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2013年6月27日 (木)

オカザえもん騒動について その4

味噌崎城とオカザえもん

 まず加藤正嗣先生の御意見に対して。私が忘れていたデザイン博の「デポちゃん」の名を思い出させて頂き、ありがとうございました。
 ただ「選定プロセスは明確で――」という点には異論があります。「公募し、デザイナーによる審査があった」そうですが、いつも思うことですが、その選考委員というのは一体誰がどんな基準で選任したのでしょうか。個々の委員にはそれぞれ好みの傾向があり、その人を選考委員にすればどういう傾向の作品が選ばれるか、おのずから予想できることもあります。
 また仮にグッズが売れていたとしても、マスコミを使って大宣伝して、イベントを盛り上げ、キャラクターグッズがそれしかなければ、ある程度売れるのは大衆社会において当たり前のことです。そのためのプロの請負業者(会社)もあるのであります。
 もう一つ言えば、あのイモムシのデポちゃんが出て来たときに、委員会で多くの議員が首をかしげて笑っていたことをはっきり覚えています。さらに非難していたのは名東区の県議一人ではありませんでした。

 Wさん、基礎生物学研究所のお仕事で忙しい中、私のブログまで御注目頂きありがとうございました。
 Kさん、Hさん、それぞれ温かいアドバイス感謝します。

 私や葵武将隊をゆるキャラと同列に扱っているご意見もありましたが、機能や目的の違うものを同じ土俵で論ずることはそもそもおかしいように私には思えます。
 それから「人気があるから知名度があるからいいじゃないか」という感覚論もいくつか頂きました。そうした数値化されない、空気のようなものに頼ってモノゴトを判断することは行政としては慎重にした方がいいでしょう。そうしたものは一時的な現象であることもあるからです。さらに言うならば、そもそもオカザえもんは「岡崎アート&ジャズ2012」の出展作品であり、一年間限定のアート広報大臣であります。岡崎市の正式なシンボル・キャラクターというわけでもありません。ちなみに船橋市の「ふなっしー」はTVに出て、CMにまで採用されるほどの人気者ですが、未だに船橋市からも商工会議所からも認知はされておりません。
 「ゆるキャラ」の提唱者であるみうらじゅん氏はその条件として次の三つを挙げております。

  1. 郷土愛に満ちあふれた強いメッセージ性があること
  2. 立ち居振る舞いが不安定かつユニークであること
  3. 愛すべきゆるさを持ち合わせていること

 これを見て頂いて分かるように、みうら氏の定義はあくまで「地方の村起こし的、地域の振興のためのキャラクター」であり、この定義によれば、まずその地域に愛され、その町で認知されることが一番大切であると考えられます。もちろんオカザえもんがこの定義にあてはまらない訳ではありませんが、地域で広く認知されているとまでは言い切れない気がします。世の中には「どうしても嫌い」「理解できない」という人たちが確かにいるのです。
 他の地域の方からも様々な御意見を頂きましたが、Kさんの御指摘にあるようにまずは岡崎市民の声を大切にしていきたいと思います。
 一般的に、くせの強いキャラクターは波に乗ると一気にブレイクすることがあります。それと同様にアキられるのも早いことは、芸能界における数ある例からもよく分かります。オカザえもんもそうなると言っている訳ではありませんが、地元や地域で広く理解と認知を得るという意味では少々限界点のあるキャラクターであると言えます。このことは決してオカザえもんの存在を否定するものではありません。オカザえもんを全国区とするなら、地域の伝統に根ざし、幅広い世代に愛されるキャラクターがあってもいいのではないかということです。要するにそれぞれの個性を生かして併存すればいいということです。

 「税金を使って云々」という意見もいくつかありました。しかし税金をきちんと納めてみえる市民の中から要請の声が多ければ、それは正当なものとなります。それでも問題だと言うのであれば、寄付を募って対応してもいいし、やり方はいくつもあります。先々週、議会で「市長が『ドラゴンをモチーフとした新しいキャラクターを云々』とブログに書くのは勇み足だ」という発言を頂きました。これもあくまで「例えば」ということであり、岡崎市の伝統ある「龍と玉」の市章に敬意を表して述べただけのことです。
 当初、新キャラクターのために有名なマンガ家の方に頼むことも考えましたが、製作費、所有権、使用料など、そのたびの契約問題などお金のかかりそうなことが多く想定され、なかなか難しいと考えます。今は、やるなら一般公募が良いのではないかと思います。
 また「新キャラクタープランはオカザえもんを抹消するためのもの・・・」という御意見もありましたが、仮にその程度のことで消滅するとしたら所詮それだけのモノであったということです。私はオカザえもんはもっとしぶといと思います。エルヴィス・プレスリーが出てきた時も、ビートルズが出てきた時も、世の中の評価は真っ二つでありました。それを吹き飛ばすパワーがあってこそ、本物であります。
 先程述べたように、一市一キャラクターである必要はありません。合併のせいで4つも5つも町のキャラクターを持っている市も存在しております。
 すでに岡崎でもオカザえもんと味噌崎城はしばしば同一行動をとっていますが、将来、オカザえもんや他のキャラクターと新キャラが肩を組んで登場できるようになればよいのではないかと考えております。ちょうどミッキーマウスがミニーやドナルドダック、グーフィーやプルートに囲まれているような形になってもいいじゃないかと思います。

 古代ローマの英雄、ユリウス・カエサルは今から2千年以上前に、
「人間ならば、誰にでも現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」(『内乱記』)
 という言葉を残しています。今、この言葉をしっかり噛みしめたいと思っています。(つづく

(オカザえもん写真提供:株式会社リバーシブル様)

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