機約20機が参加するという大がかりなものであった。
 当日は、敵に奪われ占領された島を取り返すという「離島奪還」をテーマとした訓練も含まれており、空自のF-2支援戦闘機や海自のP3C哨戒機の参加もあったが、あいにくの曇天のため飛行機の姿は確認できず、爆音だけが響いていた。
 それでも99式155mm自走榴弾砲(りゅうだんほう)の射撃やヘリコプター部隊の偵察と攻撃(射撃とミサイル)、戦車や装甲車のムダの無い動きは見ていて小気味よいものであった。私としては、日本の国産戦車が世界の一線級の戦車と並び称されるようになったことに格別の感慨を覚えるものである。

The Battle of Peleliu (Wikimedia Commons)

 かつて太平洋戦争の折、南太平洋のペリリュー島攻防戦において、日本の95式軽戦車は、ヨーロッパで88mm砲をもつドイツのタイガー重戦車に歯が立たなかったアメリカのM4シャーマン中戦車に対して、初戦で26両が壊滅させられている。当たり前の話である。日露戦争以来、本格的な兵装強化を行ってこなかった日本陸軍は、37mmの砲を載せただけの装甲車並みの軽戦車で戦いに挑んだ。そのためシャーマンの装甲を破ることはできず、逆に相手の75mm砲によって次々と吹き飛ばされてしまったのである。

 こういった話は、元・戦車部隊に所属し中国大陸に行っていた作家の司馬遼太郎氏の著作に詳しく記されているので省かせて頂く。一言で言って、大人と子供のケンカである。軍事通のアメリカ人のある友人は「日本の戦車は鉄の棺桶」とよく言っていた。(しかしそれでも日本軍はよく戦ったのである。)

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 ところが現実に目の前を疾走する90式戦車や10式戦車はスピード(時速70km)、装甲(セラミック素材を使った外装式装甲)、砲撃力(120mm滑腔砲、かっこうほう)のいずれも世界第一級の性能を保持しており、日本のハイテク技術を尽くした走るコンピューターと呼ばれている。もし外国に輸出できるようになれば、欲しがる国も多いことと思われる。
 花火大会からほどないこともあり、私は、砲塔が浮き上がるような戦車の砲撃を見ても、音の大きさを再認識しただけであったが、前席にいたヒゲづらの大男が砲撃の度に両耳を押さえてブルっていた姿がおかしかった。とは言うものの、戦車砲の一斉砲撃は本当に大迫力であった。

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 現在、我が国の陸上自衛隊は約14万人編成であり、これを全国5つのエリア(北部、東北、東部、中部、西部)に分け、それぞれに方面体(2~4個師団)と呼ばれる単位で分散配置されている。
 さらに海上自衛隊の約4万人、航空自衛隊の約4万人を加えた総勢約22万人が我が国の国防と災害安全対策などに力を尽くしている。
 中国の人民解放軍230万人、北朝鮮の朝鮮人民軍120万人、韓国軍66万人と比較して格段に少なく、心配される方もあるかもしれないが、日本は海という天然の要害に守られており、こちらから攻める予定もないため、専守防衛を目的とした時、相互の保持する兵器のレベルなどの違いを考えれば、現有の力で十分対応できると考えられている。もちろん核兵器は所有してないため、代わりに後ろ盾としての日米安全保障条約とアメリカの存在があるのである。

 演習終了後、改めて会場を見渡した時、間近で警備に当たっている若い自衛官と目が合った。どう見ても、私の子供の世代である。国際関係というものは、刻々変転してゆくものではあるが、こうした模擬演習が実戦とならないことをくれぐれも祈るばかりである。

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<オマケ>

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99式自走155mm榴弾砲 (射程距離30km)

Jsdf2014082411

スナイパー(狙撃兵)――ナマハゲではありません。ギリースーツというカモフラージュ服です。手にしているのはレミントンM700。レミントンのライフルは第一次大戦以来、アメリカの正式狙撃銃。

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AH-64D戦闘ヘリ「アパッチ」

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軍楽隊 (かなりうまい)

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レンジャー部隊の降下

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CH-47J輸送ヘリとジープ (機動作戦)

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10式戦車 (こんなに近くまで)

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2011年配備の10式戦車 (90式より6トンも軽く高性能。3人乗り)

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(ペリリュー島攻防戦の写真は「Wikimedia Commons」から借用しました。)

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2014年9月 9日 (火)

陸上自衛隊 富士総合火力演習・視察 その1

富士総合火力演習

 県会議員時代より幾度となくお誘い頂いていた陸上自衛隊の「富士総合火力演習」であるが、8月中下旬という時期が県議会の委員会視察等と重なることが多く、これまで実現することができなかった。今回、たまさか日程の都合がつき、ようやく念願を果たすことができたのである。
 私と自衛隊との接点は古く、かつてボーイスカウト時代、豊川にある第10特科連隊に〝日帰り入隊(?)〟をしたのが最初であった。その時手にした実銃の重さに驚かされたことを今も覚えている。
 その後長じて自民党の青年部時代には、研修や視察として陸・海・空それぞれの自衛隊の基地や駐屯地において何回もお世話になったものである。

 かつて私が高校生の頃(S43~46年)、高田渡(わたる)というフォークシンガーが「自衛隊に入ろう」という歌を歌っていた。一応反戦歌なのであるが、曲調が明るく、テンポも良く、シャレが効いていて、私は一人の時によく鼻歌として口ずさんでいた。それがどういう訳か最近また、歩きながらふと歌っていることがある。歌詞は自衛隊員募集のPRソングのようにも思えるものだ。

 自衛隊に入ろう、入ろう、入ろう
 自衛隊に入れば この世は天国
 男の中の男はみんな
 自衛隊に入って花と散る

 家で私が口ずさんでいるのを聞いていた子供達にはバカ受けであった。こんな歌を自衛隊の愛唱歌のひとつに入れるのも、かえってシャレっ気があっていいのではないかと思うものであるが、多分そのセンスはないだろう。
 ところで最近では、簡単に自衛官にはなれない。昔は自衛隊への入隊希望者が少なく、「自分の名前を漢字で書けて、九九が言えれば合格!」と不埒(ふらち)なことを言う輩もいたものだが、今では、自衛隊員募集のポスターはあるものの状況は変わっている。平成24年度の自衛官採用試験の倍率は、陸上自衛隊が3.02倍、海上自衛隊は4.7倍、航空自衛隊は4.8倍である。へたな大学の入学試験よりも難関と言える。
 さらに大卒者を対象とした幹部候補生試験においては陸自が43.2倍、海自が17.6倍、空自が30.5倍と非常に高く、国立大学や有名私立大学の卒業生の志願者も多いという。(陸と空に比べ、海の倍率が低いのは、海上勤務があり、嫁探しに苦労するためと聞いたことがあるが、事実は定かではない。)
 こうした傾向は、長らく続いた不景気と若者の好奇心のせいもあると思うが、何よりも兵器の高機能化ということがある。今や、陸海空、すべての軍備がハイテク機器化しており、そうしたものを十分使いこなし、さらに修理できるような能力も必要とされる時代となっている。日本の自衛隊が、数は少なくとも、近隣諸国の軍隊よりも精強であると言われるのはそういった隊員の個としての質、練度の差、兵器のレベルの違いにあると言われている(アメリカの軍事アナリストの弁)。何よりも、志願して選別された者と、無理矢理集められた者(徴兵)の違いという点が一番大きいと思う。
 またこのところの自衛隊の役割も、軍事的なものばかりではなく、海外支援活動や災害対応の比重が大きくなっていることも仕事にやりがいを求める若者の気持ちに合うのかもしれない。

 いずれにせよ、最近の我が国を取り巻く周辺事情はにわかに「キナくささ」を増しており、それに対し政府も現実的舵取りを余儀なくされ、同時に自衛隊の抑止力に対する期待感も高まっている。
 国際関係のすべてが理性的な話し合いで解決できるのなら、それが理想というものである。しかし残念ながら、現実の世界では国家そのものの発達段階に大きな差があり、依然として武力を背景に自分達の利益や主義主張を通そうとする国家並びに集団が存在するというのが実情である。そうした現状において、本やニュース映像で知るのみでなく、自らの目と耳で我が国の自衛力の一端を確認しておきたいというのが今回の視察の目的であった。 (つづく

富士総合火力演習

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2014年9月 6日 (土)

岡崎リトルリーグ 全国大会・初出場初優勝!

岡崎リトルリーグ

 強豪ひしめく愛知にあって、平成8年夏と平成12年春の三河高校出場以来、岡崎からはなかなか高校野球で甲子園まで手が届いていないが、弟分がひと足先にデカイ仕事をやってくれた。
 8月23日(土)、24日(日)の両日、北海道の石狩市で行われた2014年全国選抜リトルリーグ野球大会で、「岡崎リトルリーグ」チームが初出場初優勝という偉業を成し遂げた。
 つい先日(8月18日)、出場報告を受け、選手諸君を一人一人に握手をして激励したばかりであったせいもあり、私も自分の子供が達成した手柄であるようにうれしい思いがしたのである。

 出場報告の時は固くなるとふだんの力が出なくなると思い、「目の前のプレーに集中して全力を尽くして下さい。東海大会優勝がすでに十分スゴイことですから北海道で楽しんで下さい」というような挨拶をしたのであるが、選手は気合いするどく「絶対に優勝します」「優勝を目指します」という言葉が多かったのである。やはり勝負ごとは最初から強気で、必勝の信念で向かうべきものであるとリトルの子供達に教えられたような気がした。
 選手の話では決勝までの四試合のうち、初戦の東関東代表の強豪竜ヶ崎チームとの試合が一番苦しいものであったそうである。その試合に1対0で勝ち抜いて波に乗り、優勝したのではないかと考えられる。
 がんばったのはピッチャーを中心とした守りだけではない。彼らは準決勝と決勝で6本もホームランを放ち、チームを勝利に導いている。
 いずれにせよ、まだ若い彼らの成した大業により、今後シニアリーグ、高校野球、大学、実業団、あるいはプロ野球へと大変期待は大きいものがある。でも、もし東京オリンピックで野球が競技として復活した時は、ぜひこちらでもがんばってほしいものである。
 とにもかくにもおめでとう。御苦労様でした。

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2014年9月 4日 (木)

本省、お百度参り・再び その2(下水道整備要望)

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 市長会欧州視察、平和祈念式典、茅ヶ崎市訪問の直後の7月25日、再び本省(東京)へ要望活動にでかけた。
 今回は「愛知県下水道推進協議会」並びに「矢作川境川流域下水道推進協議会」の会長の立場で、38市11町を代表しての要望活動である。ちなみに私は全国浄化槽推進協議会の会長でもある。

 愛知県の平成25年度末の下水道普及率は、名古屋市を除くと64.2%であり、全国平均の76.3%(平成24年度末)と比べ極めて低い水準であるため、更なる下水道の整備が必要とされている。
 そうした認識の元、

1.流域下水道、公共下水道の計画的かつ早期の整備

2.地方の負担軽減のための総合的な措置

3.地方債制度の改善及び地方交付税制度の充実

4.下水道業務に精通した自治体職員の育成

5.下水道管理者の役割の補完に対する総合的措置

 についての要望活動をおこなって来た。

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 月初めに河川要望でお会いした高木毅副大臣に再度ご挨拶をし、併せて、年末に岡崎にできる予定の実物大・恐竜モニュメントのPRもしてくる(高木副大臣は恐竜化石で有名な福井県の出身)。
 その後、前回と同じく下水道関連の部署を、国交省出身の中安副市長の案内で青山代議士共々順番に訪問したのである。
 私達は地元の期待を担って、気合いを込めて毎回真剣に要望活動をおこなっているのであるが、受ける方は連日こうしたことの繰り返しである。机の上に積み上げられた、それぞれの地区からの要望書の山の様子を見かけると心細くもなるが、自分達の熱意が実ることを信じ、黙々と(でもないか?)活動にいそしむ我々であった。
 本庁要望のコツは、くまなく関係部署に筋を通して挨拶をすることと、ポイントの部署、有力政治家に対しては重ねてていねいな要望活動をすることだと昔から聞いている。後は我々の努力の成果を信じるのみである。

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2014年9月 1日 (月)

本省、お百度参り・再び その1(河川整備要望)

榊原康正・西尾市長、八木哲也・衆議院議員と共に

 7月に入ると、毎年夏を迎える頃の恒例の行事が始まった。次年度の予算編成に向けて重点事業に対する国庫補助を確かなものとするために、要望書を作成し、各省庁に陳情活動を行うのである。
 現在では、かつてのように個別細分化した補助金バラまき行政の形態とはなっておらず、国からの補助金は「社会資本整備総合交付金」という形となって、地方でそれを工夫しながらメリハリをつけて各事業を行うタテマエとなっている(平成22年度創設)。
 そうは言うものの交付金算定の基礎となるのは、各地方でどういった事業を行おうとしているかという説得力のある計画書と、それを推進していこうという各自治体の熱意であるため、こうした地道な活動が必要とされるのである。
 昨年、ブログに〝お百度参り〟という言葉を使ったところ、「確かに実態はその通りですが、神頼みのような感じを与えるので要望活動と記した方がよいのでは」という御意見を頂いた。
 私としてはどちらでもいいのだが、いずれにしてもお百度参りであることには間違いない。理と礼を尽くして活動すれば必ず予算をつけてもらえるのなら要望活動であろうが、努力をしても最終的にあなたまかせの判定ならば、お百度参りと言っても構わないと思う。

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 7月2日、昨年同様、早朝より新幹線で上京することとなった。まずは午前中に衆・参両院の地元出身の先生方を中心に、県内出身のお世話になっている議員、並びに政党の有力者の方々の所へ要望書を持参してそれぞれ御挨拶に回る。
 私の選挙公約であり、重点施策である「乙川リバーフロント地区整備計画」については国、県の協力は不可欠である。とりわけ国交省(国土交通省)の各部局へのきめ細かい説明と要望活動は予算獲得に向けて重要な活動である。
 しかも今回の要望活動は、岡崎に関するものばかりではない。私は矢作川・鹿乗川各河川整備期成同盟会の会長として、西尾の榊原康正市長は矢作古川の期成同盟会・会長として、沿川市町の代表として県の河川担当課長と共に上京して来ているのである。

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 11時20分の水管理・国土保全局長に始まり、河川環境課長、国土交通副大臣、事務次官、国土交通技監、砂防部長の順に予約した時間どおりに訪れ、要望書を手渡し、手際よく要点を説明してゆく。そして私の場合、岡崎の重点施策も併せてお願いしていくのである。予約していても、急用のため時間が変更になったりすると間が空いてしまう。そうした時間を使って各課長の所へもできる限り細かく要望書と名刺を持って挨拶に回る。気が付くと交換した名刺が輪ゴムでくくる程の量となっている。私は用意された資料を自分の名刺と共に手渡して話をしてくるだけであるが、各資料をミスなく用意し、封筒に個々の役職と担当者の名前を正確に記して準備する担当職員の気苦労がしのばれる。
 しかも本人確認をして手渡す瞬間まで油断はできない。相手を間違えて手渡してしまったら、最悪である。
 一通りの要望活動が終了した後に、私と副市長は岡崎の重点施策の説明のために市街地整備課長の所まで出向いた。今回は岡崎市の施策についてのみであるので、心置きなく細部に亘って説明の弁をふるうことができた。
 その上さらに、地元代議士に個別に再度、念押しの陳情をポイントとなる部署、大臣に対しおこなって頂く。私も御縁の深い安倍晋三事務所へ要望活動にうかがったことは言うまでもない。

 ここまでの活動をしても確実とは言えないから、〝お百度参り〟と言うのである。 (つづく

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