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2014年5月

2014年5月31日 (土)

矢作古川分派施設(堰を含む)の起工式典

 4月20日(日)、当日はあいにくの曇り空であったが、地元各方面より待ち望まれていた矢作古川(ふるかわ)の分派堰(河川の流水量を調節する堰)の起工式が西尾市志貴野町の矢作川左岸、矢作古川との分離地点でとり行われた。

矢作古川分派施設

矢作古川分派施設

 矢作古川は、かつては矢作川の本流であったが、蛇行する川の流れが原因となって水の流れが阻害され、流域の各地で度々水害に見舞われるという不幸な歴史があった。
 そこで慶長8年(1603年)に徳川家康の命により、現在の本流の元となる矢作新川の開削工事が行われ、2年後に完成し現在の矢作川の流れができた。(矢作新川の名称は今はない。)
 徳川家康公と言えば、歴史上、忍従の人生と戦(いくさ)の話ばかりが伝えられるが、江戸初期における江戸湾干拓事業をはじめ、治政においても数々の土木事業を成し遂げてきた政治家であるという側面も忘れてはならないと思う。
 しかしながらそれらの治水工事を経てもなお、矢作古川流域は水害の多発地帯となっていた。自然の地形上、流れがゆるやかであり、広田川、須美川等の支流からの流入増も加わるためであった。そのため西尾地区においては、今でも「徳川家康が岡崎の水害を減らすために、西尾で水があふれるようにした」という人がいるくらいである。
 ことの真偽はともかくとして、平成12年の東海豪雨災害や平成20年8月末豪雨災害の折にも流域各地で甚大な被害に見舞われており、その対策が急務となっていたところである。
 今回の分派堰の事業によって、基準水量として矢作川本流が毎秒6000トン、古川は毎秒200トンの流水量に抑えられることとなり、より安全な河川となることになる。
 これまで本流に大きな洪水が発生した時など、毎秒600トン近く流れ込むこともあった古川の流量が上記の水量に抑えられることによって、古川の水位は1.1メートル低くなる。このことで、洪水となった支流もスムーズに古川に流れ込むことができ、中流域における豪雨時の浸水災害の軽減にも大きく寄与することとなる。水は物理の法則通り流れ、ごまかしは効かないのである。

 岡崎においては、南部の浸水被害を防ぐため、現在、占部川などの改修工事が進められている。しかし、河川が改修されれば下流に流れる水の量も増えるので、分派堰を設置して矢作古川の安全を確保することは、岡崎市内の浸水被害を解消するためにも必要なのである。
 間もなく、占部川及び砂川の床上浸水対策特別緊急事業が完成するが、昨今の集中豪雨は〝ゲリラ豪雨〟とも呼ばれ、一点集中的に局地災害をもたらすことも珍しくない。今年度からは、施設整備などハード面の対策だけでなく、民間における雨水浸透施設の設置を促すなどソフト面の対策も含めた、効率的かつ効果的な治水対策を策定する予定である。
 なお国土交通省は、来年平成27年6月までには、当該分派堰において、少なくとも矢作古川の流量を抑制する機能は発揮させることとしている。一日も早い完成が待たれる。

 いずれにしても、今日までの事業計画の推進に対し、賜った国会議員の先生方はじめ、国県市の関係各位の御理解、御尽力に対し重ねて感謝を申し上げるものであります。

矢作古川分派施設

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矢作古川分派堰完成に思う (2016.06.04)

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2014年5月26日 (月)

内田康宏と行く富士山五合目・富士五湖周遊の旅

内田康宏と行く富士山五合目・富士五湖周遊の旅 2014年5月25日

 このたび、後援会の皆様、ご支援頂いている皆様の相互の親睦をはかるために富士山周遊1泊2日のバス旅行を企画いたしました。宿泊先の部屋数の関係上、班を3つに分け、本日2回目の旅行を無事行うことができました。何かと行事の多いこの季節、大勢の方のご参加を賜り、心より感謝申し上げます。また、月曜日は公務のため岡崎に早めに戻らなければならず、最後までご一緒できなかったことをお詫び申し上げます。
 3回目となる次回の旅行は、6月1日(日)~2日(月)の予定です。
 内田康宏のホームページ - イベント情報

 石和温泉の湯は皆様からたいへん好評でした。

内田康宏と行く富士山五合目・富士五湖周遊の旅

内田康宏と行く富士山五合目・富士五湖周遊の旅 2014年5月25日 1号車

朝霧高原 ドライブインもちや

内田康宏と行く富士山五合目・富士五湖周遊の旅 2014年5月25日

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2014年5月23日 (金)

グライダーから見る、矢作の未来

岡崎飛行クラブ 2014年4月13日

 4月13日(日)、「煙と何とかは高い所へのぼる」と言うように、今年も岡崎飛行クラブの御好意により、体験飛行会の前にグライダーに乗せて頂くこととなった。ブログに書くのも今回で2度目である。(前回はこちら。)
 昨年NHKのインタヴューに答えて、「行政を担う者は、時に200~300メートル上空から地域の現況を眺めて見るべきだ」と述べたため、今年もお誘い頂き、二つ返事で実現の運びとなった。
 私達は地上からの現地視察、図面や地図によった検討ということは日常よく試みているが、高度200~300メートルという肉眼で目視できる高さから鳥瞰図として行政区を見る機会は少ない。このような視点で郷土を眺め、再考することによって、新たな発想、新規の事業計画の芽生えも期待できると考えている。
 昨年は中心市街地上空を20分近く飛び、乙川沿線をじっくりと見直すことができた。緑地帯の配置の様子や道路の整備状況、未利用の空き地の点在する場所など、地域の総体的な様子から細部とのつながりまで、具体的に再確認することができ、その後のリバーフロント整備のプランニングにも活かすことができたと思っている。

 今年は曇天に加え、早朝であったせいか、空気が十分に温まっておらず、従って上昇気流の発生も少なく、昨年ほどの滞空時間をとることはできなかった。この点が動力飛行機と違って、風頼みのグライダーの泣き所である。今回は高度を十分にとれなかったこともあって、10分足らずの飛行となったが、それでも矢作川流域から、矢作地区南北の上空をおおむね一回り飛ぶことができた。
 実用化されてから最初の飛行機の仕事が、軍事用の偵察であった理由がよく分かる気がする。要するに全景が丸見えなのである。
 「砂漠のキツネ」と呼ばれた第二次大戦ドイツ機甲師団のロンメル将軍もただ智略だけで勝利していたわけではない。戦いの前には自ら小型のセスナ型機(注)に乗って敵情視察を行っていたという。敵上空を通過する時はエンジンを切り、グライダー飛行を行ったという。

岡崎飛行クラブ 2014年4月13日

 矢作川流域と言えば、県会議員の頃から、南北をつなぐ幹線の整備や下水道の完成と併せて、公園の建設、狭隘な地域道路の拡幅などが、毎回地域要望として言われてきたことである。
 ことに区画整理事業によらず宅地開発されてしまった地区においては、定期運行バスの運行計画も立てられず、ゴミの収集車さえ周回できないエリアもあるのだ。
 先般行われた矢作地区の市民対話集会においても改めてそうした問題の指摘があったところである。

岡崎飛行クラブ 2014年4月13日

 今回上空から見ることにより、そうした問題点を追認させられると共に、三菱、フタバ産業、東レなどの工場群はあるものの、宅地以外にまだ大きく残る矢作の農業地帯としての側面を再認識することができ、十分意味のあったものと思っている。
 本市の農業を牽引している多くの農業経営者の存在を忘れてはならないし、先代市長までの既存の都市計画マスター・プランの存在もある。こうした現実を無視することはできないが、矢作には広大な空間が十分に残っている。そうした用地の活用いかんによって、この地域にはまだ将来に向けての大きな発展性が感じられるように思う。
 現在矢作の真ん中を南北につなぐ矢作桜井線の高架事業が進められており、平成26年度末には完成の予定である。
 また国・県と共同しながらの矢作川河川敷、堤防道路を活用した新たな南北道路の工事も進んでいる。併せて、河川敷を利用したウォーキングやサイクリング・コース、また十分なスペースのある場所には、各種スポーツ場や公園としての代替機能をもたせる使用ができないか検討しているところである。
 いずれにしても、矢作川は河道改修事業による防災上の一つのポイントであると同時に、市民生活にゆとりをもたらす可能性を秘めた貴重な空間であると言える。

(注) 文中セスナと書きましたが、私の調べた限り、正確にはフィーゼラー「Fi156 シュトルヒ」というドイツ製の軽飛行機です。

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2014年5月22日 (木)

『リバ!』2014年6月号

オカザえもん岡崎アート広報大臣退任式

おはようございます。内田康宏事務所からいつものお知らせです。
『リバ!』2014年6月号が発行されました。
市長のコラムは、先月ブログに掲載した「オカザえもん岡崎アート広報大臣退任式」です。

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2014年5月18日 (日)

老猫と連休の一日

 この5月、正月以来の連休を3日間取ることができた。いつものことであるが、休みの日は文字通り、心身の疲れをとるために休んで過ごす(眠る)ことが多い。
 しかし、今回は家のそうじと共に、おばあさん猫ミー(16歳)の健康診断をしておきたかった。この1月に愛犬アルが満18歳目前に亡くなったので、ミーがいちばんの高齢となった。犬と違って、私に対して様々な要求ばかりするワガママな奴であるが、長年一緒に暮らしてきた家族同様の動物に続けていなくなられては、こちらの神経も参ってしまうというものである。
 実際情けないことであるが、10年も一緒に暮らしていると、猫の泣き(鳴き?)方としぐさで、彼女が何を求めているのかが分かってしまい、条件反射的に要求に応えてしまっているのである。また猫の方もこちらの行動を先読みして動いているようなフシがある。彼らは思ったより利口な存在なのである。

内田家の猫 ミー

 連休中にはたして開院しているのか分からなかったが、娘の担当である三匹の猫(ぷーすけ、ぴー子、虎男)とボス猫キックがお世話になっている動物病院へ出かけることになった。嫌がるミーを猫バッグに押し込んで病院に向かった。ケンカによるケガの治療のため虎男が先週まで使っていた猫バッグに入れたせいか、ミーはかなり御機嫌が悪かった。ふだんは決して発しないような、野太い低音のうなり声で、まるで魔女が呪文を唱えるように長らくうなり続けていた。猫は人の十数倍の嗅覚を持つというから、先の使用者のニオイがガマンならなかったかもしれない。

 待合室で偶然御一緒した娘さんと同行の上品な御婦人から「こういう時はネコちゃん自身のニオイのついたタオルを入れておくといいんですよ」と教えて頂いた。もう、いい年をしたバアさん猫(人の70~80歳)ではあるが、ウチの他の猫どもとは違い、生まれてからずっと家猫育ちであるため、外に出ることにかなりナーバスになっていたらしい。御婦人も猫連れであったが、3歳で引き取った猫について「御縁があってウチに来た動物だから家族の一員としてみています」という物言いをされていた。やはり生き物を飼われる方は、同様にやさしい心根を持つ人であることが再確認できたようでうれしい気持ちになれた。
 ミーは血液検査の結果、老齢のため腎機能の低下が若干見られるものの幸い他に異常はないことが分かった。「食べ物に気をつけて下さい」ということであった。

 それにしても、犬と猫は共に人類とは長い付き合いではあるが、その性向はずいぶん異なっている。犬は集団を意識し、人間の指示に従うことが多いが、猫は自身の意志と欲求に忠実な自由主義者(?)である。
 はじめからそう理解して付き合っていれば腹も立たないものであるが、猫さんは時々人間の予想もしない行動により、我々に驚きをもたらしてくれる。どこで捕まえたかしれない鳥や生きた魚をくわえてきたりすることもあった。
 ウチの娘に言わせれば、「猫は飼っていると思ってはいけなくて、飼わせて頂いていると思わなくてはいけない」ということになる。確かに古代エジプトで神として崇められていたのは猫であるし、中世ヨーロッパでは魔女の使いとしての力を信じられてもいた。猫には、犬よりも自立した存在感があるようである。
 しかし私には、猫にかこつけて娘が自分のことを言っているようにしか聞こえないのであるが、どうだろう。

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2014年5月13日 (火)

活性化本部の提言と市の対応について

「乙川リバーフロント地区整備」提言書

 2月に岡崎活性化本部から岡崎市に対してなされた提言は、昨年5月から始まった6回の部会と3回の懇談会を経て作成されたものである。
 内容は大別して4分野にわたっており、「1.殿橋を含む橋の整備」、「2.徳川四天王の石像の設置」、「3.夜間の河川空間を意識した照明」、「4.岡崎公園と一体化した周辺の施設整備」等に関する具体的な指摘、提言となっている。

1.殿橋を含む橋の整備
 まず殿橋については、昭和2年(1927年)の建設以来80年以上経ち、老朽化が進み損傷も見られるが、公益社団法人土木学会から近代土木遺産に指定されていることもあり、県としてもなかなかすぐに建て替えるとは言えないところである(予算の都合もある)。
 そうしたことから、今回活性化本部から「昭和の意匠を後世に残す意義も大きいことから、建設当初の形を忠実に再現しつつ、できるだけ速やかに長寿化対策を講じていくことが強く望まれる」と指摘されている。
 この点については、愛知県からも「今後2年間の予定で橋の長命化対策の修復工事にかかりたい」との説明を受けているので、岡崎市も提言に沿った形で県に協力していく心づもりである。

「乙川リバーフロント地区整備」提言書

 また「籠田公園の南の中央緑道の延長線上にあたる乙川に、新しく人道橋(じんどうきょう)の建設を行うことが望ましい」との提言を受けている。この中央緑道は殿橋と明代橋の間に位置しているが、ここに新橋を設ける計画は以前からあったものである。そして今回それを人道橋という形で提案されたことに大きな意味があると考える。この人道橋の設置によって、東岡崎駅前から伝馬通、康生地区への新たな人の流れを作り、それを岡崎公園方面にまでつなげる導線のきっかけとすることができる。また籠田公園から中央緑道、人道橋にかけて、南北を結ぶ一つのまとまったイベント・ゾーンが確保できることになる。人道橋にすることによって、建設コストも低く抑えられるし、橋の上の空間も自由に使えるようになる。
 とはいえ、非常時のことも考え、地震災害時には緊急車両が通行できる強度は確保しておきたい。
 また例えば橋の外観を木調にすることで額田の木材を積極的に使用し、20年に1回ほど(?)行う木部の取り替えを、伊勢神宮をマネてイベント化することもできるだろう。多くの可能性に富んだこのプランは、中心街活性化のためにもぜひ実現したいと考える。
 そのように話すと、「ツイン・ブリッジ計画の公約は断念か?」という声が出てくる。
 そもそも殿橋・明代橋は老朽化の著しい進行により、架け替えなどの補修を行わなければならないという前提がある。そこで、架け替えを行う際には岡崎に相応しく、十分なフリースペースを持った橋にすべきというのが、私が選挙以来訴え続けてきたツイン・ブリッジ構想である。また「具体的に何をやろうとしているのか分からない」という声に応えて、ツイン・ブリッジのイメージ・プランを描いたが、これらはあくまで岡崎に相応しい橋の一つのモデルとして提示したものである。
 しかし、今回、殿橋を管理する愛知県が「今後2年間の予定で、橋の長寿命化対策の補修工事」を行うという決定をし、また、活性化本部からは「昭和の意匠を後世に残す意義も大きい」と提言されたことで、当面、殿橋架け替えの緊急性は薄れたと考えている。

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 「中央緑道の延長線上の新しい人道橋の建設」は、東岡崎駅からの市の中心地区に人々が回遊する導線の整備や、乙川の景観をゆっくり楽しめるフリー・スペースの確保、通勤・通学時の交通緩和といった、これまで残されてきた課題も併せて解消できるプランであると考える。
 殿橋・明代橋の架け替えと、新しい人道橋の建設は、一見、異なる施策に見えるかもしれないが、目指すところは常に一貫しているのである。
 なお、殿橋にしても、明代橋にしても、いずれ架け替えなければならないことは確かであり、その時には、ぜひ、岡崎の伝統と歴史を伝える橋(殿橋)と橋上公園の機能を持つ夢のある橋(明代橋)という、当初のコンセプトを体現する橋にするよう、事業主体者たる県側としっかり協議していきたいと考えている。

2.徳川四天王の石像の設置

 次に「岡崎の石材と石工の伝統技術を活かした徳川四天王像を設置することが望ましい」という提言も頂いた。数あるリバーフロント整備計画の中で唯一私のオリジナルのアイデアである四天王像について御理解を頂きうれしい限りである。
 「仕事がなくて技能の伝承ができない」と嘆く石工業界に、技術の粋(すい)と誇りをかけた仕事の機会を作り、市民の岡崎の歴史と伝統技術への理解を深め、岡崎に生まれた子供達に郷土の英雄物語と三河武士の心を伝え、古里(ふるさと)に対する愛着と誇りを育むために、岡崎の精神的シンボルとしてぜひ立派な石像をつくりたいと思う。なるべく早くデザインを決め、設置予定場所の強度調査を行いたいと考えている。
 殿橋の架け替えは先のこととなるため、設置場所に再考の可能性が残るものの、名人、名工の元気なうちに手がけておきたい事業である。
 なおデザインのコンセプトとしては、青壮年時代の家康と行動を共にした若き四天王像のイメージにしたいと思っている。

3.夜間の河川空間を意識した照明
 「河川空間のライトアップ」についての指摘はすべての計画の中で最も重要であり、最も早く実現できる可能性のある事業である。
 単純な照明の連続ではなく、堤防上の照明、河川敷の照明、橋に対する照明、また場所による明度のメリハリや近くの建物、樹木、動物、昆虫等に対する影響も考慮する必要もある。また照明機器の多様性もカギとなる。通常の街路灯や小型で丈の低いものや、路面に埋め込みされる型で耐水性のあるものなどに加え、お祭りイベント時には、例年用いているぼんぼり照明や今回初めて試みた簡易な植え込み式ソーラーライトも使いたい。さらに専門家の知恵を借りて、効果的な照明を実現したいと考えている。
 夜間の乙川の河川空間が明るくなるというだけで、岡崎の雰囲気、イメージはガラリと変わると確信している。
 また、河川敷及び河川空間については、「遊歩道」、「ランニング・コース」、「サイクリング・ロード」をそれぞれ実用的に配置したコース取りを計画している。
 ドッグラン運動公園に加え、親水公園として子供が安全に水遊びのできるスペースを設けることも検討中である。
 本年、実験的に行った遊覧船手こぎボート(スワン型も含む)やカヌーの練習場についても、水域と使用期間の住み分けを考慮しながら実用化する方針である。
 懸案になっている川の噴水については、遊覧船などの水面利用計画と併存できるモノを検討している。 乙川の水面利用並びに水量の確保については、今後、国、県及び農協、乙川漁協とも対応しながら進める必要があると考えている。

「乙川リバーフロント地区整備」提言書

4.岡崎公園と一体化した周辺の施設準備
 まず、本年の調査により、改めて岡崎城周辺が歴史的に宝の山であることが判明している(次回に詳細説明)。
 東岡崎駅前から中心市街地、河川堤防プロムナード(レストランやカフェ)、乙川河川敷、岡崎公園というエリアを一くくりにして再整備していくことが、今回、活性化本部から指摘された課題であると受け止めている。やはりこの空間におけるメイン・スポットは岡崎城、岡崎公園であるため、歴史的由来をしっかりと掘り起こし、明確で統一性のある案内掲示をしていきたいと考えている。同時にこの地を訪れた市民や観光客に快適に過ごして頂くために、トイレ、ベンチの整備に加え、各種おもてなしのシステムを再考しなくてはならない。
 さらに外からおみえのお客様に満足感を抱いてお帰り頂くためには、①おいしい食べ物、②興味をひく催し(施設)、③魅力的なオミヤゲ、④岡崎ならではのサービスの4つの課題について、市民や商店街の皆様のお力添えも必要となってくる。
 太陽の城跡地については「地域の名産や野菜などが買える『川の駅』(仮称)のような商業施設や休憩所、リバーサイドカフェ、ギャラリーなどが入る観光複合施設、及び、実現可能であれば河川のアクティビティのためのリバーベース」が提言された。
 市としては現在、前市政の方針を受け継ぎ、シティーホテルの誘致を目指しているところであるが、暫時のプランとして「宿泊施設等の民間施設を含めた整備構想」の検討も進めている。
 なお、事業の全体像が決定するまでの間は、リバーフロント整備時の工事車両、資材置き場などの使用も考えている。
 また活性化本部の提言に加えて、現在岡崎市が推進している東岡崎駅の東部の北東地区整備も今回の提言に併設して重要なものとなってくる。
 岡崎を訪れた方が、まず駅前の北東街区においてくつろぎ、乙川の景観を楽しみ、市内観光の情報を得るステーション的機能を持たせる必要がある。
 ことに中心地で駐車場が不足することから、このあたりに大型バス専用の駐車場を考えるべきと思う。
 さらに、現在進行中の東岡崎駅周辺整備が一段落した所で、「静岡市にも浜松市にもありながら、生誕の地岡崎には無い」と言われ続けていた駅前の家康像を、新たな岡崎の顔としてぜひ設置したいと考えている。
 東岡崎駅前に置く像は、桶狭間の敗戦から立ち上がり天下を目指して歩み始めた、19歳から29歳の頃の青年家康の像が、伸びゆく岡崎の発展の象徴としてふさわしいと思う。当然、岡崎城を本拠地として活躍していた時代の家康の像と乙川の四天王像はコラボレート(協働)することになる。

 これらが現在、岡崎市が活性化本部の提言を受けて推進しているリバーフロント構想にかかわる計画の骨子である。
 以上のプランを実現化していくために、現在市役所内では、各部・各課を横断するテーマごとのプロジェクト・チームを編成し、責任の所在を明らかにして、それぞれの課題に取り組むことにしている。そして各チームを統合して、各事業の推進状況を報告し、情報を共有してバランスをとりながら問題解決を企っていくためのリバーフロント推進会議を、市長である私のもと、定期開催している。
 今後、国との許認可取得対策にあたり、河川管理者の愛知県、商工会議所、地域住民代表、商店街の代表、そして活性化本部と連携をとりながら事業を推進していきたいと考えている。

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2014年5月 8日 (木)

新年度(H26年)を迎えて

平成26年 桜まつり

 3月から4月にかけて、スケジュールが過密で、濃厚な行事が多かったため、ブログの原稿を書く時間がなかなかとれず、このところ間が空いてしまっていることをお詫び申し上げます。
 ようやく3月定例会における新年度予算と新しい人事が確定し、春の桜まつり、家康行列など定番の大イベントは多くの観光客にご覧頂くことができ、成功裡に終了しました。現在少しホッとできるようになったところであります。
 遅ればせとなりましたが、このところの出来事の報告を兼ねてブログを再開したいと思います。

 市長就任一年目の昨年は、一年間をかけて、これからの岡崎をどう考えるかということを市民に語りかけ、私の政策に対する御意見を再確認するための一年であったと思う。各地における市民対話集会、40回以上の講演会を通じて、市民の皆様と様々な意見交換を行うことができた。
 私学助成の拡充やワクチン接種に対する補助の推進など、予算の確保により実現できるものはできるだけ早期に手がけるようにしたつもりである。しかし選挙の際に特に強く訴えた「岡崎のまちづくり、活性化」については、これからが本番であると考えている。
 今年2月には、昨年より民間主導の試みとして始まった岡崎活性化本部から「乙川リバーフロント地区整備」についての専門家の手による提言書を頂いている。また、その少し前には「乙川リバーフロント・アイデアコンクール」を開き、子供から大人まで、2,500人もの方々からイラストや作文による河川空間を活かしたまちづくりのアイデアを頂くことができた。

乙川リバーフロント・アイデアコンクール

乙川リバーフロント・アイデアコンクール

 そうした多くの市民の皆様の声を活かした、新時代の岡崎のまちづくりをいかにスピード感をもって実現していくかが、私に課せられた使命であると思っている。
 私が選挙以来訴えてきた岡崎の歴史・文化遺産と乙川・矢作川の河川空間を活かしたまちづくりを、私の〝思いつき〟のように言われる方が時にいるが、私の話したことを十分理解した上での発言とはとても思えない。
 ここで改めて述べると、私が選挙以来語り続けてきたことは決して私一人の思いつきなのではなく、その多くは、これまですでに先人が言い、提案したことを焼き直したようなプランなのである。
 更に言うならば、ここ40~50年にわたって、歴代市長、議会関係者は言うに及ばず、商工会議所や各地区の商店会、諸団体の会合、一般市民の宴席や井戸端会議なども含め、岡崎市民の間で長らく議論され続けてきた重要課題であると言える。それを知らないとすれば、本当に岡崎市民なのだろうかと思えるくらいである。

 これまで何度も具体的なプランが提案されたことがあるが、もう少しで実現かという時に、市長選挙による政変などでボツとなってしまうことが少なくなかった。基幹的重要政策の継承がスムーズに行われなかったことは、岡崎市政の一つの反省点であると言えるかもしれない。

乙川リバーフロント地区整備 提言書

 このたび、そうした過去のプランも含め、広く市民からのアイデアを求め、その上で都市計画の専門家、建築士、まちおこしプランナー、地域商店街の代表などのプロの目でチェックし見直してもらい、更に、活性化本部独自の検討会議を重ねて、より具体的な提言としてとりまとめて頂いたのである。
  それらの提言を受け、先般、市としての「基本方針」を策定したところであるが、今後それをどのように実現してゆくかということが問われている。
 もちろん行政の行うことであるから、懐具合(財政)と相談して他の分野に大きな影響の出ないように進めたいと思っている。
 何度も言ってきたことであるが、この地域の豊かさの根源は「モノづくり」にある。その基本を踏みはずすことなく、これからもモノづくりに対する経済対策は重点政策としてすすめる。その上で新たな経済の柱として岡崎に本格的な観光産業を育て上げたいと考えている。(つづく

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2014年5月 3日 (土)

交通安全に思う

鈴川信視・岡崎警察署長

 4月早々、新しく岡崎警察署に着任された鈴川信視署長より感謝状を頂くことになった。これは昨年(平成25年)一年間で岡崎の交通死亡事故が前年の16人から8人へと大幅に減ったことに対するものである。
 昨年は1955年に統計を取り始めてから最も交通事故死者数の少ない年となった。これは警察署はじめ各地域、学校、企業、関係諸団体の皆様の御協力・啓蒙活動のおかげであると心から感謝しております。
 4月3日朝、鈴川署長より立派な感謝状を頂いた訳であるが、当日私は少々恐縮していた。ここ数年2件ずつ発生していた1月の交通死亡事故が今年はゼロとなり、幸先の良いことと思っていたところ、2月、3月と立て続けに死亡事故が2件続き、4月前の時点でもうすでに昨年の半分に達してしまっていたからである。
 本年も相変わらず交差点における高齢者の事故が多い。ほんの少し、注意深く行動していたら、命を失うことはなかっただろうに、本当にもったいないことだと思うものである。
 4月に入って、今年も各地から信号設置の要望の声が多い。しかし、信号はあっても一番肝心なのは、自分の目で安全確認をしながら交差点に入ることである。「相手が悪い」と言ってみても、死んだら元も子も無いことは言うまでもない。

 最近は自分で車を運転する機会もめっきり減ってしまったが、私自身せっかちな性格であり、それが車の運転に現れることがあり、時にハッとすることがあった。また、そうした傾向は私ばかりでなく、やたらと先を急ぐ「せっかち運転」というものが、この地域の特性のように言われることがある。愛知県、ことに三河は産業地帯であり、時間に追われて生活する人間が多いせいかもしれないが、俗に「名古屋走り」、「三河走り」と言われ、「愛知県の人間は車の運転が乱暴である」と県外の人達から指摘されることがある。
 そうしたことは車ばかりではない。先日も自転車に乗った御老人が横断歩道も渡らず、幹線道路を左右の確認もせずに「あんた達止まっておくれ」と言わんばかりに真っすぐ前だけを見て横断してゆくのを目撃したばかりである。現在の交通事情を考えればこれは自殺行為にも等しいと言える。
 老人クラブなどではそうしたことに対する講習会が度々行われているが、高齢者で事故に遭われる方は、そうした講習を受けていないケースが多いそうだ。
 以前もブログで取り上げたことがあるが、公用車の運転手さんの運転を見ていると反省させられることが多い。信号が黄色になりそうな時には必ず停止するし、対向車が右折する場合、あるいはこちらに進入しようとする車があれば必ず先を譲る。こちらに優先権があると思われる時でも相手を優先するのである。また、20~30メートル先の歩行者が前方を横断すると思われる場合もその人を待ってから前進する。公用車の運転であるため、人からどんな苦情を言われることもないように、そこまで神経を使って運転していることが察せられる。

 もっとも商用車の方々に同様のことを要求してもそれは現実的ではないかもしれない。慎重すぎる運転に対して、時に後ろからクラクションを鳴らされることがあるが、皆が少しでもこうした心構えを持つようにすることにより、事故を大幅に減少することができると思う。
 個々の交通事故の状況を見れば、まさに、ほんの少しの油断で起きている事故ばかりであることが分かる。あとほんの少し注意深く、慎重であれば、こんなことにはならなかったろうにと思われることばかりなのである。
 言い古された言葉であるが、「交通事故は被害者の悲劇であると同時に加害者にも悲劇」である。一つの交通事故が原因で被害者にも加害者にも家庭崩壊の悲劇に見舞われることがあることを私達はもう一度考えてみる必要があると思う。

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