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2013年9月

2013年9月28日 (土)

オカザえもん、ゆるキャラグランプリ2013へ

オカザえもん 出陣セレモニー

 日本中を台風18号が翻弄した9月16日(月)、午後4時、雨こそ止んだもののまだ風が残る中、「ゆるキャラグランプリ2013」に出馬するオカザえもんの出陣式が岡崎公園家康館前にて行われました。
 先月8月11日に開かれた「ご当地キャラ総選挙」全国第2位の祝賀会に続き、今回も早々に御案内を頂いており、私も応援のために及ばずながら出席させてもらいました。
 当日は子供さんも含め、老若男女、熱心なファンが500人余り集まってみえました。私の「趣味ではない」発言のせいで「帰れ」コールでも出るかと心配するも、皆様温かくお迎え頂き、感謝です。主催は岡崎まぜめん会の皆様でした。
 オカザえもんや「まぜめん」には、私が推進している「観光産業都市 岡崎」を盛り上げるための一躍を担ってもらえるものと期待しています。

 これまでも、オカザえもんには十二分の活躍で、岡崎市を全国に情報発信してもらっておりますが、ここまで来た以上、ぜひオカザえもんにもう一ガンバリしてもらいたいと思います。11月24日に行われる「ゆるキャラグランプリ2013」には、全国から1100体を超えるキャラクターが参加しております。ゆるキャラによるPR効果を狙う各地方が組織票の大動員をかけているという情報もあり、決して油断できません。
 オカザえもんの良さは地元PRを策した官製のものではないところにあります。当初の紆余曲折はあったものの、作者の斉と公平太さんの好意と善意から生まれたオカザえもんに対し、自然発生的な人気の高まりによって支持が拡大してきたところにその良さがありました。
 しかし今回は、そうした自然な支持の盛り上がりだけでは勝ち抜ける戦いではありません。岡崎市民の皆さんは元より、愛知県・中部地区・日本全国のオカザえもんファンの皆様のお力をお借りしたいと思います。私は本心、未だ趣味ではありませんが、オカザえもん及び作者の斉とさんには、これまでの無償の行為に対する義理があります。その恩返しも含めて全力で応援して参りたいと考えております。
 投票は11月8日までであります。どうぞ皆様はもちろん、一人でも多くのお知り合いの方にインターネットによるオカザえもんへの熱き一票をよろしくお願い致します。なおこのことは公職選挙法には抵触しませんので、事前運動にも選挙違反にも当たりません。御安心下さい。

 オカザえもんの今後の健闘に期待します! 皆様どうぞよろしく応援のほどお願い申し上げます。

オカザえもん 出陣セレモニー

投票の仕方を御案内いたします。

パソコンやスマートフォンでの投票方法

①「ゆるキャラグランプリ2013」のホームページにて投票IDを登録します。このときメールアドレスとパスワードの設定が必要です。 ※パソコンとスマートフォンでは登録方法が異なりますので、詳しくはホームページにてご確認下さい。

②登録したメールアドレス宛てに、「仮登録完了と本登録用ページへのご案内」のメールが送信されます。

③メールの本文に記載されているURLをクリックすると、IDの登録が完了します。

④ホームページにアクセスし、オカザえもんを選択します。

⑤登録したメールアドレスとパスワードを入力します。

⑥「このキャラに投票する」をクリックして、投票完了です。

携帯電話(ガラケー)での投票方法

①投票IDの登録は不要です。

②ホームページにアクセスし、オカザえもんを選択します。

③「このキャラに投票する」をクリックして、投票完了です。

◎投票は、パソコンでもスマートフォンでも携帯電話でも、1メールアドレスに付き1日1回行うことができます。毎日1回、積極的な投票をお願いします。

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2013年9月26日 (木)

台風18号と放火事件についての報告

台風18号通過 2013年9月16日

 9月16日(月)、大型の台風18号が日本列島を縦断して行った。上陸の地点は愛知県であったが東三河を通過したために、岡崎市は台風の影響の少ない西側になったこともあって、平成20年8月末の豪雨災害のようなことにならず幸いであった。それでも山間地へは雨の集中が見られ、一部土砂災害に見舞われ、道路の冠水や倒木を招いたことは残念であった。市内で被害に遭われた皆様や甚大な被害を受けられた近畿地方の皆様には心からお見舞い申し上げます。
 県議の頃も被災地を見て回ったものであるが、今回は市役所の災害対策本部から、まだ風雨の残っている最中(さなか)に巡視をすることとなり、増水時における各地の実情をリアルタイムで確認することができた。

 岡町から保母町にかけては、昨年の夏頃に地元の方々と歩いて見て回っていたため、今回の浸水状況をよく理解することができた。丸岡橋の東の水田では、流れて来た竹で深さを測ったところ、私の胸の位置まで水位があった。もう少しで道路の反対側の住宅に浸水するところであり、地元の元消防署員の方からアドバイスを頂くこともできた。
 増水して轟音をとどろかせながら流れる乙川の姿からは、普段のゆるやかな様子とは打って変わった自然の驚異の恐ろしさを体感した。水面の濁流からは分からないが、水面下では水流が下へ巻き込むように流れているため、泳ぎの達者な人でも引き込まれてしまうとのことである。

殿橋 2013年9月16日

潜水橋 2013年9月16日

 殿橋の11ある橋脚部分と潜水橋のある所では、流木をはじめとした多くの浮遊物がせき止められていた。橋が崩れるようなことはあってはならないが、こうして中流域である程度食い止めておくことによって、下流域での災害防止に役立っているとも言える。潜水橋などは、まるで水中に小さな森ができたかと思える有り様であった。

 伊賀川沿いも心配されたが、5年前の豪雨災害後の国と県の床上浸水対策特別緊急事業によって、河道(かどう)の断面積が3倍に広がっていたため、十二分に余裕があった。本流である矢作川のダムの緊急放水の影響によって、乙川と伊賀川の合流域においても一層の増水感があったが、水量はちゃんと計算されており溢水(いっすい)の心配はなかった。そう言えば私が小学生の頃、古い木造の三清橋の上から増水した伊賀川の川面を手で触れたことがあった。もちろん大人から、ド叱られた。
 伊賀八幡宮から上流域では、まだ河川工事の行われていない所もあって溢水が懸念されたが、下流への流れがスムーズであるため、小呂川との合流地点も今回は心配なかった。しかしいずれにしても、残った工事の進捗を図らなくてはならない。それと、堤防上にある桜の木に老木が多いことが気になった。そうしたもののいくつかが、今回倒れたり、折れたりしていた。折れた老木は中が空洞化していた。ソメイヨシノの寿命(60~70年)も考えて今後の伊賀川沿いの桜復活計画を考えなくてはならない。倒木処理のため、早々に岡崎緑化協力会の処理班の出勤があり感謝している。

伊賀川 2013年9月16日

 私が巡回したのは以上のエリアの周辺であるが、他の河川や山間地についても副市長や各担当の者がパトロールで回っている。今回巡視によって気がついた点については、担当の係に連絡が行く手はずとなっている。
 今回安全を期して、早期に広範囲に避難勧告を出させて頂いた。避難所は17ヶ所に開設したが、避難者は6世帯10名に留まった。時として自宅の方が安全なこともあるので、それは各自で御判断頂くしかないだろう。
 いずれにせよ、避難勧告の時期と地域指定のあり方は再考が必要かもしれない。

項目別被害情報集計 (9月17日 17:00現在)
河川越水
  乙川、鉢地川、室合内川、寺田川
4箇所
橋梁
  秦梨町
1件
床上浸水
  宮崎町
1棟
床下浸水
  本宿町、保母町  2棟
  額田地区  11棟
13棟
建物一部破損
  蓑川町、八帖町、井田町
3棟
農地被害
  小久田町、鳥川町、大代町
4件
道路冠水 8箇所
道路崩土 12箇所
道路破損 4箇所
倒木 44箇所
負傷(軽傷)
  葵町 72歳女性
1名
その他
  電線切断 1件ほか
25件
避難所開設
  避難者6世帯10名
17箇所

 また先週、9月10日には連続放火事件の容疑者がようやく逮捕された。警察からの情報によれば、岡崎市内の30件の放火については自供があったとのことであり、今回の事件は一応一件落着ということになった。
 9月13日をもって「連続不審火対策本部」は廃止致しましたが、今回の事件に対し、長時間、御尽力、御協力頂きました警察、消防並びに総代会をはじめとする地域の皆様方に対し心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

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2013年9月22日 (日)

政治的信念と転向、変節について

 「オカザえもん騒動について その5」を書く時に、中途半端に固有名詞を入れたために、要らぬ誤解を招いたようである。たとえを分かり易くするために具体的な名前を挙げたことをとらえて、どうやら私を反共主義者と思った方がみえたようである。別に否定する気もないが、その点に関しては残念ながら何々主義というほど立派な思想的信念を持ちあわせている訳でもない。私は保守の政治家ではあるが、左翼主義者の中にも共感する人物はいるのである。

 私は単に、選挙のたびに平気で政党から政党へと渡り歩く連中のことを嘆いただけのことである。中にはぐるっと回って、元の政党に戻ってくる奴までいる。それを許すような政党もどうかしていると思っている。
 確かに、人間であるから長く生きていれば、何かの体験が元で思想的に転向することもあるだろう。若い頃は左翼の闘士であったが、後には保守政党の政策的ブレーンの一人となっているような人は何人もいる(ただしその逆は一人も知らない)。しかし、そうしたことは普通「一生に一度」くらいの出来事である。
 選挙のたびに、その時の世間の風を見て政党を渡り歩くというのは、政治家としては恥知らずの技だと思う。そうした人物のことを不節操とか変節漢と呼ぶのであろう。もちろん、政治そのものは妥協の産物であるが、それは政策的問題のことであって、個人の生き方とは別次元のことである。
 先日、たまさかある所で学生時代の友人と出会い、「おい、ところであの時のヘルメットや赤い旗はどうした? ゲバラのポスターはまだあるのか?」と旧友をからかったことがあり、それでつい余分な記述をしてしまったのである。
 「オカザえもん5」の時に、上記のようなことをぐだぐだと書くのが嫌で、簡略化して書いたのであるが、結局こうして説明する次第となってしまった。このことは一つの教訓にしたいと思っている。

日本大学法学部 中山政夫ゼミ

 私が学生であった昭和40年代から50年代前半は、新左翼を中心とした世に言う「学園紛争」・「学生運動」の時代の真っ只中であった。入学試験のため上京したその日は〝神田騒乱〟(?)の当日であり、中央線に乗って神田駅から水道橋駅に入る列車の車窓から、機動隊と学生の激突の場面を眺めていた。つくづく「エライ所にやって来たもんだ」と思ったものである。
 大学2年生の途中までは、大学の校舎はまるで動物園の猿舎のように周囲を金網で囲われてロックアウトされていた。入口にはガードマンが立ち、学生証を忘れると授業に出ることもできなかった。それでも時々、ヘルメットに角材を持った連中が授業中乱入してくることがあった。
 ある時、学生会館に警察の手入れがあり、何人かの学生が手錠をかけられて連行されて行く所を間近で目撃したことがある。本物かどうかまでは知るよしもなかったが、機動隊の隊員達が手にしていた押収品の中には、段ボール箱につめられた火炎瓶と共に日本刀や猟銃のようなモノまであったことを覚えている。まだベトナム戦争も続いていて、当時は世界中が騒然としていた(ベトナム和平協定が結ばれ、米軍が撤退したのも確か大学2年の時であった)。

日本大学(1971-1975)

日本大学(1971-1975)

 あれから40年ほどの年月(としつき)が過ぎ、過激派学生と呼ばれた人達も今や60~70歳を迎え、それぞれ日々の生活に埋没している。かまやつひろしの歌ではないが、「女房、子供に手を焼きながらも生きている」といったところであろうか。
 ところが、聞くところによると今でもあの頃のまま反体制活動を続けている連中がいるという。私は彼らを褒め讃える気にはならないが、政治的信念の継続性という点では、「見上げたものだ」と思っている。彼らは既存の左翼勢力すら体制の一部と考え否定しているのである。大体当時から、そんなモノが長続きするはずがないと思っていただけに、人生50年以上に渡って続けていることに対し、主義主張やことの妥当性を超えて、ただただ敬服してしまう。正直言って、「おバカさんやネェ」と思わないでもないが、そうしたある種の思想的狂信を続けることは私にはできそうにない。

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2013年9月21日 (土)

『リバ!』2013年10月号

『リバ!』2013年10月号

こんばんは。内田康宏事務所からご案内申し上げます。

『リバ!』(株式会社リバーシブル)10月号が発行されました。市長の最新コラムは、「SBDドーントレスがやってきた」です。最新と言っても5ヶ月ほど前にブログで発表したものですが、お読み頂けたら幸いです。
今日「ゆるキャラグランプリ2013」にエントリーをしたという味噌崎城くんが表紙を飾っています。

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2013年9月17日 (火)

オカザえもん騒動について その5

オカザえもん

 オカザえもんについて私が「個人的には趣味ではない」とコメントしたことが未だに新聞のコラムに載ったり、議会質問の中でヤユされたりすることがある。友人からも「あんたも、いつまでもしぶといネ」などと言われる始末だ。今までに何度も書き、言ってきていることであるが、「趣味ではないが、別に毛嫌いしているわけでもない」。それどころか、岡崎のPRのために一種の使命感を持ってガンバってくれている作者の斉と公平太氏には本当に感謝しているし、尊敬の念すら抱いているくらいである。
 ただ好悪の感情とか、芸術に対する感性とか、主義主張というものは、多数決で決めるようなものではないと思っている。それはあくまで個人の領域に属するものである。
「古い奴だとお思いでしょうが、私はあくまでこだわる人間である」
(どこかで聞いたセリフですが)

 もっとわかりやすく言えば、仮に某左翼政党が日本で政権をとったとしても、私は間違ってもマルクス・レーニン主義を唱えてシッポを振って権力にすり寄ったりはしない。
 ところが近年の若い政治家の中には(年寄りでもいるが)、この辺の思想的貞操観念の希薄な、あるいはそんなものは初めから持ち合わせていない人間が増えてきているように見える。私にはそれが気になってしょうがない。またそういう人間は極めて功利主義的であり、人としての信義を軽くみる輩が多い。そういう人物が政界に増えるほどに、政治は混乱し、国民からの信を失う結果を招くものと思っている。
 政治家が選挙を意識して行動するのは当然のことであるが、当選のためなら傍目(はため)もはばからず次から次へと政党を移り替わってゆくという姿勢が私にはどうしても理解できない。そういった人間よりも、生き方としては、拷問の末、獄中死しても主義主張を変えなかった近代の左翼主義者達の方に親近感を覚えるくらいである。学生時代、革命を唱え、ヘルメットをかぶり角材や鉄パイプを振り回していた友人も今は田舎の一市民として平和に暮らしている。普通人ならばこれも許されるだろう。
 しかし政治家とは主義主張に生きる存在であるべきではなかったのかと自らに問うことがある。自作の言葉として「我が志によって立ち、我が旗のもとに倒れる、もって悔いなし」というものがある。私はそんな人生を送りたいと思っている。

愛知県議会 1987年

 オカザえもんに話を戻すと、先日新聞の県内版に、市役所幹部の弁として「美人は三日で飽きると言うが、初めて見た時は『何じゃこれ』と思ったオカザえもんにも慣れてきた」というコメントが載っていた。よく言われる「美人は三日で飽きるが、そうでないのは三日で慣れる」という言葉はウソであると思う。真実は「美人には三日で慣れ、美人であることを当然と思うようになるが、そうでない場合は三日間アキラめる努力をする」ぐらいであり、実際多くは、「アバタもエクボ」といったところが本当だろう。
 いずれにせよ当の女性達本人でも、美人の方が良いと思っているに決まっている。そうでなくては、化粧品が時代を超えてあんなに売れるはずがないし、韓国にまで美容整形に出かける人達がいるはずがない。あのクレオパトラですら、ハチミツを体に塗り、ミルク風呂に入っていたという。
 美の追究、利権や名誉、地位に執着するのは、人間の持つ性(さが)であり業(ごう)であると考える。それを直視せずに発せられたいかなる言葉にも、ウソがある。

 しかしそうは言いながら、最近もう一つ感じていることがある。人は年齢と経験によって考え方にも変化が起きてくるのではないかということである。人は美を追い求めるものであるが、年齢と経験によって、世の中には美を超越した価値があるということに目覚めることがある。思想的にも、自らと異なる考え方に対してより寛容の心が働くようになって来るのである。
 そうしたところに、人間としての成長、長く生きることの意味があるのかもしれないと思う今日この頃である。

追伸
 せっかく騒ぎが収まってきたのだから、もうオカザえもんについては触れまいと思っていたのに、また書いてしまった。これこそ私の業であると思っている。

(オカザえもん写真提供: 株式会社リバーシブル様)

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2013年9月13日 (金)

平成25年度 岡崎市地域総合防災訓練

平成25年度 岡崎市地域総合防災訓練

 「防災の日」である9月1日(日)、岡崎市全域において恒例の地域防災訓練が実施された。この訓練は、かつて乙川河川敷で全市でまとめて行われていたものであるが、現在は各地域の実情に合ったより現実的な訓練にする目的で、市内21の小学校を主会場としている。
 当日は、市役所においても災害対策本部の訓練が行われた。災害時に市長は、市役所に開設される同本部の本部長として、各種緊急事態への判断と対応の決定を担うことになっており、その責任は重大である。
 朝7時の市長訓示に始まり、防災ラジオを通して市民の皆様への報告とお願いを述べた。訓練であることは承知しているが、私としては初の試みであり、私の伝達能力如何(いかん)で、市民の生死に関わることも起こり得ることを思えば、大きな緊張感を伴うものになるのは当然のことである。
 役所の二階レストランにおける被災者支援炊き出し訓練を視察した後、地域会場へ向かった。

平成25年度 岡崎市地域総合防災訓練

 最初に訪れた地元の連尺小学校では、中心市街の商店の皆様やお勤めの方が多い中、各担当部署に分かれ、それぞれの仕事にテキパキと対応されており、大変頼もしく思えた。地元の皆様にはただ感謝あるのみである。
 続いて、地震災害対策が重要とされる矢作地区の矢作北小学校を訪れた。毎年この学区は学区をあげて全力で防災訓練に取り組んでみえ、参加者の数も多い。グランドの各所でしっかりとした訓練が展開されていた。今年は地域の2000人を超える方々の御協力を頂いている。
 他の会場へは、副市長や部長級の職員が分担して参加させて頂いた。御協力頂いた市民の皆様の総数は、19,117名であった。また、自衛隊、警察、消防関係者並びに医師会、歯科医師会、薬剤師会の先生方にも各地域でお世話になり、心から感謝を申し上げる次第である。

 今回は全市同時刻(8時30分)に耐震防御姿勢である〝シェイクアウト〟(体をしゃがみこみ、手で頭を守る)の訓練を行った。まずは「自らの身は自ら守る」という自助の心構えと、地域で共に助け合う共助の意識を養って頂きたいと願う。
 また8月30日より、気象庁が警告のために発表する予報が、これまでの「注意報」、「警報」のほかにもう一段階上の「特別警報」が増え、三段階で表示されることとなった。その地域で数十年に一度の災害現象が予想される場合にのみ「特別警報」が出されることになっている。
 公の立場ででき得る限りの対策や注意喚起を行うものであるが、昨今は異常気象による局地的ゲリラ豪雨や竜巻などの現象が想定外の地域でも起こるため、自らと家族の安全のための最終判断は、自ら行わなくてはならなくなる時もある。普段から、地震、水害、山崩れなどの災害の時にどうすれば良いかをそれぞれの立場で考え、家族で話し合い、心に留めておいて頂くことを望みます。

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2013年9月10日 (火)

市民の皆様からの声

内田康宏

 私の机の上には、1~2週間ごとに、A4判で20~30枚の〝市民の声リスト〟という書類が回って来る。個々の市民から送られて来たメールやお手紙、目安箱への御意見が整理され、対応の報告までが付された書類である。
 歴代の市長がこうしたものにどこまで目を通していたかは知らないが、私は一応すべての項目を見ることにしている。中には役所の職員の対応が悪いことを具体的に言い立てているものや、匿名で八つ当たり的な文句が連ねてあるだけのものもある。どちらにしても、個々の市民がどんな不満や要望を持っているかを知るためにもこれらは大変役に立っている。
 以下にどんな市民の声があるかその例と、一部の御指摘に対する私の考えを述べたいと思う。

消防団の夜間警戒の消防のサイレンの音がやかましい」(→消防団はボランティアです。御理解のほどを。)
桜の木の花ビラや葉が落ちた後の片付けが面倒なので、公園や川沿いの桜の木を切ってほしい」(→桜は日本を象徴する花で、岡崎の名物であります。)
河川工事のため、伊賀川の桜の木が無くなってしまった。岡崎市は一体何を考えているのだ!」(→まもなく復活します。)
花火大会の花火の音がやかましい。犬や子供がおびえている」(→伝統行事です。ゴカンベンを。)
花火大会の後のゴミの清掃を小・中学校の子供にやらせるな」(→これも教育の一貫なのです。)
 等々は、時代と市民意識の変化を感じさせられる意見である。
 また、中には明らかに特定業者の利権となる事業を促す施策の推進を、オブラートで包むような言葉で巧妙に訴えてくるものもある。まるで「オレオレ詐欺」である(こうした企みに、職員や議員の皆様が巻き込まれないことを切に望むものである)。前回のブログで「世の中人様々」と述べたが、市民の生の声をなるべく幅広く聞くために、良かれと思って始めたことであるのに本来の目的とは違う形で利用されることがあるのは、いかにも今日的事象である。

JR岡崎駅東口

 数多くの御意見を頂いているが、どうしても答えておきたい二点について触れさせて頂くことにする。
 第一は、「ツインブリッジ計画」に関わる駐車場対策についてである。まず、私は、ツインブリッジだけで中心地区の駐車場が一杯になるというような楽観主義は持っていない。しかし、お客が増えれば空き地利用の民間駐車場も増えるだろう。あとは現在進行中の東岡崎駅周辺の再開発事業による乙川沿いの駐車場の約400台、岡崎公園の駐車場の約200台、そして籠田公園地下駐車場の約200台の活用を考えている。もちろんこれで十分とは考えていないが、本来「ツインブリッジ計画」は、東岡崎に電車でみえた方を二つの橋を通して中心市街地からお城まで歩いて回遊して頂くための観光コースとして考えてきたプランである。羽根町の鈴木さんの御指摘どおり、公共交通機関の利用を促進して、例えば名鉄バスの「ワンデーフリー岡崎」(1日800円でバス乗り放題)のようなものを企画して、電車券とセットにしてその利用をアピールしていきたいとも考えている。
 第二は、岡崎のもう一つの顔であるJR岡崎駅周辺の対策についてである。同駅周辺が「置いてけぼり」をくっているという御指摘を市民対話集会の際に頂いた。決して何も考えていないわけではなく、役所内部においては様々なシミュレーションが検討されている。ただ正式決定する前にそれを明らかにすることもできないし、もし役所主導で事業計画を進めたりすれば、「何が民間主導だ」との批判を招くことになるだろう。
 すでに、駅周辺の整備については、岡崎活性化本部と岡崎商工会議所との間でも話し合いがなされていると聞いている。また、私も地元まちづくりの団体である「出会いの駅おかざき推進協議会」の5月総会に出席させて頂いたが、駅前の開発プランへの提言と商業施設の出店などについて、地元の意志を踏まえながら取り組んで頂いているところである。岡崎市としてもその流れを尊重し、協力して行く心づもりである。

 「ツインブリッジ」と言えば、話をする度によく言われる言葉に「また中心市街地か?」というものがある。しかし、今日までの中心市街地政策では、シビコの建設以来、十分に効果のある政策があったとは思えない、だからこそよく考えられた施策が必要である。ただここでひとつ気を付けなくてはならないことは、業者が自己の〝金儲け〟のために作り上げた計画に行政が乗せられてしまうことである。行政は都市の将来を見通して、合法的で合理性のある施策を実行していかなければならないと思う。
 またどこの国でも都市でも、中心地がさびれていて栄えた例は聞いたことがない。更に繰り返して言うならば、「ツインブリッジ計画」「リバーフロント構想」というのは、あくまで歴史遺産を活かした観光岡崎を築くための第一歩に過ぎない。そんなことを単発におこなっただけで、岡崎市の活性化は達成されはしない。これからさらに、第二、第三弾を打ち出してゆく予定である。そうした考え方の中で同時進行的に考えてゆく必要があるのが、JR岡崎駅周辺整備事業であると私も考えている。

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2013年9月 6日 (金)

それぞれの正義

 とかく人は自分が見ている風景、自分が考えていることが唯一絶対と思いたがる傾向がある。一度このパラダイムにはまると、なかなか抜け出すことは困難のようである。(最近の我が国の周辺国の事情も同様の気がする。)
 世の中、人それぞれ生まれや育ちも異なり、顔つきや性格も違う。加えて考え方も千差万別、人様々である。そしてこの国では、個人はそれぞれの思いや信条、各自の趣味に合った思想や宗教を持つことが許されているはずである。それがどのような趣向のものであろうと、他人への迷惑にならない限り、個人の自由の範疇に属するものであり、誰にとがめられる筋合いのものでもない。時に、考え方の異なる人間が同席してトラブルを招くこともあるが、そんな時、お互いに適当に折り合いをつけるのが大人の対応というものだ。

 ところが世の中には、そのように考えない人達がいる。
「いつも正しいのは自分であり、誤っているのは常に他者である」
 と言わんばかりの言動をする人達である。
 まことに困ったことではあるが、こうした人達はいつの時代にもどこにでも存在する。仮に彼らが「自分達の正義が唯一無二のモノである」と考えていたとしても、それはその人間の勝手であるが、それを他者にも認めさせようとするところに問題が起きてくるのである。
 私達のように行政・公の仕事に関わる者にとって、こうした人達との接触を避けて通ることはできない宿命がある。行政の政策決定には様々な選択肢がある。しかし、限られた予算と限られた人員、国や県の定めた大枠の中で、かつて三割自治とも揶揄された政策決定をとにもかくにもおこなっていかなくてはならないのである。そうした制約の中で、すべての人が満足する行政対応をとることは極めて困難なことである。
 そこで、人間は長い歴史の試行錯誤の中から、「多数決」というルールを考え出して来たのである。
 かと言って、多数決が常に正しい判断をして来たとも言えない。それでも、独善的な少数者の決定に従うよりは安全であることは歴史が証明しており、ゆえに多くの国は民主主義というシステムを採用し、今日のような政治体制が築かれたのである。

市民対話集会 2013年7月25日

 私は今年の1月から、各種団体や様々な業界、地域や学校など、要請のあった所へはこちらから出向き、すでに30回以上「次の新しい岡崎」と題した講演活動を続けて来た。昨年の選挙以来私が各地で訴えて来た〝未来の岡崎づくり〟をふくらませたものである。その折、個々の皆様から様々な御意見を頂き、大変参考になっており、感謝申し上げるところである。
 そしてこの7月25日からは地域社会に密着した試みとして、これも選挙公約であった「市民対話集会」を始めた。こちらも先月までに3回開催している。
 不特定多数の人々を対象にこうした催しを行えば、当然のことながらこちらに好意を持った方ばかりが集まって来る訳ではない。中には「文句を言って困らせてやろう」という人がいても、それはそれでしょうがないと考えている。文句を直接行政の担当者に言って、それで気が済むのならばそれでもいいだろう。無理難題は困るが、個人的な話であっても、部内で検討して対応できるものには応じたいと思っている。

 しかし、時にこうした発言の中に「自分の正義」のみに支えられたものを見かけることがある。自己の言い分を一方的にまくしたてて、相手の言うことはまともに聞こうともしない。法律的な手順を話しても、財政的な情況を説明しても、その人の正義の前には無力な存在となってしまうのである。「やる気が無いから、そういう言い訳をする」とか「過去のことは聞きたくない。これからのことを言え」というのであるが、物事には手順というものがあるし、過去、現在、未来のそれぞれの段階に対する理解なくしては先に進めないことは自明の理である。
 通常私達は、こうした政策決定の手順を議会において、選良としての議員の皆さんを通じておこなっている。もちろん今後も、政策の是非を決定する機関が議会であることは変わりはない。
 だから、今回私達がおこなっている「市民対話集会」のように、各地域ごとに何回も開催し、準備に手間がかかり、実施にあたってトラブルの予想される形のものは、他都市ではあまり積極的に試みられてはいないようである。私達もこうした試みの難しさは初めから承知の上で、今回チャレンジしている。できる限り一般市民と密着した対話の機会を設け、行政側として市民の生の声に耳を傾け、併せてこれからの岡崎市の進む方向とそのための政策についてじかに説明する場を持ちたいというのが、我々の真意である。

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2013年9月 4日 (水)

第41回 生徒市議会

第41回 生徒市議会

 岡崎市では毎年8月中旬に、中学生による模擬市議会が開催されており、今年も8月21日に行われた。議会形式ではなかったが、私は以前、南中学と城北中学において岡崎の未来について語る講演会を行わせて頂いた。その折に中学生の皆さんの岡崎に対する熱い思いやユニークな意見を知ることができ、若い人達と語り合うことの大切さと価値を認識したものである。
 今回は個別の中学校ではなく、市内の20の中学校からそれぞれの代表の参加を頂き、各中学においてとりまとめて来た意見を代表者が述べるというものである。個々の要望や提案に対しては、実際に岡崎市において実務を担当している各部局の部長級の職員が答弁することになっており、中学生の皆さんにとっては貴重な体験の機会になったことと思う。
 議事進行を行う議長も、中学生の代表者が二人ずつ四人で行うことになっており、実際に議会の中心の高座にある議長席において議長として議事をとり仕切る経験も将来様々な形で役立つことであろう。
 私も答弁をする役割を与えられていたが、南中や城北中で行ったように、随時私の方から中学生の質問に対して答えたいと考えていたが、「シナリオどおりにやって下さい」という事務局の一声で出番以外はおとなしくしていることになった。確かに初めて本物の議長席に座っている中学生に突然本物の市長が手を挙げて予定にはない発言を求めれば、要らぬ混乱を招く可能性があるかもしれない。しかし、私は、今の中学生は事前にその旨を話しておけば、けっこう器用に対応してくれるものと思っている。
 以下は、その日中学生諸君から頂いた意見と私の総括回答である。

1.「魅力あふれる街づくり」についての提案
福岡中・・・美術館スタンプラリーめぐりのプラン
竜海中・・・乙川整備のアイデア・スケッチのプラン
甲山中・・・地産地消家計簿による地元農家支援のプラン
城北中・・・桜の町岡崎再生のプラン
→岡崎をより魅力のある街にするための中学生の関心の高さと実現に向けての熱意に感心しました。

2.「安心・安全の街づくり」についての提案
竜南中・・・消防署の協力を得て自ら学ぶプラン
東海中・・・地元の問題をホームページ載せるプラン
→防災や安全のために自らできることからやってゆく積極さとパワーを感じ、心強く思いました。

3.「環境とエネルギー」についての提案
岩津中・・・各学校に合った発電システムを設置するプラン
河合中・・・小水力発電機を学区に設置するプラン
常磐中・・・小風力発電機を学区に設置するプラン
翔南中・・・ゴミ減量競争で優秀校を表彰するプラン
→現在開発中の新しい技術をしっかり学んで、自分なりのアイデアを出しているところがすばらしいと思いました。

4.「市制100周年」に向けての提案
南中・・・ゆるキャラをホームページに登場させたり、岡崎出身の著名人を「PR大使」にするプラン
六ツ美中・・・悠紀斎田PRのためのユニット・グループをつくるプラン
北中・・・中学生や岡崎出身の漫画家や芸術家の作品を「額田仙水」のラベルなどに使うプラン
美川中・・・市制100周年の記念のアプリを開発するプラン
六ツ美北中・・・岡崎の食材を使った「岡弁」を開発するプラン
→中学生の目線で、市の活動を深めたり広げたりする発想がすばらしいと思いました。

5.「ふれあいの街づくり」についての提案
矢作中・・・市民病院に花壇を増やしたり遊具を置くプラン
葵中・・・岡崎中央総合公園の多目的広場を芝のグランドにするプラン
額田中・・・中学生を対象としたジュニアヘルパー研究生を育成するプラン
新香山中・・・地域の子供達が一緒に「おかざきっ子エブリンク」宣言をするというプラン
矢作北中・・・中学生によるスポーツフェスティバルを開催するプラン
→地域全体に広げようと考えていることが分かり、感心しました。

 20校の中学から提案されたそれぞれの内容から、中学生の皆さんの岡崎の市政に対する熱い思いや願いを感じることができた。生徒達が市政に関心を持ち、調べていく中でいろいろな点に目を向け、中学生らしい発想で、自分達にできることを考えたとは本当にすばらしいことである。いくつかの提案にあったように、岡崎市は平成28年(2016年)に市制施行100周年を迎える。100周年を契機に、市民の皆様とともに本市がさらなる飛躍を遂げるように、また中学生達の思いや願いを一つでも実現していけるよう、私も全力で頑張っていきたい。
 生徒市議会では中学生の皆さんのすばらしいパワーを感じた。彼らの力は、これからの岡崎になくてはならないものである。今後も、岡崎の市政に関心を持って頂くとともに、日本の未来や国際政治にも関心を持って頂き、そして岡崎を愛する心を忘れずに「次の新しい岡崎」の市民としてぜひ次代を担う主役になって欲しいと思う。

 最後に、生徒市議会で若くたくましい力を見せてくれた中学生の皆さん、そして企画運営面で支えて下さった方々に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

第41回 生徒市議会

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第44回 生徒市議会 (2016.08.28)

第42回 生徒市議会 (2014.09.24)

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