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2014年1月 8日 (水)

新世紀アメリカ事情 第5回~第9回

Tokaiaichi20140108

内田康宏事務所からご案内申し上げます。
しばらく更新していなかった『新世紀アメリカ事情』(2001年9月21日~10月14日、東海愛知新聞)の残りをすべて掲載しました。
内田康宏のホームページ - 新世紀アメリカ事情

第5回「学校教育のあり方」、第6回「米国教育事情」、第7回「空港整備と都市の発展」、第8回「米国テロの背景と日本」、第9回「アメリカの愛国心」の五編です。
「米国テロの背景と日本」から一部をご紹介します。


 今回の問題(注・2001年のアメリカ同時多発テロ事件)の一番難しい点は、軍事行動のさじ加減を誤ると、サミュエル・ハッチトン教授が『文明の衝突』の中で指摘しているように、イスラムと西欧の対決を引き起こす可能性があることである。テロリストの狙いはそこにある。
 本来、こうした難しい国際関係の中にあって、第三者的立場にある日本の役割が注目されるところであるが、残念ながら我が国が独自性を発揮できる見込みは少ない。今も一部近隣諸国から、ありもしない我が国の野心を指摘されることがあるが、一般的に日本は、金こそ持っているものの国家としての意志の曖昧な頼りない国と思われている。それは今に始まったことではない。
 二十数年前、インディアナ大学で国際関係の講座を取っていた時、ケース・スタディ・ゲームをおこなったことがある。米・ソ・英・仏の先進国に、イラン、イラク、サウジアラビアの中東の大国とイスラエル、それにインド、中国を加えた十カ国を、一カ国につき三~五人の学生でグループ分けし、教授が設定する国際情勢に対応して各国グループ間で外交交渉の真似事をしながら政策決定していくのである。
 グループ分けが始まる前に「なぜ経済大国の日本がないのか。私一人でも良いから日本も入れて欲しい」と教授に言ったところ、教授はにこやかに笑いながら少し間を置き、小さな声でこう答えられた。「ミスター内田、駄目(ノー)です」。敢えて説明はされなかったが、「日本は国際政治をリードする要素とはなり得ない」という底意(そこい)を感じた。
 個人の存在と同じく、国においても国家哲学とも言える明確な方針と、それに連動した行為が伴わなければ、経済力だけで他者からの尊敬と信頼を得ることはできない訳である。

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