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2013年8月31日 (土)

国への要望活動に思う

梶山弘志国土交通副大臣へ要望書提出

 私共、地方自治を担う者は、毎年定期的に河川や下水道、道路や農地整備、山間地対策など国庫補助を必要とする事業ごとに、地域の自治体グループで成り立つ「促進期成同盟会」を結成している(例・道路整備促進期成同盟会)。そしてその事業ごとに、国の各省庁並びに地元選出の国会議員さんに対して要望活動をおこなっている。
 ふだんは全く意識の埒外にあるのだが、上京して国の各省庁に陳情活動をするたびに、改めてこの国の権力構造のヒエラルキー(序列)というものを感じさせられる。地方においては、市政のヒエラルキーのトップにあるように見える市長であっても、中央に出向けば借りて来たネコのようなものである。
 国に陳情活動をするためには、国会議員を先頭にしなくてはお話にならない。国会議員、それも与党の議員で力のある政治家を通じて話を進めなくては同じ活動をしても効果は望めない。
 定まったレールに乗って物事を運ばないと、なかなか目指す大臣、次官や局長にお目通りはかなわないし、下手をすれば部長、課長どころか課長補佐にも会えず、受付のお嬢さんに書類を預けて帰って来ることになる。自民党が野党の頃は、ちょうどそんな具合だった。これでは陳情の効果の程は期待できず、徒労となってしまう。よく、役所に来て大声で怒鳴っている人がいるが、あの手の行動はただの自己満足に過ぎず、かえって目的から遠ざかり逆効果となる。世の中には、成文化されていないルールというものもある。第一ものを頼むときのエチケットに反している。
 幾重にも張りめぐらされた国の権力構造の段階ごとに、その一層一層にていねいに注射をして行くように同じ要望書を作成し、封筒に入れ、頭を下げてお願いして回るのである。言わば、「行政のお百度参り」のようなものだ。時には一日で20ヶ所以上も回ることがある。宛名を間違えたり、提出先を間違えたりしたら大変である。慎重の上にも慎重に、しかも手際よくことを運ぶ必要がある。

 最近、上京してこの手の仕事をして来ると、何とも言えない底疲れのようなものを感じる。百姓がお上に直訴するような(古いたとえで申し訳ない)心理的な圧迫感が原因なのかもしれない。
 昔、安倍晋太郎政調会長(現・総理の父)の秘書をしていた時、逆に全国から様々な陳情・要望書を代理で受けていたことがある。受け取る側は日々の仕事の一つに過ぎないが、自分がこうして頭を下げて回る立場になると、あの頃の陳情団の方々の思いや御苦労がよく分かるというものである。

梶山弘志国土交通副大臣へ要望書提出

 それにしても、地方とは異なった国の官僚組織を垣間(かいま)見ると、様々な発見がある。こうした中央官庁で働いている人達というのは、多くが一流大学の卒業生であり、国家公務員試験のⅠ種の合格者である。
 いつも思うことであるが、そうしたエリート達が働く職場としてはいささか過密で、乱雑な(失礼!)職場環境に見えてならない。机はまるで小学校の職員室のように数珠つなぎに並べてあり、その間に迷路のごとく、幅が1メートルもない通り道が続いている。キチンと整頓された机もあるが、多くは机の上の書類が山積みとなっている。本庁の課長席は、大体そうした迷路の突き当たりの窓際にある。鳥や熱帯魚のケージや水槽にも適性個体数というものがあるが、こちらは明らかに適性値オーバーと見受けられる。
 国家公務員のⅠ種と言えば、日本の権力構造のトップにある特権階級のように思われることが多いが、それはここでの出世競争を勝ち抜いた一握りの人間のことである。この風景を見る限り、決してうらやましいとは思えない。これならば、地方の市役所の方がよっぽど職場環境が整備されていると思う。近年、一流大学を出ても中央官庁ではなく、親元の県庁や市役所に職を求める人が増えている理由がよく分かる。

 かつて秘書時代、安倍晋太郎先生と共に年末、夜間に新年度予算の編成作業中の大蔵省(現・財務省)を陣中見舞いに訪れたことがあるが、通路にはマットレスや毛布、インスタント食品の箱が山積みとなっていた。まるで被災地の難民である。こうしたことは、今も基本的には同じであるという。これもトップエリート達の実際の姿であるのだ。彼らがこうした待遇に耐えて来られるのは、「俺達が国家の屋台骨を支え、国を動かしている」という誇りと自信、矜持の心によるものと、出世レースに勝ち残れなかった者でも〝天下り〟という形での一種の救済措置がシステムとして機能していたからであると思う。ところが今や、〝天下り〟は公務員の悪しき慣習の典型とされ、国から地方まで一律に「魔女狩り」の如く袋叩きとなっている。
 確かに、公共事業の利益の誘導機関的な側面は是正の必要はある。しかし、今から20年くらい前までは、一般人の話題の中にも「御近所の誰それの息子は東大卒の俊英で、大蔵省に入り、将来は退職後も安泰でうらやましい」というような話が当たり前の如くささやかれていたことを覚えている。当時は天下りというものが、長い受験戦争を勝ち抜いた勝利者に与えられる当然の権利のように讃えられていた時代でもあったのだ。
 それが「人情の翻覆(はんぷく)、波瀾(はらん)に似たり」の言葉通り、今や東大を出て高級官僚であることは隠しておかないと、逆に子供が学校でイジメに遭うような時代となっているとも言う。(そのせいで単身赴任が多い訳ではあるまいが・・・。)
 極端な優越意識や特権主義の醸成や、破格の特別待遇や国家公務員しか使えない保養施設の建設などは控えるべきと思うが、プライドを持って職務に励むことのできる環境と処遇を考えないと、優秀な人材が難度が高く苦労の多い職務を担わなくなってしまう。そうなっては、ますます海外への頭脳流出にも拍車がかかり、国の将来はお先真っ暗となってしまう。私達は出る杭(くい)を叩くばかりでなく、そうしたことも考慮に入れて国のあり方、健全な官僚組織の構築、継続を図らなくてはならないと思う。(同様のことが大学教員においても言える。)
 決して天下りを正当化する訳ではないが、世界的に日本のエリートほど、エリート的待遇を受けていないケースは珍しいという。今さら、ソルジェニーツィンの著作や、ブレジンスキーの論文の例を持ち出す必要もあるまいが、人間の平等を理想とした思想を掲げた国ほど、新政府のエリートたちが新たな特権階級を形成し、より極端なヒエラルキー(序列)をつくり出していったという皮肉な歴史的事実は、興味深いものだ。

 話が横道にそれてしまったが、いずれにしても中央官庁への陳情のたびに目にするあの光景を思う時、一番気になるのは、重たい思いをしながら市の職員と共に配って歩いた要望書が、どこまでまともに読まれているかということである。
 一つの証言がすべての実証になるとは思わないが、ある時、元国家公務員であった友人に「あの山積みの陳情書は本当にちゃんと読まれているのか?」と聞いたことがある。その時返って来た答えは、
「直接の担当者以外、まずまともには読まないネ。そのまま資料として保管されるか、処分されるかのどちらかだよ」
 というものであった。
 しかし、少なくともこの岡崎市においては、市民の声に対しては適切に対応している。(私も受け取った要望書は必ず担当部署へ回している。)国においても、市の職員が苦労して作成した要望書をすべてそんな扱いにしているとはとても考えられない。
 どちらにしても、政権与党の国会議員を通して大臣級のレベルまで話を伝えて、そこから役所の機構に対して言葉が下りてゆくまでの手続きをしなくては、大きな事業が予算を伴って動き出すことは難しいという話は昔から耳にしていることである。そうかと言って、中央省庁の実務担当者に対して地方の実情を直接訴えるための貴重な機会でもある要望活動は欠かすことはできない。こちらから筋道を通して「頭を下げて、きちんと挨拶に出かけた」という事実を残しておくことが大切なのである。
 そのために、我々地方自治体のトップは一年の間にたびたび上京し、行政の〝お百度参り〟を毎年続けているのである。

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