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2014年6月 4日 (水)

青春のトンネル

Salinger, Goethe and Shakespeare

 このところ、時折、若者の自殺のニュースを目にすることがあり心を痛めている。自殺は可能性の放棄であり、実にもったいないことだと思っている。
 人間の能力の開花する時期や運が巡ってくる年は人さまざまなのに、それを待てない人もいる。また、人生には思春期と呼ばれるやっかいな時期があって、自分で制御できない暴れ馬に乗ってしまったような状態となる人もいるようである。
 世の中にはそんな時期を青春と呼び、ことさら美しく飾り立てて表現する人達がいる。しかしその実態は、自分の夢や希望に対する限界や無力さに打ちのめされたものであることが多いものである。
 まれにスポーツや芸能の分野で成功した一部の人間の存在が華々しく伝えられることがある。しかしその人の個人的内面に入ってみれば表面上の華麗さとは裏腹に、現状を継続させるための異常なる努力と献身、自己犠牲が秘められており、心の中はより以上の不安と葛藤(かっとう)に満ちていることが多いものである。
 また青春とは〝思索(しさく)の時代〟でもあり、思い悩み、多くは悲観的な思いにふけるものである。決して歌やマンガ、TVドラマや小説で表現されるように明るく美しいものだとは思えない。
 子供の頃には見えなかった人間行動の裏、人の心の闇、社会の本音と建て前、人のウソや裏切り、そうした人間と世の中の負の部分を見分ける目が養われてくるのもこの時期である。大人になれば、そうしたことにも少しは慣れてくるものだが、思春期には、いささか刺激が強過ぎる場合もある。時にそれに耐え切れず、自ら命を絶ってしまう人がいる。

 若い時には、そうした青春時代の心理的トンネルの暗闇がどこまでも続き、出口のない絶望的なモノに感じられることがある。だが、そんなトンネルもある時突然途切れて、青空が広がってくるものである。いつトンネルを抜けられるかは、人さまざまで誰にも分からない。しかし必ず抜けるのだ。誰しもそこまでトンネルの暗さと不安に耐えなくてはならない。
 不安に耐えるコツが一つだけある。それは大なり小なり皆同じトンネルを通っているということを思い出すことである。不安なのはあなただけではないのである。誰しも青春のトンネルをくぐり抜けるまでは、精神的な暗闇と不安につきまとわれるのである。

 しかし朝の来ない夜はない。昼の喧噪の真っ只中に入ってみれば、夜の暗闇と孤独が懐かしく思い出されることもある。いずれそんな風に自己の人生を振り返ることのできる時が必ずやってくるものだ。とりあえずそこまでは生きていこう。
 人間の成り立ちを考えても、一人の誕生には必ず二人の親と数えきれない祖先の存在がある。また一人の命の存在のカゲには、生まれ得なかった数億の可能性があるのである。
 今、生まれてこの世に生きているということは必ず何らかの意味があるのである。それが分からないうちに可能性を放棄するというのはいかにももったいないし、この世の創造者(いればの話)の意にも反することと思う。今理由は分からなくても、ただ生きていることにも意味があるのである。

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