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2013年6月

2013年6月27日 (木)

オカザえもん騒動について その4

味噌崎城とオカザえもん

 まず加藤正嗣先生の御意見に対して。私が忘れていたデザイン博の「デポちゃん」の名を思い出させて頂き、ありがとうございました。
 ただ「選定プロセスは明確で――」という点には異論があります。「公募し、デザイナーによる審査があった」そうですが、いつも思うことですが、その選考委員というのは一体誰がどんな基準で選任したのでしょうか。個々の委員にはそれぞれ好みの傾向があり、その人を選考委員にすればどういう傾向の作品が選ばれるか、おのずから予想できることもあります。
 また仮にグッズが売れていたとしても、マスコミを使って大宣伝して、イベントを盛り上げ、キャラクターグッズがそれしかなければ、ある程度売れるのは大衆社会において当たり前のことです。そのためのプロの請負業者(会社)もあるのであります。
 もう一つ言えば、あのイモムシのデポちゃんが出て来たときに、委員会で多くの議員が首をかしげて笑っていたことをはっきり覚えています。さらに非難していたのは名東区の県議一人ではありませんでした。

 Wさん、基礎生物学研究所のお仕事で忙しい中、私のブログまで御注目頂きありがとうございました。
 Kさん、Hさん、それぞれ温かいアドバイス感謝します。

 私や葵武将隊をゆるキャラと同列に扱っているご意見もありましたが、機能や目的の違うものを同じ土俵で論ずることはそもそもおかしいように私には思えます。
 それから「人気があるから知名度があるからいいじゃないか」という感覚論もいくつか頂きました。そうした数値化されない、空気のようなものに頼ってモノゴトを判断することは行政としては慎重にした方がいいでしょう。そうしたものは一時的な現象であることもあるからです。さらに言うならば、そもそもオカザえもんは「岡崎アート&ジャズ2012」の出展作品であり、一年間限定のアート広報大臣であります。岡崎市の正式なシンボル・キャラクターというわけでもありません。ちなみに船橋市の「ふなっしー」はTVに出て、CMにまで採用されるほどの人気者ですが、未だに船橋市からも商工会議所からも認知はされておりません。
 「ゆるキャラ」の提唱者であるみうらじゅん氏はその条件として次の三つを挙げております。

  1. 郷土愛に満ちあふれた強いメッセージ性があること
  2. 立ち居振る舞いが不安定かつユニークであること
  3. 愛すべきゆるさを持ち合わせていること

 これを見て頂いて分かるように、みうら氏の定義はあくまで「地方の村起こし的、地域の振興のためのキャラクター」であり、この定義によれば、まずその地域に愛され、その町で認知されることが一番大切であると考えられます。もちろんオカザえもんがこの定義にあてはまらない訳ではありませんが、地域で広く認知されているとまでは言い切れない気がします。世の中には「どうしても嫌い」「理解できない」という人たちが確かにいるのです。
 他の地域の方からも様々な御意見を頂きましたが、Kさんの御指摘にあるようにまずは岡崎市民の声を大切にしていきたいと思います。
 一般的に、くせの強いキャラクターは波に乗ると一気にブレイクすることがあります。それと同様にアキられるのも早いことは、芸能界における数ある例からもよく分かります。オカザえもんもそうなると言っている訳ではありませんが、地元や地域で広く理解と認知を得るという意味では少々限界点のあるキャラクターであると言えます。このことは決してオカザえもんの存在を否定するものではありません。オカザえもんを全国区とするなら、地域の伝統に根ざし、幅広い世代に愛されるキャラクターがあってもいいのではないかということです。要するにそれぞれの個性を生かして併存すればいいということです。

 「税金を使って云々」という意見もいくつかありました。しかし税金をきちんと納めてみえる市民の中から要請の声が多ければ、それは正当なものとなります。それでも問題だと言うのであれば、寄付を募って対応してもいいし、やり方はいくつもあります。先々週、議会で「市長が『ドラゴンをモチーフとした新しいキャラクターを云々』とブログに書くのは勇み足だ」という発言を頂きました。これもあくまで「例えば」ということであり、岡崎市の伝統ある「龍と玉」の市章に敬意を表して述べただけのことです。
 当初、新キャラクターのために有名なマンガ家の方に頼むことも考えましたが、製作費、所有権、使用料など、そのたびの契約問題などお金のかかりそうなことが多く想定され、なかなか難しいと考えます。今は、やるなら一般公募が良いのではないかと思います。
 また「新キャラクタープランはオカザえもんを抹消するためのもの・・・」という御意見もありましたが、仮にその程度のことで消滅するとしたら所詮それだけのモノであったということです。私はオカザえもんはもっとしぶといと思います。エルヴィス・プレスリーが出てきた時も、ビートルズが出てきた時も、世の中の評価は真っ二つでありました。それを吹き飛ばすパワーがあってこそ、本物であります。
 先程述べたように、一市一キャラクターである必要はありません。合併のせいで4つも5つも町のキャラクターを持っている市も存在しております。
 すでに岡崎でもオカザえもんと味噌崎城はしばしば同一行動をとっていますが、将来、オカザえもんや他のキャラクターと新キャラが肩を組んで登場できるようになればよいのではないかと考えております。ちょうどミッキーマウスがミニーやドナルドダック、グーフィーやプルートに囲まれているような形になってもいいじゃないかと思います。

 古代ローマの英雄、ユリウス・カエサルは今から2千年以上前に、
「人間ならば、誰にでも現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」(『内乱記』)
 という言葉を残しています。今、この言葉をしっかり噛みしめたいと思っています。(つづく

(オカザえもん写真提供:株式会社リバーシブル様)

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2013年6月24日 (月)

オカザえもん騒動について その3

 現状報告のつもりで「オカザえもん騒動について」と題してその1その2を書いたところ、えらいことになってしまった。ブログに載せてから1週間足らずの間のアクセス数が1万2千を超えていた。私のブログとしてはこれまでの最高記録である。
 今まで、こうした「好きか嫌いか」、「プラスかマイナスか」という二元論の議論にはあまり触れないようにしてきた。プロ野球やサッカーチームのひいき論と同じで、理屈で分かりあえる話ではないからだ。好きなものは何であれ、ファンにとっては神のように絶対的存在である。それこそ、こうした問題には「さわらぬ神に祟(たた)りなし」である。利口な大人は近づかないものだ。
 しかし今回は職責上、賛否両論の立場の方々よりそれぞれ強い要望を頂いているため、一度はこのことにふれざるを得なくてブログ上で取り上げることとなった。
 先日、地元の南中学校に「次の新しい岡崎へ」の講演に出かけたところ、演題にはなかったオカザえもんについての質問や意見が出た。中学生の間でも賛否両論あることが分かり、たいへん面白かった。

オカザえもんパン

 どちらにしても、これだけ岡崎の名前を冠したものが話題になったことは、作者・斉と公平太氏の作戦が当たったということであり、感心している。最近、岡崎のピアゴ洞店の「サンクレール」で売られている「オカザえもんパン」(一日50個限定)は、連日売り切れの好評とのことだ。市役所にも「どこに行ったらオカザえもんに会えますか?」という問い合わせが来ている。また九州の岡崎さんという方からは「子供が学校でオカザえもんと呼ばれていじめられている。どうしてくれる!」と真剣に苦情が来た。
 こうした大フィーバー(?)にもかかわらず、「製作費だ、使用料だ」と一言も言わない斉と氏はいまどき珍しい奇特な方である。(とは言え、オカザえもんには毎月、アート広報大臣としてのパフォーマンスに対して、時間給で給与は支払われている。)

 また彼は、病気の子供がオカザえもんの熱烈なファンであることを知ると、ベーブ・ルースや力道山、長嶋茂雄じゃあるまいに、その子供のお見舞いに出かけるといった心温まる活動もしている。こういう評判を耳にすると、「おっ、オカザえもん、なかなかいいじゃないか!」と思わないでもないが、一般に人の好悪の感情というものはそれほど単純なものではないようだ。いまどき親が仕事で世話になっているからと言って、気に染まぬ相手のところに嫁に行く娘などいないのと同じことである。

 今回、その1、その2のブログに対し、様々な方より、多くの参考となる御意見やお便りを頂き感謝している。元々、感情的でヒステリックな話は初めから問題にする気はなかったが、意外にクールで論理的な意見が多く、私がよく知らなかった事情をお教え下さった方もあり、そうした皆様には心からお礼を申し上げたい。ただここで一つ気をつけなければならないことは、とかくこうした議論は、声の大きな方が主流のようなイメージを与える点である。ブログ世代だけでなく、少し離れたところから顔をしかめて見ている「声なき声」の人々の存在も忘れてはならない。とはいえ、私自身も先々週から人に頼まれ、オカザえもんバッジを胸につけている。「今まで言ってきたことと違うじゃないか!」とおっしゃる向きもあろうが、そんなところに私の置かれている立場が御理解頂けることと思う。
 お便りの中にいくつかご返事をした方がよいと思われるものがあったので次回で採り上げてみようと思う。(つづく

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2013年6月21日 (金)

市民対話集会にさきがけて(ツインブリッジとは?)

 間もなく、小学校の学区単位を基本として選挙公約であった「市民対話集会」を始めることになっている。受け入れ学区の調整もあり、新年度に入ってからすぐに行うことはできなかったが、これから2年ほどかけて市内全域に渡り私が自ら地域の皆様に政策説明を行い、同時に地元の声を聞くという対話集会を始めることになる。
 対話集会にさきがけて、今年の1月から各業界団体、ライオンズクラブ、ロータリークラブ、商工会議所など要請に応じて28回に渡って「次の新しい岡崎をめざして」と題して私の政策についての講演活動を続けて来た。話の内容は市議会を経るごとに少しずつ具体的なものに進化してきているが、基本的には「ものづくり産業」を中核とした岡崎経済を支えるもうひとつの新しい柱として、歴史文化遺産を活かした観光産業を育て上げたいということである。そして、その第一歩として岡崎の玄関口、東岡崎駅前の明代橋と中心地にかかる殿橋の二つを岡崎の新たなシンボルとなる橋に整備しようという「ツインブリッジ計画」、ならびに川を活かしたまちづくりをする「リバーフロント構想」の推進にある。
 ことに最近は「具体的にどんなことをやるのか?」という問いに答えるため、私自身が描いたラフスケッチを、考えを巡らすための例(たたき台)としての映像資料として5月中旬より発表している。
 次の新しい岡崎づくりへの概要については、既に各ブログの中で何度も触れているので、ここではツインブリッジ構想についての私のラフプランを用いてご説明したいと思う。

 まずツインブリッジとは「双子の橋」の意味であるが、実際は同じものを二つ作るのではなく、それぞれ個性的な特徴を持っている。まず東岡崎駅前の明代橋は、来訪者へのおもてなしと市民のくつろぎの空間として、橋の上を公園化したモダンな「緑の橋」にしたいと考えている。

図A
新・明代橋イメージ(市長案)

 私の考えとしては図Aのように、橋の外壁を波型にすることによってできた部分をウッドデッキ化して、そこから川面を見下ろす風景を、船上から海を見下ろすイメージとダブらせたいと考えている。この橋の上からの夕陽は美しいものがある。さらにデッキ上に船の舵輪を置いたり、映画『タイタニック』の主人公達が船の舳先に立つような恰好のできる遊び心のある工夫もしてみたい。案外これは大人が遊ぶだろう。
 またウッドデッキスペースにおいては、ニューヨークの街角でよく見かける、アイスクリーム、飲料、ホットドッグなどを販売してもらってもよい。その代わりにその販売者にはそこのスペースの清掃をする責任をもってもらいたい。橋上の植栽(樹木)の選定については緑化協会のプロの知恵をお借りして、交通の妨げにならない美しい緑化にしたいと思っている。冬にはイルミネーションをほどこし、新しい顔を見せることもできる。
 私のプランのように橋の形状を波型にした場合、橋の四隅には半円形のスペースができることになる。ここに河川敷に降りるためのコンクリート製の階段を兼ねた護岸を形成したい。それは同時にギリシャの円形劇場を模したものとなる。それらの四つすべてを占有してイベントを行う場合は、市の許可を得てもらいたいが、ギター一本で友人と歌ったり、テナーサックスやトランペットでミニコンサートを行うぐらいは空いている限り、市民に自由に使ってもらえばよいと思う。文化とはそんな自由な空気の中から生まれてくるものと考えるからである。
 次にもうひとつの下流の殿橋は、その名のごとく、岡崎の歴史と伝統を伝える橋にしたいと考える。(図B

図B
新・殿橋イメージ(市長案)

 具体的には橋の四隅に「殿(岡崎)を守る」意味を込めて徳川四天王の石像を配置し、ふくらみを持たせた橋のフリースペースは市民活動と花火大会や桜の観覧用に供する。橋の欄干の下部には、松平・徳川の隆盛の歴史をつづるレリーフ(浮き彫り)を設置し、岡崎の子供達が橋を渡るたびに郷土の歴史に触れる機会を持てるようにしたい。同時に、石都・岡崎の石工業の技の粋(すい)を尽くした工芸を橋上に再現し、併せて石工の技術の伝承を確実におこなってほしいと考えている。
 それぞれの橋の最大幅は現在の橋の二倍ほどを想定している。当然のことながら幅広の橋の下には、屋根のある広場ができ、照明をほどこすことによって夜まで使える広場となり、市民の皆さんに様々な利用をして頂けることになると思う。
 現在、いちばん肝心な橋の構造や強度計算、ならびに建替えなくてはならないのか、現在の橋脚を使って私案のような新しい橋が作れるのかどうかを専門家に調査してもらっている。
 それから河川敷を活用した遊歩道やサイクリングロード、ドッグラン、各種スポーツ施設の整備もリバーフロント計画に盛り込んである。さらに将来は、貸ボート屋さんも復活できるような、多くの皆さんに楽しんでもらえる親水性のある川にしたいと考えている。もちろんそのためには、国や県の理解と協力が不可欠なことは言うまでもない。

 もう一つの大きな目標として、この二つの橋をきっかけとして市の中心地区に人々が歩いて回るための導線としたい。東岡崎駅から伝馬、康生、本町、岡崎城へとつながるコースくらいの距離を、私たちは観光地に行けば自然に歩いている。なぜ歩けるのか? 「興味を引く施設」、「おいしい食べ物」、「珍しいおみやげ」、「特別なサービス」などがあるからである。本格的な観光岡崎を作るためには、地域商店街の皆さんや市民の一人一人のご協力も必要なのである。こうしたプランを表明すると、よく「また中心市街地開発か!」と言われるが、二つの橋を巡るこの事業は、あくまで岡崎全体の観光都市化への第一歩であるということを強調しておきたい。これまで述べてきた話は私の個人的な考えやプランであり、実施計画についてはこれから多くの皆さんのご意見をお聞きして詰めて行く予定となっている。

<市民対話集会についてのお問い合わせ>
 岡崎市役所 市長公室広報課広報広聴班
 Tel. 0564-23-6028

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2013年6月20日 (木)

『リバ!』2013年7月号

『リバ!』2013年7月号

内田康宏事務所からひと月に一回のお知らせです。
毎月20日に発行されている『リバ!』の市長のコラムは、これで7回目を数えました。ブログで先に発表した「オカザえもん騒動について」、その1その2を今回ひとつにまとめました。

校門でランドセルを放り投げて「もうすぐ夏休みだ!」と叫んでいる少年二人と、虫取り網を持ってたたずむ少年が7月号の表紙の目印です。

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2013年6月19日 (水)

『アジアの窓から』と『続・アジアの窓から』

続・アジアの窓から

内田康宏事務所からお知らせ申し上げます。

ホームページを更新いたしました。
内田市長が県会議員時代に東海愛知新聞に発表した、『アジアの窓から』と『続・アジアの窓から』の二つのコラムを掲載しました。今後随時ご紹介して行く予定です。お読み頂けたら幸いに存じます。よろしくお願いいたします。

『アジアの窓から』(1997年1月24日~3月6日連載)

『続・アジアの窓から』(1998年3月18日~4月18日連載)

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2013年6月16日 (日)

中学生と語る「未来の岡崎」Ⅰ ―南中学―

岡崎市立南中学校 2013年6月1日

 6月1日(土)、南中学において中学生バージョンとして〝次の新しい岡崎〟についてお話をさせて頂くこととなった。これは先の岡崎市校長会における講演の折に「ご希望があれば、各学校にも出張講演を行います」と話したことによる。そしていちばん最初に手を挙げて頂いたのが南中であった。(注・6月14日には母校、城北中も訪問しました。)
 同じ表題で1月以来、26回の講演を行って来たが、これまでは大人が対象であり、今回与えられた時間が30~40分ということでもあり、映像を使って退屈しないように話を組み直してみた。
 話の内容もツインブリッジも含むリバーフロント計画と、歴史遺産を活かした町づくりの二つにしぼってお話した。

 今回の訪問で若い人達と直接話ができることを楽しみにしていた。我々大人は、ものを考えるときに法律やこれまで学んできた常識や経験の枠組みからなかなか離れることができない。その点、若い人達は先入観のない自由な発想の中に思考を遊ばせることができる。ぜひそんなところから町づくりの新しいヒントを得たいと思っていた。
 昨今の子供達について、色々と苦言を呈される方もあるが、南中の生徒はたいへんお行儀が良かった。多くの場合中学時代は皆このように素直な子供達であるのに、高校生になると突如豹変してしまうケースがあることに、教育の難しさ、思春期の心理の繊細さ、家庭教育の重要性というものをそれぞれ再認識させられるものである。
 今回子供向けに言葉をやさしい言い回しに変えたつもりでいたが、まだ十分でなかった。歴史が好きでない生徒もいるのだからもう少し丁寧に説明をしなければならなかったところもあり、今反省している。それでも講演後の生徒達の質問には私自身楽しませて頂いた。当初3年生がぽつりぽつりと質問してきたが、私が危険人物(?)でないことが分かったせいか、途中から一斉に手が挙がってきた。
「最近、岡崎公園に鳩が多いですけどなぜですか?」とか「私はオカザえもんが好きですけど市長は?」あるいは「僕はオカザえもんが嫌いです――」など難問珍問もあったが、「自分たちは中学生のころこんなに可愛らしかったかな?」と思いながら答えていた。そう感じるのは私が年をとったせいかもしれない。

岡崎市立南中学校 2013年6月1日

 今回、南中に講演に行ってよかったと思うのは、生徒達の率直な意見が聞けたことと、私のプランに対する若い人達の反応をじかに感じることができたことである。さらに、その後校長先生の名で送られてきた、生徒達の感想文集には感激してしまった。
 正直言って、どれだけ話の内容を理解してもらえたのか自信がなかったが、子供達の反応は素晴らしかった。私の気が付かない点などにも指摘があった。中に「話の内容が難しい」という意見も散見したため次回の教訓とさせて頂く。
 講演の冒頭で「今日はお願いがあって来ました」、「自分がもし市長であったら、どんなツインブリッジを作るか、どんなリバーフロント計画を立てるかということで冬休みのころにポスターと作文のコンテストをやりたいと考えています」と話したところ、もう既に今回の感想文の中に自らのアイデアを書いてきてくれた生徒もいた。また、新しいゆるキャラの絵をカラーで描いてくれた女の子もいた。「ゆめゆめ子供の知恵をあなどることなかれ」である。皆さんから頂いたご意見は十分参考にさせて頂きます。
 なお、こうした貴重な機会を頂いた水野校長先生はじめ職員の皆さん、ご父兄、地域の皆様にも改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

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 後日、この日の講演会の動画がYouTubeにアップされました。

 岡崎市広報 「ツインブリッジ計画、リバーフロント構想」 前編

 岡崎市広報 「ツインブリッジ計画、リバーフロント構想」 後編

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2013年6月13日 (木)

岡崎活性化本部・発足2ヶ月

 以前こんなことをよく言われた。
「政治家は口を開けば『民間活力の活用と、民間の知恵や経験を生かした地域の活性化を行う』と言うが、実際は法律や役所の規制が厳しくて、そんなことは実現したためしが無い」
 私自身、昨年の選挙の折に〝民間活力を生かした町づくり〟を提唱すると同様の言葉が何度も返ってきたものである。しかし現在はこの私が市長職を担わせて頂いているので、できる限りの手立てを講じて、「岡崎活性化本部」が実効性のあるプロジェクトとなるよう、お手伝いして行くつもりである。

 一昨年まで花火大会の前日に行われていた「五万石おどり・五万石みこし・よさこい in おかざき」は、今年から装いを新たに「岡崎城下 家康公夏まつり」として再スタートすることとなった。これは岡崎活性化本部の企画・運営によるもので、7月28日(日)から8月2日(金)まで6日間開催という充実した内容のイベントである。まだ地元の関係者との調整の必要性を感じるが、これまで以上に期待感のあるプランになっていると思う。

岡崎活性化本部 概要発表

 岡崎活性化本部は、民間の力を十分活かすために、産、官、学、民の知恵と力を融合して、企画から運営までを連携しながら機動的に行う組織である。NPO法人「21世紀を創る会・みかわ」の内部に設置され、事務所は岡崎商工会議所3階にある。本部長には、商工会議所副会頭の服部良男氏が就任して頂くことができた。
 制度としての活性化本部が立ち上がったのは4月1日付けということになるが、実際はその下準備のために、昨年末より関係者との話し合いは度々続けられていた。そして、外に向けての活性化本部の概要発表として正式に記者会見をおこなったのが5月9日ということになる。立場の異なる多くの市民代表の協力を得て、一つの事業を推進してゆく難しさと、それに倍する熱意と協力の存在を学ばせて頂くことのできた2ヶ月であった。
 活性化本部は、観光、経済、文化など特定の分野において、民間ならではの知恵と経験、そして幅広い人脈や企業との繋がりを活かし、独創的で新しいアイデアに富んだ「町おこし」の推進力となることが期待できると思う。
 我々政治家や役人は、なまじっか政治的困難性や法律的ワク組みを知っているだけに、とかく発想がそうした範疇にとらわれてしまいがちである。やってみれば、やり方によってはできるかもしれないことを初めから想定に入れないという欠点がある。そうした盲点を越える働きが岡崎活性化本部には望まれている。商工会議所はじめ地元金融機関、大手旅行代理店、イベントのプランニングやマネージメントの専門家、さらには建築家も含めた各分野のプロフェッショナルの方々の協力を得て、構成されている。

 また活性化本部と併せて設置される「岡崎活性化推進会議」では、他の民間団体や有識者に加えて、私自身も参加し、さらに多面的、大局的な視点から、岡崎市の活性化についてしっかり検討していく心づもりである。
 今後も岡崎活性化本部は、「ジャズのまち岡崎」の事業推進の他、各種事業を検討中と聞いている。

<お問い合わせ>
 岡崎活性化本部
 岡崎市竜美南1-2(岡崎商工会議所内 3階)
 TEL. 0564-57-0200

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2013年6月10日 (月)

クール・ビズについて

 今年もまた夏の訪れを間近に控え、お役所では「クール・ビズ」の掛け声が始まっている。地球温暖化による夏の暑さ対策と冷房による夏場のエネルギーのムダ使いを防ぐためにこの制度が行われるようになったと記憶している。暑い日々においてはネクタイ無しの方が楽なことは間違いないが、私のような立場の者はネクタイが無いと具合の悪いことがときどきある。改まった会合でほとんどの参加者がネクタイ着用の席で、ネクタイが無ければやる気も無さそうに見える。写真でも撮られた日には、それが記録として残ってしまうから最悪である。そもそも政治を司る者は暑かろうが寒かろうが背広にネクタイ姿でガマンしているのが仕事の一つであると長年認識していただけに、このところの押しつけがましいクール・ビズにはそれこそガマンならない時がある。
 大体、いい年をした大人が人に言われて一斉にネクタイをつけたりはずしたりというのも気にくわない。暑ければ自分の意志でネクタイを外せばよいものだし、ネクタイ姿が好きな者だっているはずである。ネクタイぐらいしていないと、とてもその地位にある者と見られないこともあるのである(特に私の場合)。

内田康宏事務所にて

 いつからこのアイデアが始まったかと振り返ってみると、小泉内閣の時に元TVニュースキャスターであった小池百合子環境大臣が「クール・ビズ」を言い出したのが直接的なきっかけであった。ネーミングとタイミングが良かったせいか、小泉スタイルの代名詞のようになり、だんだん定着してきたような気がする。
 以前にも大平内閣、羽田内閣の時に、省エネルックとかサマースーツと言って、首相自らが背広の半袖姿やサファリ・スーツのようなものを着ていたことがあるが、結局定着には至らなかった。そもそも似合わない人が着るから余計に流行らなかったとも言える。こうしたことには役者も大切なのである。

 先日、ことのついでに外国ではどうしているか調べてみた。
 ご存じハワイはアロハでどこでもOKである。タイやフィリピンなどではバナナの繊維で作った半袖シャツが公式に認められている。
 なお日本でも沖縄にカリユシがある。2月の石垣島新空港の開港式典で山本一太大臣も着用していたくらいである。
 中国では、彼らが嫌いなはずの小泉総理のラフスタイルが注目され、清涼商務(チンリヤンシャンウー)などという言葉まで出てきている。
 韓国では2006年から環境部がクール・ビズ・キャンペーンを始めている(これも嫌いなはずの日本と趣旨は同じである)。
 イギリスでは、日本のクール・ビズに倣(なら)い、公務員や企業における服装の簡素化が提唱されているそうであるが、伝統を大切にするお国柄でもあり、公の席においては今でも厳格な服装を求められることが多いという。
 2007年にイタリアの保健省は地球温暖化防止のため、ノーネクタイ、カジュアル・スタイルの服装を奨励したところ、日本と同様にネクタイやスーツのメーカーから大反対を受けたという。
 しかし同年10月の地球環境行動会議において、ノーベル平和賞を受賞した政府間組織の議長であるラジェンドラ・パチャウリ氏は「クール・ビズによって日本は、世界にすばらしいお手本を示した」と称賛した。
 また、2008年にはニューヨークの国連本部でも、日本のクール・ビズを参考に軽装を奨励し、「クールUN」として室温の設定を21~22度から24~25度に引き上げると発表した。そして「地球規模の気候変動問題において国連が率先垂範しなくてはならない」と潘基文事務総長は述べている。

 文句は言ってみたが、「クール・ビズ」はこれからの世界の潮流の一つになってゆくのかもしれない。

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2013年6月 8日 (土)

県会議員選挙初当選(1987年)

愛知県議会議員選挙(1987年)

内田康宏事務所からお知らせ申し上げます。

ホームページを更新いたしました。内田市長が愛知県議会議員選挙に初当選したときの写真を、アルバムにしてまとめました。ただいまより26年前、昭和62年(1987年)4月12日のことでした。
爾来、今日まで応援をして下さいました皆様のご厚情に対し、この場を借りてお礼申し上げます。今後ともご高配賜りますようよろしくお願い申し上げます。

内田康宏ホームページ - 県会議員選挙初当選(1987年)

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2013年6月 4日 (火)

継続する不審火対策

岡崎市 連続不審火対策本部

 今年の2月頃から岡崎の矢作地区にて始まった「不審火騒動」であるが、市内各所で警戒体制を強める中、一旦は収まったかに見えた。しかし4月以降再び断続的に原因不明の火事が続いている。
 犯行の手口、時間、状況などに差異があるため必ずしも同一犯によるものとは断定することはできないが、いずれにしても放火により社会の注目を集め、人々が騒ぎうろたえる様子を楽しんでいるユカイ犯的性格のものであることが分かる。
 かつて江戸時代であれば「火つけ」は、市中引き廻し、磔(はりつけ)の上獄門、さらし首か、八百屋お七のように火あぶりの刑に処せられたものだ。今日においても、それくらい重い刑に処してもしかるべき犯罪であると思う。(注・現在日本の放火罪の法定刑は、現住建造物に火をつけた場合は、死刑または無期懲役もしくは5年以上の懲役。非現住建造物の場合は、2年以上の懲役。)
 安城では、一人暮らしの老人が家屋全焼により全財産を失い、13年間共に暮らした家族同様の愛犬をも亡くすという悲劇が起きている。この場合人が死ねば殺人であるが、動物は物損扱いとなる。これも不条理なことであると思う。安城においては28件もの不審火騒動に見舞われたが、そのうちの大半の犯行を認めた犯人が逮捕され、一応一段落した模様である。
 岡崎市では5月2日に「連続不審火対策本部」が立ち上げられた。警察、消防署、消防団はじめ各地区の防犯防災対策担当の皆様の御協力もあって早期発見が続き、幸い大きな火災事件には至っておらず、この点御協力頂いている皆様に感謝申し上げたい。
 いずれにしても放火は卑劣で許し難い行為である。高齢者や病人、小さな子供のいる家庭では人命にかかわる可能性もあり、犯人逮捕に至るまでは油断はならない。その後も岡崎地区は夜はパトロールなどの警戒体制強化が継続されているため、岡崎における不審火事件は大きく減少している。そして逆に周囲の幸田町や豊田市で発生してきており、それぞれの地区でも対策本部を設け対応を始めている。

 岡崎の不審火騒動も小康状態を見せておりますが、まだしばらくは個々の会社、事業所並びに個人の家庭においても注意警戒を怠らないことを、ここにお願い申し上げます。

  1. くれぐれも建物の周囲に燃えやすいモノを置かない。
  2. 家の周りは常に明るくする。
  3. 面倒でも、ゴミは決められた時間に決められた場所へ出す。
  4. 自らの生活圏は自ら守る気構えを持つ。

 以上のことを心がけて頂きたいと思います。また犯人や犯行にかかわる情報がありましたら、ぜひ警察まで御一報下さることを併せてお願いします。ここで警戒を緩(ゆる)めると、再犯のみならずさらなる模倣犯を誘発する可能性もあります。これからも、地元の皆さんや関係機関の情報共有や連携を強固にすることにより、一刻も早い事件の解決につなげて参りたいと考えております。

(追記・2013年9月10日、連続放火事件の容疑者が半田市で逮捕されました。警察からの情報によれば、岡崎市内の30件の放火については自供があったとのことです。「台風18号と放火事件についての報告」)

緊急情報(矢作西学区)

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