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2014年2月27日 (木)

犬と私の微妙な関係

内田家の犬 アル

 以下の文章は昨秋に書いたものである。

 どういう訳か、昨年来様々な機会に「市長が自分で犬の散歩をしてるんですか?」という問いかけを受けるようになった。
 時には「みっともないから止めろ」と言わんばかりの人までいる。県会議員の頃はそんなことを言う人はまずいなかった。市長とはそこまで堅苦しいものかと改めて考えさせられてもいる。
 しかし、私としては別に恥ずかしいことをしている訳でもないし、これからもビニール袋を片手に散歩を続けるつもりでいる。あえて言うならば、市長が犬の散歩をしているのではなく、30年この方、犬の散歩を続けている男がたまさか市長になっただけのことである。そう思えば何の不思議もあるまいと思っている。
 第一、あの西郷南州翁(隆盛)ですら、百年に渡って犬連れで上野に立ってみえるではないか。私ごときに何の支障があろう。しかもこれは犬のためだけでなく、自分の健康のためでもある。犬がいないとしたら誰がわざわざ一人で散歩などするものか。それに私は、幼少時から犬小屋で犬と添い寝するような育ち方をしているため、犬が近くにいないと精神的に落ち着けないということもある。

アルと子供たち

 現在ウチで飼っている犬は、この4月で18歳になる柴犬の雑種のオスである。前に拾って飼っていた雑種のメス犬が16歳半で亡くなった後、当時幼稚園児と小学生であった子供達と相談して「子犬を飼う」ことにしたのである。「もう、しばらく犬は飼わない」と言っていた嫁さんにはナイショである。(言えば反対される。)
 豊田市にある「愛知県動物保護管理センター」に電話をして、子供達と往復2時間かけて子犬を一匹もらい受けに出かけた。その時の子犬が現在の老犬「アル」である。子供達にとっては2番目の犬であるため、中国語の「2」(アル)が彼の名前となった。
 子供達には良い遊び相手であり、4番目の子供のようにして育ててきた。ウチの家族の中では一番気の利いた奴であり、場をわきまえ、ムダ吠えをすることもない。それでいて長年律儀に番犬の役割も果たしてきている。

アルとキック

 家に来た頃はまだ耳も立っていない子犬であり、慣れるまで私がコタツで一緒に寝てやったものである。そのせいかオス犬のくせに、後に娘が拾ってきた子ネコが寒がっていると、教えもしないのに抱いて寝てやるようなやさしい犬になった。そのネコが長じて外で喧嘩をしてケガをして帰ってくることがあれば、ナメて介抱までしていた(猫のためには良くない)。
 先日も自分の寝床にネコが先に寝ていたら、彼は外の床の上で横になっていた。こんなイイ奴はいないと思う。私にとっても大切な相棒であり、近くにいるだけで心に安心感を与えてくれる貴重な存在だ。最近は高齢のせいか(犬の18歳は人の100歳近い)、耳が遠くなり少しボケが始まったかと思うこともあるが、長年の功労者である彼を粗末に扱う気にはとてもなれない。

 このように近年は人ばかりでなく、犬猫の高齢化もすすんでいる。それに伴い、糖尿病やガンや尿管結石のような、人間も罹る病気も増えているという。食事も昔のように残飯だけということはなく、中には人より高価な食べ物を与えられているペットもいる。少し調子が悪ければすぐに獣医にかけつけるし、夏冬は冷暖房の心配までする時代となっている。
 大型犬は短命な犬もいるが(10年以下)、中小型犬となると室内飼いが多いせいか15~16年は当たり前で、20歳近い犬を見かけることもある。猫の場合、去勢手術をして室内で飼えば20歳を越える個体もいる。確かギネス記録は35歳近かったと思う。
 いずれにせよ、彼らは歴史的にも人間とは最も深い関わりのある動物達であることは間違いない。大切にしたいものである。

ティム、内田康宏(昭和28年撮影)

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