« 岡崎市民会館の今後と、新文化会館について | トップページ | 「先生」と公用車について »

2013年2月 9日 (土)

うちの猫 Ⅱ -勇者キック-

 フェイスブックの「ねこ部」のみなさんのリクエストに応え、選挙前に続き、「うちの猫 Ⅱ」を書きます。

 以前「内田家の犬と猫 Ⅰ」で記述したとおり、我が家には犬1匹(17歳の老犬)と猫が5匹いる。いずれも立派な雑種である。犬は豊田市の動物管理センターから引き取ってきた犬で、うちでいちばんのお利口さんで、功労者であり、また私の大切な相棒でもある。ただ老齢のせいで最近耳が遠くなり、足腰が弱っている。しかし、まだ番犬の役を果たしている。
猫は13歳のばあさん猫(私の担当)と、2歳半になる康生のボス猫(嫁さんの愛猫)と、去勢された1歳半の猫たち(オス2、メス1。この3匹は娘の担当)がいる。
 別に猫が好きで5匹も飼っているわけではない。イカンと言っても子供たちが拾って来てしまうのである。もっとも、5匹目のトラ猫は私が拾ってきたので、あまりえらそうなことは言えない。
 私が子供のころは野良犬も野良猫も、社会の中でごみ箱や残飯をあさって生きていける余裕があった。また人の目も彼らに優しかった。しかし、現代のようにあらゆることが公的管理のもとに置かれ、ごみは密封され、定期収集の形になると彼らが単独で生きて行くのは至難の技となってくる。人間に捨てられたら、飢え死にするしか道はないのである。
 よく野鳥や自然の動物の保護活動に熱心な方々がみえるが、もっと身近な、人間にとって古くて長い付き合いである犬や猫にも心配りをしてほしいと思う。毎年全国で何十万頭もの犬猫が故なくして殺処分されているのである。彼らは言わば、人間の身勝手の犠牲者だと言える。
 こういう世の中になって、いじめや子育て放棄、家庭内暴力などの問題が起きているのは、決して偶然ではないような気がする。

内田家の猫 キック

 前置きはこれくらいにして、今回は地域のボス猫となったうちのキック(2歳半、オス)について書こうと思う。
 小さいころは写真のように白黒のかわいい子猫ちゃんであったが、どういうわけか犬の散歩に同行するのが好きで、置いて行こうとするとギャーギャーと泣く。そのくせ自分では歩こうとしない。仕方なく左手で猫を抱き、右手で犬のロープを持って散歩するのが私の日課となった。そんなところまで見ている人がいて、「内田さんは猫連れで犬の散歩をするのですか?」と訊かれることがあった。車がそばを通るだけでぶるぶる震えているような弱虫の子猫であったが、好奇心だけは人一倍旺盛で、その後窓を閉めておいても自分で戸を開けて外出するようになった。
 網戸に鍵がかかっていれば、金網に大穴を開けて外出するまでにもなった。この猫のために私は何度金網の修理をしたか分からない。他の猫に比べて、運動神経がよく、活発な猫で垂直の壁なども爪を立てて天井まで登ってしまう。まだ子猫のうちから外に出るたびに喧嘩をして来るようになり、満身創痍で帰って来ることもある。
 あるとき犬がキュンキユン泣きながらその猫をなめているので、何事かと思ったら、体中傷だらけで床に倒れていた。

 「こんなになるまで・・・」と思いながら、獣医に連れて行くこと3~4回。
 5匹の猫のうち、彼だけが去勢手術をまぬかれたのは次の獣医の一言による。
「ひどい怪我だけど、この猫は見上げた奴だ。傷が体の上半身に集中している。逃げ傷がない。これは敵に背中を見せずに戦った証拠ですよ。しかも傷の様子からすると、1対1ではない。複数の相手と一匹で戦っている」
 私はこの言葉を聞いて感動してしまった。
 しょうもない猫だと思っていたが、「お前は男だ。勇者だ」と思った。
 ローマのことわざに、「栄光と賞讃は、美女と勇者にこそふさわしい」という言葉がある。勇者には、勇者として報いてやらなくはならないと思った。私は彼に男の道を歩ませることにした。
 かくしてキックは、○○を取られることをまぬかれたのである。タマタマ○○が取られなかったのではないのだ。昨今の性別不詳の人間の男と違い、彼には○○を保持するだけの資格があるのである。
 今では体も大きくなり、歴戦の結果、顔もごつくなり康生~本町一帯の夜のボスとして君臨しているらしい。彼は毎晩必ず、なわばりの夜回りに出る。一度どこまで行くのか、つけたことがあるが、ビルとビルの間の細い猫道に入られ最後まで追跡ができなかった。

 そのキックがこのところ、5日ほど姿を見せなかった。うちの嫁さんは愛猫の失踪に心配のあまり夜も寝られず、昼寝していた。
 交通事故か? 外に彼女ができたか? はたまた新たな強敵の出現か? このいずれかであると思っていたが、昨日(2月3日)、久しぶりにひょっこりと帰って来た。彼は家族の歓声とともに迎えられた。だいぶ痩せこけて手傷を負っての帰還となった。激闘を物語るように前脚の爪がほとんど折れていた。私は痛々しいキックの姿を見て、少し後悔の念にとらわれてもいた。心を鬼にして子猫のうちに○○を取っておけば彼もこんなにしんどい“ニャン生”を歩まなくても済んだかもしれないと思ったのだ。
 しかし、先の獣医はこんな言葉も発していた。
「猫にも個体それぞれに性格や特徴があり、それを生かしてやることが幸せというものです」

 腹がいっぱいとなり、疲れ果てて眠っているキックの頭をなでながら「もう君はチャンピオンであり続けなくてもいいんだよ」と言っている私であった。
 彼の時代も間もなく終わることになる。

|

« 岡崎市民会館の今後と、新文化会館について | トップページ | 「先生」と公用車について »

内田家の犬と猫」カテゴリの記事