2018年6月22日 (金)

平成30年6月議会 その2(一般質問答弁・閉会挨拶)

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 6月定例市議会が本日、閉会しました。一般質問におきましては2名の議員の方に答弁しました。市長答弁と閉会挨拶を掲載いたします。


蜂須賀喜久好議員(無所属) 6月1日(金)

蜂須賀喜久好議員(無所属)

――将来の人口減少に向けたまちづくりについてお尋ねします。愛知環状鉄道からJR線への直通運転や複線化に対する市の考え方は?

○市長 岡崎市長として私も取締役の一人となっていますが、愛知環状鉄道株式会社としては、残念ながら現時点では具体的な計画はありません。しかし私の個人的考えとしては、一期目の市政の最後の議会で申し上げましたとおり、複線化による運行の高速化と東海道本線との相互乗り入れなどを進めて、愛知環状鉄道をより多くの人が便利に利用できる交通基盤にしていくべきだと考えております。そしてでき得るならば、将来名鉄と共同して西三河の公共交通のタテ軸とヨコ軸を結合する総合駅としての岡崎中央駅、すなわちセントラルステーションを造るべきだと思っております。
 また、2027年にはリニア中央新幹線の東京=名古屋間の開通によって、経済的にはリニアインパクトと呼ばれる大きなチャンスが訪れると言われております。
 一方でJR東海では、のぞみの利用者がリニアに以降することによって、東海道新幹線では「ひかり」と「こだま」の割合が増加すると予想しておりまして、豊橋駅に停まる新幹線の本数が増えることが期待されております。
 沿線である豊田市周辺から東海道新幹線を利用される方のうち、1割以上が豊橋駅から乗車しているという調査結果がありますが、相互乗り入れによって豊橋駅までの直通運転が可能になれば、愛知環状鉄道の利用者がさらに増えると考えられます。
 また、利便性の向上によって車からの乗り換えが進めば、本市だけにとどまらず三河全域の幹線道路の交通渋滞の緩和も期待できるわけであります。私はこの点が最重要であると考えております。
 現在のところ、来年の春を目指してICカードの導入を進めておりまして、県営的には今すぐに着手できる状況にはありませんが、いずれにしましても、引き続き愛知県や沿線各市とともに中長期的な視野で取り組みを進めてまいりたいと考えております。私からは以上であります。


神谷寿広議員(自民清風会) 6月4日(月)

神谷寿広議員(自民清風会)

――(1)「地方再生のモデル都市」とはどういうものか。また、国の選定に至る経緯などはどのようなものであったのかについてお伺いします。
(2)本市のどういう点が評価され、「地方再生のモデル都市」の選定に至ったのか。また、選定による国の支援内容とその効果についてお伺いします。

○市長
(1)「地方再生のモデル都市」の概要および国の選定に至る経緯について
 まず、地方再生のモデル都市についてですが、全国の都市では人口減少、地域経済縮小等が深刻な都市課題となっています。こうした課題に対し、交通結節点ごとに拠点地域を形成して人口密度を維持することで商業等の生活サービス水準を維持する取り組みを図るとともに、公民連携の推進や地域資源の活用により、地域の稼ぐ力の向上に積極的に取り組もうとする都市が地方再生のモデル都市として選定されます。
 うれしいことに、今年の3月末に本市がこの地方再生のモデル都市に選定されました。
 このモデル都市の取り組みは、平成30年度から3年間、国が短期・集中的に支援する制度であります。

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 次に選定までの経緯についてお答えします。昨年12月に募集があり、今年1月には1次審査が行われ、審査を通過した都市を対象に国土交通省によって現地調査とヒアリングが実施されました。
 この調査は約半日かけて行われまして、公民連携の舞台となる現場の視察と、公民連携の民間事業者からの聞き取り調査がありました。その調査結果を踏まえて有識者による2次審査が行われ、3月末に国からモデル都市が公表されたものであります。
 日本全国で32都市だけが選ばれまして、そのうちの一つが我が岡崎市ということであります。

(2)本市の評価された点、選定による国の支援内容とその効果について
 まず評価されましたのは乙川リバーフロント地区の「QURUWA戦略」であります。
 「QURUWA戦略」とは、地区内の豊富な公共空間を活用して、民間事業を誘発する質の高い公共投資により、パブリックマインドを持つ民間を引き込む公民連携の「QURUWAプロジェクト」を展開することで人の回遊を実現させ、その波及効果により、まちの活性化、暮らしの質を向上させる取り組みであります。この取り組みが国から評価されたものと思っております。

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サイクルシェア実証実験

(平成29年に導入されたサイクルシェア実証実験)

 次に国の支援内容についてお答えします。モデル都市に選定されますと、これまで予定していた交付金とは別枠で、今年度から3年間、国の交付金の重点配分を受けることができます。
 具体的には、QURUWA戦略にかかる事業の交付金として、国土交通省から社会資本総合交付金、内閣府からは地方創生推進交付金など、ハード、ソフトの両面に対して、初年度だけで約12億円を確実に頂けることになりました。
 この交付金は、うまくすると3年間で20億円を超える、たいへん大きな金額を見込めるものであります。これから先も、これらを有効に活用しながら着実に事業を進めてまいります。
 最後に選定された効果について、大きく2点を挙げたいと思います。
 まず一つ目は岡崎ブランドの確立であります。
 モデル都市選定を受けますと、QURUWA戦略が国のモデル辞令として全国に発信されることになります。岡崎城・岡崎公園から乙川河川敷一帯で「岡崎の顔づくり」が進み、それが発信されることでQURUWA戦略に掲げている公民連携プロジェクトへの民間事業者等の参画促進につながり、地域の稼ぐ力がさらにアップすることが期待されます。
 二つ目は、あまねく市民の皆さんに関係する財政効果であります。
 本来、岡崎市で分担する予定であった金額を国庫補助で賄える部分ができたことによりまして、そこに充てるはずであった予算を、他の事業に回せるというメリットがあります。私はこれが一番大きいと思っております。私からは以上であります。


市長閉会挨拶 6月22日(金)
 閉会にあたりまして、私からもご挨拶を申し上げます。
 このたびの6月定例市議会にご提案をいたしました議案につきましては、慎重なご審議を賜り、ご議決をいただきまして誠にありがとうございました。
 決定されました議案の執行にあたりましては、厳正・公正な執行に努めてまいる所存であります。
 さて、順調に整備が進んでいる乙川リバーフロント地区やJR岡崎駅周辺、東岡崎駅のペデストリアンデッキや市民待望の新総合病院の工事も始まり、龍北運動場の整備も本格化するなど、私が目指す岡崎のまちづくりも一つの大きな節目を迎えております。

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 今後、さらに次の時代を見据えたまちづくり、政策を進めていきたいと考えているところであります。そのためには、市職員、各議員の皆様と一丸となって全力で邁進していくことが不可欠であります。
 議員各位におかれましては、今後ともますますご自愛の上、市政発展のためにご尽力をいただきますようお願いを申し上げ、閉会の挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。


平成30年6月議会 その1(市長提案説明) (2018.06.03)

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2018年6月21日 (木)

『リバ!』2018年7月号

『リバ!』2018年7月号

内田康宏事務所からお知らせです。
『リバ!』2018年7月号が発行されました。今回の号よりレイアウトを変えました。市長のコラムは「最近はやりの『声なき声』について」です。

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2018年6月19日 (火)

六ツ美悠紀斎田お田植えまつり(2018年)

六ツ美悠紀斎田お田植えまつり

 6月3日(日)、今年も新緑と青空の下、恒例の「六ツ美悠紀斎田お田植えまつり」が地域交流センター六ツ美分館・悠紀の里において行われた。
 毎年新しい小中学生のメンバーによるお田植え唄と踊りが披露されるが、いつに変わらぬ整然さは見事なものであり、地域の皆様の行事に対する心構えと熱心さには頭が下がるものである。
 本年は、新しく4月に就任された前副町長の前田武俊綾川町長様と共に、30名もの町を代表する皆様のご来訪を頂き感謝申し上げる次第である。
 これからも大正天皇御即位の大嘗祭を記念するお田植えまつりが、両市町の伝統行事であると共に、日本の稲作文化と日本人の心を伝えるものとして末永く継続されることを期待するものである。
 以下は当日の私の挨拶です。

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 皆様、こんにちは。岡崎市長の内田康宏であります。
 本日は好天にも恵まれ、六ツ美悠紀斎田お田植えまつりが、香川県綾川町の前田町長をはじめ多くの来賓の皆様方をお迎えし、このように盛大に開催されますことを心からお祝い申し上げます。また、日頃は市政に対し、格別のご理解とご協力を賜り、厚く感謝申し上げます。

 このお田植えまつりは、大正4年にお田植えが行われて以来、100年以上にわたって受け継がれている歴史あるお祭りです。昭和37年に六ツ美町が岡崎市へ合併した後の昭和41年には、岡崎市の無形民俗文化財に指定されました。
 本日、103周年目のお田植えまつりが開催されますのも、悠紀斎田保存会の皆様や地元六ツ美地区の皆様が、固有の歴史・文化を次の世代に伝えていこうと、地域をあげて取り組まれている熱意と努力の賜であります。
 また、香川県綾川町の主基斎田保存会の皆様と、相互の発展を目指して交流を続けておられると伺っております。このような地域の皆様による文化財の保存や育成、活動に対しまして本市としましても、できる限りの協力をしてまいります。

 さて、本市におきましては一昨年の市制100周年を契機に、これまで各種事業を進めてまいりましたが、皆様のご理解とご協力のお陰により、その成果が徐々に目で見て実感していただけるようになってまいりました。
 現在、着々と整備が進む乙川リバーフロント地区始め、東岡崎駅やJR岡崎駅周辺、そして市民待望の新総合病院の工事も始まりました。一部、東京五輪の影響で遅れているものもありますが、これから数年の内に全市的に手がけた事業が次々と実現を迎え、近い将来間違いなく、本市の景観や人の流れも大きく変わってまいりますので、ぜひご期待ください。
 このように多くの事業を展開していく究極の目的は、岡崎の子ども達が自らのふるさとに対し、これまで以上に大きな愛情と誇りを持てる、そんな「夢ある新しい岡崎」を築くためであり、その目的のため職員や議員の皆様と共に全力で取り組んでまいりますので、皆様方の一層のご理解とご協力をお願い申し上げます。
 終わりに、悠紀斎田お田植えまつりが今後も継承され、ますます発展していくことを祈念致しまして、私からの挨拶とさせていただきます。本日は誠におめでとうございます。

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2018年6月13日 (水)

最近はやりの「声なき声」について

 「声なき声を聞く」という言葉が再び、各地の議場や街頭演説の決めゼリフの一つとして流行(はや)っているような気がする。
 しかし私のように政治の世界に長く首を突っ込んでいる人間にとって、最近の「声なき声」の言葉の使い方に大きなとまどいと違和感を覚えるものである。
 そもそも「声なき声」の語源は英語のサイレント・マジョリティ(Silent Majority)である。元々の意味は「静かなる多数派」「物言わぬ大衆」であり、現状に満足しているか、あるいは大きな不満がないため、あえて声にして意見をしない人々のことである。

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 ところが現在この言葉を好んで使う人達の用法は、「自分達の意見が政治に反映されない人達の声」という意味での使われ方であり、明らかに誤用である。しかもその実態は「声の大きな少数者」であり、「自分達の特異な意見に固執するがゆえに多数となりえない異端者の声」を「声なき声」として表現しているケースが多いのである。

 かつてアメリカのニクソン大統領が1969年11月3日の演説で「グレート・サイレント・マジョリティ」としてこの言葉を使ったことがある。当時私は高校生であったが、ベトナム戦争に反対して過激な活動を行う一部の学生に対し、ニクソン氏が「そうした運動や声高な発言をしない多くのアメリカ国民は決してベトナム戦争に反対していない」という意味でこの言葉を使っていたことを覚えている。実際、その後1972年の大統領選挙において、ニクソンは50州中49州で勝利し、圧勝している。
 また、日本においても1960年(昭和35年)の第1回目の「安保闘争」(日米安全保障条約反対闘争)の折に、当時の岸信介首相(安倍総理のおじいさん)が「国会周辺のデモ隊は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつもどおり人であふれている。私には、そうした〝声なき声〟が聞こえる」と発言して、安保反対運動に参加していない一般の国民のことを「声なき声」として表現している。
 「声なき声」の用法としては、本来はこうしたものが正しい使い方である。

 とかく政治の現場は声の大きな人々の意見の影響を受ける傾向があるが、必ずしも大きな声が正当な意見、多くの人々の意志を体現しているとは限らない。声だけ大きく遠慮知らずのワガママな意見に辟易しながらも、自らの意見はあえて述べない多くの人々がいるということをもっと冷静に考えるべきではないかと思っている。
 そしてさらに気になるのは、これは以前指摘したことでもあるが、TVや新聞で「この件に関して市民は・・・」といった書き出しで登場する人物及びその意見が、とても一般市民の代表的な考えとは思えないものが目につく点である。
 その地域では有名な特殊政治集団の活動家や、何事にも文句を言うことが生きがいのような「地元の困ったちゃん」、はたまたモノゴトの本質を全く理解していないと思われる第三者の声が〝市民の声〟として紹介されることがあるのである。まるで誰かによって意図的に選別され編集された発言を、〝市民の声〟というオブラートに包んで一般的に広めようとする隠された意志の存在が感じられるのである。

 事実を平穏に伝えるのではなく、あえて平地に乱を喚起するかのような報道姿勢がうかがえることがある。世の中には未だに社会主義を最良と考える人々がいるものであるが、あたかも反権力的な発言や意見を取り上げることが報道の使命であるかの如く勘違いしているマスコミ関係者もいるようである。
 より中立性が求められる選挙時における報道においてすら、一方的に偏った報道がなされることがある。時に事実を誤認させるようなキャンペーン記事を意図的に流すマスコミもあるのである。例えば犯罪者と特定地域の関係性を必要以上に強調しようとしたりすることもある。(これを〝イメージ操作〟と称する。)
 最近政府の放送制度改革を一部マスコミが反対している。これまでの規制を緩和して自由な情報発信ができるようになるのであるから結構なことであると思われる。逆にこれまで自分達の首カセとなっていた建前の中立性がとれるのであるから、この際もっと自由にして欧米のように自社の思想的立場、報道姿勢、支持政党まで公表して堂々と論陣を張った方がよほどスッキリして分かりやすい。
 〝言論の自由の守護者〟を任じる人々が自分達の考えと異なる意見が出ることに反対するということもおかしなことである。よほど新たな競争相手の参入を歓迎してないかのようにみえる。
 「報道の中立」を建前上の表看板としながら、実際は御都合主義的に偏向報道を行う現在のあり方の方がよほど不健全な姿である。情報提供を多様化して判断は市民の良識に任せる方がより正しいあり方ではないだろうか?

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2018年6月11日 (月)

内田康宏と行く加賀百万石の金沢・五箇山合掌集落

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 日頃よりご協力頂いている後援会の皆様、各支援団体の会員の皆様の相互の親睦をはかるため、このたび、4年ぶりに1泊2日のバス旅行を企画いたしました。飛騨一宮水無神社~五箇山合掌集落~富山県魚津市(宿泊)~金沢城公園~敦賀市というコースを周遊してまいりました。
 宿泊先の部屋数の関係上、班を二つに分け、本日1回目の旅行を無事行うことができました。ご多用のところご参加賜りました皆様には心から感謝申し上げます。
 2回目となる次回の旅行は、6月17日(日)~18日(月)を予定しています。

五箇山・菅沼地区合掌集落

飛騨一宮水無神社

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広幡学区の支援者の皆様

五箇山・菅沼地区合掌集落


内田康宏と行く富士山五合目・富士五湖周遊の旅 (2014.05.26)

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2018年6月 7日 (木)

特別企画展「名刀は語る」

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 6月2日(土)より、岡崎市美術博物館で特別企画展「名刀は語る―美しき鑑賞の歴史」が開催される運びとなりました。
 今回の特別企画展では、日本屈指の刀剣コレクションを誇る佐野美術館(静岡県三島市)の所蔵品より、平安時代から江戸時代の代表的な名工の刀剣、刀装具約100件を一堂に展示し、約1000年にわたる日本刀の歴史を通じて、日本人が培ってきた美意識や文化を紹介します。
 さらには岡崎ゆかりの武将である本多忠勝愛用の名槍「大笹穂槍 銘 藤原正真作(号 蜻蛉切)」の特別出品に合わせて、本多家の名宝を展示するとともに、中世矢作で活躍した薬王寺派など三河の刀工の名品もご覧いただけます。
 以下は初日の開会式で申し上げた挨拶です。


開会式挨拶
 本日は特別企画展「名刀は語る―美しき鑑賞の歴史」の開会式を開催するにあたり、ご来賓の皆様におかれましてはご多用の中、ご臨席を賜り心より御礼申し上げます。
 また、今回の企画展を本市とともに主催するNHKプラネット中部様をはじめ、佐野美術館様、ならびに関係者の皆様には多大なる御協力を賜りまして、重ねて御礼申し上げます。
 刀と言えば子供の頃、親戚のお蔵の中からイトコと一緒に刀や槍を持ち出して並べて遊んでいたところ、目から火が出るほど叱られた覚えがありますが、子供心にも刀元から切っ先に流れる光を美しいと感じたものです。

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 この企画展は日本有数の刀剣コレクションを誇る静岡県三島市の「佐野美術館」の所蔵品より、国宝や重要文化財を含む代表的な名工の刀剣、刀装具を一堂に展示するものであります。平安時代から江戸時代の約1000年にわたる日本刀の歴史を通じて、日本人が培ってきた美意識や文化を感じていただければと思います。

 さらに徳川家康公ゆかりの地であるこの岡崎市での開催を記念しまして、徳川四天王の一人、本多忠勝公愛用の槍「蜻蛉切(とんぼきり)」が特別出品されます。また、重要文化財である忠勝公の甲冑をはじめとする本多家の名宝と、三河の刀工による名品もご覧いただけます。岡崎市において、忠勝公の「蜻蛉切」と甲冑がそろって公開されるのは約30年ぶりのことであります。本日は本多家の子孫のお一人、本多葵美子(きみこ)様もおみえになっておりますので、ひょっとすると特別なお話が聞けるかもしれません。

岡崎公園の本多平八郎忠勝公像

(岡崎公園の本多平八郎忠勝公像)

 本市では、徳川家康公にまつわる豊かな歴史文化遺産を生かした「観光産業都市」の実現に向けた取り組みを進めているところであり、このような企画展には大いに期待をしているところであります。
 最後に当館が「観光産業都市 岡崎」を発信する文化芸術の拠点施設として、今後も多くの市民に愛され、親しまれる場所となることを願いますとともに、本日お集まりの皆様のご多幸を心より祈念申し上げまして、私からの挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

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2018年6月 3日 (日)

平成30年6月議会 その1(市長提案説明)

岡崎市議会平成30年6月定例会

 ただいま市議会6月定例会が開催されています(期間:6月1日~22日)。
 初日に述べた所信の一端ならびに議案の大要について、御報告申し上げます。


東京オリンピックに向けて
 2 月に韓国 平昌で開催されましたオリンピック・パラリンピックにおいて日本選手団の活躍がまだ記憶に新しいところですが、2 年後には東京 2020 オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されます。
 本市では、アーチェリー競技の事前キャンプ地に名乗りを挙げ、候補国を模索していたところ、モンゴルから申し出をいただき、去る 4 月 12 日にキャンプ地としては県内で初めて覚書を締結しました。
 基本合意事項として、モンゴルナショナルチームが本市で強化キャンプ及び事前キャンプを行うほか、本市は、キャンプの実施をおもてなしの心で歓迎すること、多くの選手が東京オリンピックに出場できるよう、それぞれ努力、協力を行うこととなっています。支援内容や交流に向けた協議を今後も継続して行い、東京オリンピックに向け市民の気運を盛り上げてまいりたいと考えております。

「愛知県がんセンター愛知病院」の経営移管について
 欠町にあります「愛知県がんセンター愛知病院」は、三河地域のがん医療と結核医療の中核病院として愛知県により運営されており、これまでも市民病院と連携強化を図ってまいりました。
 しかしながら、現在の医療圏の状況と今後の地域医療の在り方を見据え、がん医療の一層の充実と経営の効率化を図るため、愛知病院の経営を岡崎市に移管することに基本合意し、3月31日に覚書を締結いたしました。現在、来年4月の経営移管を目指して詳細な協議を重ねております。

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 これまで愛知病院が担ってきた、がん、結核、感染症などの医療機能は、順次、市民病院へ移行し、愛知病院は、主に亜急性期、在宅復帰支援の医療機能を担うことになります。
 このような医療機能の再編のほか、5 月 12 日に安全祈願祭を行い、平成 32 年 4月の開院を目指して整備を進める藤田保健衛生大学岡崎医療センターや、今年度より本市が医師会のご協力で公衆衛生センターに設置している「在宅医療サポートセンター」などの事業を通じて、引き続き地域医療の充実を図ってまいります。

こども関連について
 女性の就労拡大などに伴い保育需要が増加する社会情勢の中、本市における保育園入園者数も、年々増加する傾向であります。その対応の一つとしまして、今後人口の増加が見込まれる JR 岡崎駅近辺で 3 歳
未満児の保育を行う「南部 乳児保育園」を4月1日に開園いたしました。33 人の保育を行っておりますが、入所した園児もようやく環境に慣れ、園内のリズムができつつあります。
 現在は、途中入所の受け入れを始める準備をしておりまして、今後も高まる保育需要に対して、的確に取り組んでまいります。
 小学生や中学生においては、新年度が始まり 2 か月がたち、新しい環境に慣れてきたところであります。本市では、家庭の経済事情に関わらず、子どもたちが安心して学校生活を送ることができるよう、就学援助制度を実施しておりますが、今年度入学の児童生徒より、制度を変更し、「新入学 学用品」の購入費を入学前にお渡しできるようにしました。このように柔軟な対応をすることで、入学準備における保護者の経済的な負担を軽減することができたものと考えております。
 児童生徒を取り巻く生活環境は、複雑化、多様化しており、学校生活や日常生活において、いじめや不登校など、様々な問題が起きております。できる限り楽しく安心して学校生活を送ることができるよう、児童生徒一人ひとりの状況を的確に把握するため、昨年度から、全中学生を対象として、「学級集団適応心理検査」いわゆる「hyper-QU テスト」を導入しました。
 学校からは、「支援を必要とする生徒への早期の対応が可能となった」、「学級全体の雰囲気、状況をより正確に把握することができた」、「今後の学級運営を行う際の指導方針を立てる資料として活用できた」などの報告を受けております。検査結果を、いじめや不登校、問題行動などの未然防止に役立てることも可能であるため、今年度は、その検査対象を小学校5、6年生まで拡大し、発達段階に合わせ、特徴を踏まえた支援が行えるよう活用してまいります。
 また、いじめや不登校、問題行動などの背景は複雑であり、学校のみではなく、家庭や地域、関係機関が連携して対応していくことも重要であります。
 本市では、平成 28 年度からスクールソーシャルワーカーを配置しており、昨年度は、各学校から 40 件を超える様々な事案について、延べ 1500 回を超える支援を行ってまいりました。スクールソーシャルワーカーの要請件数は年々増加してきており、一つの事案に対して、よりきめ細かな対応をするため、今年度より 4 人増員し、8人の専門職で対応する体制としました。支援は、教員OBと社会福祉の専門家がペアで行っており、経験と知識を合わせることで、より適切な支援が行えるものと考えております。

障がい者福祉について
 福祉の村の整備として、昨年度のこども発達センターに続き、4月1日に「友愛の家」がリニューアルオープンしました。木の香りのする気持ちの良い施設で、来館者同士の交流やくつろぎの場所として利用できる交流スペースを備えております。

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 障がいのある方や支援者の方が生きがいを持てるよう、多彩な講座の提供や、イベントなどを開催する「地域活動支援センター」、地域における相談支援の中核的な役割を担い、障がいのある方の相談支援拠点となる「障がい者 基幹相談支援センター」、また「岡崎市 障がい者福祉団体 連合会事務所」を設置し、障がいのある方が地域において自立した日常生活、社会生活を営むことができるよう支援してまいります。

災害対策について
 南海トラフ地震の甚大な被害想定を踏まえ、今年2月に、地震対策の行動をまとめた「岡崎市 地震対策 アクションプラン」を策定しました。計画期間は平成 30 年度から 36 年度までの7か年計画であります。
 このプランは南海トラフ地震などの地震発生に備え、想定される各種被害を可能な限り減少させるため総合的に地震対策を進めていくことを目的とした行動計画であります。基本理念を「大規模地震による死者ゼロと被害の最小化、暮らしの迅速な回復に向けて、防災・減災対策を着実に推進する」とし、減災目標と「住宅の耐震化」を始めとする具体的目標を明確に掲げまして、全庁が一体となって地震対策に取り組んでまいります。
 一方で、近年では、災害も複雑多様化、大規模化の様相を呈しており、近隣市町と連携した広域的な災害対応が求められています。
 そうした中、本市と幸田町が共同で整備を進めておりました消防指令システムが完成し、4月から東庁舎7階において「岡崎幸田 消防指令センター」として開設し、業務を開始しました。119番通報の受付、消防車や救急車の出動指令などを担うこの指令業務は消防機能の中枢であり、消防車両等を有効かつ合理的に運用し、災害による被害の軽減を図るため、最新鋭のシステムを活用し、万全の体制で市民の安全・安心の確保に努めてまいります。

条例議案
 それでは、本議会に提案をいたしております議案について説明をさせていただきます。
 まず、条例議案でありますが、改正条例といたしましては、地方税法の一部改正に伴い、加熱式たばこに係る市たばこ税の課税方式などを見直す「市税条例」、省令の一部改正に伴い、放課後児童支援員の基礎資格の規定を改める「岡崎市放課後児童健全育成事業の設備及び運営の基準に関する条例」の2件であります。
 その他議案といたしましては、公共空間を結ぶ主要回遊動線「QURUWA」の拠点のひとつとして、遊具や噴水、四阿を配置する籠田公園の整備、岡崎中央総合公園 野球場をLED照明に更新するための「工事請負契約議案」、中学校用の机・椅子などを買い入れる「物品取得議案」の3件を提案させていただいております。

補正予算議案
 補正予算議案でありますが、一般会計は 3 億 5,974 万 3 千円の減額、特別会計は 331 万 9 千円の増額、企業会計は 3,604 万 6 千円の増額補正をお願いしております。
 総務費では、ウッデバラ市との姉妹都市締結 50 周年を記念するコンサート開催のための「都市交流事業 委託料」の増額、学区市民ホームの借地について、協議が整ったことによる土地購入費などの計上、民生費では、国の基準単価の改正及び設置予定であった認定こども園の事業中止による「私立保育園 園舎建替等 事業費補助金」などの減額、国の生活保護基準の見直しに伴う「生活保護システム改修委託料」の計上、土木費では、「東岡崎駅周辺地区 ペデストリアンデッキ整備事業」において、東京オリンピックの影響で、建設資材の需要が高まったことにより、ペデストリアンデッキの鋼材の手配に日数を要したことなどによる工期変更に伴う「周辺整備 工事請負費」などの減額、「岡崎駅南 土地区画事業」においては、制度変更による「組合区画整理 県費補助 事業費負担金」の増額、などをお願いしております。

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(東岡崎駅前。建設中のペデストリアンデッキ)

 続きまして、特別会計でありますが、介護保険特別会計では、あいちオレンジタウン構想における「認知症に理解の深いまちづくりモデル事業」に採択されたことによる市民意識調査 委託料などの計上、額田北部診療所特別会計では、診察で使用する画像管理システム買換えのための機械器具購入費の計上をお願いしております。
 最後に、企業会計でありますが、病院事業会計では、愛知病院の経営移管準備のため、経理システムの改修、「外来診察室 拡張工事 基本・実施設計」の委託料などの計上をお願いしております。
 以上が、今議会に提案をいたしました議案の大要であります。

QURUWA戦略について
 さて、現在乙川リバーフロント地区で展開中の「QURUWA戦略」が、うれしいことに、この3月末に国の定める地方再生のモデル都市に選定されました。
 この地方再生のモデル都市は、国土交通省と内閣府が連携し、都市のコンパクト化と地域の稼ぐ力の向上にハード・ソフトの両面から総合的に取り組む自治体を選定するもので、全国で32都市、県内では、本市を含め2都市が選定されました。今回のモデル都市選定により、全国に紹介されることで、情報発信力が高まり、QURUWA戦略における、地域の稼ぐ力を高める公民連携プロジェクトへの民間等の参画促進に繋がることが期待できます。

籠田公園

(今年8月から改修工事に入る籠田公園)

 さらに今年度から3年間、本市の取り組みに対し、国から集中的な支援を受けることができ、今年度は12億円、3年間で20億円を超える交付金が別枠で受けられることとなりました。
 今後も本市のまちづくりが、益々活気あふれるものとなるよう努めて参ります。

 以上、ご説明を申し上げますとともに、提出をいたしております諸議案につきまして、よろしくご審議の上、ご議決を賜りますようお願い申し上げまして、説明を終えさせていただきます。ありがとうございました。


平成30年6月議会 その2(一般質問答弁・閉会挨拶) (2018.06.22)

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2018年5月25日 (金)

花火教室に思う

おもちゃ花火コンテスト2018

 5月の連休中に行われた「第45回岡崎こどもまつり」と同じ日に、花火の遊び方を教える教室と「おもちゃ花火コンテスト2018」が開催されていた。その様子を眺めていて改めて昨今は親の世代が花火の扱いに不慣れな人達となっていることに気付かされた。

 昭和30年代に少年期を過ごした我々にとって、花火は重要な遊び道具の一つであった。私の場合、お向かいが花火屋さんであったこともあり、小さい頃から花火に親しんで育つことができた。今考えると随分ムチャで危ない遊びをしたものである。

おもちゃ花火コンテスト2018

おもちゃ花火コンテスト2018

 私達が子供の頃、爆竹と共に「2B」という7~8センチの棒状の花火が流行っており、マッチ棒と同様に頭部の火薬部をマッチ箱にこすりつけ着火させ、それを投げて破裂させて遊んでいたものだ。着火後10秒ほどで白い煙が出て、その後煙は黄色に変わり、まもなく大きな音と共に破裂するのである。子供達はその時差を使って様々な遊びを考え出したものであった。
 1メートルほどの竹の棒を鉄砲替わりにして、着火した2Bを先端に入れて構えると10メートルほど先まで燃えカスが弾のように飛び出してゆく。大きな破裂音に加え、硝煙のニオイもあって戦争ゴッコの必需品であった。
 また時に手に持ったまま爆発させたり、〝度胸試し〟と称して、着火した2Bの端を口にくわえて顔の前で破裂させたりもした。もちろん耳を手でふさいで目をしっかりとつぶって行うのであるが、顔中に火薬のニオイや燃えカスが付いてひどいことになった。怖がって途中で口を開けて落とすのは、アゴやノドの近くで破裂してかえって危険なことになる。幸い私は怪我をしたことは無かったが、手作り花火のため火薬の分量に若干のムラもあって、中には着火と同時に爆発したり、唇に裂傷やヤケドを負った者もいた。
 2Bは爆竹と同様に、現在国内では製造されていないが、戦後の昭和中期のワンパク坊主達はこんな遊びをしていたものである。中には2Bをカエルのお尻に差し込んで破裂させる奴もいたが、こうした動物虐待は私の趣味ではなかった。
 それでも、花火をほぐして集めた火薬を牛乳ビンにつめて導火線に着火して爆発させたりという危険なことをやったことはある。そんな私が指の一本も欠けることなく両目がそろっているのも、近所の花火屋さんの息子である先輩達の適切なアドバイスのおかげであると思っている。当時は爆竹を大型化したダイナマイトとか水爆という名の爆裂花火もあった。

 花火と言えば、小学生の頃もう一つ忘れられない出来事がある。
 当時、菅生神社の氏子達は籠田公園に集結して町内ごとに長持ち行列のお練りを行っていた。東康生から本町通りを抜けて国道1号を横断して菅生神社まで行き、そこで手筒花火を奉納(打ち上げ)するのであった。

菅生祭

(昨年8月の菅生祭。長持ち行列のお練り)

 ある時私の友人の一人が、首からかけた布袋に、あろうことか2Bの束と一緒にマッチを入れていたのである。これは当時気をつけるように言われていたことだ。2Bとマッチを一緒にしておけば何かの拍子にこすれて着火してしまうことがあるからである。
 ちょうど東康生の東宝劇場(旧コメダ、現在は駐車場)の前あたりを我々が長持ち唄と共歩いていた時であった。友人の首からつり下げていた布袋が突然破裂し始めたのである。
 急な出来事に私達は呆然としていたのであるが、その時にまさに電光石火のごとく一人の大人が駆け寄り、友人のハッピと首からかけていた袋をはぎとったと思うや否や道路に投げ捨てたのである。その直後に他の2Bに引火し大爆発が起こり、ハッピは燃え上がったのであった。
 この時ほど「大人はスゴイ!」と思ったことはなかった。一瞬の判断と決断、行動である。この人は消防団員であることを後に知ったが、タイミングが遅ければ友人は大ヤケドを負っていたはずだ。今、自分が大人と呼ばれる年になってみて、あの時の町内のおじさんのように頼りになる大人になっているものかどうか自問するものである。

花火

 いずれにせよ花火は正しく使えば決して危険なものではなく、人生の楽しい思い出の1ページを彩るツールの一つとなるのである。大人が安全で正しい花火の遊び方を子供達に伝えていくことが肝心なことだと思っている。そしてできれば子供用の玩具花火が、将来岡崎の名産のおみやげとなることを期待するものである。

おもちゃ花火コンテスト2018


(花火の写真は、K. Takeshi様から御提供いただきました。)

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2018年5月21日 (月)

『リバ!』2018年6月号

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『リバ!』2018年6月号が発行されましたので、内田康宏事務所よりお知らせいたします。
市長のコラムは「安倍総理夫妻主催晩餐会(スウェーデン国王王妃をお招きして)」です。

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2018年5月 8日 (火)

安倍総理夫妻主催晩餐会(スウェーデン国王王妃をお招きして)

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 4月25日(水)夕刻、東京の赤坂離宮迎賓館にて行われた安倍総理夫妻主催によるスウェーデン国王・カール16世グスタフ殿下及びシルヴィア王妃をお迎えしての晩餐会に出席させて頂いた。
 新年度が始まって忙しい日程であったが、今年も総理の〝桜を見る会〟の御案内を頂きながら御無礼していたため、貴重な機会でもあり万難を排して出席することとした。
 以前、安倍総理の父上(晋太郎外相)の秘書をしていた頃、随行秘書として訪れたことはあったが、自らが招待客として迎賓館に赴くことは今回が初めてのことであった。

 迎賓館は、かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった所に、明治42年(1909年)に皇太子の居所として東宮御所(現在は移転)が建てられたものである。建物は、地上二階、地下一階建で、幅125メートル、奥行き89メートル、高さ23.2メートルの広大なものである。
 明治の高名な建築家・片山東熊(かたやまとうくま)の総指揮の下に、当時の一流の建築家や美術工芸家が総力を挙げて建築した、日本における唯一のネオバロック様式の西洋風宮殿建築である。

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 戦後、国に移管され、国立国会図書館、内閣法制局、50年前の東京オリンピック組織委員会などに使用されてきた。その後、外国の賓客を国として接待する施設の必要性が高まり、5年の歳月と108億円の経費をかけて、昭和49年(1974年)に現在の迎賓館・赤坂離宮となった。
 開館当時、大学生であった私は、風流人の先輩から期間限定の一般公開があることを知らされて見学の誘いを受けていたのであるが、その頃はそうした素養も建築に対する興味も薄く、断ってしまったのである。そのため、きちんと見るのは今回が初めてのこととなった。
 行きに東京駅から乗ったタクシーの運転手さんも、正門から入り、宮殿の入り口に乗り付けたのは初のことであったらしく、到着時に「貴重な経験をさせて頂いてありがとうございました」と感謝されたのはおかしかった。

 開館以来、世界各国の国王、大統領、首相など国・公賓の方々がこの迎賓館に宿泊し、歓迎行事を始め、首脳会談、要人との会談、晩餐会の開催など、外交活動の舞台として活用されてきている。1979年、1986年、1993年の先進国首脳会議、2003年、2013年の日本・アセアン特別首脳会議など重要な国際会議の場となっている。平成21年(2009年)には国宝に指定された。
 フランスのヴェルサイユ宮殿にも比肩する、このような大理石造りの立派な建物が日本にあることは、国民にとっても一つの誇りである。

 荘厳な雰囲気の玄関を抜けて、一階のホールの奥にある待合室に通された。待合室とはいえ、豪華なシャンデリアとギリシャ風の円柱に囲まれた西洋風の大広間である。そこでウェルカム・ドリンクを頂きながら、他の来訪者と挨拶を交わしつつ開会の時を待つのであるが、久しぶりに初対面の女性と英語で話をするのは疲れるものであった。

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 ほどなく階段を通って二階へと案内されることになった。イタリア製の白い大理石の階段の上に敷かれた朱色のジュータンを踏みながら上階へ上がる折に、左右の壁面の黄土色とベージュの混じった大理石(仏産のルージュ・ド・フランス)や、天井の白と金箔張りの装飾に目を奪われてしまう。
 キョロキョロと周りを見渡しながら、ちょっとしたシンデレラ気分(?)のまま、次の「羽衣の間」に通された。ここはフランスのルイ16世様式で造られた部屋であり、館内でも最も大きな部屋の一つであるそうだ。

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 「羽衣の間」という名は、謡曲の「羽衣」の景趣が曲面画法によって天井一面に描かれていることによる。天井の3基のシャンデリアは、およそ7000個の部品で組み立てられており、高さは約3メートル、重さはそれぞれ約800キロあるという。壁は楽器や楽譜をあしらった石こうの浮き彫りで飾られている。
 かつてこの部屋は舞踏会場として設計されたものだそうであるが、現在はレセプションや会議場等に使われている。私達はここで招待グループごとに振り分けられ、隣の本会場の「花鳥の間」に案内されることとなった。

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 「花鳥の間」の名は、天井に描かれた36枚の絵や、欄間に張られたコブラン織風の綴織、壁面に飾られた30枚の楕円形の七宝焼きに花や鳥が描かれていることに由来している。
 周囲の腰壁は茶褐色の木曽産のシオジ材の板張りであり、その壁の中段を飾る七宝は、日本画家の渡辺省亭(わたなべせいてい)が下絵を描き、明治期の天才七宝焼師である涛川惣助(なみかわそうすけ)が焼いたものだという。

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 部屋の装飾はアンリ2世様式で、天井には、格子状の区画に、フランス人画家が描いた花卉鳥獣の油絵24枚と、金箔地に模様描きした絵12枚が張り込まれている。この部屋のシャンデリアもフランス製で、重量は迎賓館で一番重く、約1,125キロあるという。
 「花鳥の間」は主に公式の晩餐会が催され、最大約130名の席が設けられる。これまで首脳会談やG7(1986年)にも使われた会場である。
 少し説明が長くなったが、あまり紹介される機会も少ないと思い、少々マニアックに詳しく書かせて頂いた。

 当日、日本側は40人、スウェーデン側も40人という同人数であり、それぞれに両国の友好通商に何らかの関係のある方々ばかりであった。
 私は、言うまでもなく、岡崎市とウッデバラ市が姉妹都市提携50周年という御縁で招待されることとなったのである。ちなみに、40年前に同国王が来日された折には私の父が招かれており、不思議な御縁ではある。

 「花鳥の間」に通され、ほどなくして安倍総理ご夫妻と共に国王ご夫妻も入場され、私達は拍手でお迎えした。開会後の挨拶は総理と国王のお二人だけであった。

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スウェーデン国王・カール16世グスタフ殿下

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 安倍総理は、箱根駅伝の創始者であり、明治期の名マラソンランナー・金栗四三(かなくりしそう)氏の逸話を話された。
 1912年のストックホルムオリンピックに出場した金栗氏は、当時の世界記録保持者であったものの、船と列車で20日間かけて日本から到着したばかりだったことや、大会当日の高温(摂氏40度)と慣れぬ食事や習慣による不調から、日射病により途中退場した。しかし正式な棄権届けが出ていなかったため、当時現地では「消えた日本人」としてニュースになったそうである。
 後に、1967年のストックホルムオリンピック55周年の式典に、スウェーデンのオリンピック委員会から金栗氏に招待状が送られ、75才となっていた金栗氏がスーツ姿のまま競技場を走り、ゴールすると言う粋なセレモニーを行なったという。
 安倍総理はそのことを感謝すると共に、金栗氏の記録を「54年8ヶ月5時間32分20秒であった」と紹介して場内に笑いを誘っていた。

 その後「スコール」(乾杯)の声と共に、テーブルごとになごやかに会話が続けられた。私はこの手の正式な国レベルのパーティーの作法がよく分からず、同席してみえた駐スウェーデン大使夫人に「40年前に父が国王と握手している写真が、家に飾ってあることを話しに行ってもいいですか?」と尋ねたところ、困った顔をされていた。はっきり答えて頂けなかったが、相手は仮にも国王である。「イナカの飲み会で、隣のオジさんにちょっとあいさつ」という訳には参らぬようであった。
 いずれにしても、左右は外国人となるこうしたパーティーに出席するためには、適した話題をいくつか用意して来ないと苦労することになる。私も話題に困って「サシミは大丈夫ですか?」などというベタな話から始まって、昔留学中に先輩から聞いた、アメリカ中西部に初めて日本人が訪れた時、町の人が生魚を食べるという日本人を歓迎して「ナマズを皿にのせて出した」という話までしてしまった。その時、町の人達は生の魚をどうやって食べるか窓の外から見ていたそうである。もちろん、昨今日本に来る外国人、ことに本席に招待されるような方々は、サシミに限らず私よりも日本食通の人が多いようである。
 それまで録音と思っていたBGMがすべてオーケストラの生演奏であったことを知ったのは、帰る間際のことであった。


 50年前、岡崎市は駐日スウェーデン大使館から、本市と同様に花崗岩の上に築かれている都市・ウッデバラ市を紹介された。これがきっかけで昭和43年(1968年)9月17日に姉妹都市提携が結ばれ、以来、両市の交流は行政視察や相互訪問などを通じて継続されている。
 この5月17日、姉妹都市提携50周年を記念して、ウッデバラ市からアルフ・ギルベリ市長を団長とする使節団と合唱団総勢44人が来岡される。また10月には本市から使節団を派遣する予定である。
 今後も友情の輪を広げていきたいと考えている。

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