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2013年12月24日 (火)

ラブレターの季節

 ロマンチックな題名をつけたが、そんな話ではない。
 毎年人事の時期が近づいてくると、直接、間接的に様々なルートを通じて色々な要望の声が聞こえてくる。ふつうに上がってくる様々な情報については、それなりに尊重して部内で検討してもらうことにしている。
 ところが、こうした時期になると度々匿名で特定の人物を誹謗中傷した手紙が送付されてくる。昨年も同様であったが、中には本人だけでなく、家族やプライベートな問題にまで中傷が及ぶことがある。注意が必要と思われる事柄については当然確認をしているが、ほとんどの場合ねたみ心から発した悪口に過ぎないことが多い。そういった類いの手紙が届いた時に、担当に「またラブレターをもらったよ」と言って苦笑しながら手渡しているのである。

今年のラブレター

 今年もまたご多分にもれずこうした手紙が秋口から何通か送られてきている。文面からして送り主がどういう人物であるか大体察しはつくが、匿名で自分だけは安全地帯の高みに身を置いて、他者をおとしめようとする心根が卑しい限りである。文句があれば正当な方法で堂々と主張すればいい。私は異論を述べたからというだけでその人物を冷遇したりするつもりはない。結局これらの手紙は、表玄関から持ってこられない程度の内容なのである。
 中には「内容をマスコミに通報する。告訴も辞さない」というような脅迫めいたことを書き送ってくるものまである。私は正当な要求ならば、誰の話でも聞く姿勢でいるが、こうした低劣な手段をとる相手の要求に対しては一顧だにするつもりはない。

 役所には役所のルールやしきたりのようなものもある。基本的にはそうしたものを尊重するつもりでいる。ただ政策の変更、機構改編によって、適材適所の配置にあたっての見解の相違が出るのは避けられないことである。それが自分の気に入らないものだからと言って、匿名で卑劣な文書をばらまくというのはただのワガママであり、大人気ない所業であると思う。
 しかしそうしたことが、子供を教え導くべき立場にある教職者の人事においてさえ見られるというのは一体どういうことであろうか? 私の知っている教職員の方々は皆、教養豊かな常識人ばかりであるが、時にこうした人物が混じっていることがあるようだ。
 何事も頭で考え、頭だけで割り切ろうとしても、世の中はそのようには動かない。また自分の考えだけが唯一絶対と考えることも思い上がりであろう。
 私自身も自分が絶対などと思ったことはない。問われれば、自分の意見を述べるが、それはあくまで個人的見解であり、何事も実施にあたってはできる限り多くの人の意見を承って、その上で決定するようにしている。
 ことに人事の問題はデリケートな要素が多く、そのことはこの一年の経験で十分理解しているのでより慎重を期して臨んでいる。個々の人員配置については本人の希望や適性を基礎にしながら、適材適所という観点に心を配っているつもりである。

 来年3月末の最終決定までに、これからもこうした匿名のラブレターが様々な形で送られてくることになると思うが、どんなに熱烈な文面であろうと、その内容によって私や幹部職員の心が動かされることはないことを御理解頂きたいと思っている。
(最後にひとこと。どのように一方的で無礼な文章であろうと一応全文に目を通していることをここに付け加えておく。)


またも来ましたラブレター (2014.10.04)

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