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2014年1月

2014年1月30日 (木)

小さなイライラ

 年末から年始にかけ宴席が続き、宴席の苦手な私には少々つらい時期となった。
 日々の生活において、私は酒もタバコもたしなまないし、ギャンブルも全く興味が無い(一人でニンテンドーDSのマージャンぐらいはやることもある)。
 よく知らない女の人と話すのも苦手である。よって夜の巷を出歩くことも皆無だ。第一そんな時間があれば、早く帰宅して読書をするか、録りためたDVDを観るか、あるいは寝た方がましである。県会議員になった頃からスポーツもあまりやらなくなり、当時先輩から「一体何が楽しみで生きとるのだ。そんな奴は死んだ方がいいな」と言われたこともある。
 この手の夜の付き合いをするともう一つ苦手なことが発生する。タクシーで帰宅することになることである。

 我々のような職業をやっていると、様々な場面で色々な人から質問を受けたり議論を仕掛けられたりすることがある。私はそうしたことも仕事の一部であると思っているので、時間の許す限り、イチャモンをふっかけられるようなケースを除いて、ていねいに応対することにしている。
 時に、本人は悪気はないのだろうが、タクシーの運転手さんから行政の苦情を受けることがある。それも市民の声であるので、国や県の事業であっても受け答えをするが、何せ十分な時間が無く、中途半端な説明となってしまうこともある。第一、タクシーを使うような時には私は疲れ果てていることが多い。
 先日もこんなことがあった。
「市内の某幹線道路の歩道がきれいになったと思っていたら、水道工事が始まり、それが終わったら今度はガス工事で掘り返され、見苦しくなった。あれは税金のムダ使いだ」
 と言うのである。内容はごもっともな話であるし、かつて我々も県議会において何度となく採り上げて議論した問題である。

岡崎市役所

 通常、行政の行う土木工事は年次計画が策定され、なるべくそうしたムダのないように予定が立てられるものであるが、ものごとは市の都合だけでは進まない。民間の仕事との兼ね合いもある。
 長引く不況に対応するため、土木建設業界はスリム化を進めてきている。ところがこのところ、東日本の震災復興事業やアベノミクスによる景気対策により、逆に人手や資材の供給に追われるようになった。賃金や資材の高騰の結果、公共事業の受け手がなく、致し方なく入札が不調に終わるケースがある。市の発注計画どおりに進まないこともあるのだ。
 ことに年末や年度末に、入札差金を活用した前倒し的な工事や、国や県からの急な補助事業の決定がなされると、工事の箇所が重なる場合もある。その他にも、事故災害に備えるため、予算を補正して緊急工事をする場合もある。そんなふうに工事が重なってくる時期には、あちらこちらで道路を掘り返すこととなり、車を使ってお仕事をされる方から苦情が多くなるものである。
 一般の方からすれば、そうしたことのすべてが役所の不手際のように見えるかもしれないが、世の中のものごとは市役所の都合だけで回っている訳ではないのである。(中には純然たる民間の工事のケースで文句が来ることもある。)「そういうことだから我慢して下さい」と言えないところがまた役所仕事のつらいところである。

 話せば分かる人が相手で、時間さえあれば、行政の機構、仕事の手順、予算の決定、議会への説明と承認、国や県との対応などを説明して御理解頂く努力をするつもりはあるが、タクシーの中ではなかなかそこまでの話はできない。また、そういうことをきちんと説明しても「言い訳だ」と言って理解して頂けない方も世の中にはいるのである。
 民主主義体制における仕事は、あちら立てればこちらが立たず、ということがよくあり、時に「ヒトラーやスターリンのような独裁者でもこれは難しかろう」と思われる案件もある。そんな大げさな問題でないにしても、急な質問に対し上手に説明できなかった時は、小さなイライラがつのるものである。時事の問題で、まだ外に向かって発表できない事柄もある。そんな役所仕事の特殊性もぜひ御理解頂きたいと思っている。

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2014年1月27日 (月)

映画『永遠の0』を観て

永遠の0

 1月1日夜、甥や姪たちと共にレイトショーなるものに初めて出かけることとなった。映画館で映画を観るのは実に20年ぶりのことであった。これまではすっかりビデオやDVDで観賞する習慣となっていた。しかし今回だけは、どうしても映画館の大画面で最新鋭のコンピューターグラフィックスの出来映えを味わってみたいという思いが強かったのである。

 結論から言うと、『永遠の0』は期待感が大きかっただけに少々ガッカリしてしまった。途中まではストーリー展開の巧みさや、CGの緻密さ、時代考証をしっかりとらえた飛行機や軍艦の様子に感心して観ていた。ところが後半の四分の一ぐらいから物語の運びが少々雑になり、小説かマンガを読んでいない人には話のつながりが分かりにくかったのではないかと思う。
 また、真珠湾攻撃の成功の後に一人だけ「空母がいなかった」と沈痛な顔をしていたのもウソっぽい。当時、どこを攻撃するかも知らずに何ヶ月にもわたって猛訓練ばかりやってきた下士官・兵の中にそんな奴がいるはずがない。ただただ喜びにはじけていたはずだ。あの時点で空母の心配などしていたのは、山本五十六大将と一部の幕僚ぐらいのはずである。第一アメリカですら、やられてみて初めて空母中心の航空機動部隊の力を思い知ったのである。それまでは仮に攻撃のあることを知っていたとしても、彼らは日本の力などなめていたのだ。
 もう一つ、小説の中で最重要であった、姉の婚約者の新聞記者と大企業の会長となった元・特攻隊員とのやりとりが、友人との合コンの単純な討論にすり替えられていたことは実に残念であった。
 日本の戦後歴史教育と戦争中から今に至るマスコミの欺瞞性を、戦争の当事者との対話によってアブリ出すというところにこの物語の一つのポイントがあったのに、あの描き方では映画の価値を下げてしまっている。映画製作への協力と完成後の宣伝活動に対する配慮があったせいか、お茶を濁した切り口になってしまったのは、やはり営業第一なのかと思わされる。
 それから最終盤。現代の幸福な家族風景の場面と共に、主人公の孫が歩道橋を渡る場面がある。そこに向かって宮部の乗った零戦が幻想的に飛んで来るという、マンガチックであざとい仕掛けがこの映画を台無しにしてしまっていると思う。またその時の孫役の男の演技がオーバーでクサイ。ここで感動を盛り上げようという製作側の企(たくら)みが見え見えで、シラけてしまった。
 あれだけの原作とすぐれたCG技術を駆使しておきながら、どうしてこんなつまらない結びにしたのかと残念でならない。想像による余韻効果を期待して〝突入場面〟で終えたのであろうが、シリ切れトンボの感がある。
 最後の特攻場面は「マジック・ヒューズ」(VT信管)の意味も含め、素人には少々説明不足である。米空母艦上での艦長と兵士のやりとりを削除したのも理解できない。唯一反対側の視点を見せる、締めとして重要な場面だったのだが、あの部分を省略したことで、何となく情緒性にのみ流れてしまったように思う。これではとても外国に持って行ける映画とはならないだろう。

 長大な物語を2時間強の映画にくまなくまとめることは無理なことはよく分かるが、小説が100点とするならば、マンガは96点、映画は78点といったところだと思う。
 配役が良かっただけに本当にもったいないことである。しかしCGの部分を見直すためにDVDは買おうと考えている(再編集のディレクターズ・スペシャルが出ることを期待している)。
 映画と小説は別物と割り切って観れば、それなりに楽しめる映画ではあるが、できればぜひ小説を読んでほしいものである。
 とはいえ、ふだん辛口のコメントの多い下の息子が「日本の映画で初めて感動した」と言っていた。ひょっとすると、この映画はそうした世代向けに作られているのかもしれない。

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2014年1月22日 (水)

インディアナ大学同窓会 in 岡崎

インディアナ州立大学同窓会(愛知県岡崎市)

 青年期のアメリカ留学は、私の人生で大きな転機となった出来事の一つである。それまでの私は自分の好きなことしかあまり熱心に取り組んでこなかった。高校時代は自省的・内向傾向に陥り、今でいう引きこもりに近い状態であったこともある。
 そんな私が自分から手を挙げて積極的にアピールしていかなくては認められない世界に放り込まれ、生きているうちに自分を変質させ、あるいは本来の自分を取り戻すことができたような気がしている。

 今手元に、戦後まもなくから最近までのインディアナ州立大学の日本人留学生650人あまりの名簿がある。目を通すと、そこに私の名前があることが恥ずかしいくらい立派な経歴の方々が並んでいる。一流企業の重役、大学の学長・教授になられた方々、研究者、ベンチャー企業の社長、あるいは国際的な音楽家などの各分野の専門家も多く、政治畑にいるのは私くらいのものである。
 毎年6月に東京の富国(ふこく)生命本社の会場をお借りして同窓会が開かれている。同社の小林喬元会長が同窓生であり、その御好意により続けられているものである。私も一、二度出席させて頂いたことがある。毎年講演会やパーティーが行われていることは知っているが、6月は議会のある時期でもあり、私のような職業の地方在住者にはなかなか出席が難しかった。

The Japan Chapter of the Indiana University Alumni Association

 ところが、先年私が市長に当選したことを知った有志の方々が岡崎で同窓会を開いて下さることになった。双方の都合で、11月下旬の日程となったのであるが、なにせ年末に向けてそれぞれ多忙な時期であり、最終的に参加者は8名となった。かく言う私自身、昼食会にしか参加することができなかった。もうすでに35年程前のことになるのに、かつての仲間や先輩方と昔話に花を咲かせる楽しい時を過ごすことができた。

インディアナ大学剣道部

 名古屋に本社のあるキムラユニティー株式会社現社長の木村幸夫氏は、インディアナ大学剣道部の創始者であり、私の前任の日本人会の幹事であった。勉強以外の様々な活動に携わるきっかけを与えて下さった恩人である。剣道だけでなく料理も教えて頂いた。後に私が一人でアメリカ大陸を長距離バス(グレイハウンド)で一周したり、南米のアマゾン探険の旅に出かけたりしたのはこの人の影響でもある。
 アメリカで剣道修業というのもおかしなものだが、ハワイ出身の有段者の日系人や物好きなアメリカ人学生を引き込んで、木村さんの弟の昭二さんと2年間剣道部を引き継いできたものだ。
 現・同窓会会長の服部恭典氏は、時計の服部セイコーの一族の方であり、私はイトコの方と「アイゲマン・ホール」という14階建ての学生寮で生活していた。
 副会長の小幡恭弘氏は現在、東京で公認会計士を営んでみえる。奥様には日本人会でパーティー等を行う時によくお世話になったものである。
 二村幸男さんは現在、名古屋でライフ・メディカル・アセット・デザイン研究所の所長をしてみえる。
 そして浜松からみえた伊藤元美さんは、在米中会社経営の経験もあり、現在は帰国して弟さんの会社の顧問をされているという。皆さんそれぞれ多様な人生航路を送っておられるようだ。

Indiana University

木村昭二さん、内田康宏ほか

 当時私達は、ふだんは広いキャンパス内にバラバラで生活していたが、日本人会でパーティーをやると何十人も集まったものだ。試験明けに公園でバーベキュー大会を開くという情報が伝わると、アメリカ人や外国の留学生まで集まってきて100人を超えることがあった。こうした準備はなかなか大変で、前日の夜、翌日の天気予報と参加人数を確認してから、生鮮食品のバーゲン・タイムを狙ってスーパーに買い出しに出かける(しくじると全部自腹になってしまう)。その後の味付けや調理の準備もけっこう大仕事であったが、今となっては集団マネージメントの良い経験となっている。

Indiana University

Indiana University

 かつて『Breaking Away』(邦題ヤング・ゼネレーション)という映画が全米でヒットしたことがある。その舞台となったのがインディアナ州立大学ブルーミントン校である。校舎があったのは緑の田園地帯の真ん中にある人口3万人ほどの大学町であった。
 映画は大学生と地元の青年達との恋のさやあてと、インディ500マイルレースを真似た「リトル500」自転車レースの物語である。私達は自転車ではなく、休みになると近くの牧場へ20人くらいで繰り出して、団体割引の交渉をして馬に乗っていた。日本の牧場のように同じ広場をぐるぐる回るのではなく、丘や森の中を小川が流れている広大な敷地を馬で走り回るのは実に爽快な気分だった。近くにはヨットに乗れる湖や安価なゴルフコース(10ドルくらい)もあった。
 そう書くと遊んでばかりいたようであるが、ふだんは試験とレポートと膨大な量の課題図書の読破に追いまくられる毎日であった。(今こんな文章を書いているのも、その時の習練のおかげであると考えている。)

 当時、日本人会の幹事として様々な体験をしたことが自信となり、それが今日までつながっているのだと思う。そんな機会を与えて下さったすべての留学生仲間と両親に今はただ感謝あるのみである。

インディアナ州立大学

インディアナ州立大学

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2014年1月20日 (月)

『リバ!』2014年2月号

『リバ!』2014年2月号

こんばんは。内田康宏事務所から『リバ!』2014年2月号発行のお知らせです。
(リバーシブルはこの2月号で400号を達成したそうですね。)
市長のコラムは、昨年11月にブログに掲載した「安倍晋太郎先生墓参」です。

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2014年1月17日 (金)

平成26年 岡崎市消防出初式と成人式

平成26年 岡崎市消防出初式

 1月12日(日)は、新しく冬のメイン・イベントに育て上げようと考えている消防出初式と、成人式の日であった。朝から厳しい冷え込みであったが、晴天に恵まれた良き日となった。
「例年の儀式的な式典風のものではなく、今年からは観客の皆さんに見て楽しんでもらえる〝ショー〟としての要素を加えたものにしたい」という私の提案を消防署ならびに関係者の皆さんに真剣に受けとめてもらうことができ、素晴らしい出初式ができたと思う。
 そもそも、お城をバックにした乙川の河川敷で行われるこの催しは、ロケーションだけ見ても絵になるものだと考えている。
 お決まりの式典挨拶に続く、「葵」武将隊の面々の演技もいつも以上に気合いの入ったキレのあるものであり、初登場の大須からの「OS☆U」のお嬢さん達も、SKE48に負けないダンスと歌を披露してくれた。(OS☆Uは昨年、あいち消防団PR大使に任命された。)

平成26年 岡崎市消防出初式

あいち消防団PR大使 OS☆U

平成26年 岡崎市消防出初式

平成26年 岡崎市消防出初式

 何より圧巻は、メインである消防職員と消防団の諸君のテキパキとした訓練の技であった。やはり観客が多いと特に気合いが入るのか、スピーディーで無駄のない動きが目を引いた。特殊車両を交えての救助訓練は真に迫っていたし、一糸乱れぬ車両部隊、徒歩部隊の行進も、映画で観た精鋭の軍団を見るようで頼もしい限りであった。
 婦人自主防災クラブの皆様も、市内の各地域に組織されており、まさに市民に愛され支えられる消防の一面がうかがえた。
 ことに素晴らしかったのは、一斉放水の水柱が今回文字通り一斉に上がり、青空に白い放物線を描いた瞬間であった。その美しさに後ろから思わず「カッコイイーっ!」と子供達の歓声が上がったことをお知らせする。
 当日、対岸の駐車場は満杯となり、観客総数も4,000人と聞いている。きちんとした観覧席を御用意できなかったにもかかわらず、御来場頂いた皆様には心から感謝を申し上げたい。

 出初式終了後には、岡崎miso娘とオカザえもんのショーも行われた。さらに消防車両の展示試乗会などで市民と観客の皆様に楽しんで頂き、ふだん消防署や消防団、防災ボランティアの方々がどんな活動をしているか身近に感じて頂ける機会が持てたことと思っている。
 片桐副知事が帰り際に「愛知県下の数ある出初式を見ましたが、これほど見事なものは他ではありませんよ」と言って下さった。来年はさらに趣向を凝らし、ぜひ岡崎の冬の名物にしたいと考えている。

岡崎miso娘とオカザえもん

全地形対応車両

 そして午後からは成人式が岡崎中央総合公園の武道館で行われた。満堂の新成人を迎え、盛大にとり行うことができた。

 今年の新成人は、3,825名(男1920、女1905)である。
 一般的に5~6年ほど前までは、「荒れる成人式」と呼ばれる時代もあったが、このところ経済と社会が落ち着きを取り戻したせいか、それとも会の運営方式の改善の成果か、平穏な成人式が続いている。
 成人式は新成人となった皆さんをお祝いすると共に、大人になられたことの自覚を促し、激励するために開催するものである。一日も早く心身共に大人としての認識と責任感を兼ね備えた社会の一員となってほしいものである。

平成26年 岡崎市成人式

平成26年 岡崎市成人式

 さて壇上から会場の新成人を眺めていて、自分の子供よりも若い世代が成人式を迎えるようになってきていることにふと驚きを覚えた。時の移り変わりは実に早く、容赦のないものである。
 鴨長明の「ゆく川のながれは絶えずして、しかも元の水にあらず」という言葉が思い出される。年々新しい世代が大人となり、そして年々社会の常識も変質してゆくのである。しかし時代によって変わらぬ価値もある。伝統、文化、習慣、民族の誇りなどそうしたものが無意識の内にも彼らに血脈として伝わることを祈るものである。
 新成人代表の言葉を聞いたとき、心から「次の日本を頼むよ」と彼らに言いたくなった。次代のタイマツの火は彼らに手渡されるのである。

 成人式後、隣の体育館に会場を移し、中学校ごとに卒業時の恩師を囲んでの歓談が行われている。ひょっとすると成人式が平穏に行われるようになった最大の要因は、中学時代の担任の先生の存在かもしれないと思った。
 昨年と今年は出初式と成人式を同一日で行うことになった。その点について賛否両論の御意見を頂いているところであるが、関係者との協議の上、日程についてはもうしばらく同日開催の方向で行うことになっているので、御理解頂きたい。

「新成人に贈る言葉」
名を成すは
 艱難辛苦の時
事破れるは
 得意絶頂の時
過ぎてみれば
 我慢が勝ち

(岡崎市長 内田康宏)

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平成28年 消防出初式・成人式・寒中水泳 (2016.01.22)

平成27年 岡崎市消防出初式と成人式 (2015.01.14)

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2014年1月14日 (火)

福井県・弾丸日帰り視察 その2(恐竜博物館)

福井県立恐竜博物館

 幸橋と足羽川流域の視察を終えた頃から天候が回復してきた。我々一行は昼食後、勝山市を目指して出発した。
 市内に入り田園地帯を抜けて行くと突如、白亜の巨大なティラノサウルスの像が見えてきた。この像は、鉄骨の骨格に木材と竹ひごで型取りした上から、福井県の伝統産業の越前和紙の原料である楮(こうぞ)で防水処理を施したものが吹き付けてある。和紙製と言っても、全長17.5m、高さ6.8m、体重4.5tもあり、本物顔負け(?)の迫力である。案内標識のモニュメントとしては絶好のものである。
 白い恐竜モニュメント前の道を道なりに進むと、左手の森の中にモスラの卵のような銀色に輝くドーム状の建物がある。これが福井県立恐竜博物館である。

 訪れる前は「化石が出たために建てられた博物館」という程度の認識であったが、ここは現在、日本の恐竜研究のメッカであるばかりか、硬質系の化石のクリーニング技術では世界一の技術を備え、多くの研究者が集まるところだという。そして日本一の恐竜化石発掘量と研究実績、収蔵点数(4万点超)を誇っている。
 恐竜博物館は平成12年(2000年)に県立の施設として140億円をかけて造られた。展示は4つのゾーンからなる。

・「恐竜の世界ゾーン」――恐竜の全骨格(42体)を展示。

・「地球の科学ゾーン」――地球の歴史を科学的に解説。

・「生命の歴史ゾーン」――生命の誕生から人類の出現までを解説。

・「ダイノラボ」――化石に触れ、クイズに挑戦などの参加体験のできるコース設定がされており、大人から子供まで楽しめる工夫がなされている。

福井県立恐竜博物館

福井県立恐竜博物館

 福井県と勝山市は地域振興の起爆剤の一つとして恐竜をテーマにした観光事業を展開しているため、意気込みが違う。その努力の甲斐あって、年間50万人超の来場者を迎えている(平成25年は60万人を突破した)。化石が出土するという自然条件を利して県が力を入れているだけに、マニアも十分満足できるハイレベルの自然史博物館となっている。
 ここは屋内展示であるため一つ一つの展示品も本物志向であり、可動する恐竜ロボットも実に生々しい動きをする。恐竜ロボットと子供の記念写真を撮ろうとしても、子供が恐怖のあまり泣き叫び、親が叱っている光景もよく見られるほどである。オミヤゲのフィギュアも充実しており、家族で十二分に楽しむことができる。
 最近の傾向として彼女に誘われて彼氏がついてくるケースも多いという。いずれにしても、恐竜は時代や性別、世代を越えて多くの人々の知的好奇心と関心をそそる存在である。

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2014年1月10日 (金)

福井県・弾丸日帰り視察 その1(幸橋と足羽川)

福井市・幸橋

 昨年11月26日(火)、福井県まで日帰り視察を敢行した(観光ではない)。副市長はじめ関係職員ほかとともに早朝6時半、マイクロバスに乗り込んだ。ふつうこの日程だと一泊となるものであるが、年内ではこの日一日しか日程の都合がつかなかったのである。
 なるべく今年度内にリバーフロント計画の基本方針をとりまとめ、実施可能なプランについては、できる限り具体的に盛り込んでゆきたかったので、このような強行視察となったのである。
 メインの視察地は福井市であった。福井市の中心を流れる足羽川(あすわがわ)とそこに架かる橋の形状が「ツインブリッジ構想の参考になるのでは?」という提案をもらったからである。そしてその帰路、勝山市にある恐竜博物館に立ち寄った。

福井市・幸橋

福井市視察

 小雨のパラつく中、足羽川に架かる幸橋(さいわいばし)のたもとにある駐車場にたどりついた。幸橋は全長140m、幅36mの大橋であり、両端に6m幅の歩道と上下二車線の自動車各9m、そして真ん中にかつて岡崎の殿橋にも通っていた路面電車が上下2本、6mの幅の中を行き交っている。橋の南北両端の先にはそれぞれ交差点があるのも類似した立地である。
 河川の幅も乙川と同じくらいであるが、川そのものの水量、水深は乙川よりも大きく深いものとなっている。足羽川の源流は、揖斐川と源流を同じくする冠山(かんむりやま)という標高1257mの山である。乙川よりも水が多いのは、そこから流れてくる水量の大きさによるものと思われる。

 橋は文久2年(1862年)に架けられた幅4mほどの木造橋が始まりであるが、昭和5年(1930年)に橋長133m、幅16.7mのコンクリート橋として新造され、昭和8年には現福井鉄道の前身である福武電気鉄道の乗り入れが開始されることになったという。
 戦災にも後の福井地震にも耐えた橋であったが、町の発展に伴い、昭和49年(1974年)に拡張工事が行われ、歩道橋が架設され、幅員も19.7mになった。築70年の歴史を持ち、様々に手を加えられてきた幸橋であったが、橋の老朽化と交通渋滞及び橋脚の流水阻害を解消するため、平成13年(2001年)に架け替え工事が始まり、19年に供用が開始されて現在の橋となっている。
 なおこの河川は、平成16年の福井豪雨災害による激甚災害特別緊急事業として河川改修も行われたところである。河川堤防上の桜並木の仕様や、樹種の選定の仕方にも様々な工夫が見られ参考になる。河川敷に設置されたベンチも、増水時に流れの妨げにならない形状となっている。護岸は水量の多さと水害対策のためか、頑丈なコンクリート造りとなっているが、親水性も考慮され階段状に整備されている。

殿橋

 殿橋と同じく昭和初期の建築の橋でありながら、幸橋の架け替えが支障なく認められたのは、水害対策に加え、度重なる改修が行われたことでオリジナルなものではなくなっていたからである。
 岡崎の殿橋の場合、当初の構造が残されているが、現在橋脚の上部に大きな亀裂が見られる状態である。ところが県は、公益社団法人土木学会による近代土木遺産の指定があることを理由に架け替えの話に乗ってこない。そればかりか修復の方針さえ定かにしていない。一日に2~3万台の車が通過する今日、もし崩壊でもしたらその責任はどうするのだろうか? 年末にもブログで述べたが、私はこのことを度々、機会をとらえて公的にも指摘している。
 幸橋の視察に来た目的として、殿橋との立地の類似性のほかにもう一つ幸橋の両端左右に設けられた十分な広さの拡張スペースの存在が挙げられる。現在の河川法、橋梁建設に関わる法的制限の中で、どのような手順を踏めばこうしたことが可能なのか参考にしたいと思っている。殿橋のたもとに計画している石造りの四天王像については、橋の架け替えいかんに拘わらず、岡崎の伝統技術を活かした事業として早く着手したいと考えている。(つづく

福井市・足羽川

(福井市・足羽川流域の風景)

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2014年1月 8日 (水)

新世紀アメリカ事情 第5回~第9回

Tokaiaichi20140108

内田康宏事務所からご案内申し上げます。
しばらく更新していなかった『新世紀アメリカ事情』(2001年9月21日~10月14日、東海愛知新聞)の残りをすべて掲載しました。
内田康宏のホームページ - 新世紀アメリカ事情

第5回「学校教育のあり方」、第6回「米国教育事情」、第7回「空港整備と都市の発展」、第8回「米国テロの背景と日本」、第9回「アメリカの愛国心」の五編です。
「米国テロの背景と日本」から一部をご紹介します。

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 今回の問題(注・2001年のアメリカ同時多発テロ事件)の一番難しい点は、軍事行動のさじ加減を誤ると、サミュエル・ハッチトン教授が『文明の衝突』の中で指摘しているように、イスラムと西欧の対決を引き起こす可能性があることである。テロリストの狙いはそこにある。
 本来、こうした難しい国際関係の中にあって、第三者的立場にある日本の役割が注目されるところであるが、残念ながら我が国が独自性を発揮できる見込みは少ない。今も一部近隣諸国から、ありもしない我が国の野心を指摘されることがあるが、一般的に日本は、金こそ持っているものの国家としての意志の曖昧な頼りない国と思われている。それは今に始まったことではない。
 二十数年前、インディアナ州立大学で国際関係の講座を取っていた時、ケース・スタディ・ゲームをおこなったことがある。米・ソ・英・仏の先進国に、イラン、イラク、サウジアラビアの中東の大国とイスラエル、それにインド、中国を加えた十カ国を、一カ国につき三~五人の学生でグループ分けし、教授が設定する国際情勢に対応して各国グループ間で外交交渉の真似事をしながら政策決定していくのである。
 グループ分けが始まる前に「なぜ経済大国の日本がないのか。私一人でも良いから日本も入れて欲しい」と教授に言ったところ、教授はにこやかに笑いながら少し間を置き、小さな声でこう答えられた。「ミスター内田、駄目(ノー)です」。敢えて説明はされなかったが、「日本は国際政治をリードする要素とはなり得ない」という底意(そこい)を感じた。
 個人の存在と同じく、国においても国家哲学とも言える明確な方針と、それに連動した行為が伴わなければ、経済力だけで他者からの尊敬と信頼を得ることはできない訳である。

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2014年1月 1日 (水)

平成26年 年頭のご挨拶

岡崎市 新年交礼会(2014年1月1日)

 新年あけましておめでとうございます。
 本日、岡崎市総代会連絡協議会との共催により、新年交礼会を岡崎中央総合公園の武道館にて開催致しました。多数の方のご臨席を賜り、厚く御礼申し上げます。そして市民の皆様には謹んで新春のお慶びを申し上げます。

 昨年を振り返りますと、私たちの未来へ向けて明るい希望を抱かせてくれる出来事が、印象に残っております。まず、国による経済対策、いわゆる「アベノミクス効果」により、株価の上昇と行き過ぎた円高の是正など、本格的な景気回復への道筋が見え始めました。また、2020年東京オリンピック開催決定のニュースにより、日本中に歓喜の輪が広がりました。このことは、1964年の東京オリンピック以降も、我が国が着実な発展を遂げてきたことと、度重なる震災等にも決して屈しない国民性や「おもてなし」の心が、国際的に評価されたものであります。日本の象徴ともいえる「富士山」が世界文化遺産に登録されたことと合わせまして、日本人の自信や誇りを取り戻すことができた1年であったかと思います。

 本年の干支は「午」であります。天馬空を行くがごとく、前例や慣習にとらわれない自由で大胆な発想と、広い視野で、子ども達が岡崎に生まれたことを誇りに思える、夢のある「次の新しい岡崎」の実現に向けて、邁進してまいります。
 今年も何とぞよろしくお願い申し上げます。

岡崎市 新年交礼会(2014年1月1日)

 なお抽選会ではオカザえもんが飛び入りで参加してくれました。
 平成26年新年交礼会「年頭のことば」の全文は、岡崎市役所ホームページの「市長の部屋」に掲載しています。

内田康宏事務所

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