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2013年10月

2013年10月29日 (火)

市長就任、満一年に思う

 ようやく、昨年の10月21日の初当選以来、「市長就任、満一年」となった。まさしく「ようやく」である。「早や一年」などと慣用句としても言う気にはなれない。毎夕渡される翌日の日程表には、20前後の予定事項が記載されており、連日それを確実にこなしてゆくことに忙殺されている。当然、事前の日程打ち合わせは私の同意の上で決定されている。早く仕事を理解するために、私が直接出席できるものはすべて私が行う方針で自ら進めているのであるから、過労死したところで誰に文句を言える筋合いでもない。笑い話であるが、家で嫁さんと会って「お久しぶり」と挨拶することもある。嫁さんが外国人だったら離婚騒動になっているかもしれない。意外と知られていないが、政治家は労働基準法で保護される存在ではないのだ。
 この一年で、一日中フリーの休みは7日しかとれていない。休みのほとんどは自宅で休養していたが、実に密度の濃い充実した一年を送ることができたことに対し感謝をしている。
 昔、父が市長であった頃、「1年365日仕事漬けの、あんな非人間的な生活の職業はゴメンだ」と思っていたが、気がついてみると、今自分も同じような生活をしている。そして最近ようやく、その原動力が「責任感」と「やりがい」というものであることが分かってきたような気がしている。

 私達は、子供の頃一年をとても長く感じたものであるが、大人になるにしたがって時間の経過が早くなるように思っている。これは単に幼くて、体も小さいためにあらゆるものが大きく長く感じられたせいであると考えていたが、どうもそれだけではないような気がする。
 子供の頃、保育園や幼稚園に行けば何から何まで初めての経験ばかりである。言ってみれば幼児にとって初の社会体験である。肉親以外の大人(先生)との対面・対応があり、兄弟以外の異なった考え方を持つ子供達との共同生活を強いられることにもなる。必ずしも自分に対して好意的であるとは言えない、得体の知れない多くの子供達と共有する異空間に、ある日突然放り込まれる不安とストレスは想像に難くない。そうした状況下に置かれれば、当然ながら時間の推移は長く感じるはずである。何もアインシュタインの相対性理論に頼らなくともこの辺りの理屈は御理解頂けるものと思う。
 またしても回りくどい余計なことを書いてしまったが、私がこれまでの一年間の時の経緯を、大人でありながら長く感じたことも同じ理屈であると思っている。
 それから私はこれまで国会議員の秘書や県会議員、また県会の議長の経験もあるが、首長として市政を担当するということは全く別の役割であるということを改めて実感している。

岡崎市役所 市長室

 この一年間は日々新しい体験であり、必ずしもすべてを理解しているとは言えない事柄についてもコメントを求められたり、判断を迫られたりすることがあった。優秀なる幹部職員のバックアップもあり、そうしたケースにも何とか対応することができ、この点について今は感謝している。組織は一人で回ってゆくものではないということを改めて実感したものである。

 今ここで、一年前のことを思い出してみると、当時、選挙で対立候補の応援をしていた前市長の本拠地に一人で乗り込んだ訳であり、不必要に緊張していたような気がする。
 当初は、誰の言うことをどこまで信じてよいのかも分からなかった。就任早々はコピーも人まかせにせず自分でとり、机の上に無警戒に書類を放置したりしないように注意もしていた。今となっては、意識過剰の疑心暗鬼であったことが分かるが、政治の世界とはそれくらい油断のならないところでもある。
 かつては選挙戦を経てトップが交替した場合、前任者の側近達は潔く旧ボスに準じて辞表届を出して辞めてゆくこともあったそうであるが、昨今はそんなナニワ節的なことは無くなり、人間関係もビジネスライクになってきており、そのようなことは昔話となっている。とはいえ、そうしたことが分かってきたのも就任半年ほど経ってからのことである。ひょっとすると、もう少し時間が過ぎればまた違った側面が分かることになるかもしれないと思っている。

 以上のことは、あくまで私が自分を基準に置いた立場から見た感想であって、逆の立場から考えてみれば、そこには当然異なった視点が存在するだろう。一般の市職員にとって、市長が交替するというのは、言わば新任の支店長が来たようなものである。同社・他店から来た支店長ならば、まだ同質の人間として認知することもできるが、現実の市長は、公選の結果決まった「市民の声」という錦の御旗をまとっているとはいえ、役所の体制からすれば異分子なのである。ちょうど部外者がいきなりトップの椅子に座るようなものであり、組織の論理としては決して歓迎すべき事態とは言えないだろう。
 新しいトップが役所の仕事を熟知している訳はなく、組織体系の流れを十分理解しているとも言えない。何よりも役所の伝統、体質、しきたりを尊重する人物であるかどうかも分からないのである。組織の上位にいる人間にとっては、今まで自分が長年かけて積み上げてきたキャリアが正当に評価されるかどうかが一番気がかりなことと思われる。
 もし組織の論理を尊重しないとすれば、これほどの危険人物もいないことになる。新しいトップが独善的で、人の意見に耳を傾けず、見当違いの変革を求めるとすれば、それは組織ばかりではなく、地域にとっても好ましい結果を招くことにはならないだろう。そうした場合、組織にとってはまさに「エイリアンの来襲」に等しいものとなる。私もそれくらいのことは承知しているつもりであり、なるべく多くの人々の意見に耳を傾ける努力をしている。ことに法的正当性、合理性に関しては十二分に配慮しているつもりである。
 当然ながら、新任者は前任者とは違う人物であり、性格も、考え方も、モノゴトの進め方も違うだろう。異なった政治理念を持つ新任者が新たな政策を行おうとすることは、政権交代が起きた時の決まりごとである。役所にとっての心配ごとは、これまで長期計画のもとに推進してきた市の行政との整合性に齟齬(そご)をきたすかどうか、ということであろう。場合によっては、政策変更によって正反対の政策を行ってゆくことさえある。そのようなケースとなっても、新政策に対する予算的な対応、技術的裏付け、さらには国や県との再調整、基本計画の見直しに対する書類的手続き等を進めていかなければならない。実行してゆく立場となれば実に大変なことである。
 しかし政権交代というのは、いずこも大なり小なりこうしたことがなされてきているのである。アメリカでは、大統領が政党ごと交代した場合、すべてではないがワシントンにおける2万人ほどの人間が、国務長官をはじめ上級職員はもちろんのこと運転手、秘書、事務方の人達まで入れ替わるという。それに比べれば平穏な政権交代であると思う。

 私は決して自説に固執するガンコ者ではないつもりである。異なった意見を持つ者を排斥したり、冷遇したりはしない。しかし、私の考え方に賛同しないならば、私が納得できる代案を出してもらいたいと思う。そしてぜひ私を説得してほしいものである。筋の通った合理的な話に対しては十分に耳を傾けるつもりでいる。また、役所仕事のあり方としてよく言われることであるが、物事を進めていく時に、何でも形式的に運べばコト足れりとする態度はくれぐれも改めて頂きたいものである。時には臨機応変な対応も必要なことを理解してほしいと思っている。とは言え、最近市役所の個々の職員の有能さに舌を巻くことも少なくない。組織というものは、そうした個々の持ち味を生かし、補い合って総体として大きな仕事が完遂できれば良いと思っている。
 私も就任以来一年間、自分なりに一生懸命やってきたつもりであるが、就任前に考えていた以上に法律的ワク組みの厳しさというものを、現在実感させられている。そしてこれまで仕事を進めてこられたのは、役所の内外を問わず多くの方々の御理解と御協力によるものと認識している。そうした皆さんに心からの謝意を表すると共に、今後とも〝チャレンジする気持ち〟を忘れずにがんばる覚悟である。どうぞ更なるお力添えをお願い申し上げます。

 いずれにせよ、市政運営において、議会の審議を受け、最終決断を行うのは私の役目である。よって、すべての責任も私にある。これからもそうした決意で、岡崎に生まれた子供達が、自らの故郷を誇りをもって語ることができる、夢のある「次の新しい岡崎」づくりに邁進したいと考えている。

内田康宏

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2013年10月26日 (土)

交通安全と一通の手紙

岡崎警察署

 岡崎の警察署長さんが、前月の犯罪発生状況ならびに交通事故の状況とその対応の報告を兼ねて、毎月定期的に岡崎市への協力要請におみえになります。署長さんのていねいな説明から、警察署が全署員をあげて日夜市民の安全な生活のために奮励努力されている様子がよく伝わります。
 昨年の岡崎管内(岡崎市・幸田町)の交通事故死者数は16名で、県内ワースト1位となっています。本年は10月18日現在8名の方が交通事故で命を落とされています(県下ワースト5位)。これまでの最小記録は平成20年の年間11名(岡崎9名、幸田2名)です。そこで岡崎署管内では只今、なんとかこの数字を下回り、不幸な運命を一つでも変えることを目標に掲げています。
 これから秋の気ぜわしい時期を迎え、さらに年末に向かうことになりますが、市民の皆様のより一層の交通安全への注意と御協力をお願いしたいと思います。市民の一人一人が交通安全の自覚を持つことが大切であります。各自がちょっとした注意をするだけで、大きな災難を避けることができるのです。

市民の方からの葉書

 先日、岡崎に数ヶ月前に転居してみえたという方から以下のようなお葉書を頂きました。

「岡崎市は自然も多く、公共施設も充実しており、大変住み易くいい所に越してきたなと喜んでいます。ただ一つ気になることは『運転マナー』です。非常に悪いと思います。
 岡崎市に限らずこの地方全体に言えることかもしれませんが・・・。狭い道でもスピードが速く恐怖を感じます。歩行者なんておかまいなし!!という感じです。また少しでもゆっくり走るとあおったり、勢いよく抜き去ったり、とにかく強引です。
 車間距離も大変狭いと思います。こちらも子供が乗っており運転がのんびりになることもありますし、できるだけこの土地のペースに合わせるようにしていますが、あまりにもひどいなという新米市民の印象です。岡崎に観光の方も多く来られると思いますがこれでは悪いイメージを与えることもあるのではないでしょうか・・・。いい所もたくさんあるのにとっても残念です」

 これを読んで、岡崎市民の一人として大変恥ずかしく思いました。私もよく岐阜の友人に「アイチ・ナンバーの車を見たら要注意だ。とにかく運転が乱暴だ!」と責められることがあります。
 この地域は産業地帯であり、時間に追われて生活している人が多いせいか、生活のテンポも早く、それにつれて住む人々の車の運転も〝せっかち〟になっているのかもしれません。かく言う私も人一倍せっかちな人間ですので反省しておりますが、そうした特性が交通事故と関係があるとすれば至極遺憾であります。
 一人一人が今少し周りをしっかり見て、余裕と思いやりの心を持って生活すれば、交通事故や犯罪の抑止につながる気がします。日々の生活の中でほんの少しの思いやりと行動に対する注意力があれば、それだけでより住み易い世の中になると思います。
 中にいるとそこの習慣に染まっていることに気がつかないものです。それを改めて気づかせてくれた貴重なお便りでした。匿名の方のため御返事を出せませんでしたが、岡崎市を代表して一言お詫びとお礼の言葉を申し上げたいと思います。

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2013年10月24日 (木)

市民対話集会、延期します

明日10月25日(金)に予定しておりました第6回市民対話集会は、台風接近のため延期となりました。延期日程は後日お知らせ致します。
(→※11月30日、午前10時に決まりました。)

そしてまた、10月26日(土)・27日(日)に開催予定だった「第50回記念 造形おかざきっ子展」も延期となりました。おかざきっ子展については、11月16日(土)・17日(日)に行うことが決まっております。

市民対話集会

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2013年10月22日 (火)

矢作神社・祭礼山車

矢作神社

 10月に入って早々、かねてより地元の田口市議より強く要請のあった、矢作町2区が所有する祭礼山車の視察に足を運んだ。
 この山車は江戸時代末期の作であり、岡崎市の指定文化財にも指定されている。前々から何回も話には聞き、よくある「地元自慢」の一つと思っていたが、間近に見る矢作町の山車は素人の私が見てもその違いを感じさせられるほど見事なものであった。写真で見ていた水引幕は、傷みの激しい部分を拡大して撮っていたためよく分からなかったが、実際の水引幕はレリーフ状に鳳凰や麒麟(きりん)が金糸、銀糸を織り交ぜた美しい刺しゅう造りとなっている。大分色あせてはいるが、手の込んだ織物であることは誰が見ても一目で分かるだろう。この水引幕については、広げるたびに糸が抜け落ちるほど傷みがひどいため、間もなく岡崎市美術博物館に寄託し、保存を図ることになっている。替わりに480万円ほどかけ、新調した水引幕を使用することになっている。まともに修復すると数千万円かかるそうである。

矢作神社

矢作神社

矢作神社

 山車本体もずいぶん凝った造りとなっている。正面は唐破風(からはふ)屋根が二重となっており、上屋根は上げ下げ可能となっている。下段の唐破風は箱段が設けてあり、そこにはなぜか牛若丸が鞍馬山で天狗と武道の修行に励んでいる彫刻がある。浄瑠璃姫と義経の逸話と何か関係があるのだろうかと考えさせられる。左右の2本の柱には、これまた「イナカの山車にかくも」(失礼)と思わされるほど手の込んだ昇り龍と降り龍の彫り物が施されている。また枡合(ますあい)には、お寺の仏壇にしてよいくらいの波に蛇身鳥(じゃしんちょう)一式の彫刻や金箔押二重の6本の柱まである。
 今回、他の山車の写真や資料を調べてみたが、山車を使ったお祭りを町興しの中心に据えている他都市と比べてみても(名前を出すと何かと支障があるのでここでは触れません)、決して見劣りしないどころか「こちらの方がスゴイ」と思わせるほどであることが分かった。
 かつて、こうした山車は岡崎市内に数多くあったが、現在では完全体として残っているものはわずかである。多くは曳き廻しに便利なように二階造りの山車の上部が取り去られてしまったものが多い。
 矢作地区においても、かつては矢作町南之切、東中之切、西中之切、上之切の4区それぞれ独自の山車を有していたが、個々の町の負担が大きくなり、内二つは他都市に売却されてしまった。現在では西中之切と東中之切の2台のみが残されている。

 確かにこうした文化財を一町で保存するというのは財政的にも大変なことである。地元の要望も大切にしながら、例えば岡崎市の方で預からせていただき、展示でもできないかと考えている。高山市の高山祭屋台会館ほどでないにしろ、常設展示できる場所を設ければ観光岡崎の一助となることだろう。一度ご覧頂ければ分かっていただけると思うが、矢作町の山車はそれくらい見事な芸術作品である。

矢作神社

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2013年10月21日 (月)

『リバ!』2013年11月号

『リバ!』2013年11月号

こんばんは。内田康宏事務所です。
市民対話集会のお知らせに続いて、タウン誌『リバ!』発行のお知らせです。
11月号の市長のコラムは、「国への要望活動に思う」です。
面白いですよ。(^^)/

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2013年10月19日 (土)

第6回市民対話集会(2013.10.25)のお知らせ

市民対話集会

公約に掲げておりました市民の皆様との対話集会も、一昨日で5回目を数えることとなりました。
来週その6回目が開かれます。原則として学区の地域ごとに開かれているものですが、ご都合よろしければこの機会にぜひお越し下さい。なお事前のお申し込みは不要です。

第6回 市民対話集会
日時: 平成25年10月25日(金) 午後7時~8時30分(開場は午後6時30分)
会場: 岡崎市役所福祉会館6階ホール
対象: 井田学区、広幡学区、連尺学区の住民の皆様

岡崎市役所HP 市長公室広報課 - 市民対話集会
(過去の会議録および後日回答の資料が閲覧できます。)

追記
台風接近のため、当対話集会は11月30日(土)午前10時に延期となりました。

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2013年10月16日 (水)

エターナル・ゼロ その1(永遠の0)

永遠の0

 三、四ヶ月ほど前、娘からすすめられて、『永遠の0(ゼロ)』という小説を読んだ。以前にも、飛行機マニアの友人から面白い本であると聞いてはいたが、実戦体験者でもない、私より年下の人間の書いた戦記物の小説、ことに航空戦のモノは読む気になれなかった。
 今まで何度も類似の本を手にしたことがあったが、著者の時代考証不足と経験不足(当たり前であるが)から来るリアリティーの無さが目について、本屋の棚の前で流し読み程度のことが多かったのである。ただの冒険活劇物語を読むならば、SFの作り話、「スター・ウォーズ」のようなモノの方が楽しんで読める。史実の戦いは、事実に基づいたリアリティーこそが魂である。
 ところが、今回の百田尚樹氏の『永遠の0』は登場人物も物語もフィクションであることを知りながら、一気に読ませる面白さがあった。著者は自ら著作の動機をこう書いている。
「戦後、焦土と化した祖国を復興させた偉大な世代が消えていく前に、鎮魂と感謝の意味をこめて彼らのことを書いてみようと思った」
 確かに、著者と同世代に属する我々1950年代生まれは、戦争の実体験こそ無かったが、幼少期の生活環境にはまだ戦争の香りが残っていた。駅前にいた傷病帰還兵や浮浪者、クリスマスや季節の変わり目の救済募金活動(救済ナベ)等である。小・中学校時代、町内の集まりの席などの時に耳にした父親世代の戦争体験談や打ち明け話には耳をそば立てて聴き入っていたものであり、〝間接的な戦争体験者〟という著者の言葉には同感できる点がある。
 明治以来の軍国的風潮の中、あの太平洋戦争の時代に、自ら志願し、更に厳しい選抜試験をくぐり抜け、5000人中25人くらいしかなれなかった初期のパイロット試験に合格した中国戦線以来のベテラン搭乗員の中に「私は妻のために、どうしても生きて帰りたい」などと口に出して言う兵士がいたとは、とても考えられない。しかもその「臆病者」と呼ばれる男は「ズバ抜けた空戦技量を持つ天才パイロット」である。著者は、あえてそうした人物を設定することにより、彼を通じてあの戦争における数々の不条理な出来事や日本の軍隊組織の矛盾点を一つ一つ浮き彫りにしてゆくことに成功している。そして、その内容を補い、説明する形で何人もの性格の異なる生き残り搭乗員の証言を織り交ぜて物語をつむぎ出してゆく。

 また、百田氏は、主人公を戦無派の完全戦後世代の人物に設定し、彼らに祖父の実像を調べさせることによって、読者が自然に過去の戦時中の出来事に入り込んでゆくという巧みな手法をとっている。戦争を知らない世代や、興味を持たない世代に戦争の問題を語りかけるためには、主人公に自分を同化させやすいこのやり方は効果的であると思う。現に本書はベストセラーとなり、同名のマンガ本(全5冊、画・須本壮一)も売れている。映画化も決定し、この12月には封切られるとのことだ。
 そして、もう一つ感心させられたことは著者の時代考証の正確さである。この物語がよくある「日本的お涙ちょうだいドラマ」になっていないのは、史実に沿ったリアリズム的手法のせいであると思う。軍隊の制度や運用、使用用語まで正確に再現されている。
 自分の本当の祖父が、終戦直前に神風特別攻撃隊の一員として散華(さんげ)した人物であることが、祖母の死によって初めて明かされるという設定も、実際に身近にありそうである。この物語に登場するパイロットとしての本当の祖父は、実在する特定の人物を再現したものではなく、何人ものパイロットの実話を合成して生み出されたもののようである。
 戦時中に現代人の視点を持った人間がまぎれ込んだら、どのように考え、どのように行動するだろうか?と自然に考えさせられてしまう。この物語の不思議さはここにある。

 お時間があればぜひ一読をすすめます。ことに若い戦無派の皆さん、マンガの方でもよいので読んで下さい。(つづく

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2013年10月11日 (金)

青年部ブドウ狩りと「よいこの会」

三国観光農園

 昨年は選挙のため実施することができなかったが、9月29日(日)、2年振りに後援会青年部の主催によるブドウ狩りが駒立の三国園(みくにえん)にて行われた。
 これは私が県会議員の時代から、ほぼ毎年恒例の秋の行事として三国園の鈴木靖司さんの御協力を得て実施されてきたものである。当日は台風22号の接近が心配される中ではあったが、青空の下80人を超える皆さんの参加により開催することができた。感謝申し上げます。
 県議の頃は、私自身がバーベキューの肉やソーセージ、焼きそばを焼く係を兼務していた。そのためブドウ狩りに行ったはずなのに、現地でブドウを食べたという記憶がない。
 ところが今年は市長になったせいか、調理係の役を免除して頂くことができた。他の行事もあったため現地には2時間ほどしかいられなかったものの、席に座ってブドウを口にすることもできたし、参加者の皆さんとも親しくお話することができて良かったと思っている。

 それにしても昨年のこの時期は、10月の市長選の直前でテンテコ舞いの日々であった。9月26日開催の総決起大会には、メインゲストとして安倍晋三代議士(現総理大臣)をお招きすることになっていたのであるが、自民党の総裁選挙の当日と重なってしまったこともあって、代わりに奥様の昭恵さんに御出席頂くことになった。
 そのことが御縁となり奥様には何度も岡崎においで頂くことになり、選挙戦の終盤には前代未聞の現職自民党総裁の地方市長選挙応援が実現した。偶然から始まっためぐり合わせとはいえ、お世話になった皆様と神仏の加護に対し改めて感謝とお礼を申し上げたいと思う。

安倍昭恵さん 2012年10月14日

安倍昭恵さん 2012年10月14日

三国観光農園

 今回ブドウ狩りの催しの準備をし、バーベキューの支度をしながら語り合っている一人一人のメンバーは、ちょうど一年前の選挙の時に共に厳しい選挙を戦い抜いた、まさに〝選友〟(戦友)と言える。
 一年前の日々の出来事を一つ一つ思い出してみると、今私が市長職をさせて頂いていることが不思議に思える時がある。ポンと手を叩いたら、夢が解けて目が覚めてしまうのではないかとふと思うことがある。それ程困難な戦いであった。

 県会議員となる前、有志の若者の会を開いていたことがあった。当時は私も若く、今ほど多忙でなかったので、自ら計画に参画し、春は花見会やピクニック、夏は海水浴、秋は森林公園で野球やバーベキュー大会、冬はスキーに新年会と、多彩な活動をおこなっていたものである。もちろんどれも実費頭割りの会費制の会であった。

よいこの会 1981年3月14日

よいこの会 1981年8月9日

よいこの会 1983年10月23日

よいこの会 1982年4月24日

 当時のメンバーは学生を含む、多様な職業の仲間達であり、政治がらみの話を持ち込まなかったこともあって、実になごやかで楽しい時間を共有することができた。確か仲間内で結婚したケースもいくつかあったように思う。
 会名は「よいこの会」であり、毎回その日の会を一番盛り上げてくれた人や目立った人に「よいこ大賞」として持ち回りの小トロフィーで表彰もしていた。
 後に私が政治の道を歩むようになり、公務員のメンバーは足が遠のいて行ったが、個人差はあるものの、共に長い年月と友情を育んできたものである。最近は世代交代も進み、現在の青年部の中心は彼らの子供達の代に移っている。毛糸のパンツで走り回っていた少女やオムツが離せなかった男の子が親となり、子供を連れてブドウ狩りに来てくれる。本当にうれしいことである。

 私は保守の政治家の一人であると思っているが、本来保守主義というものはこうした人間関係を基軸とした信頼と友情によって支えられているものであると考えている。さらに付け加えるならば、郷土の伝統と文化、地域の個性を生かした町づくりをしてゆくことが、保守の政治のあり方として大切であると考えている。
 生まれ育った故郷(ふるさと)に愛着を持ち、誇りと共にその気持ちを他者に語ることができるようになって初めて地域の発展は継続してゆくものと思う。そんな「次の新しい岡崎」づくりに向けて、若い仲間達と力を合わせさらにガンバって行こうと思っている。

三国観光農園

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2013年10月 7日 (月)

リレー・フォー・ライフ・ジャパン岡崎2013

リレー・フォー・ライフ・ジャパン岡崎

 今年で4回目となる、「リレー・フォー・ライフ・ジャパン岡崎」のイベントが羽根町の「暮らしの杜」のグラウンドにおいて、9月28日(土)・29日(日)の両日にかけて開催されました。私も市長としては今回が初めてですが、これで通算3回目の参加となります。地元企業、病院関係者、各種ボランティア団体をはじめとして42チーム、延べ3000人を超える皆さんの参加のもとに盛大に行われました。

 この活動は、がん患者とその家族、友人、支援者ががんの撲滅などの意志を表示したプラカードや横断幕を持って、24時間交替しながらグラウンドを歩き続けることによって社会にアピールするというものであります。大会の主旨からして、もっと年配者が多い催しかと思っていましたが、毎回若い人の参加が多いことに驚かされると同時に、がんという病が年齢を超えたものであることを再認識させられます。
 人は誰しも、自分が病気になってみないと、なかなか病人の心は理解できないものであります。しかし、今や「がん」は昭和56年以降日本人の死亡原因の第1位となっており、男性の2人に1人、女性の3人に1人が発症する可能性のある病気となっています。誰もが当事者になりうる病気であり、決して他人事ではありません。
 毎年9月は「がんの制圧月間」に指定されており、岡崎市の市政だより9月1日号でも「がん検診」についての特集が組まれております。
 科学の進展により、医療技術も日進月歩の歩みを見せる今日、「がん」は不治の病ではなくなりつつあります。早期発見をして、適切な治療がなされれば治る確率の高い病気であるとさえ言えます。
 この活動の素晴らしさは、現実に今がんと闘っているサバイバーの人々が自ら立ち上がり励まし合い、社会に〝がん対策〟について積極的にアピールしている点でもあります。今回の実行委員長を務める山口史依(ふみえ)さんも乳がんの手術と放射線治療を経験された方です。4ヶ月前に岡崎でのイベント開催を知って、実行委員に応募されたとのことです。リレー・フォー・ライフはがん患者に勇気を与え、共に闘う御家族や友人、支援者の方々との友情と連帯感を高めることによって、必要以上にがんについて思い悩むことのない社会を実現するための運動でもあります。がん患者である方も、そうでない人も、互いに勇気と希望を持ち、元気な未来を指向して生きてゆくことを願うものです。
 この活動による収益や募金は、がんの研究をしている日本対がん協会へ寄付されるそうです。

 岡崎市としても、がんの早期発見のため、市内の対象年齢の方々にがん検診の通知を行って、受診率の向上に努めています。また独自の医療整備計画のもと、設備や機材の拡充、医療システムの整備を行っております。その一つが先日完成した新棟(西棟)の整備であります。
 今回のリレー・フォー・ライフの活動を通じて、少しでも多くの皆様が、命の大切さ、かけがえのない家族や友人、そしてそれを守るためのがん予防の意識やがん検診を行うことの重要性を理解して頂き、自ら積極的に健康を守ることに目覚め、行動して下さることを願っております。

平成23年度 がん検診受診率と精密検査受診率
がん検診受診率(%) 精密検査受診率(%)
愛知県 岡崎市 愛知県 岡崎市
胃がん検診 9.2 16.2 18.1 - 82.8 74.4
肺がん検診 17.0 27.9 20.6 - 77.8 70.0
大腸がん検診 18.0 25.6 44.8 - 71.6 65.5
子宮がん検診 23.9 27.4 24.7 - 67.5 75.0
乳がん検診 18.3 24.8 23.7 - 85.3 83.8

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2013年10月 2日 (水)

岡崎市民病院西棟が完成しました

岡崎市民病院西棟

 早期の完成を待たれていました岡崎市民病院西棟が、このたび多くの皆様の御理解と御協力によりまして無事完成することができました。去る9月22日(日)にその完成式典が催行されました。御尽力賜りました関係者の皆様には、心から感謝を申し上げます。

 岡崎市民病院は、岡崎市と幸田町を対象とした「西三河南部東医療圏」において、唯一の高度急性期医療を提供する病院としての役割を担っております。その市民病院も、現在の高隆寺の地に移転してから15年の月日が経過しようとしており、その間の医療技術の進歩や医療需要の多様化など医療を取り巻く環境は大きく変化しております。
 こうした医療環境の変化に対応するためと、この地域における慢性的な病床不足の緩和や外来診療機能の充実などを図るために、今回の西棟の整備を進めてまいりました。これまでのように「まだ治り切ってないのに退院させられてしまう」とか「なかなか入院の順番が来ない」といった苦情も減ることと期待しております。

岡崎市民病院西棟

 10月1日から使用開始する西棟は、地上3階・地下3階で、地下にはトモセラピーなどの最新の放射線治療機器3機種(IMRT、リニアック、RALS)を導入し、ガン治療に対応することとなります。また、産婦人科、血液内科、外科、外来治療センターの4つの外来部門が西棟に移転し、これらの科は10月15日から稼働します。

(用語の説明)
IMRT コンピュータ制御によりガンの病巣の位置や形に合わせて放射線の強さや照射範囲などを調整し、ガンの組織を集中的に消滅させるものです。
リニアック 体のどこの部分のガンにも使える放射線治療装置です。
RALS 映画の『ミクロの決死圏』のように、小さな放射線源をリモートコントロールで病変の近くまで送り込み、体の中でガン組織に直接照射するものです。

 現在、市民病院には、外来患者の皆様が年間約31万人、入院患者の皆様が延べ約23万人と多くの方に御利用頂いております。
 今回の①西棟建設に加え、②救急棟建設、③新・立体駐車場建設、④既設棟の大改修の全てが完了する平成27年(2015年)秋以降には、より余裕ある医療環境で、快適に、より安心、安全な高度の医療を受けて頂くことができることを確信しております。

岡崎市民病院西棟

岡崎市民病院西棟

 西棟に移動した旧外来や医局の跡などには、この3月より県内初のハイブリッド手術室が稼働中です。今後、糖尿病センター、内視鏡センターを新設し、血液浄化センター(透析センター)を拡充する予定となっています。ハイブリッド手術室では、患者の体内に細い管を通して行うカテーテル治療と外科手術を組み合わせて行うことが可能です。血管の状況を画面で見ながらの手術も可能ですし、患者の急変時にはその場で通常手術への移行もできますので、より高い安全性が確保されます。その結果、以前ならば手術が不可能とされた危険性の高い重症例にも対応可能となります。
 こうした新時代の医療環境に合った整備を継続することにより医療の質も上がり、さらにより多くの優れた医師、看護師、技術者が集結し、市民病院が文字どおりこの地域の高度医療の中核病院としての役割を果たすことができるようになることを願っております。
 また昨年の選挙の折から申し上げて来ましたとおり、岡崎の医療は、市民病院をピラミッドの頂点として、市内の東西南北における地域医療の拠点を民間大手の病院に担って頂き、さらにそれを支える地域の個人病院との連携と協力によって医療ネットワークの充実を図って参りたいと考えております。
 様々なデータや実績、側聞する評判においても、岡崎市の民間病院の医療レベルは優れたものであります。風邪や腹痛といった通常レベルの疾患の場合は、まずは御近所のなじみの主治医の先生(かかりつけ医)を信頼して頂き、市民病院は緊急性の高い高度医療対応のできる急性期総合病院としての本来の機能が十分発揮できますよう、改めて市民の皆様に御協力をお願い申し上げます。もちろん、もしもの時は、地元病院から市民病院へ紹介されることになりますし、病院から病院への連携を通じた方が結果としてスムーズな医療対応になります。

 これからも岡崎市民病院は、医師会、歯科医師会、薬剤師会の皆様方とのしっかりした医療連携の上に新しい時代の医療需要に応えるべく、中核病院として進化の努力を重ねて行く方針であります。
 今後とも、皆様に信頼され、愛される市民病院を目指して、医師、看護師、職員一丸となってより良い医療を提供して行く所存でありますので、変わらぬ御理解、御支援のほどお願い申し上げます。


岡崎市民病院西棟施設概要

1 目的
 50床増床により慢性的な病床不足の解消を図ると同時に、放射線治療機器の導入により、がん治療を充実するなど、より高度な医療を提供することで、高度急性期病院として、更なる機能の高度化を図る。(これにより当院の病床数は700床となります。)

2 建物構造及び面積
 鉄骨鉄筋コンクリート造 地上3階建て、地下3階建て 延べ112,303,19平方メートル

3 主要施設
    階数 名称
    3階 病棟改修時などの非常用スペース
    2階 病棟50床(4人床9室、2人床2室、個室10室)
    1階 外来
(外科、血液内科、産婦人科、外来医療センター)
地下1階 医局、ライブラリ
地下2階 会議室、幹部室
地下3階 放射線治療、操作室、カンファレンス

4 事業費
 49億228万円(建設工事33億3,453万円、放射線器機12億5,959万円 ほか)

岡崎市民病院西棟

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