« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »

2012年11月

2012年11月29日 (木)

「岡崎アート&ジャズ2012」開会式

 11月1日(木)。
 シビコの6階において、あいちトリエンナーレ地域展開事業「岡崎アート&ジャズ2012」が開催された。開会式にはトリエンナーレを始めた神田前愛知県知事はじめ、多くのご来賓がお見えになっていた。当然のことであるが、今回も最初の挨拶はわたくしである。

「岡崎アート&ジャズ2012」開会式

「このイベントは愛知県と岡崎市が協力して市の中心街などを会場として開かれる初めての現代美術展であります。そして私が市長に就任してから初めての大きな文化振興事業であります。本日開会式を迎え、ここに13組14名の出展作家の方々のすばらしい作品を拝見して、現代美術作品の新たな魅力に触れることができることは大変すばらしいことだと思っております。
 また、会期中には『内田修ジャズコレクション』を有する岡崎ならではのジャズ・イベントも多数開催され、本市を訪れるジャズを愛する方々に現代美術ともども楽しんで頂けることと期待しております。来年には神田前知事がはじめられた現代アートの国際芸術祭である『あいちトリエンナーレ2013』が岡崎でおいても地域会場として開催されます。これを機により多くの皆様方に岡崎にお越し頂き、現代アートの鑑賞と同時に岡崎の街を歩いて、美しい景観や数多くの歴史遺産をはじめとする、岡崎のすばらしさを味わって頂きたいと思っております」

 会場の中で話をしていたときに、「なんでこんな汚いところでやるんだ」と言っていた人がみえた。しかしニューヨークのダウンタウン、ソーホー地区で始まったアンディ・ウォーホールを代表とする現代アートのうねりは、まさしくソーホー地区の小汚い倉庫の中から始まったのである。であるから、逆に私としては展示場所としてこれほどふさわしいところはないのではないかと思った。

|

2012年11月27日 (火)

東京挨拶まわりと新東名高速道路

 10月30日(火)。
 この日は、朝9時半から国会の議員会館の挨拶まわりを始めた。
まず、選挙の応援を頂いた安倍晋三衆議院議員、そして町村信孝衆議院議員、森喜朗衆議院議員の事務所を訪れたが、さすが忙しい人ばかりでご本人にはお会いできなかった。秘書の方に名刺を渡し、丁重にご挨拶をして来た。

 続いて参議院会館に行き、鈴木政二参議院議員、片山さつき参議院議員、佐藤ゆかり参議院議員の事務所をまわった。やはり不在が多かったが、佐藤先生にはお会いすることができた。選挙中2回もおいで頂いたお礼を申し上げ、当選の報告をしてきました。
 藤川政人参議院議員には、このあとの「新東名高速道路建設促進協議会」でお会いすることになっていた。

新東名高速道路建設促進協議会

 その後今後の岡崎の新しい事業展開、政策実現に向けて大きな影響力を持つ国土交通省に出向いた。国土交通省では事務次官、局長はじめ、道路課長、河川課長など各課長級まで中安副市長とともに新しい政策説明をしながら、順番にご挨拶にうかがった。
 私の提唱している「ツインブリッジ構想」による岡崎の活性化プラン、石工業の伝統を生かした橋づくりなどを具体的に説明し、それなりに評価を受けることができたのはうれしかった。

 そして1時から「新東名高速道路建設促進協議会」に臨んだ。
 会議には新東名の経路にあたる神奈川、静岡、愛知の各知事をはじめ、沿線の市長、各県選出の国会議員ならびにその代理が出席していた。
 遅れて入ってきた片山さつき参議院議員が「よかったね」と言わんばかりにこちらに向かって手を振ってくれた。彼女は東大卒、大蔵省のエリート官僚という経歴のせいで大人っぽく見えるが、よく考えてみたらうちの嫁さんと同じ歳である。やっぱり、やることが似ていると思った。

 会議が終わってから、新聞に余計なことを書かれた、件(くだん)の大村知事と目があった。わたくしも挨拶くらいはしておこうと思っていたが、先方からこちらの方に歩み寄り、両者同時に「これからはよろしくお願いします」と握手をした。
 政治家とは腹の中の真意はどうあれ、きちんとけじめをつけるときはこうして挨拶をするものだな、と改めて思った。

|

2012年11月26日 (月)

初めての議会運営委員会

 10月29日(月)。
 午前10時より、選挙後初めての議会運営委員会が行われた。議会の大会議室において、全市会議員と市当局の幹部勢ぞろいする中で、それぞれ自己紹介から始まった。
 その後、各派代表者会議において、正副議長や議会役員の選出方法、特別委員会の設置、議事日程、議席の配分、議員控室についてなどが話し合われた。今回は新人の議員が多かったので、説明が丁寧にされたそうである。

岡崎市議会議員37名、市当局幹部、市長

 会議後、別室で全員勢ぞろいした記念写真が撮られた。
 これから議会で激しく議論を戦わせる市会議員さんたちも選挙戦を終えて当選を勝ち取った安堵感からか、おだやかな顔つきが並んでいた。かく言うわたくしも、何となくほっとした顔で写っている。

|

2012年11月25日 (日)

松應寺横丁にぎわい市

松本なかみせ亭(2012年11月24日)

 青山周平さんの事務所開所式があったその日、松本町の「松應寺横丁にぎわい市」に出かけた。
 私が行ったのはこれで3回目である。

 子供のころはこうした地域のお祭りというものがどこの地域にもあったものである。
 しかし最近は中心市街地ではとんと見られなくなった。時代の流れではあるが、さみしいことであると考えていたところ、昨年からこの松本町において地域の方が協力して町おこしのお祭りを始められた。こうした催しというものは準備が大変であり、地域のまとまりがないと、なかなかうまく行かないものである。それを続けて行くことはさらに大変なことである。まだ3回目であるが、松本町のみなさま方、「岡崎まち育てセンター・りた」の方々、そしてそれを支える様々なグループの方が楽しみながら運営しているように見受けられるのが、すばらしい点である。
 こうした雰囲気のお祭りができるだけ長く続くことを期待するとともに、私もできる限りの協力をしたいと思っている。

松應寺横丁にぎわい市(2012年11月24日)

 帰りに、手作りのパウンドケーキと龍の絵のついた茶碗(1個50円)を6個も買ってしまった。

松應寺横丁にぎわい市(2012年11月24日)

|

2012年11月24日 (土)

青山周平さんの事務所開所式

 このあいだ自分たちの選挙が終わって、ああやれやれと思っていたところ、野田さんの大英断か気まぐれか衆議院の解散となってしまった。
 もうこうなれば待ったなしである。
 よりにもよって、選挙期間は12月4日から16日であり、ちょうど12月市議会、県議会の真っ只中である。ただでさえ初めての議会に向けてナーバスになっているのに、逃げることのできない試練がまた増えてしまった。
 10月の選挙の行きがかり上、選挙の義理は選挙で返さなくてはならない。それが保守の政治家の生きる道である。

青山周平さん 事務所開所式

 本日9時10分ころ、青山周平さんの後援会新事務所に到着。
 ひさしぶりに会う県会議員の仲間や国会議員の先生方、その数10名ほど。
 岡崎、西尾、幸田各地域の市会議員、町会議員のみなさん、各業界団体の代表者、愛知12区の各地域の後援会のその数、1000人ほどのみなさんがかけつけていただいた。11月20日に連絡をして24日の今日、これだけの人数が集まったのだからたいしたものだと思う。
 各議員はそれぞれ今回の選挙の持つ意義、そして青山候補予定者の実直さなどを述べ上げた。
 私は以下のように話しました。

「ご紹介いただきました岡崎市長の内田康宏です。皆様方のおかげで当選させて頂きましてから、ちょうど1か月と2日経ちました。先の選挙では青山周平さんと二人三脚で選挙戦を戦い抜きました。わたくしにとりましては先の選挙が第1ラウンドであるとするならば、今回の国政選挙は第2ラウンドであると考えております。今回の選挙を共に勝ち抜くことによってこの地域に国政から県政、市政へと続く責任ある保守本流の政治の流れを確立したいと考えております。どうぞ皆様のご協力のほど、お願い申し上げる次第であります」

|

2012年11月21日 (水)

新世紀アメリカ事情 第1回・第2回

新世紀アメリカ事情

内田康宏事務所からお知らせ申し上げます。

2001年7月30日、当時県会議員だった市長は議会の調査団の一員としてアメリカ合衆国に渡航しました。主たる調査目的は、IT施策、危機管理システム、教育事情、空港の整備と運用、都市再開発、等々でした。帰国後、その報告を東海愛知新聞紙上(同年9月21日~10月14日連載)にて発表しました。
14回にわたって連載したコラム『新世紀アメリカ事情』をこれから随時ホームページに掲載して行きます。『多岐亡羊』と併せてお読み頂けるとさいわいに存じます。

第1回「パール・ハーバーの教訓」と、第2回「IT社会の行方」をまずは掲載しました。

内田康宏ホームページ - 新世紀アメリカ事情

|

2012年11月20日 (火)

第49回 造形おかざきっ子展

 10月27日(土)。
 私が子供のころ籠田公園で行われていた「おかざきっ子展」が、今は世界子ども美術博物館広場(岡町)で行われている。
 これまで毎年県議として出席していた式典に、今年は主催者の市長として出席することになった。市長になっていちばん戸惑うことは、当り前であるが、挨拶の順番が最初に来ることである。会の雰囲気が掴めないうちに挨拶をしなければならないし、市の広報役として宣伝や説明をしなければならないことがたくさんある。今までのように自分の思いで勝手にしゃべるわけにはいかない。その点がなんといっても窮屈である。

第49回 造形おかざきっ子展

「本年度の造形おかざきっ子展には市内の公立幼稚園、小中学校、愛教大付属三校のすべての子供、おおよそ3万4千人の作品が展示されています。
 このような展覧会は全国的にも例がなく、質量ともに全国有数の野外造形展であります。本年度のおかざきっ子展は『ぼくのわ きみのわ みんなのわ』というテーマで全市の児童生徒のみなさんが一生懸命制作に取り組まれました。芸術の秋にふさわしいこの造形おかざきっ子展で、子供たちの創意工夫と豊かな感性を市民のみなさまに存分に楽しんで頂ければさいわいであります」

|

2012年11月18日 (日)

海外親善交流 2

 海外親善交流の話のつづきです。
 その後10月31日(水)に、今度は岡崎から海外の姉妹都市を訪問していた中学生のみなさんの帰国報告を受けることになった。
 私はこの間のウッデバラの訪問団と同じような少人数の会と勘違いをしていた。
中学生代表が19人、付き添い教師が6人、中学校長が19人、保護者が19人、総勢63人の大きな会であった。
 彼らはアメリカのニューポートビーチ市、スウェーデンのウッデバラ市、モンゴルのフフホト市のそれぞれに友好使節団として訪問していたのである。先生が代表して報告をされたあと、ひとりひとりの中学生が自分の体験を英語でスピーチをした。どの子もみんなしっかりと自分の経験や発見したことを感動をこめて話してくれた。改めて最近の岡崎の中学校における英語教育のレベルの高さに感心をした。
 彼らの将来が実に楽しみである。

辻口由美子さん

 同じ日にもう一人帰国報告を受けた。こちらはJICAの海外ボランティアでフィリピンに2年間行って見えた辻口由美子さんであった。彼女はフィリピンのケソン州サリアヤ町というところで小規模ビジネスのマーケット拡大や新規開拓のための活動をされていたという。具体的には、ココナッツジャムやマロンガイティーの生産と販売が適切に行われるように指導をされていたそうだ。
 若い女性が単身海外の途上国でそうした活動をする勇気と行動力には、感心させられる。
今後は民間企業に就職して途上国と関わりたいと言ってみえたが、私はこういう人にはぜひ学校の先生になってほしいと思った。なぜならば世界の多様性とそこに生きる人間の違い、そうしたものを十分理解した上で、子供たちに人間としての共通性を伝えることができると思うからである。

(写真は、東海愛知新聞2012年11月8日の記事より拝借いたしました。)

|

2012年11月15日 (木)

海外親善交流 1

 市役所には実にさまざまなお客さんが訪れる。

 10月24日(水)午前中に、岡崎市と姉妹都市提携を結ぶスウェーデンのウッデバラ市の中学生男女6人が引率の先生二人とともに、親善使節団として市役所にみえた。
 外国でこうしたお客さんを迎えるときは、もうすこしフランクな形で迎えるものだと思うのだが、教員委員会が関係するとどうも格式ばった儀式的なものになってしまいがちである。双方が対面して座り、挨拶を述べ合うところから始まる。中学生の子供たちの顔に少し緊張が見られたが、無理もないと思った。

「昨日はよく眠れましたか? 皆さんが生まれるずっと前に私もウッデバラに行ったことがあるんですよ。
 35年ほど昔のことですが、私はアメリカの大学に留学しておりまして、その勉強が終わったあとアメリカ人のグループといっしょにヨーロッパを2か月間まわりました。そのあとにひとりで、岡崎と姉妹都市のウッデバラに立ち寄りました。あいにく訪問した日が日曜日であったため、市役所は閉まっていました。しかし、今でも美しい緑の町並みや伝統的なレンガの建物の風景は覚えています。ことに造船所のまわりの風景は印象的でした。
 あなたたちが岡崎に滞在している間に、私と同じようにすばらしい思い出を作られますことを祈っています」

 そんな話を英語でしました。

ウッデバラ市親善訪問団

|

2012年11月12日 (月)

新米市長の仕事と挨拶回り

 新米の市長であるために毎日各部局からの市政の現状説明とレクチャーがある。
 同時に、決裁のための書類が次から次へと運ばれてくる。説明を受け、ひとつひとつ確認しながら市長印を押しているのだが、私が印を押すことによって一件何億という事業が実施の方向に向かう。もちろん最終的には議会の承認を得なければならないが、のちにトラブルの原因にならないようにと大変神経を使う。
 そうした作業のあいまを見て、県内各地の市町村に挨拶まわりをすることになった。
 それこそ分刻みで西三河各地域の市庁舎をまわった。秘書から「ここは15分から20分くらいで話を終えて下さい」と言われながら、エレベーターに乗り込む。選挙の戦いが激戦であったことと、マスコミでよく取り上げられたこともあって、おいおい話が長くなりがちであった。

第115回 東海市長会臨時総会

 10月24日(水)。
 前日に安城市、知立市、豊田市、幸田町、西尾市とまわった。
 この日は高浜市、三好市、企業庁自治センター、そして愛知県議会の議長、副議長ならびに各党の控室をまわった。とりあえずの当選挨拶であったので、もちろんアポイントなどはとっていない。儀礼的に名刺を置いてまわってくるのが、慣例である。

 選挙の応援をしてもらったわけでもないので、行く必要もないと思ったが、儀礼的に知事、副知事のところにも挨拶に行った。
 もちろん会うことができたならば、ひととおりの挨拶はするつもりでいたが、ちょうど知事公邸において会議中であるとのことであったので、秘書に丁重に名刺を渡して、当選の挨拶の言葉を残して帰って来た。

 翌々日10月26日の某新聞紙上に、このことについて、礼をわきまえない行動のように知事がコメントしている、との記事が載っていた。
 まさか知事がそんなくだらないことを言うとはとても信じられないが、当選後の挨拶で名刺を置いてまわるのは、選挙で当選した者が誰しもやっている当り前の慣例である。そんなことを新聞社が知らないことに驚いた。ましてや普通は、対立候補を応援した人のところに挨拶には行かないものだ。
 私は、いつまでも喧嘩しているように見られることはみっともないと思ったから、儀礼的であっても名刺を置いて挨拶をしてきたのである。なんら恥ずべきところはない。
 どちらにしても触らぬ神に祟りなしということか、と思った。

 その後、中部地方整備局の局長以下、各部長さんのところも挨拶まわりをした。選挙で公約した「新観光産業都市・岡崎づくり」、「水辺空間を生かした町づくり」、「岡崎の伝統産業、石を使ったツインブリッジ構想」などを熱く語ってきた。

 それから公用車で三重県の伊勢市に向かった。翌日行われる東海市長会総会に出席するためである。
 今回岡崎の選挙が全国ネットで新聞テレビに載ったせいか、よく知らない市長さんからも声をかけられ、激励を受けた。全国市長会の会長や東海市長会の会長が向こうからわたくしを見つけて挨拶をされたのには驚いた。
 政治の世界では、俗に「無名より悪名がまし」ということが言われるが、まさにそのとおりだなと思った。

| | コメント (7)

2012年11月10日 (土)

今日からブログを再開します

内田康宏事務所

 選挙中は公職選挙法の定めによりホームページならびにブログ等の更新が禁じられておりました。
 当選直後に、告示日から投票日までの記事と、初登庁の記事まで書きましたが、その後連日公式日程による公務に縛られ、ブログを更新する時間がとれませんでした。
 22日ぶりになりますが、本日より再開させていただきます。よろしくお願いします。

 今日は9時から愛知県ゲートボール連盟の会長秋季親睦大会が岡崎中央総合公園で開かれました。お祝いの挨拶と始打式を行いました。このところグランドゴルフに押されぎみのゲートボールですが、まだ愛知県中には数多くの方々がゲートボールを楽しんでみえることがわかりました。

 午後2時に「第40回教育文化賞授賞式」が総合学習センターで行われました。
 個人の部として、「弓道の普及活動と弓矢の伝統芸術の継承」に尽力された小山三郎さん、「ファブリックワークへの継続的な取り組みと新たな作品の創造」に取り組まれた平岩典子さん。団体の部として、37年間にわたり「南中劇(なんちゅうげき)」を続けてきた岡崎市立南中学校、わかる学習指導を49年間実践研究してきた岡崎市立竜海中学校が今年度の教育文化賞を受けられました。

|

« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »