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2013年3月31日 (日)

議会のヤジについて

 昨秋の選挙後、市政を担当することになって今回初めての年度予算を編成することとなった。これまでは、前市長が提案し、議会が決定した予算を執行していくことが基本的なものであったが、これからようやく私が掲げた選挙公約実現に向けての主体的行動がとれることになったと言える。それだけに責任は重い。公約のすべてではないが、限られた予算の中で今すぐとりかかれる事業については精一杯の対応努力はしたつもりである。
 私学助成の復活、予防接種事業の推進、防災マップの更新と全戸配布、太陽光発電の補助などの公約は予算化できた。
 矢作川・乙川のウォーターフロントを活用した町づくりも、国の「かわまちづくり支援制度」と連動する方向を示すことができ、市制100周年事業として考えているツインブリッジ構想についても美しい水辺空間を生かしつつ、岡崎の歴史遺産を活かした観光事業に結びつく橋にすることを考えている。
 ことに新年度の特筆すべき事業として、「岡崎活性化本部」の立ち上げがある。民間のすぐれたノウハウ、人材を活かし、そこに行政が協力する形でこれからの新しい岡崎づくりをスピーディーに進めていこうという事業である。「次の、新しい岡崎」に向けて今ようやく歩みを始めることができたと思っている。

岡崎市議会 平成25年3月定例会

 これで12月議会に続き、2回目の市議会を経験したことになる。ことに今回は新年度予算と人事案件を含めた中身の濃い議会でもあり、ようやく市役所と市議会というものの概要がつかめてきたような気がする。
 そんなことを書くと、「遅い!」と言われる方がいるかもしれないが、世の中の出来事はすべからく見ていてはわからず、その立場となり、自ら経験してみなくてはわからないことに満ちているものである。ことに首長と議員の立場の違いは大きい。日々耳に入ってくる情報量、随時、自己責任において判断、決断していかなくてはならないこと、そうした職責の違いについては、今もその都度新しい発見があり、慎重に対応の努力をしている。またそうした意識があるうちは大きな失敗はないと思う。自動車の運転と同じで、慣れてきたころがいちばん要注意であると自らを戒(いさ)めてもいる。

 かつての市議会のあり方についてはよくわからないが、現在の岡崎市議会の進行はまことにスムーズであり、各議員の対応も極めて紳士的である。野次ひとつ出ないことに新鮮な驚きすら感じている。(これはミクスのテレビ中継があるせいか?)
 私が県会議員時代、先輩議員の野次の鋭さにハッとしたり、とんちの効いた野次に場内が大爆笑に包まれるということがたびたびあった。野次ひとつで、一瞬にして議場内が凍りつくような緊張感が走ることもある。

愛知県議会 1991年

 新人議員のとき、先輩から「今年の一年生は、おとなしすぎる。もっとしっかりヤジれ!」という指導を受けたことがある。国会の一部の議員のような、下品で野卑な嫌がらせの野次は褒められないが、「野次は議会の華」という言葉があるように、物事の核心をついた気の利いた野次を、絶妙のタイミングで発するのは簡単なことではない。こんなことにもセンスと年季が要るのである。少なくとも、壇上にいる議員の質問の内容を聞いてじゅうぶん理解していなくては、野次も飛ばせない。であるから、先の先輩のアドバイスは、決して無法で的外れなものとは言えないのである。
 基本的に、議事録に野次は記載されることはないが(不規則発言のため)、中には芸術的、名人芸とも言える見事なものもあり、「これほどの野次が記録されないというのは、実に残念なことですね」などと同僚議員と思わず顔を見合わせてつぶやいてしまうこともあった。
 新聞の読者の投書欄などを見ると、「野次は見苦しい」、「生徒会を見習って」などとの記述を見かけることがあるが、これらは物の本質をわかっていない表層的な意見であるように感じられてならない。野次のあり方も、その国の文化レベルを計るモノサシのひとつと言えるのではないだろうか。

 私は以前、アメリカの大学にいた頃、イギリスの政治制度のコースを受講しているとき、英国議会の議事録と関連の書物を読んだことがあるが、民主主義の本家本元でも、随分えげつないやりとりをしていることがわかった。
 そうした激しい対立を、ウィットに富んだユーモアで包んで表現できることが「紳士のたしなみ」のひとつとして、かの国では発達してきたものではないかと思われる。だから、人間の評価基準のひとつとして「Sense of humor」のあるなしが社会的に重要視されるのである。推薦状などにおいて「彼はユーモアのセンスに優れている」というのは、最高の褒め言葉であるという。

 お上品な議会も時代の流れかもしれないが、かつて昭和の自民党の五大派閥・戦国時代の“激情国会”を秘書として垣間見、県会議員として諸先輩の見事な「闇を切り裂く刀の一閃」のような野次を体験してきた私としては少々さびしい気もする。
 かつて県議会において、自民党では、自党の新米議員を鍛えるために先輩が後輩をヤジる伝統があった。私もよくヤジられた一人である。例えば「なんだそれは! 青年の主張か。質問になっとらん!」とか「議員が知事にお願いや陳情、質問などするな!」などとよく言われたものだ。そうしたことがなくなって久しいが、私が県会議員の終わりのころには、ヤジられると壇上で右往左往してしまい、続けて話ができなくなってしまう議員がいた。「そんなこっちゃ、この業界で長生きできないよ」とヤジりたいのを我慢していたことを、ふと思い出す。

 私たちは平和な日常の中で忘れているが、考えてみれば政治とは、かつて「暴力」によって決定されていたことを、なるべく「話し合い」で折り合いをつけることから始まったものであり、その本質は利害関係の調整であり、本来「戦い」によって決着が付けられて来たものである。

 そういえば毛沢東は「政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治である」ということを言っていた。今も国家として、そのような古典的政治認識を持っている国が存在するという事実を、昨今の日本人が忘れかけていることに危惧の念を抱いている方も少なくないだろうと思う。

 市議会のことを書くつもりでいたのに、またしても大きく脱線してしまった。要するに、それほど今の岡崎市議会はきちんと運営されているということが言いたかったのである。

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